暗雲
いろいろと説明
ドゼー提督の指揮下に入ったのは、第五艦隊の戦列艦12隻、護衛用のフリゲート4隻、小型艦艇4隻。そして、元から同地の警備をしていたイヴァン・ルイ少将のフリゲート8隻であった。戦闘艦艇だけで28隻という大所帯である。ドゼー自身も、
「カンタテーロ王国海軍くらいなら、敵ではない」
と言っている。しかし、背後に大国が付いている可能性を考えると、楽観視できなかった。そこで、彼は軍事部に外交省へ掛け合って、ここ5年間の大陸内における外交関係を示してもらうように要請した。魔法下手のドゼーが必死にテレパシーを使ってきたことに感激したリボー元帥は二つ返事でこれを認めた。
しかし、外交省はひどく怠惰で、「他国との外交関係を外交省として示すと、我が国の公式決定と思われる可能性があり、他国との関係を乱しかねない。よって、不可能だ」とした。また、
「外交情報はまだ開示できない」
と何が何でも仕事をしようとはしなかった。リボー元帥は、軍帽を投げ捨てて憤りを見せたが、もはやどうすることもできなかった。
だが、カンタテーロ王国内で反帝国の声が強まっており、陸上でも挑発を行なっていること。同王国に接近しつつある大国が存在していること。この二点は教えられた。
元々、カンタテーロ王国は帝国と友好国であったが、10年前、暴政を敷いた国王のルイスⅢ世に反対する市民が、暴徒化して帝国の外交官を殺害したことで、両国の関係は悪化。当初はルイスⅢ世が市民への厳重な罰を明言したため、上手く行ったが、程なくしてルイスⅢ世が退位に追い込まれ、甥のアンヘルが即位すると、市民への厳罰を撤回。逮捕された市民たちは、大半が恩赦で解放された。もちろん、帝国は怒り狂い、ある代議士が「大衆に迎合するだけで、国際感覚のない国王の相手など必要ない」と言うほどであった。結果として、両国の関係は完全に冷え込んでしまった。
8月1日、外交省に失望したドゼーは各戦隊の司令官四人、護衛部隊の司令官二人、警備部隊のルイ少将及び第五艦隊幕僚を集めて、会議を開いた。各司令官は、竜が旗艦「リース」上を旋回する中、頭上を気にしながら、乗艦した。作戦室では、ドゼーと一部の司令官除き、多くは何を大袈裟なとでも言いたげな顔をしていた。
「貴官らに集まってもらったのは他でもない。隣国の行動に関することだ」
司令官の多数がため息を洩らした。不満に満ちた吐息だ。ただ、真剣な表情をしていたのは、ドゼーと第15部隊司令官ミシェル・ヴィッテ少将のみだった。特に、第13部隊司令官トリスタン・ローレン少将などは、手で隠していたもののあくびをしており、いかにもやる気がなさそうであった。ヴィッテ少将に言わせれば、「気合が入っとらん」状況であった。案の定、
「ローレン提督! 作戦室は寝るところではない。眠たいなら、顔を洗ってきたらどうか!」
とヴィッテ少将が怒った。ローレンは頭を下げて、
「不注意でした。すみません」
と言って、自身のほっぺたをつねり、さらに引っ叩いた。パチン! といかにも痛そうな音がする。見ると、彼の頬は赤くなっていた。ヴィッテ少将はそれを見て、頷くと、
「それでいいんだ」
と呟いた。ドゼー以下、出席者は皆、ポカンとしている。
「ま、まあそれはいいとして、貴官らには今後我が艦隊が取るべき行動について、忌憚ない意見を述べてほしい」
とドゼーが纏まりとはかけ離れた状態にあった会議をギリギリのところで、纏める。一旦、全ての参加者の顔が引き締まった。しかし、肝心の意見を言うものはほとんどいなかった。そう言った空気を作れていなかったのである。そんな中、二人の男が手を上げた。ヴィッテ少将とローレン少将である。ドゼーは参謀長から「先任順位が上のヴィッテに聞くのが良い」という助言を聞いて、まずヴィッテに発言を促した。
ヴィッテはすっくと立ち上がると、声を張り上げて言った。
「彼らの行動は我が国に対する重大な挑発であり、この事実をより多くの国に知らせるべきであります。また、外交省に掛け合ってカンタテーロ王国に抗議すべきです」
ドゼーは彼の意見を心の中で嘲った。外交省など、頼りになるか。自国ではなく他国へ忖度することを是としている連中ではないか。ヴィッテの意見に彼はため息をつくばかりであった。もっとも、口では、「現実的な意見だ」と言っていたが。しかし、すぐに彼にとって魅力的な意見が出てくることになる。
「まだ、彼らがどう言った行動に出るのか不明です。ですから、異常をすぐに発見できるようにすべきです。ルイ提督のフリゲート部隊などを使って、洋上の哨戒を。他の艦はマストに出来るだけ兵と望遠鏡を置きましょう。夜間にもそれをさせます。昼夜どちらにも対応できるようにすべきです。兵士たちにも、上空射撃を徹底的に教え込みましょう。彼の国が積極的挑発に出る以上、我々も積極的警戒を取るべきかと思います」
ドゼーはいい意味でため息をもらした。ヴィッテも「完全ではないがそれなり」と言った。実際、満点の意見ではなかった。だが、彼の実戦的な意見に一同は一定の賛同を示した。その後、発言の空気ができたため、各提督も次々に意見。ローレンの案も各提督の才智に洗われ、十分なものとなった。ドゼー提督は笑顔で頷いて、この案を元に今後の行動を行うと言い、会議を終えた。
もうちょい丁寧にゆっくりやってもいいかと思ったが、序盤は一気に駆け抜けるつもりです