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7.ケイの瞳

 

 私が兄に嫌われていたのは自覚していた。

 いつの頃かからは分からないが彼の目つきが―――悼み、憎む目つきが私にそう自覚させた。

 皆に尊敬されて、優秀な兄。父は同じだが母は違う私達。これでも幼い頃は本当に仲がよかったのだ。私の自慢の兄様。

 母さまの膝の上で二人一緒に本を読んでもらった日もあった。あの時の兄は今とは全く違って花の様に笑って陽の下を走っていたのだ。

 今では到底想像できない憧憬の過去。あの時のように共にお花畑に行くことが出来るのをどれほど待ち望んでいることか。

 だが、その日々はどれだけ待ち望んだところで来る事はないのだろう。


「…あの人は私のことを本当に嫌っておいでなんですね。……いえ、それとも私のことなんてどうでもよくて気にしているのはこれだけかも」


 戦いは既に始まっている。小窓からちらりと覗けば兄がつけた兵士と対峙している二人の少女の背中が見える。

 私と大して歳の変わらない可憐な少女達。彼女達を囲んでいるのは大の大人ばかり。一様に訓練された兵士達だ。普通なら先の未来を想像して震えて縮こまるはずなのに、彼女達は震えもせずに立っている。

 いや、むしろ怖気づいているのは男達の方かもしれない。扉を吹き飛ばした初撃に彼らは驚愕し、それを成したと思われる少女を不気味に恐れている。

 何をしようとしているのか、最初から最後まで見ていた私でさえ言葉を失うほど驚いたのだ。意識の外だった彼らにとっては計り知れないものがある。

 正しく彼らは双方の陣営において予想外の戦力だった。

 私が急遽無理をして雇ったハンター組合の女性ハンターたち。仮に雇ったのが屈強な男性ハンターなら彼らも警戒をする。だが雇われたのが女性で、それも私の話し相手としてなら油断もするはずだ。何か起きれば矢面に立ってもらい、時には盾にでも囮にでもすればいいと、彼女達には悪いが考えていた。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 信頼していたシェムが倒れた現状では、彼女達『シャーウッドの森』は私が持ちうる限りで最大の切り札(ジョーカー)足りうる存在になっている。


「……本当に大丈夫なのでしょうか」


 途端に不安が込み上げてくる。もし彼女達が倒れてしまえば戦う術もない小娘の私では逃げることさえ出来ずに捕らえられるだろう。

 その後のことは余り想像したくはない。彼らの上官である兄が私の命をどう考えているかで対応が変わってくるのだから。


「大丈夫ですよ。ほら、そんなに不安ならここから見ているといい。多少血生臭くて物騒ですけど、不安にはならないでしょうから」


 私の手を覆うようにナツメさんの大きな手が重ねられる。

 私より年上で、どことなく頼りがいのある女性だ。ふと、シャーウッドの森の女性達は皆美人ばかりだと、関係の無いことが頭に浮かんだ。

 あまりに緊張感のない思考を振り払い、言われた通りそっと小窓を覗く。


「へっ、小娘がどんな魔術を使ったのかは知らんが俺らを扉のように簡単に吹き飛ばせると思っているのならとんだ勘違いだぜ」

「こっちは目的の物さえ手に入れればあとは自由って言われているでね」

「むしろ賊の仕業に見せかけなきゃならんのでな。元々、あんたらの命運は決まっているのさ」


 果たして扉を吹き飛ばしたのは魔術によるものなのだろうか。見ていた私からすれば単純に身体能力によって蹴り飛ばされたようにしか見えなかった。…尤もそんなことが出来る人間を今まで見たことはなかったけども。

 蹴破られた扉から声は聞こえてくる。

 声質からして兵士たちのまとめ役をしていた男達だ。彼らは時々私にも下卑た視線を寄越していたので覚えていた。


「そう、ならあなた達は私たちの敵ってことね」

「ギルマス、もういい?」

「いいよ、シズク」


 私からは見えない。

 彼らが何に怯えたのか。シルバの瞳に何を見たのか。

 ただ見えたのは宙を踊る銀糸と鋭利に輝く刃の舞踏だけ。


「―――蹂躙の始まりです」


 シルバの言葉をきっかけに周囲は悲鳴と怒鳴り声に支配された。

 どこにそれほどの膂力があるのか不思議に思うほど、彼女が細剣を振るえば男の腕が軽々と宙を舞う。

 話に聞いていた彼女の本来の武器は槍だったはずで、護衛が始まる時に自分の槍をシェムに預けていたのも確認している。本人も腰に佩いている細剣は備えであり、あまり得意ではないと言っていた。

 だというのに、その動きに躊躇いも淀みもないように私からは見えた。それが不思議に思いナツメに訊ねれば。


「シルバの得意じゃないは他人のそれとは基準が違うんですよ。アレは大抵のことはそつなくこなすので言葉通りに鵜呑みにすると、周りが困惑するんですよね。でも確かにシルバは近距離戦を苦手にしていたはずです」


 今のところ負けているのは身内にだけですが、と付け足したナツメに私は自分が信じられなくなるぐらいに驚く。

 振るわれた剣を寸でのところで受け流し、返す手で僅かに露出した鎧の隙間から首を切り裂く。四方を囲まれ一斉に突きこまれれば、一瞬にして地面にしゃがみ込み、まるで蛇のように足の間を駆け抜けついでに太ももを切りつけている。

 あれが近接戦闘を苦手とする人間がする行動? あんな動き騎士として剣の腕を磨いていたシェムでもそうは出来ない芸当だ。

 そもそもあんな言動をしていたが兵士達は一端の武芸者たちだ。人外を相手にするハンターとは違って、主に人間相手に戦えるように訓練されているはずなのに、彼女達はまるでそれを子供のようにあしらって倒していく。

 圧倒的というのだろう。身体能力も技能も何もかもが段違い。何も出来ずに蹂躙されていく様は演劇か舞踏のようだ。


「シズクさんは、なんといいますか…あまり慣れていないんですね」


 血生臭いシルバとは違って、彼女の方は極端に出血が少ない。

 良く見てみれば彼女が振るっている二刀は逆に握られており、周囲に倒れている男達は斬られたのではなく、打たれて痛みに悶えているだけ。所謂峰打ちという状態。


「モンスター相手ならそうじゃないんですけどね。うちでも人相手に同じように立ち会えるのはシルバと。後は、ここにいない二人ぐらいかな」

「だとしても圧倒的過ぎますね」


 人を殺すのに躊躇いのない人のほうが少数だ。訓練しているはずの兵士でも戦争に出れば気が参ってしまうらしい。私自身、今この瞬間に剣を持たされ、人を殺せと言われても実行できる自信はなかった。

 だが仮に本来の実力を出せないとしてもその動きは彼らを翻弄するには十分過ぎた。

 呆然としているうちに残すはシルバの槍を持つ兵士だけ。その彼も唖然とした様子で周囲を見回している。


「これだけの力があれば……」


 彼女達に協力を頼めば私は目的を達することが出来るかもしれない。

 本来の想定なら難所は関所であり、以下に荷物を隠し切るかが問題だった。よもや護衛に裏切られるとは考えていなかったのだ。それは彼らは私につけられた鈴であり、飼い主に居場所を逐一知らせる犬だと考えていたからだ。

 その想定が全て壊れた現状では兄の手が届きうる関所でも危険は付きまとうだろう。むしろこの勢いでは、領外に出たところでどうなるか分からない。

 懐に抱いていた包みをぎゅっと握り締める。

 兄の書斎から盗み出したこれを私は必ず叔父様の元へと届けなければいけない。仮に失敗して、また兄の手元に戻るようなら私は命を投げ出してでも処分するつもりだった。だがそれもしなくて済むかもしれない。

 私は何をしてでも兄の所業を止める。そう思い、出てきたのだ。

 領主が守るべき罪もない民衆を虐殺するなど、どれほどの理由があろうとも合ってはならない。それを止めるのが家族としての最低限の責務なのだから。

 私は小窓から戦いの決着を見届ける。襲ってきたとしても、彼らは私が行動を起こしたせいで起きた最初の犠牲者たちなのだから、決して目を逸らす訳にはいかなかった。





騎士は曲芸師でも軽業師でもないので飛んだり跳ねたりはできません

 ※とあるナイトメア乗りは除く

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