題名1.「これは『救世主』パーティーを追放された僕がクール系黒髪美人と子犬系銀髪美少女に見守られながら魔王を倒し世界を救う話だ」 (嘘偽りはなにひとつ言っていない)
目の前に突きつけられた剣が、太陽の光に反射してひどく眩しい。
どうやらここが僕の年貢の納め時らしい。
「――消え失せろ」
吐き捨てるように零された言葉と怒りを湛えた眼差しは、紛れもない彼の本心だと伺える。普段温和な彼からは決して想像できないような形相で向けられる眼差しと剣先は、けれど温和な彼だからこそ相当に押さえられているのだろう。
これが後ろで『聖女』と『戦士』に押さえつけられている怒り心頭な『騎士』ならば迷わず斬りかかっているだろうに、お優しい『勇者』さまはこんな僕にも慈悲を与えてくださるらしい。
思わずこぼれた笑みに後ろの『騎士』がさらに暴れている。さすがに押さえつけている『聖女』さまがかわいそうなので神妙な顔を意識するが、目の前で剣を突きつけている『勇者』さまはずっと変わらないままだ。切り捨ててしまってもかまわないと言うのに。こんな僕が、彼らのパーティーを追放されて生きていけるはずがないのだ。ここで殺してくれるほうがよほど温情だろうに、優しい彼は僕を殺してはくれないらしい。当然か。世界を救う『救世主』パーティーの人間が仮にも仲間だった人間を殺すなどと醜聞もいいところだ。
あまりにもお優しい『勇者』さまの決断に笑いと涙がこぼれそうなほどである。
もちろんそれは、後ろで踏ん張る『聖女』さまと『戦士』に大変申し訳ないので必死に耐えるのだが。そんな冷静で優しい彼らなんかよりも、怒りで我を失っている『騎士』のほうがよほど人間らしい。やはり世界を救わんとする英雄さまたちはたいそう人間が出来ているらしい。
――だって。
だってこれは、仕方のない仕打ちなのだ。
彼らの怒りは正しいものだ。
正当性にあふれる、人として当たり前の怒りだ。憎しみだ。
だって、僕は彼らにそれだけの仕打ちをしたのだから。
――ああ。
今日はなんて美しい晴天なんだろうか。
ちくしょうと、心の中で毒づく。こんな日くらい、せめてこんな日くらいは天気ぐらいは気をつかってくれてもいいじゃないか。誰かの代わりに泣いてくれるような雨がいいだなんて贅沢は言わないから。せめて、せめてこんな清々しい青空なんかじゃなくて。
こんな日にはお似合いな鬱蒼とした曇り空であってくれよ。
恨めしいまでの快晴から視線をずらし、剣をつきつけたまま微動だにしない目の前の青年に視線を移す。先ほどまで見ていた青空を映したような蒼い瞳と目が合い、まっすぐに射貫いてくる瞳を直視できず背を向けた。
一歩、踏み出す。『勇者』は動かない。
二歩、踏み出す。『騎士』の叫ぶ声が聞こえる。
三歩、踏み出す。『戦士』が『騎士』を殴る音がした。
四歩、駆け出す。『聖女』と『魔道士』の淡々とした話声が聞こえる。
五歩、六歩、……――歩みを止めるものは何もなかった。
とうの昔に数えるのは止めた。
――もう、何の音も聞こえはしなかった。
* * * * * *
――……なぁんてことがあった、晴れやかな夏空から一転。
あの日焦がれてやまなかった鬱屈とした曇り空が僕を迎え撃つ。吐き出す呼気は白い。
目の前に広がるのは一面の銀世界。――などと言えばおしゃれなようだがようは雪である。目の前いっぱいに広がる雪、雪、雪。ちらほらと降っている雪は雨交じりのようで肩がぬれていく。
赤い雪かきを左手に握りしめながら、視線の先で楽しそうに右へ左へと駆け回り雪遊びに興じる銀色の塊を見守る。銀世界に負けず劣らずキラキラと輝く銀髪の少女がこちらに気づいたのか大きく手を振るので振り返す。元気そうでなによりです。転ばないでね。そんな想いとは裏腹に少女は転んだ。が、すぐに起き上がり楽しそうにケラケラと笑っている。……若さって、強いな。
「……おい、サボらず働け」
ボソリ、と背後からハスキーボイスの声が耳元で聞こえドキリとする。
ゆっくりと振り返れば帽子に手袋、マフラーと完全防寒をした黒髪の美人が鼻を真っ赤にして立っていた。普段は剣を握るその手には自分の左手と同じく雪かきが握りしめられている。……に、似合わない。
普段のクールな立ち振る舞いからは正反対なその姿に思わず吹き出しそうになるが、アイスブルーの瞳にギロリと睨まれたので咳払いでごまかす。鋭い視線から逃れるように雪の中で楽しんでる少女へと矛先を変える。
「……アリアだってさぼってるじゃないか」
「あいつはいいんだ。あいつは」
「ニケーナってばアリアにちょっと甘すぎない?」
「野郎を甘やかす義理はない」
鋭利な刃物のようにバッサリと斬り捨てられる。
よよよ、と悲しむふりをするこちらを見向きもせず、首に巻いたマフラーを外しながらはしゃぎ回るアリアに向かうニケーナ。そのまま近くまでいくと逃げようとする彼女を確保してマフラーでぐるぐる巻きにしている。保護者かな。保護者だわ。
そうしてそのまま雪かきを始めるニケと構って欲しそうにちょっかいをかけるアリアを横目に、いい加減僕も雪かきを始める。
この街にたどり着きすぐのこと。唯一の宿であるここの亭主がぎっくり腰で腰を痛めたためアリアが買って出た奉仕活動は、しかして当の本人が箱入り娘の戦力外であったため僕とニケの仕事になった。もちろん、謝礼が美味しかったのも事実である。宿泊中の宿泊費や食事代が割引というのは万年金欠の我らがパーティーには大変魅力的であった。先立つものは大事である。
魔物退治や山賊退治などのように身の危険もなく人の役に立ち、なおかつ報酬も得られるなどと実に理想の仕事である。人助け万歳。
さくさくと雪をかいて通路を広げていく。水混じりの雪のせいで重くなかなかに大変だ。
慣れない作業にすぐに腰が痛くなりいったん腰を伸ばす。
「ラス覚悟!!!」
ほぼ同時に響いた声と、顔面に冷たい何かが衝撃を与えた。
「……冷たっ!?」
「あははー!ラスティののろまやろー!!」
楽しそうに第二弾を構えるアリア。いったいその言葉は誰の影響で覚えたのだろうか。教育に悪いんですがそれは。これはいいんですか保護者よとニケに視線を向けるが我関せずで雪かきをしている。どうやらアリアのことは放置することにしたようだ。遊び相手はこちらに投げたらしい。なんて保護者だ。
アリアがもう一度投球した雪玉を雪かきではじきニヤリと笑う。同じ手をそう何度も食らうものか。しかし、それとは別に真横から衝撃が走った。
「ぶっ!!?」
「おにーちゃんとろーい!!」
「大人のくせになさけなーい!」
いったい誰だ、ついにニケーナがご乱心かと慌てて横を見れば、ニシシと笑っている街の子供たちがいた。まて、いつの間に仲間を増やしたんだあいつは。アリアがいた場所に目を向けるとそこにはもう誰もいなかった。
「悔しかったらここまでおーいで!!」
明るい声が響く。子供たちと一緒に走りさる銀色の髪が見える。逃げ足の速い……!
遠く離れていく姿をぼんやりと見送る。……子供は風の子元気の子。この街にきて聞いた言葉が脳裏によぎる。元気だ。いやでもあいつあの世代の子と遊ぶような年齢じゃないだろう。なあ、アリアさん。
突然の襲撃の衝撃で呆然と立ち尽くす。いやぁ実に平和だなぁ。
ハハハ、と乾いた笑いを浮かべているとニケと目が合った。ごみを見るような眼差しだった。さっと何事もなかったように雪かきへと意識を戻す。遠くから楽しそうな子供たちの笑い声が聞こえる。
穏やかだった。
穏やかな、日々だった。
僕がいなくなった後も、彼ら『救世主』一行は未だ世界を救ってはいない。魔王は倒されていない。彼らの現在の動向を知るものも誰もいやしなかった。
それでも現状は平穏だった。ならばそれでいい。別にそれでいいじゃないか。
ある人は賞賛した。いっときの平穏は『救世主』たちのおかげだと。
ある人は唾棄した。救われないのは『救世主』たちは逃げ出したからだと。
ある人は諦観した。『救世主』たちは『魔王』と相打ちになったのだと。
ある人は絶望した。『救世主』たちは皆死んで世界は滅びに向かうのだと。
けれど誰にも真実などわからない。知らない。知るよしもない、
ならばそれでいいじゃないか。今このときは、目の前で楽しそうにはしゃぐ子供たちがいるのなら。それだけが事実でいいのだろう。
だって僕にはわからない。『救世主』パーティーを追放された僕には知りようがないのだ。彼らが何を感じ何を考え何をなそうとしているのかなど。
これは世界を救う救世譚でもなければ魔王を倒す英雄譚でもない。
旅の記録を記した、ただの僕の日記帳だ。
それで、十分じゃないか。
あの青さが焼き付いて離れないままの弱い僕には、それが精一杯なんだ。
だって、今の僕の耳に聞こえるのは遠くから響くきらきらとした楽しそうな笑い声なのだから。