処刑の日
キリがいいところで切ったので、短めです。
「で、外相、具体的にどんな情報を手に入れたんだね」
首相は席に着くと、指を組み、そこに顎を乗せて、尋ねた。外相は血の滲む手巾を額に押し付けながら、
「はい、カンタテーロ王国の、旧国王派とその他軍人や文官の処刑日が判明しました。11月20日です。西海岸のサン・レアスで処刑が行われるようです」
内相が軽く顎をつまんだ。
「今日から1ヶ月後か……暴徒の中には現国王を敵視しているものが多い。あちらに迷惑をかける可能性があるだろうな」
「はい。もし、そんなことになれば我が国の面目は丸つぶれです」
と言って、外相は視線をテーブルの木目に落とした。
「内務省としては、港湾の取り締まりはできても、海岸全てを監視できるわけではない。また、我が国南部の山脈地帯を越えられて、 ラーヘルデン連邦(南部山脈から南東)から行かれてしまっては、取り締まりは難しい」
と内相は苦虫を噛み潰したような顔で言った。すると、首相が、
「ならば海軍に頼めば良い」
と言ったが、内相はやや大げさに、手を左右に振って、
「駄目だ。つい最近、一個艦隊を動かしたばかりではないか。負担をかけ過ぎている。それに、フリゲート数隻だけでも、費用が馬鹿にならん。いや、費用対効果に限れば、陸軍の方が良心的だ」
と刺々しい口調で言った。彼は自身でも認めるほどの吝嗇家で、陰で、「エルベール内相が饒舌なのは何でか知っているかい? それは、喋りは無料だからさ」と言われるほどである。だから、必要以上に費用を気にし、周囲を悩ませることも多々あった。
「何? 今はそんなことを気にしている場合ではない」
首相が、厳しい口調で内相を制した。彼が、このように語気を強めるのは数年ぶりだった。10年前の首相の勇邁ぶりを新聞ごしに聞いていた外相は嘆息を漏らし、彼とともに事態に対応していた内相は、制止されたにも関わらず、上機嫌に顔を明るく染めた。
首相は優しく頭を掻き、枯葉の擦れるような、短い笑い声を上げて、
「今後もこの調子で行きたいものだ」
「首相、本題に戻りましょう」
「ああ、そうだったそうだった」
やはり、まだ感覚がボケているようだった。この様子を見て、両大臣は顔を見合わせて、互いに心配と若干の失望を、表情をもって伝え合った。
首相は恥じらいを隠すように頭を撫でる。そして、顔を引き締めると、一つ咳払いをした。
「海軍の方の協力を要請しよう。それが最善だ」
首相は、ならば海軍も呼べば良かったと僅かな後悔の念を抱きながら、ゆっくりと結論を述べた。
同じような思いは内相も抱いていた。海軍を呼んでいれば、より話が進んだだろう。ただ、海軍を呼ぶと必ずと言っていいほど陸軍大臣もついてくる。これが足枷だった。陸軍大臣が来ると、内相と陸軍大臣以外は蚊帳の外へ追いやられてしまうのである。
内相は、まだ時間があるしよかろうと、自身の淡い後悔を適当に振り払い、窓の外を眺めた。死骸に群がるウジのように人影が沸いていて、靄がかった声がしきりに聞こえた。前者は暴徒、後者はその罵声だということを、内相は直感的に結論づけた。
内相はゆっくり振り返って、
「首相、まだお客様が残っている。もう少し、室内にいたいのだが」
「ああ、構わない。二人とも安全が確保できるまでな」
と首相はヨロヨロと歩き、内相の後ろに立って、彼の肩に手を置いた。