猫
身を切るような凍てつく風が私を起こした。鼻の頭がじんじんと痛い。再び冷たい風が肌を這った。アスファルトに直接体を横たえているようで体の半分は冷え切っていて感覚がほとんどない。起き上がろうとしたが手足は私の言う通り動かない。凍える体を抱きしめて、少しでも暖をとろうと腕を動かしたが全く動かない。どうしてこんな場所で寝ているのだろう。酔っ払って眠りこけたのか。
もうそろそろ日が昇るころ合いだろうか。ぼんやりと、あたりが明るくなっている。うっすらと靄がたちこめている路地には人通りはない。誰もいない。遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。手足がどうにかなってしまっているのかもしれない、と頭を持ち上げて、自分の体を確認しようとするが、頭すら持ち上がらない。私の体はどうなってしまったのか。目だけ動かして、かろうじて手足を見た。
「にゃあ」
うそでしょ、そう叫んだつもりだったが私の口からは、言葉がでてこなかった。代わりにでてきたのは甘い鳴き声。体中に白い毛がびっしりと生えていて、手足は胴体からまっすぐと横に投げ出されていた。これは、まるで猫だ。本物の猫だ。小さな生まれたての、白い、ねこ。つい昨日まで人間だった。池田亜希子だった。仕事もしていたし、彼氏もいた。確かに人間だったはずだ。
そもそも私は昨日何をしてた?思い出せない。まるで、したたかに酒を飲んだあくる日に自分がどうやってここに辿り着いたのかさっぱりわからない時の感覚に似ている。飲みに行ったのかな。ちがう、昨日は飲んでない。どうして記憶がないのだろう。