#3 外へ
薄暗い洞窟を突き進むこと約10分。
永遠に続くかのように思われたトンネルもいよいよ終わりを迎えようとしていた。
長いトンネルを抜けるとそこには雪国…ではなく、陽のよく当たる幻想的な森が広がっていた。
後方を振り返ると先ほどまで通ってきた洞窟は忽然と姿を消し、同じように木々が青々と生い茂っているのみだった。
「チュートリアルは終わりってわけですか」
にしてもここから何をすればいいのかの説明が皆無だったな…
異世界に来た喜びと同じ規模で、もう後戻りはできないという不安に足が竦む。
そんな弱気な背中を押すかのように、辺りに何者かの悲鳴が響き渡った。
「助けて!誰か、誰か助けて!」
心より先に体が。気が付くと声の下方向へと駆け出していた。
木々をかき分け進むと、陽の差し込む木々の開けた場所に出た。
声のした地点にはおびえた様子の少年ともう一体、今にも少年に襲い掛かろうとする影があった。
「おい、やめろ!」
影はこちらを一瞥するなり、そそくさと茂みの向こうへと消えていった。
取り残された少年は依然として怯えた様子で忙しなく周りを見回している。
こ、ここは年長者として何か気の利いた一言を…!
「も、もう大丈夫!俺の名前はアマネ!君のなm
「っ! お兄さん後ろ!」
少年の声に弾かれるように後ろを振り向こうとしたその瞬間、腹部に衝撃が走る。
何かに切られたような鋭い痛み。
痛みのする箇所を見ると、着ていた制服は破け、その下からはかすかに血が流れだしていた。
血? 攻撃されている? とにかく最優先ですべきことは何だ。 止血? いや、そこまでの出血量じゃない。とにかくまずは次の攻撃に備えなければ! どこに行った? また逃げた? いや、必ずまた来る。 目を、耳を、全ての神経を研ぎ澄ませ!
ガサガサッ
来る!
音のした方向から距離をとるように後方に飛び退くと、先ほどまで自分がいた場所に一体の異形が飛び出して来た。
鋭い爪、尖った耳、自分の胸くらいまでしかない身長、そしてなんといっても特徴的なその緑色の肌。
「…ゴブリンか。ゲームでは初期モンスターとはいえ生で見るとさすがに、グロいな…」
武器も何もないこの状況。どう打破したものかと考えていたその時。
「周、しゃがめ!」
どこからともなく聞き慣れた声が響く。
指示通り身を屈めると、背後から飛んできた何かによってゴブリンの胴体は真っ二つに裂かれた。
断たれたゴブリンの体は切られた個所から浸食されるように黒い灰となり、空へと吸い込まれていった。
「周、大丈夫だったか?」
「ちょっと奏~! 置いてかないでよ~~! ってあれ⁉ た、橘くんだ!」
よかった。二人も近くに出て来ていたんだな。それにしてもさっきの攻撃は、奏が…?
「もうっ! 橘君だけ全然見つからないから心配したんだけど!」
「まぁまぁ ところで周、その子は?」
「さっきのゴブリンに襲われてたみたいなんだ。 ってあれ、寝ちゃってるな」
「きっとそれほど一生懸命逃げてたんだ。 ゆっくりさせてあげよう」
「えーかわいい!! ふふ、こっちの世界でも子供はやっぱりかわいいわね」
まるで年の離れた弟を見つめるかのような二人の眼差しにつられ、先ほどまでの緊張が解けていくのを感じた。
「え、橘君そのおなかどうしたのよ⁉ 大丈夫?」
寝入った少年を見つめていた悠希はこちらの腹部の傷に気が付くと血相を変えて眼前まで詰め寄って来た。
「大した傷じゃないよ。血ももう大して出てないし」
「おいおい、こんな何があるか分からない森で傷口に何か入ったらどうするんだよ。 紫乃に直してもらっとけ」
奏の言葉を聞いた悠希は、おまかせあれといわんばかりのドヤ顔とともに力こぶしを作って見せた。
「ヒール!」
悠希がそう唱えると、腹部に纏わりついていた痛みは瞬く間に消え失せ、その傷口もかさぶたもなく綺麗に塞がってしまった。
「すごい… さっきの攻撃といい、二人ともいつの間にそんなスキルを?」
俺なんか自分の状態についていまだ何一つ理解できていないというのに…
「え? 橘くん説明受けてないの?」
え?
「洞窟で受けた説明! その時にそこらへん説明されたでしょ?」
「周のことだからどうせ聞き流してたんだろ?」
ごもっともです。 多分ステータス画面の説明の時にいろいろ話してくれてたんだろうな…
「さっきのはジョブスキルだよ。難易度選択した時にジョブ与えられただろ? そのジョブごとに使えるスキルがあって、はじめから使えるスキルもいくつかあるんだってさ。」
「私のジョブは賢者ね。 魔法?みたいなの使ったりみんなのこと回復したりできるみたい。あんな怖いのと近くで戦うとか絶対無理だし私向きだわ」
「僕は騎士ね。 難易度低くした割にちゃんと強いんだよねこのジョブ。さっきの斬撃なんかもはじめから使えるスキルなんだ。 で、周のジョブは?」
「え? あ、ジョブとかまだ見てないわ」
胸を押し込み、ステータスを開く。
チュートリアル時では空白だったジョブの項目。
そこには、
「……」
「さてさて生粋のゲーマー周くんは一体どんなジョブをもらったのかな? …ん?」
「ちょっと、私にも見せなさいよ! …って、え? なによこれ。」
渋滞する画面前。悠希は二人を掻き分けるように画面を覗く。
「「「空、白…?」」」
【悲報】男さん、主人公として異世界召喚されるもジョブ貰い損ねる。