決行前夜3
ジェシィが買いたいものがあると言って席を立つこと十数分、如珠はなんともいえない居心地の悪さを感じながら時がたつのをただじっと、待ち続けていた。
(気まずい……)
ちらっとベッドに腰を下ろす太刀を見るが、目を閉じたまま如珠の視線に気づくことはない。
如珠がこの部屋を訪れてからの会話はほとんどジェシィが中心となりまわしていた。ジェシィの投げかけた話題に如珠や太刀が答える。それでなんとか会話が成立していたのだがそのジェシィがいなくなってからはお互い無言が続いている。
ジェシィの買い物についていく選択ももちろんあったのだが、如珠が監視役である太刀とジェシィのいる部屋に突撃したのは二人の目を少しだけ惹きつけること。守偵が今回の依頼主、この街の王にして有魔市市長、蜂王蟻命と連絡をするための時間を稼ぐことである。
突然コンビニに行くと言いだしたジェシィも怪しかったのだが、如珠は残ることを選んだ。
あのジェシィという女、年齢は如珠と同じか少し下ぐらいだが、かなりの曲者、油断ならない相手だと如珠の女の勘が言っている。だがそれと同時に信用してもいいのではないかという、相反する感情を如珠は今までのジェシィの言動を見て抱いていた。
どちらかしか引き止めらず、引き止めなかった方は守偵の元に向かってしまうかもしれない。この二者択一の場面、如珠は太刀を選んだ。太刀にはついさっきの件で二人に対して強い疑念がある。それを抜きに考えても疑り深い太刀からは目を離さない方が良いと考えたからだ。
そして、今に至る。
「「………………」」
如珠は自分の選択を少し後悔していた。
「あ、あのう」
ジェシィがいなくなり十数分、とうとう如珠が口を開いた。探りをいれるためではなく、ただ終わりの見えない沈黙の圧力に耐えかねたのだ。
如珠が口を開くと太刀もずっと閉じていた瞼を持ち上げた。太刀の視線が如珠へ投げられる。
だが、如珠の口から次の言葉が出ることはなかった。何も話題を考えていなかったからだ。真っすぐ視線を送る太刀に対し、如珠は目を右往左往させる。やがて、ずっと会話に参加していなかった太刀が口を開いた。
「お前は兄が好きか」
「へっ」
突然の太刀の言葉に素っ頓狂な声が漏れ、
「す、す、す……」
言葉の意味を理解し困惑の声がだだ漏れた。
「き、嫌いじゃないですけど、好きっていうのとは違うというか、家族としてという意味で好き、です」
如珠の少し回りくどい答えを聞き、太刀はふっと頬を緩めた。
「そうか……」
鋭かった視線が和らぎ、どこか寂しい雰囲気を纏った。
「太刀、さん」
太刀は如珠と反対側、部屋の奥にある窓を見上げるように顔を上げた。
カーテンが閉められ、外が見えないはずの窓を。
「仲良くしろよ。兄妹はたった一人しかいないからな」
「一人……」
その後、買い物を終えたジェシィが戻るまで太刀が口を開くことはなかった。ずっとカーテン越しの窓を見上げ、見えないはずの星空を見つめ続けていた。




