任命
戦列艦「アミラル・ウィルソン」の甲板上で日向ぼっこをしている男がいる。うっすらと額に傷があり、右手に義指を嵌めているのがよく目立つ。そんな彼は毎日、昼ごろにここにいる。一見すると、お気楽な水兵さんのようであるが、彼はそんな無責任な立場ではない。彼の階級は准将、しかも戦隊を預かっているのである。本来の指揮官であるステファン・ゴベール少将に比べ全く仕事をしない彼を参謀などは、
「司令官代理、指揮官が昼間からサボっていては部下に示しがつきません」
と注意をしていたのだが、
「上官が気楽な方が部下も気楽になるからいいじゃないか。別に戦時中ではないし」
とか
「ゴベール司令官のようにあくせく働いて、本職までも倒れたら、余計混乱するだろう」
と言って全く聞く耳を持たないので、今ではすっかり何も言わなくなってしまった。ただ、彼は階級の低い兵士などとよく接している上、ゴベール少将に比べて気難しい訳でもない。だからか参謀以外にはそれなりに好かれていた。
そして、彼がいつものごとく、狭い甲板上でひとり日向ぼっこをしている時、参謀のフランク・アンジュー中佐が慌てて駆け込んできた。
「司令官代理! ドゼー中将がお呼びです。すぐに戦列艦『リース』へ向かってください」
息を切らす参謀を尻目に彼は、
「わかった。良いニュースであることを期待するとしよう」
と言って、むっくり立ち上がるとフラフラとカッターの方へ向かった。
彼は、こんな真昼間に呼び出すとは何事かと手弄りをしながら、「リース」へ足を踏み入れた。彼は、司令長官室へ赴くと、司令長官室のドアを4回ノックし、「入ってよし」の返答を聞いて中へ入る。すると、ドゼー中将が笑顔で出迎え、彼を抱擁した。
「やあ、ローレン司令官。突然だが良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
突然、劇にありがちな質問をされたので、ローレンは驚きつつも、
「じゃ、悪いニュースで」
するとドゼー中将は顔をしかめて、
「悪いが良いニュースから聞いたという体でよいか?」
じゃあ始めから聞くなよ! とローレンは心の中で愚痴った。そして、ため息を押し殺して、
「はい。良いニュースで……しかし、それなら最初からおっしゃっていただければよかったのですが……」
と軽く抗議したが、ドゼー中将は馬耳東風に聞き流すばかりで、
「そうか。では良いニュースだ。貴官は明日より正式に第五艦隊所属第13部隊司令官となる。いやあ、32で司令官閣下か。なかなか早いね」
と言って、ローレンの肩を叩いた。
「では、ゴベール少将は?」
「ゴベール少将は部隊司令官の任を解かれた。いや、そこは悪いニュースは? と聞いて欲しかったのだが……」
「ということは?」
ローレンは声を潜めて尋ねた。事前通告もなく任を解かれるということは、滅多にない。余程のことがあったはずだ。ドゼーは目を逸らして、
「ああ、流石に司令官の任に耐えられるほどの体力がないらしくてな。地方に赴任される」
と言った。ローレンは、「ゴベール少将の幸運を祈っております」と言ったが、
---助からなかったか!
と心の奥底では思っていた。ドゼーの言ったことが嘘であることに、彼は気付いていたのである。「地方に赴任」というのは、死人が出たことを隠すための常套句であるからだ。ゴベールは人気こそなかったものの、よく統率していたので、彼の死は悲しむべきものであった。
ドゼー中将はそれからは何も言わずに、ローレンに退室を促した。
翌日、ローレンは少将に昇進。正式に部隊司令官となった。参謀達はお手上げのポーズをしていたが、水兵たちは万歳をして彼を歓迎した。
「今は平時だから、変に気張る必要はない。物事には緩慢が必要だ。だから、軍紀の認める範囲内で自由にする。ようは、今まで通りだ。では、どうぞよろしく」
水兵たちが口笛を吹いたり、拍手をし、参謀の一人が「日向ぼっこは軍紀的にセーフなんですかね」と口を尖らせて言ったりしたが、就任式自体は特に何もなく終わった。もっとも、参謀の心配もある程度は正しい。彼の就任には問題点があった。一つは、年を食っていた前任者から、若いローレンへ移ったので、先任順位では他の部隊に負けてしまうこと。二つは、司令官の柄がアレなので、部隊の風紀が低下していると勘違いされかねないことであった。しかし、戦時でもない限り、どうでも良いことであった。戦時でない限りは。
設定資料はぼちぼち投下します。お待ちください <(_ _)>
モデルは近世・近代ですが魔法とか色々あるんで、史実とはちょっと違った感じになりますよ!