1:あるところに
…………ああ、幸せだわ。
キラキラと柔らかな朝の光が差し込む窓辺。
窓の下に広がる庭園には草花が咲き乱れ、春爛漫という言葉がよく似合う。
眩いほどの光景を前に、お姫様は自身の半生を振り返っていた。
あるところに、平凡なお姫様がいました。
お母様は、お姫様を産んですぐ亡くなってしまいました。
お父様は忙しかったので、物心つく頃にはお部屋で一人本を読んで過ごすのがお姫様の日常でした。
しばらくしてお父様は再婚し、お姫様には新しいお母様と二人のお姉様ができました。これでお姫様に寂しい思いをさせなくて済むと、お父様は喜んでいました。
しかし、何年も一人でお城を切り盛りしてきた気苦労からか、その後すぐお父様は病気で亡くなってしまいました。
お父様の歳の離れた弟がお城を継ぐことになりましたが、お姫様と新しいお母様たちは、そのままお城に住むことが許されました。
新しいお母様とお姉様たちは、お姫様に特に意地悪もしなければ特に優しくもありませんでした。
お姫様は変わらず、一人お部屋で本を読んで過ごしました。
お姫様は物語が好きでした。
お姫様は、自分は物語のお姫様たちほど美しくなく、お母様やお姉様たちに追い出されることもなく、カボチャの馬車を出してくれる魔女も、森で助けてくれる小人たちも、自分には現れないことを知っていました。
それでも、何があろうと最後は幸せに終わる物語を読むと、お姫様はこの上ない幸福を感じるのでした。
お姫様が十六歳になる頃、隣国で舞踏会が開かれました。王子様が結婚相手を探しているというのです。
お姉様たちは目一杯着飾って、お姫様は、あまり派手ではないけれど場に恥じない格好をして、一緒に出かけました。
隣国は、お姫様の国より少しだけ大きく、少しだけ豊かだという噂でした。
しかし王都に着くと、想像以上に華やかで賑わった街の様子に、お姫様は驚きました。お城はお姫様の住むお城より何倍も広く、美しい花が飾られ、シャンデリアの宝石が煌めいていました。
そして、初めて会った王子様は、聞いていた以上に凛々しく優しそうで、とても素敵でした。
お姫様は全てに圧倒され、声を出すことができませんでした。
お母様はお姉様たちを気に入ってもらおうと、王子様に積極的にアピールしました。
しかし王子様は、隣で俯き押し黙っているお姫様が気になりました。
緊張した様子をどうにか解してあげたいと、王子様はお姫様をお庭に誘いました。
美しく珍しい花がたくさん咲いていましたが、お姫様は、自分のお城にも咲いている小さな白い花に目を止めました。
それに気づいた王子様は、そのお花を数本摘んでお姫様に差し出しました。
お姫様はその心づかいに胸が温かくなり、差し出された束からお花を一本抜いて、王子様の胸元に挿しました。
こうして、お姫様は王子様と結婚して隣国で暮らすことになりました。
…………なんて幸せなのだろう。
お姫様は、ほうっと息をついた。幸福を噛みしめて。
国民に祝福されて結婚式を挙げ、王子様もお城の皆も優しく、美味しい料理に清潔な衣服、何不自由ない生活。
そうして暫し幸せに浸ったあと、ふと唇をきゅっと結ぶと、決意を固めた。
――今だわ。