決行前夜2
守偵がホテルを抜け出す五分前。
「あ、あのう」
如珠は自分たちの部屋のすぐ隣、太刀とジェシィが泊っている部屋を訪ねた。
「おお、如珠ちゃん、どったの」
如珠の訪室をジェシィは満面の笑みで
「何の用だ」
太刀は怪訝な顔をして迎え入れた。
「ああ、いやちょっと……みなさんとお話をしたいなって思って」
「お話」
太刀の眉間にしわが寄る。明らかに疑っている顔だ。
「ほ、ほら私達は明日チームで行動するわけですから。お互いの事を少しでも知っていたほうが良いかなって。レンジさんもそのつもりで太刀さんたちに同じホテルに泊まるよう言ったわけだし」
「……」
如珠の言葉を聞き、太刀の額に浮かぶ皺がさらに深くなった。
如珠の言う通り、確かにレンジは同じホテルに太刀たちを泊める理由として親睦を深めるためと説明した。だがそれは悪魔で表向きの理由。
そんなことは如珠もわかっている。だが、あえてその理由を真に受けることで、真に受けている能天気な妹を装うことで如珠の提案をむげにできないようにした。
「いいと思うよ。というか、すごくいい。一緒にお話しようよ、珠ちゃん」
「た、珠ちゃん」
ジェシィは同意を求めるように瞳を輝かせて太刀を見た。その顔を見て太刀の顔がさらに険しくなる。
「おしゃべりは構わないが、貴様の兄はどうした。どうしてお前しか来てないんだ」
「そ、それは……」
太刀の言葉に如珠の瞳が揺れた。それを太刀は見逃すことなく、視線が鋭くなる。
「見た所、貴様の兄は大事な妹をひとりで俺たちみたいなゴロツキのいるところに来させるような奴には見えなかったが」
「まあ、それそうなんですが」
如珠は胸の前でもじもじと告白前の女子高生のように左右の人差し指をつけては離すを繰り返していたが、やがて意を決したように太刀をじっと見つめ口を開いた。
「お兄ちゃんさっきの太刀さんとの件、すっっごく根に持ってて。太刀さんが直接謝りに来るまで太刀さんとは何も話したくないって」
「……」
如珠の言葉を聞き、眉間に寄っていた皺はさっと消え太刀は目を丸くした。
それに対しジェシィは頬をパンパンに膨らませ、そして
「ぷっ」
爆発した。
「ぷはははははははははは、珠ちゃんのお兄さんかわいいぃぃ」
ジェシィはお腹を抱えて笑った。
ジェシィがひとしきり笑った後、太刀たちは如珠と何気ない話を始めた。当然、太刀が守偵に謝りに行くことはなかった。
ジェシィが買いたいものがあると言って室内を出たのはこの十分後だった。
それから十分後。
「どうしたんだ、ジェシィ」
守偵は心の内の焦りを悟られないよう、努めて平静を装いながら電話ボックスを出た。
「ホテルを出ていくお兄さんを、たまたま、見かけてね。つい」
(見られてたのか)
「こんな夜遅くに女の子が一人でいたら危ないだろ」
探偵と言う職業柄ポーカーフェイスを使うことが多い守偵の表情は至って自然でとてもやましいことを抱えてるようには見えない。だが、
「おお、やっさしいい」
ジェシィの顔を見て、守偵は心がざわつくのを感じた。
「ちょっとコンビニで買いたいものがあるんですよ。せっかくですからこのまま買い物に付き合ってください」
まるで今自分が必死で努力していることが何の意味もなしていないような、腹の内をすべて見透かされているような、そんな感覚が探偵の中にあった。
「なんで俺が」
「ええ、お兄さんこんないたいけな女の子を一人、夜道に置いていくつもりですか」
「わ、わかったよ」
こうして二人は近くのコンビニに向かって肩を並べて歩き出した。
「そういえばお兄さん。公衆電話の箱の中で何してたんですか」
「んなの見てたらわかるだろ、電話だよ、電話」
「それはそうですけど」
ジェシィは唇に人差し指を当てしばらく考え込むように唸ると、わざわざ腰を曲げて上目遣いになるようにして守偵を見上げた。
「ホームレスのお兄さんに電話する相手なんかいるんですか」
(っ、鋭い)
余計な詮索を避けるためホームレスと偽ったのが仇になった。
「いるわ、俺にだって電話する相手ぐらい」
「ふうん……」
疑念ではなく純粋な好奇心がジェシィの瞳には籠っていた。
その目に守偵は重いため息を吐くと覚悟を決めたように口をゆっくり動かした
「親戚だよ。俺たちの」
「親戚……」
「ああ、俺たちが宿無しのホームレス異人なのは知ってるだろ」
「うん」
「異人ってだけで社会の風当たりは冷たい。冬なら凍死したっておかしくない。だからせめて、如珠だけでも、家族として、あったかいぬくい家で暮らせるよう引き取ってくれないかってお願いしようと思ったんだよ。結局電話はつながらなかったけどな」
「ふうん」
守偵の言葉を聞くとジェシィは曲げていた腰を伸ばし、ふっ、と笑った。
「いいお兄さんですね。珠ちゃんのお兄さんは」
「うるせえ」
その後、コンビニ着くまでの間守偵は年下女子にいじられ続けた。




