二話 〜終わりは突然〜
自身を引き取ってくれた祖父母宅は剣術の道場を営んでいた。なんでも何代も前からある道場らしく夕方にかけてはそれなりの練習生で賑わっていた。自身も例外ではなく家路に着いたトウヤは今日も鍛錬に励む。
「ふぅぅ………………やぁっっっっっ!!!!!」
綺麗に並んだ巻藁がトウヤの一閃でストンっと斜めに斬り落ちた。気迫溢れる出で立ちは今朝の遅刻の一件を思わせないほどであった。残心を済ませ、ふぅっと一呼吸置いたところで白髭を蓄えた老人がトウヤの元へと近づいてきた。
「うむ。迷いの無い切り口だ。成長したな、トウヤ」
そう言って近づいてきたのは他でもない道場の師範であり、トウヤの祖父でもある人物だった。
「そう言ってくれると今まで練習してきた甲斐があるよ、ありがとうじいちゃん」
トウヤが言葉を言い終えたあとに祖父はふと哀しそうな顔になり斜め上を見上げた。
「うちに来たばかりの頃はあんなに塞ぎ込んでたが………最近まではお前が元気でいてくれることがこの上ない幸せだったが、ここまで儂が打ち込んでいることと向き合ってくれるようになるとは……老い先短いじじいだがこれで悔いなく死ねるよ」
「冗談はやめてくれよじいちゃん!まぁ俺もあの頃は小さかったしさ、いつまでもじいちゃん達に迷惑はかけれないし。それにいつまでも暗いままじゃ、あぁやって死んでった父さん達も浮かばれないじゃん?しかも俺いま学校ではかなり人気もんなんだぜ?」
すると哀しそうな顔をしていた祖父は、はっはっはっと白髭の奥に隠していた歯を見せトウヤに向けて笑った。
「まぁ……遅刻が多いのはどうかと思うがな!」
「じいちゃんその話終わりっ!」
祖父と一連の会話を済ませたところで祖母が晩飯の準備が出来たとトウヤを呼び寄せた。
食べ盛りのトウヤは夏の暑さにやられるまでもない食欲で祖母の作ってくれたご飯を平らげていく。そして今日もいつも通り完食しお茶を飲み終えたところで、トウヤはばっと席を立った。
「ごちそうさまっ!今日も最高に美味い飯だったよ!!じゃあばあちゃん、俺も今日も軽く走ってくるからっ!」
剣術の鍛錬、祖母の飯、ランニングの流れはトウヤのなかである程度ルーティン化していて今日もそのランニングを終わらせるべく玄関へと向かう。
後ろから、気をつけて行ってらっしゃいねぇ〜、と言う祖母に対し背中を向けたまま上げた右手をヒラヒラと見せ、トウヤは足早に玄関の扉を開け走り去っていった。
「ふっ…ふっ…ふっ……」
何キロか走ったところで息が切れてきたトウヤはそろそろ休憩にするか、と持っていった小銭入れから百五十円程出し自販機の前で乾いた喉を潤すものをどれにするか悩んでいた。
「やっぱここはア〇エリかなぁ…」
と、自販機のボタンを押した瞬間、左手からクラクションの音が鳴り響いた。そのけたたましい音に一瞬怯んだトウヤであったが、その音の方を見ると、友達との遊びを終えたであろうか小学生くらいの男の子が落としたサッカーボールを追って赤信号のなか道路へと飛び出していた。その数十メートル先には眩いヘッドライトを灯したトラックが男の子の手前では止まれないであろうスピードで近づいていた。
間に合うかどうか悩む間もなく体が勝手に動いた。トウヤの体はその男の子の方へと一直線で驀進していく。
「間に合えっ…間に合えっ…間に合えぇぇぇっ!!!」
トラックがあと数メートルへと近づいてきたところで男の子の背中を思い切りドンッと押しながら飛び込んだところでトウヤは近づいてくるトラックの前で倒れ込んだ。
トラックの車線から外れたところで転げる男の子が見えると、倒れ込んだトウヤは自身の死を悟った。その瞬間。全てがスローになりトウヤは走馬灯を見た。最後に見えたのは両親との最後の別れの場面。それが見えたところで、ふっ、と笑みを浮かべる。
「最後にヒトの命を助けて死んでいくって……悪くないな…」
目を閉じ、衝撃に備えたトウヤはそこでプツンっと意識が途切れた。