15.魔道書の怪物
魂とは何かを考えたことがある。
こんな議題を上げるのは精々、思春期真っ盛りな中二病患者か胡散臭い宗教家ぐらいだが、焚き火を囲んで夜を越す雑談には丁度良かった。
焚き火なんて生でみるのは学生の頃のキャンプ以来。
パチパチと弾ける火の粉が宙を舞う。
「だからよ? 俺らがこうして肉体を変えても変わらず生きているってことこそ、魂が存在している証拠なんじゃないかって」
「またその話?」
「シルバは気にならねえのか? こうやって訳も分からず別の体に取り替えられても平気な理由。俺らは前より面がよくなってるから不満はないけどよ。お前の場合前よりタッパ減ってるだろ」
「なんでそんなこと知ってるのって、ああ、オフ会の時に会ってたっけ」
確かにシルバという名のキャラクターの肉体を得て視点も体の使い勝手も変わっていた。
だからといって前の身体にも今の体にも不満はあまりない。そもそもそんなことを考えたことがなかった。
「私に聞かないでヨリックに聞いたら? それこそ魂なんてネクロマンサーの分野だよ」
煙臭くなった外套に包まりつつ、シルバは話にも加わらずにいる男に目線を向ける。
名前を出されても反応一つしない彼は自身の傍で横たわる女性をじっと静かに見つめていた。
「あーっと、マリアさんの容態はどうだ?」
「……随分と安定している。無事定着も済んだ」
マリアと名乗った女性は、シルバたちが囚われていた穴倉で出会った被害者だ。発見された時には既に虫の息であり、体の至る所に暴力を振るわれた痕跡が残っていた。
焚き火の光に照らされた肌は青白い。シルバからは見えないがきっと彼女の胸は一ミリも動いていないのだろう。
彼女はあの穴倉で命を落とした。まだ生きたいと口にし、自身を穢した賊たちを恨みながら、その儚い命を散らした。
零れ落ちた魂を呼び戻し、アンデッドとして望みを叶えたのがネクロマンサーのヨリックだった。
「ダスターが言う通り、魂は存在しているさ。ネクロマンサー以外には感じにくいかも知れないが死霊術を使う上では切っても切り離せないモノだからな。もっとも魂を感じ取れるようになったのはこの世界に来てから、だけどな」
「ほらよ、やっぱりあんじゃねえか」
「それで、魂があったとしてどうなるの? 分かった所で元の世界に帰れるわけでもないでしょ」
「テンション低いな、おい」
「眠いだけ」
目蓋が落ちかけているのを必死に抗うか、それともこのまま睡魔に身を委ねるか一頻り悩んだ後、シルバはもう少し付き合うべく唸りつつ目蓋をこじ開ける。
「それでさ、魂の話だけどよ。あれが存在するなら蘇生スキルとかアイテムはどういう扱いになるんだ? ゲームの時みたいに無制限に蘇生できるんだとしたらあまりにチープだろ」
「無制限ってゲーム時代でも時間制限はあったよね。蘇生アイテムなんて課金でしか手に入らなかったし、あったとしても目にする機会はなさそう」
課金という言葉に、今は亡きアイテムたちのことを想い少しだけ心が沈む。
現状、四人が身につけている衣服も装備も全て盗賊のアジトで見つけ出した盗品から拝借した物だ。それ故に質が良い物では到底ない。剣は直ぐにでも刃が欠けそうで、衣服にいたってはゴワゴワと着心地が悪く、もしシルバの肌が弱かったら確実に痒くなっていただろう品質だ。
ファンタジーな世界で、現代の安価で着心地も良い大量生産品はさすがに求める気はないが。
「どちらにせよこの三人じゃ蘇生スキルは試すこと出来ないけどな。せめてギルドにいたヒーラーの誰かがいたら安心できるんだが」
「共に被害に遭うのを悲しむのか、同類が出来たことで安心感を得るのか難しい所。最悪死んだらヨリックにアンデッドにしてもらうのも手だけど」
先日アンデッドにジョブチェンジしたばかりのマリアの調子を見るに、それほど悪いものでもないようだ。
生物としての欲求は大分低減されてしまうが死ぬよりはマシな場合もある。
そう話せば、ヨリックは顔を顰めて苦言を口にした。
「個人としてはオススメしない。メリットに対してリスクが高過ぎる」
「そうなのか? 傍から見ているだけならそこまでリスクがあるようには見えねえけど。進化していけばデメリットも減っていくんだろ」
ゲーム内でもネクロマンサーは従者として引き連れたアンデッドを各自で鍛え上げて進化させていた。
初期はゾンビだったものが、吸血鬼になり、プレイヤーの盾役として活躍しているのも見たことがある。
この世界でもその通り進化できるのであれば、生きている人間と同レベルの感覚にすることも出来るだろう。
「そういうことじゃない」
それでもヨリックは首を横に振り否定する。
「魂があるとは話しただろう。アレは生きているうちは当然体内に溶け込んでいるが死ぬと急速に体外へと流れ出す。数分から数十分は死体の傍に漂っているが、時が経つにつれて次第に霧散していく」
「霧のように散っていくってか…そうなると」
「ああ、完全に無くなってしまえばネクロマンサーのスキルを使っても死体に魂を戻すことはできなくなる。仮に半分も魂を欠損してしまえばスキルは発動しても意思もない命令を聞くだけの人形になってしまう」
「怖い話だな。スキルが遅れれば廃人か」
「…それをどこで試したのかは聞かないでおくよ」
呆れた口調でシルバが言えばヨリックは静かに口元を歪めて笑った。
大方盗賊の塒を掃除し終わった後、それぞれ自由時間としてバラバラに分かれていた時に試していたのだろう。あの場にはそれこそ死亡推定時間がバラバラな死体がたくさんあったのだから。
「それってつまり蘇生も時間を置けば成功しないってことか?」
「ゲーム時代でも蘇生には時間制限があっただろ。それが死霊術にも蘇生スキルにも共通で存在する確立が高い。マリアの場合は死んで直ぐに行ったからここまで自我があるんだ。廃人になる確率を考えれば死なないに越したことはない」
「へぇー、なら漫画みたいに過去の人間を現代に蘇らすとかは出来ないんだ」
「厳しいと思うぞ。その経年を人間の魂が耐えられるとも思えない。輪廻転生していれば呼び戻す魂が変容している。逆に転生していなければ魂はどこに保存されているのかって話」
もし神の御許にいるのならそこにアクセスする方法がなければ魂を見つけることさえ出来ない。見つけられても歴代の魂の中から目的の一つを見つけ出すのは至難の業だ。
そしてそこから引き摺り降ろすのも莫大なエネルギーが必要になる。
それを考えれば時間経過した人間の蘇生は無理難題なのだろう。
「だから俺が彼女に出会えたのは奇跡なんだ」
「……最後でのろけるのはやめろ」
触れるか触れないかの間隔。
宝石を扱うようにそっと肌に触れたヨリックはまた口を閉じ、マリアを見つめる作業に移るらしい。
その様子にダスターは白けたように外套を手繰り寄せると、焚き火に一際大きな薪を投げ込み地面に伏せる。
「もう寝る」
「うん、おやすみ」
一言呟いてから寝息を立てるまでシルバはじっと宙に飛び立つ火の粉を眺め続けた。
◇
ランベールの手元から溢れ出した紫の魔力光がシルバたちの視界を覆った。
その光量にケイは小さく悲鳴を上げ、シルバは顔を伏せる。
数秒か、十数秒か。目を刺す光が収まり、そっと目蓋を開けたシルバたちの目に映ったのは動揺しているランベールの姿とその眼前に蠢く不定形の怪物の姿。
「な、なぜだ……手順は確かに踏めたはず。場には力が溢れていた…なのになんで成功していない!?」
どろりと手の内から怪物が零れ落ちる。
黒い粘液のような体表は牙が生え、口に変わり、目に変化し、鼻が飛び出るなど定型など存在しないように不気味に変化し続けている。
関所でランベールが出した黒い粘液に外見上は似ているがあれには牙も口もなかったはず。あれはインクのような見た目をしていたがこれはどちらかというとタールのようにねばねばとしていて立体的だ。
とてもではないがあれをランベールが求めていたとは考えられない。つまりはヨリックが話していた通りのことが起きたということだ。
「……魂の召喚は現実的ではないか。おおよそ、想像通りの結果になった訳ね」
「それはどういう…」
「オンナァ! その言葉はどういうことだ。貴様は何を根拠に失敗したと確信しているんだっ!!」
先ほどまでの余裕はどこにいったのか。
ランベールが切羽詰ったように大声を上げる様をシルバは哀れむように見つめた。
「私の仲間にはネクロマンサーがいる。彼曰く、死霊術は召喚術ではない。この場にいない霊魂を呼び出すことは出来ないし、年月が経って破損した魂を癒すこともできないって」
「何を根拠にっ」
「この場に出すことは出来ないけど、あいつは何度も実験していたよ。その結果、死んでから時間が経ってしまった人間はアンデッドにしても自我が持てず、死んだ直後なら生前と同程度の自我を持つことが出来るって纏めていた。死霊術の腕は貴方よりも何倍もよかったからこんな大掛かりな準備もせずに出来たのは僥倖だった」
「私よりも? 人間の死霊化を何度も? 馬鹿なっ、触媒も準備も無しに生物を人為的にアンデッドにして自我を持たせるなんぞ、伝説の中でしか出来ぬ芸当だ。この私でさえ魔道書の補助がなければ発動さえ出来ない儀式魔術だぞ」
「さぁ? そんなことは門外漢の私には理解できないしどうでもいいこと。でも、確かなことは、彼が一人の女性を死から呼び戻して今も二人で仲良く一緒にいるってことだけ。……そういえば貴方は何のためにクレアさんを蘇らせようとしていたんだっけ」
煽るのではなく、純粋な疑問。
呼び出そうとしたのは実の母ではなく、妹の母親。しかも実の母が疎んでいた相手だ。
何の事情もなく、こんな手間と犠牲を浪費して行う関係性ではない。
だとしたら、と考えた所でシルバは納得したように一人で頷いた。
「もしかすると、そのクレアさんのことが好きだったの?」
「えっ、お兄様?」
親子としてではなく女として。
初恋の人を奪った両親を恨み、再会を望んでその人の娘さえ傷つけた。
そうだとしたら尊敬するほど歪みに歪んだ上で一途な男だ。
ケイはシルバの言葉に驚いたように目を瞬かせランベールを見た。
「……あの人は私にとっての太陽だ。この感情を表現する言葉を私は持たないが、他者がこれを恋慕だと表現するのなら、そういった一面もあるかもしれないな」
「そう。私には分からないけどそういうのもいいんじゃないの」
ふと、シルバの隣でぎしりと音が聞こえた。
「……お兄様はそのために、ここまでの犠牲を? 家族を殺して、民を殺して、全てを捨てたのですか」
「そうだ」
「そんなの……」
ケイは堪えるように俯き、ゆっくりと顔を上げる。
「あんまりに独りよがりが過ぎるっ! そんなことをしてお母様が何を思うか。仮に蘇ったとしていても犠牲になった人を考え絶望してしまうのがあの人なのに、貴方は今までお母様の何を見ていたんですか」
「独りよがりなのは百も承知だ。私は私のためにあの人を蘇らせようと決めたのだ。それをお前にとやかく言われたくはない」
「お兄様っ!!」
「―――待って」
加速する兄妹の言い争いをシルバが止める。
別に聞くも耐えなかったからではない。会話の果てにランベールが大人しく矛を収める結果もあるかもしれないので言い争いは別にいい。
問題なのは目を離した瞬間にランベールとシルバたちの間にいたはずの怪物が消えていること。
這ったような跡も、草が擦れた跡もない。常に視界の隅には納めていたはずなのに、気付いたら跡形もなく消えていた。
「あの怪物はどこに? 未だに何か企んでいるんですか。それなら身動ぎ一つでもした瞬間貴方の胴体を貫きます」
「知らん。私はアレに何も指示を出してはいない。そもそもクレアを蘇らせようと魔導書に従ったのに、出てきたのが気味の悪い怪物なのだ。私に分かるはずがないだろう」
「ふんっ、魔道書に謀られたって訳ね」
魔道書に書かれた、いや教えられた通りにしたら、勝手に動き回る怪物が現れたというのならそれは謀られたということなのだろう。
ケイも魔道書が死霊術の使い方を教えてくれたといっていた。
二人が共に手にしている魔道書は色が違うだけで外装はほぼ一緒だ。場合によっては戦闘中に双方の魔道書を破壊する必要もあるかもしれない。
だが、それよりも前に見つけなくてはならないのはあの怪物の姿だ。
遠くではシズクがダークナイトと戦っている。ナツメが炎を生み出し周囲を壁で囲んでいる。あちらに向かっていれば彼女達のどちらかが気付くはずだ。
『テケリ・リ』
どこからか奇妙な鳴き声が聞こえた。
「―――お兄様っ!?」
ケイの悲鳴。
慌てて視線を戻せば、シルバの視界に映ったのは呆然と立ち尽くすランベールを怪物が覆う瞬間だった。
シルバ「元の身長から―10以上」
ナツメ「前の身長から+5」
シズク「ほぼ同じ」




