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8.尋問

 

 シルバが人を殺したのはこの世界にやってきてから一週間も経っていないころだ。

 あの頃はまだシャーウッドの森のメンバーは六人も見つかっておらず、今とは違い彼女の横にはシズクもナツメもいなくて、代わりに居たのは二人のむさ苦しい男達だった。

 一人はダスター。赤く逆立つ髪に褐色の肌が特徴の妙に暑苦しい男。

 もう一人はヨリック。外見は優男風だが隠しきれないほど内面の重たい雰囲気が体に纏わりついている陰気な男。

 場所も状況も分からない状態でシルバが二人と合流できたのは正しく幸運だった。彼らは男で、なによりもわかり易い容姿をしているため、知り合いだと相互理解するのは比較的簡単だった。

 不幸だったのは合流することになった場所だ。

 何かが腐った饐えた匂い。空気の循環が上手く行われていないようで、吐き気を催すほど濁った体臭が空間を常に満たしている。人工的な洞窟の奥深く。拐わかされた女性達が泣き叫ぶここは、正しく絵に書いた盗賊の住処だった。

 こんな場所で偶然合流できたのは不幸中の幸いだったのだろう。勿論、全員が手に手錠をされて、ダスターにいたっては足枷もされていたのはお笑いだったが。

 そんなこんなでいざこざもありつつ、自分達が助かる上では盗賊の殺害か排除は回避できない事柄だったのだ。

 アジトで見聞きしたことは唾棄すべき行為ばかりであり、被害者である女性達を助けるためにはどうしても彼らが邪魔だった。

 時間を置いていてはいつ、女であるシルバに男達の好色な手が伸びるか分からない。

 だからこそ早急に動く必要があった。思考から行動への切り替わりは一瞬だ。幸いこちらはゲームキャラクターそのままの|STR≪筋力≫を有しており、後衛職だったヨリック以外の二人は少し力を込めるだけで木製のそれは簡単にヒビが入った。

 手枷を力任せに破壊し、ダスターが背後から見張りの男の口を塞ぎ、その上でシルバがそこらへんに落ちていた石で頭蓋を殴打する。

 どろりと濡れた手に動揺しなかったのは、次の行動が頭を占めていたからだ。行動を起こした時には既に覚悟は決まっていたとも言う。

 手探りで洞窟を探し回り、賊と出会ったのなら声が上がる前に始末する。穢されていた女子供が居れば多少の介抱をした後隠れているように伝え、死体置き場で死に切れずに絶望しているものが居れば介錯をした。

 黙々としたルーティン。数をこなせば慣れない技術でも自然と身につくものだと実感する嫌な時間だった。

 時間を掛け、盗賊を全滅させた三人が洞窟を出た時、その目が淀んでいたのは気のせいではなかったはずだ。




 ◇



 人間の体に刃を通す感覚は未だに慣れないものだったが、動揺するほどでもない。あの時の経験は無駄ではなかったとシルバは感慨深げに回想した。

 何せ、現代日本で生活していれば自然と人体の構造は頭の中に入っているものだ。人体模型は医者でなくとも学生であれば目にしたこともある。教科書を読めば骨の位置に筋肉の着き方、内臓の位置などが詳しく載っている。人体の急所の位置を知るには十分過ぎる知識だ。

 太い骨に当たらないように差し込むにはどこがいいか。

 出血を強いるのならどこを斬りつけるのが効率的か。

 致命傷となる内臓はどの位置にあるのか。

 それを練習する機会はいくらでもあったのだ。知識があれば経験はより効率的に身につく。仮に囲まれていたとしても、重い鎧を身につけた彼らではシルバを捉えることは出来ない。


「これで残すはあなただけ」


 見覚えのある槍を構えた青年を睥睨したシルバは血脂に濡れた細剣を振るった。

 ピシャリと小さな水音と共に地面に線が描かれる。剣身から血が消えればそこには刃毀れ一つない綺麗な刃が浮き出てくる。斬った数は六名かそこら、死んだ人間はまだ居ないがその全てが地面に倒れ伏し、そう時間も掛からないうちに命を落とすだろう。


「た、頼む。命だけは許してくれ!」


 今さっきまでの威勢はどこにいったのか。青年は顔面を崩しながら涙を流して嘆願する。

 その姿にシルバは首を傾げ、ゆっくりと青年に向かって足を進めた。


「あなたがその手に持っている物はなに?」

「あ、あんたの槍だっ!」

「そうだよね。ならあなたはそれを私から奪おうとした賊ってことでしょ? 盗賊なら殺さなくちゃいけないよね」

「ヒ、ヒィィィイ!? っ俺が悪かった、この槍も返すから」


 だからこれ以上近づかないでくれとでも言うように震える手で投げ渡された短槍をシルバは空中で掴み、そのまま背中の止め具に固定する。

 自分の物が知らない相手に触られていたのは不快だが、返してくれるのなら根にはもたないでおこう。


「ねえ、家族はいるの?」

「は?」

「だから家族。故郷に親だとか奥さんだとかはいるのかって聞いているの」


 剣先を喉に突きつけながらシルバは訊ねた。


「…嫁はいねえが、家にはお袋と妹がいる」

「ふーん、妹さんは何歳?」

「今年で十一だが、それを聞いてどうするっていうんだ!?」


 家族のことを思い出したからか、青年は震えるのを止めてこちらを不安げに見上げる。


「どうとも、ただの時間つぶし」

「――おいっ、どういうこと…」

「ギルマス、こっちも終わったよ!」


 後ろから声をかけたシズクにシルバは振り返らずに手を振る。

 多数の呻き声。想像通りシズクは彼らを殺してはいないらしい。


「そいつどうするつもりなの?」

「話を聞こうかなって、どうしてこうなったかは知りたいでしょ」

「それは…確かに」


 シルバがひとまず目線で青年を指した。見れば男の顔は青褪め、眼を伏せて口を噤んでいる。


「……な、何も言えない。もし何か話したら俺は殺される」

「発覚して親玉さんに殺されるか、私にこの場で殺されるかのどちらかですね」


 どっちにしても積みなら生き残れる方を選ぶべきだ。彼なりにこの状況を理解しようと必死に顔を歪ませて、考え込む。

 そうする間に、安全を確認したのか馬車の中からケイとナツメが出てきて、辺りを見回している。


「終わりましたか?」

「全員意識を飛ばしているよ。この人だけ無事だけど今からギルマスが話を聞きたいんだって」

「そうですか、なら私は騎士の方を見に行きますね。ケイはどうします?」

「…話は聞きたいんですけど、シェムが心配なのでついていきます」


 シェムの方に向かう二人を見送る。見たところまだあの騎士は息をしているようだ。それならアルケミストであるナツメならどうとでもできる。もっとも、アルケミストのスキルで製造される初級ポーションでは外傷は治せても、傷による感染症や炎症には対処できないが。


「それであなたはどうする」

「…本当に話せば殺さないでくれるのか?」

「うん、丁度いいことにあなたのお仲間は聞いていないからね」


 男は何度か口を開け閉めし、逡巡するように躊躇ったあとシルバを見た。


「わかった、俺が知ってることは全部話す」




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