責任
さて、先のクフリスタ沖海戦に勝利したブラウヘン帝国であったが戦勝ムードなどは一切なかった。むしろ、カンタテーロ王国ごとき弱小国に戦列艦を沈められてしまったという耐えられない程の屈辱感から地団駄踏んでいた。そんな状況であるから、当然ながら戦闘関係者への対応は冷酷を極めた。まず港湾基地司令官のセロー中将は2階級降格の上司令官を解任。西部国境方面司令官のディオ大将も同様の処分を受けた。第五艦隊司令長官のドゼー中将は敵艦隊を撃滅した事が考慮され、1階級降格と司令官解任だけで済んだ。もちろん、これらの処分には陸海両軍から大きな反発があった。
ドゼー「元」中将が正式に解任されるまであと10日という時、第五艦隊の高級軍人達がこぞって旗艦「リース」へ向かった。解任の撤回を求める上申書を書くために、ドゼー元中将に話を通しておこうとしたのである。3人の部隊司令官とルイ少将、参謀長のラージュ少将が長官室に続々と参集した。
彼らの主張を一通り聞いたドゼー元中将は一つ深く頷くと、
「貴官らの言いたいことはわかる。だが、実際本官の指揮には問題があったし、いざという時責任を取るのも現地指揮官の役目だ」
するとルイ少将が机を両手で叩いて、
「第五艦隊の中で長官だけが責任を問われるというのは不公平ではありませんか。何もお一人で責任を負われることはありません」
と語気を強めて言った。先の海戦での自身の指揮に納得がいっていない彼にとって、ドゼーのみが処分されるのは理解できないことであった。
しかし、ドゼーは被りをふると優しい口調で、
「気遣いは嬉しいが、部下に責任を肩代わりさせるのは本官の趣味ではない。貴官らが第五艦隊を上手に運用してくれればそれで良い」
ルイ少将はまだ納得いかないようであったが、ドゼーの気遣いを拒絶するのも悪いと思ったので、軽く咳払いをして引き下がった。変わって、アントワーヌ少将が前に出て、
「その決定は皇帝陛下の御裁可ではないと聞いております。陛下に直接御裁可を仰ぐ……というのはいかがでしょうか」
ドゼーは「皇帝陛下」という語が聞こえた時点で眉を釣り上げていたが、「直接御裁可を仰ぐ」と聞いたところでおもむろに立ち上がり、ゆっくりとアントワーヌの前に立つと、
「二度とそのようなことを申すな!」
と怒鳴った。彼は「陛下に直訴し、解任を取り下げさせる」という玉座を盾にし、勅言を槍とするかのようなこの提案に、一切好意的な成分を感じ取らなかったのである。過ちを認めず、あまつさえ皇帝に直訴するなど、彼にとって最も卑しく、取りたくない行動であったのだ。
アントワーヌは冷や汗を垂らして、慌てて謝罪するとすぐに引き下がってしまった。他の高級軍人達は、ドゼーの解任を受け入れようとする意思の強さに押されて、意見を言う前から白旗を上げることになった。
かくして、8月31日、ドゼー「少将」は地方の警備隊司令官へ異動となった。第五艦隊は副司令長官であったアントワーヌ少将が指揮を執ることになった。
クフリスタ沖での敗戦はカンタテーロ王国にも正しく伝えられていた。ただし、国王とその側近のみにである。
国王アンヘルはクフリスタで王国海軍第二艦隊が壊滅したことと、竜騎兵部隊にはさほど損害がなかったことを聞いて高笑いをした。この高笑いは決して彼の頭がおかしくなったからではない。彼にとって海軍は邪魔な存在であったのだ。
数年前、暴君のルイスを退位に追い込んだ時、アンヘルは陸軍を中心に運用していた。もっとも、内戦であったし、島国である訳でもないので、海軍を使う機会があまりなかったのだ。だから、海軍の多くはアンヘルに何らかの義理があるわけではない。しかも、未だに前国王への忠誠心を持っている者もいる。アンヘルにしてみれば、いつ寝首を掻こうとして来るかわからない連中であった。アンヘルは自分自身が前の国王を倒して王位に就いたので、自分も同じことをされるリスクを常に考えていた。そこで、海上の警備は同盟国に、防御は自国の竜騎兵に任せ、自国の海軍をワザと消耗させようとしたのだ。その上で、戦争を吹っかけるに最適な国がブラウヘン帝国であった。戦争を行うだけの理由もあるし、国民も納得する。また、ブラウヘン帝国の外交は弱腰であるので、簡単に講話もできると考えていた。
「さて、講和の準備、それと中央帝国に艦艇の派遣を頼んで欲しい」
と国王は水を飲みながら淡々と命令を出して行く。そして、最後に、
「敵前逃亡罪で戦列艦『サン・マルチーニョ』艦長ルイス大佐およびフリゲート艦部隊の司令官マウラ准将を公開処刑にせよ」
とここだけ若干声を大きくして言った。国王の口元が少し緩んでいる。側近達は何も言わない。彼らに国王の意図は分かっていた。公開処刑によって、海軍を恐怖で押さえつけようとしているのだ。側近の中には、海軍を敵視しすぎだとか、海軍の反感を買うだけだと思うものもいたが、口に出したら何をされるかわからないので、黙っている。結局、前の国王と何も変わらなかったのである。変わったことと言えば、ただ贔屓の対象が海軍から陸軍に変わっただけであった。
「そういえば、前国王も最初は国民に人気があったな」
というのが側近達の陰での口癖になっていたと言われている。
ちょっとごちゃっとなってしまいました。また、過去話を読み返してみると結構気になる点もあったのでそのうち修正していくと思います。