竜騎兵
第2話にして急展開
この世界は大きく分けて一つの大きな大陸と、4つの小さな大陸に分かれている。ブラウヘン帝国はこの大きな大陸の北西部に位置している。帝国を名乗るだけであって、陸軍力、海軍力、経済力そして空軍力もそれなりのものだ。空軍力というのは、竜を乗りこなす騎兵のことである。彼らは竜騎兵と呼ばれる(火器を装備する騎兵は銃騎兵)。竜と言っても、高いとこからでないとあまり飛べないし、火を吐いたりするわけでもない。地上では馬鹿でかいだけで鈍足で、以前はあまり重視されていなかった。
一時期、これらに石を乗せて、空襲する計画が立てられたが、重い石はバランスが取りにくくなり、軽い石では威力が出ないという、全く「帯に短し襷に長し」であったので、普及することはなかった。
しかし、実用的な擲弾が発明されると、これを落とす戦術が確立。特にブラウヘン帝国では、時間のかかる導火線式ではなく、着弾と同時に爆発する擲弾が6年前に開発された。
しかし、竜騎兵による対艦攻撃は強くても、竜騎兵同士の戦いには弱かった。それは、ブラウヘン帝国に決定的に欠けているものがあったからである。
それは「魔法」だ。大国であるブラウヘンにとって、個人技たる魔法より、誰でも使える兵器で弾をばらまくほうがずっと効率が良かった。だから、魔法研究が疎かになっていた。もっとも、それはこのギルフォート大陸の大国共通の傾向であった。だから、未だに誰も問題とは思っていないのである。
標準歴1419年6月11日、ローレンはいつも通りの日向ぼっこを----していなかった。この日は、外へ出て寝ようものなら、波に飲まれたカナヅチのようになるほど、すごい雨だったのだ。だから、ローレンは船内で船員たちとトランプをしていた。
「司令官!雨の日ぐらいはもっと働いてください!」
またアンジュー中佐が口を酸っぱくして言った。だが、怠け者の司令官は、
「船員と接することも仕事さ」
とのらりくらり躱すのみであった。中佐は、ため息をついて、トランプを観戦することにした。何回か、ゲームをやったが、ローレンは全てにおいて、言い訳できないほど惨敗した。こうも負け続けては流石にローレンもショックかと思い、中佐は
「司令官……」
と声をかけたが、司令官は、
「雨の日はいっつもこうなんだよ」
と言って、大いに笑った。こいつはどこまで気楽なんだと、中佐は大いに心配した。
そして更にカードが配られた時、ついにローレンに転機が訪れた。皇帝のカードが3枚手札にあったのだ。
「良き指揮官はここぞという時に勝つんだ」
とローレンは中佐に笑いかけた。すると他の船員が、
「勝ち逃げはダメですよ」
と言う。ローレンも頭をかいて、「そうだね。すまない」と言う。
和気藹々とゲームが始まる中、参謀の一人のジャネット大尉が駆け込んできた。
「司令官! 大変です。こんな天気なのに竜騎兵が飛んでいます!」
アンジュー中佐は、どうせ聞き流すんだろうと、横の司令官を見た。なんと、司令官は、立ち上がって、外へ出ようとしていた。彼は中佐に
「代わりにやってくれ。いい手札だから、きっと勝てるさ」
と言って、
「じゃマストに行ってくる」
と続けた。中佐と大尉は目を見開いて、
「こんな雨ですし、マストは危ないですよ!」
と止めたが、
「濡れたら乾かせばいいし、マストも登れないほど鈍ってはいないよ」
と言って、颯爽と飛び出した。傘も持たずに。
後にわかったことだが、この飛竜は味方のものではなかった。隣国が飛ばしたものであった。しかも、距離的に大陸内の国であることは明白であった。さらに分かったことがもう一つある。この大雨で竜騎兵を飛ばすのは、普通は不可能だ。つまり、魔法を使ったということになる。しかも、強力な魔法を。
そして、翌月帝国海軍軍事部総長のジャン=クリストフ・リボー元帥は、国境警備の強化と、魔法のさらなる研究を要請することを決定した。
標準歴1419年7月31日。北部方面艦隊司令部より、ドゼー中将の第五艦隊にある命令が下った。隣国のカンタテーロ王国国境のクフリスタ港への移動を命じられたのである。カンタテーロ王国は帝国に比べれば弱く、国境周辺にはフリゲート艦8隻が配備されるのみであった。しかし、件の竜騎兵侵入事件の竜騎兵がカンタテーロ王国のものであるという見方が強まったための措置であった。
ドゼーは常に不満で、「あの程度の小国がこんな短期間で、十分な魔法力をつけるとは思えない」
「何も異常がないか、より大きな脅威があるかのどちらかだ。この決定は中途半端すぎる」
と参謀長に度々言っていた。参謀長は上層部へ計画の見直しを求めたが、果たして容れられることはなかった。