4:こうしてお姫様は
穏やかな夕方。
お姫様――王様が王位を一番上の息子に譲ったので、王太后と呼ばれるようになっていたが――は、ベッドの上で身体を起こし、窓下に見える庭園を眺めていた。
花々は春の盛りを過ぎていたが、手入れの行き届いた庭園は、変わらず美しかった。
傍らには、王位を退いた先王――かつての王子様が、本を片手に肘掛け椅子に座っている。
二人とも、髪はほとんど白くなっていた。
少し開けられた窓の隙間から静かに風が流れ込み、お姫様の髪を揺らした。
王子様は本を脇のテーブルに置くと、ベッドのほうへ寄ってお姫様の布団を整えた。
「寒くないかい? 窓を閉めようか」
「いいえ、心地よい風ですわ。……ただ、眠気が。少し眠ってもいいかしら」
王子様は優しく頷く。
横になったお姫様にそうっと布団をかけながら、王子様はふと思いついたように声をかけた。
「……幸せかい?」
お姫様は、王子様の青い瞳をじっと見つめた。
目尻には、たくさんの皺が刻まれている。
きっと自分もそうだろう。一緒に笑った分だけ、同じように皺が刻まれてきた。
それでも、出会ったあの日と同じように、王子様はずっと変わらず素敵だった。
「……はい」
お姫様のその答えを聞くと、王子様は笑ってお姫様の手を握った。
お姫様は、幸せだった。
王子様と結婚し、子どもが生まれ、王妃になり、子どもたちは成長し、国は平和で……。
晴れれば王子様と手を繋いで庭を散歩し、雨なら雨音が好きだという王子様と笑い、雪が降れば王子様と暖炉にあたりながら空を眺め、雷が怖いと言えば王子様が抱きしめてくれた。
お姫様は、ずっと、どんな日も、どんな瞬間も、いつでも最大の幸福に包まれていた。
毎日毎瞬幸せがやってくるので、なかなか「終わり」にすることができなかった。
「なんとも言いようのない幸せですわ。昨日も、今日も、明日も……」
そう言って微笑むと、お姫様は目を閉じた。
……そして、そのまま二度と目を開けることはなかった。
安らかな横顔に、王子様は一筋だけ涙を流した。
それでも、とても穏やかな瞳で微笑みながら、お姫様の横顔をずっと眺めていた。
ベッドサイドの机に置かれた花瓶には、小さな白い花が一輪、今日もただ静かに咲いていた。
こうして平凡なお姫様は、素敵な王子様といつまでも、最後の最後の瞬間まで、幸せに暮らしました。
――fin.
愛を
幸せを
永遠にするのには、
終わらせること。
これは物語の定石だけど
ねえ、本当にそう?
……でもどうせ終わるのなら、
素敵な終わり方がいいわ。