14.アルケミストの炎
誤字修正感謝します。
「これで材料は揃った」
膨大な死のエネルギーは大地から吸い出せば足りる。
儀式のための生贄は、日は経ったが既に百は奉げた。
復活の対象であるクレアの頭蓋骨は用意してある。
最大の難点であった、血縁者の血肉も今こうして手に入った。
「ダークナイト、やつらが邪魔をしないように相手をしてやれ。それと念を入れて骸骨兵もぶつけてやろう」
いつも通り魔力を魔道書に送る。
ずるりと際限なく吸い出される魔力を、吸い尽くされる前にこちら側でカットすれば、アーティファクトとしての効果が発動する。
迸る魔力と大地に垂らした血液が怪しく輝き、大地に浸透していく。
ぼこりと地面が膨れた。それも一つではない。およそ数にして数百。周囲の地面が蠢き、そこから土に塗れた骸骨が這い出てくる。
「私がスケルトンを相手にします。ダークナイトはどっちかが抑えてください」
「んじゃ、デカ物は私が押さえるよ! 大本はギルマスお願い」
「わかった」
ケイの傷はシルバから渡された液体によって治療されている。
骸骨兵が少女達を囲み始め、ダークナイトが双剣の少女と対峙する。
「ほお、骨の相手は弓士か。他の二人で相手をした方がよいのではないのか」
「心配されなくとも私の本業は弓ではないので、むしろこの程度の量では物足りないぐらいです」
あくまで余裕を崩さないナツメの態度にランベールは忌々しげに舌打ちをする。再度、配下のアンデッドたちに指示を出し、目前と迫った復活の儀式に意識を戻した。
「シルバさん……」
「大丈夫。結果は見えているから今は体勢を整えて」
なにやら言っている少女達の言葉を意識的に無視し、鷲から受け取ったケイの血肉を懐から出した頭蓋骨に塗りたくる。
準備は整った。魔力を自身と魔道書と大地に循環させる。
「そこで見ていろ。私の望みはここでようやく叶うのだ」
魔力が走り、空間が揺らめく。
死を乗り越え、時を跳躍する禁断の魔術がここに生れ落ちるのだ。
紫の魔力光がランベールの視界を埋め尽くした。
視界の片隅で迸る魔力の流れを横目にナツメは背嚢からいくつかの薬品が入った瓶を取り出した。
スケルトンたちはじわじわと包囲を詰めてくる。端では既にダークナイトとシズクが激しく剣を打ち合っていた。巨大な騎士剣と少女の体躯に合った小型の双剣が交わされる光景は違和感の塊だ。押しているのは体重とリーチがあるダークナイトの方で、風切り音と共に振るわれる騎士剣をシズクは紙一重で避けていた。
「アレに介入が入ると面倒ですね。早めに手を打ちますか」
手に持った薬瓶を四方に投げる。
ナツメはメンバーの中で限れば非力だが、それでも膂力は一般的な成人男性を軽く超える。
シルバ直伝の投擲術を合わせれば、先頭に立つスケルトンたちの頭上を越えて、狙った場所に薬瓶を落とすことなど雑作もない。
遠くでパリンとガラスが割れる音が立て続けに鳴る。命令を守るだけしか頭がないアンデッドでは落ちたそれがなんなのかも、この後起きる事態も想像することが出来ない。
大地に広がりつつある薬品に魔力の糸を繋げた。後はスイッチを押すだけ。
他の二人に比べれば楽な仕事だ、とナツメは口角を上げた。
「―――吹き飛びなさい、イグニッション!!」
爆音。錬金術で創り出された薬品はナツメの魔力を起点に攻撃へと転化する。
四方に炎の柱が出現する。真上にいたスケルトンは塵になるまで燃やし尽くされ、灰は上昇気流によって空に撒き散らされる。
近くにいたスケルトンたちは軒並み熱で溶けていくが、それでも数の多い彼らを抑えるには足りない。
続けて柱の間に別の薬瓶を投げ込めば柱と柱が炎の線で繋がり、スケルトンを退けるように炎の壁が立ち昇った。
「これが炎陣結界。……少しだけ熱いですけど、まぁ、私は動かないんでいいですよね」
錬金術の結晶である薬品によって生み出された炎の勢いは収まる気配もなく燃え盛っている。
押し入ろうと炎に触れたスケルトンはジワジワと炎上し、炎の壁を越える前には燃え尽きて消えていく。
弓を構え、稀に乗り越えてくるスケルトンに矢を放ちながらナツメは他の二人の戦いの行く末を見つめた。
◇
人を超えた膂力で振るわれた騎士剣を辛うじて受け流す。
ギリギリと甲高い音を立てて。火花を散らし横に逸れていく剣を横目に、痺れ始めている自身の両手に気付いてシズクは小さく舌打ちをした。
速さでは圧倒的にシズクが勝っている。ダークナイトの体には何度も刃を突き立てることには成功している。それでも倒しきれないのは常軌を逸した回復力とその堅牢な鎧の性能のせいだ。
敵がアンデッド故に出血による体力の低下も狙えない。斬り飛ばそうとも、大振りな攻撃では少し位置をずらされるだけで鎧に防がれてしまう。
攻撃ばかりにかまけていると、無造作に振るわれた騎士剣の範囲からは逃れられず、重い一撃を貰ってしまう。小柄なシズクの体ではその一撃だけでも体勢を崩すには十分だった。
「ていうか技量だけなら私より上じゃない? アンデッドに負けるとかマジかー、うわっマジかぁ」
どうにもダークナイトは素体にされたシェム以上の技量を持っている気がする。動きはぎこちなく、時々硬直したようにワンテンポ遅れることはあるが、振り下ろされた剣の冴えは重量以上の破壊力を秘めていた。
魔力でエンチャントされたシズクの双剣でさえまともに食らえば断ち切られてしまいそうな鋭さだ。
剣術の冴え。鎧の硬度。アンデッドとしての特性。なるほど確かに、それらを併せ持てば国を滅ぼすほどの脅威足りえる存在になるだろう。
(そんな化け物と対峙するのが少し前までただのゲーム好きの女子高生だった自分とは笑えるね)
痺れが治まりつつある指を再度動かし、剣を握りなおした。
昔のままだったなら立ち会うことさえ出来なかった相手だが、生憎今はチート張りに強いシズクだ。
この世界に来て早一月。何度も化け物退治はしてきている。それを思えば目の前の相手もそう変わりはしない。
ゲームで思わぬ強敵に遭遇した時、ロストを怖がって逃げていたか?
否。否である。
限界まで挑戦して攻略の糸口を探し出す。攻撃パターンを探し出し、反撃の隙を窺う。弱点を総当りし、ダメージを狙っていく。
それがゲーマーとしてのシズクのあり方だ。
何もせずにただ逃げるのは性に合わない。
「火力担当舐めないでよ。瞬間火力なら私は誰にも負けないって自信があるんだから」
体に魔力を注ぐ。
目的は身体能力のバフ。敏捷性を上げ、膂力を上げ、普段なら無意識に防御に回している魔力も攻撃に転化させる。
攻撃を受ければ危ういのなら全て避ければいい。
硬いのならそれ以上の鋭さで斬ればいい。
毎秒回復するのならそれ以上にダメージを与えればいい。
こちらが倒れる前に、相手を倒しきればゲームクリアだ。
ちりちりと空気を燃やす熱を感じながらシズクは肉迫する。
ギロチンのように降ろされる騎士剣を掻い潜り、左腿を一閃する。
斬り飛ばせはしなかったが確かな手応え。傷口は太ももの半ばまで達しており、ぐらりとダークナイトはふらついた。
傷口は黒い粘液がすぐに溢れ出て塞いでしまうが、鎧ごと肉を斬ったという事実は静かにシズクの闘志を鼓舞する。
「ガアアアア!!」
叫び声。ダークナイトが剣を振るうたびに、風を引き裂く轟音がシズクの耳を震わす。
「威力があるっていうのなら失くせばいいだけだよね」
騎士剣は長く重たい剣だ。一般的に使用する場合は馬上か、両手で持つことが必須であり、重く鋭い一撃を放つには剣先を重視する技術が必要だった。
一番威力があるのは重量とスピードが乗りやすい剣先。逆に手元に行けば行くほど速度も重さもなくなる。そしてそれは人外の膂力で振るうダークナイトの剣にも適用される。
故にシズクは間合いから離れるのではなく、懐に飛び込むことを選んだ。
速度が乗る前に騎士剣の根元に双剣を当て弾く。拳が振るわれればステップを刻んで交わし、伸びきった腕に対して剣を真上から振り下ろして切り落とす。
ぼとりと落ちた腕はすぐさま形を崩し、黒い粘液になって元の持ち主の元に這い戻り、腕の形に再生する。
「うわっなにそれめんど」
切り離しても直ぐに直るという事態にシズクは顔を顰めた。
それでも薄々とだがダークナイトの正体が掴めて来た気がした。鎧を纏った巨躯の騎士。その正体はあの粘液なのだろう。それか騎士が粘液の特性も併せ持っているのか。どちらにせよ、液体状態になった粘液をどうにかしなければ倒すことは出来ない。
「でも丁度良かった。私一人ならどうしようもなかったけど、お誂え向きにこんな立派な焼却炉が近くにあるんだから」
ダークナイトの後ろにはナツメが創り出した錬金術の炎が見える。
あれは発動すれば数十分は燃え続ける錬金の灯火。時として、一般的な手段では溶解できない金属を溶かす際に用いられるものだ。この粘液の水分を飛ばすには十分過ぎる火力だろう。
脳がないアンデッドを押し込むだけなら然程手間はかからない。
シズクの動きはダークナイトを翻弄し、双剣が弧を描いて襲い掛かる。
人なら息をつかせない連撃。耐えて反応できたのは呼吸の必要がないアンデッドだからこそ。だが反応出来たところで受け流すことも許さないシズクの剣は少しずつダークナイトの足を後退させた。
「ガアアアアアア!!」
背中を炙る熱に粘液が本能的な恐怖を覚えたのか。
ダークナイトが雄叫びを上げ、薙ぎ払った騎士剣を宙に舞うことで避ける。舞い上がった際に繰り出された足技による一撃が頭に突き刺さる。
よろけた所を斬り上げ、切り離した腕を剣で炎の中に弾く。
じゅうっと水分が焼ける音が鳴った。
炎の揺らぎの中で腕が溶け、粘液が踊る。
先ほどは直ぐに帰ってきたそれは炎の中では這うことも出来ないのか、苦しむように蠢いて燃え尽きていく。
「へぇ」
想像通り、いや、想像以上の結果にシズクの頬が歪む。
びくりとダークナイトの肩が震え、逃げようとした所で、剣が道を塞ぐ。
「逃がす訳、ないよね?」
騎士剣を持ち上げたダークナイトに対して、双剣の煌きが迫った。




