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11.腐肉と骨と粘液

分割するところがなくて5000文字オーバー。


 



 ゾンビ。生ける死体。死人憑き。キョンシー。アンデッド。彼らを指す言葉は数多くあれど脅威は共通だ。

 死んでいるが故に痛覚はなく。例え手足を切り飛ばしても動けるのなら襲い掛かってくる。彼らを無力化するには手足と首を切り離すか、動けないほどのダメージを与えるか。

 それか大本である術者の意識を奪うことでしか止まらない。

 ナツメが馬車の上から矢を放ち、ゾンビの頭蓋をヘルムごと射抜き、外壁に縫い付ける。シズクが双剣を振るい、馬車に取り付こうとする者たちを順にバラバラに切り刻み、時には地に崩れた胴体を蹴り飛ばすことで後続を巻き込む。シルバが一人突出し、その槍で取り囲むゾンビの多数を引きつけ、同時に戦闘不能に追い込むことでどうにか均衡は保たれていた。


「キリがないんだけど、これどうするの!?」

「喋っている暇があったら剣を振ってくださいよ! ほら馬車に手が触れ始めましたよ」

「無理無理無理っ! 死体が邪魔で動けないんだって」


 斬れば斬るほど動きにくくなる戦場なんて経験したことがないシズクは苛立ちを隠そうともせず声を荒らげた。

 三人が倒した敵は既に数十を超えている。時折、死体を蹴飛ばしたり、槍で吹き飛ばしたりはしているが、屍の山は高くなるばかり。

 山の高さの分だけ被害者がいると考えるとどれだけの被害なのか呆れてしまう。


「まだ術者は見つからない?」

「全然。壁が高過ぎて奥まで見渡せません。もし建物の中にいるのだとしたら手に負えませんね」

「そう。つまり、姿を現さないなら慌てて飛び出してくるぐらい滅茶苦茶にしちゃえばいいわけか」


 カンッと槍が小気味の良い音を立てた。

 砂塵を巻き上げ、掬い上げた一撃で右腕を吹き飛ばし、よろけた所を勢い良く蹴り飛ばす。肩に手を掛けられれば、力を入れられる前にこちらから腕を掴み返して握りつぶす。一般人の膂力を上回るゾンビでさえ、更に上回る膂力を持ってしてシルバは場を蹂躙していく。

 敵は無尽蔵ではない。これだけのゾンビを生み出すには素材と魔力が必要不可欠であり、シルバが破壊すれば破壊するだけ相手のリソースが削れて行くことに繋がる。


「大技を放つから」

「了解」


 兵士の格好をしていたゾンビの手から持っていた槍をぶんどり、一度下がる。代わりに返事をしたシズクが前に出て、魔力の光を帯び始めていた双剣を手に舞い始める。

 その姿を視界の隅に納めながらシルバは自前の槍ではなく、奪った方の槍を手に気合を入れる。

 必要なのは誰もが驚く破壊力だ。ゾンビが壁になっている今回の場合は貫通力重視。武器の質には些か不満があるが、結局は使い切りだ。破損を気にしなくて良いのなら気にすることは方向程度だ。

 槍を握り振るだけでは腕と槍の長さしか攻撃は届かない。魔力やスキルを使えば多少は延長できるが、それでも蚊帳の外だと思い込んでいる観客(術者)を驚かすには攻撃範囲が足りない。


 いつでもお前を狙える。


 そう威圧をするための投槍。

 体に魔力を流し、節々を強化していく。本来はアトラトルと呼ばれる専用の器具を使用しなければ大した威力も出ないものだが、シルバの人外染みた膂力と有り余る魔力を持ってすれば生身でもそれ以上の威力は出せる。

 シルバの身体から立ち上る魔力に周囲の風が渦巻いた。

 身体が、槍が、魔力を帯びオーラを放つ。この技はゲーム由来のものではなく、この世界に来てシルバ自身が研究し、鍛錬し、挑戦した上で会得した技だ。故にスキルはなく技名もない。


 魔力が高まるにつれ高揚しつつある精神を隠しもせずに口元を笑みに歪めて、シルバは構えをとる。

 目標はなるべく偉そうな部屋がある建物の一階。ゾンビを巻き込みつつ、術者を炙りだすのが目的だ。

 腐肉が散乱し、濁った血でぬかるみつつある地面をブーツが抉る。右手を後ろに下げ、全身を弓にするように限界まで張り詰め――――その一投を放つ。


「ぶっ飛んじまえッ!」


 霹靂閃電。

 放たれた槍はバリスタよりも鋭く、大砲の砲撃よりも豪快に腐肉の海を貫くだけに留まらず、石造りで堅牢だったはずの石壁を破壊し尽くして彼方へと消えていく。建物はガラガラと音を立てて崩壊し、周囲に砂埃を舞い上げた。

 弾んだ息を整えながら、熱を放つ腕を揺らす。過労とは言わない。疲労感はほんの少しだ。慌てて避けたらしいシズクがこちらを睨みつけているのを尻目にシルバは自前の槍を手に取りつつ、周囲を見回した。

 当初に比べればゾンビの数は格段に減りつつある。それに先ほどの一撃だ。黒幕が出てきて欲しいものだが。

 シルバは馬車に向けてまた取り付き始めたゾンビを切り払った。




 戦闘は暫く続いた。

 ゾンビが歩いていれば斬り、立ち上がる素振りをしても斬り、首だけになって噛み付こうとしても踏み潰す。

 シズクはその小柄な体を目一杯動かし、紙一重で攻撃を避け、翻弄していく。

 シルバも彼女に合わせるように度々立ち居地を変えながらもその矛を振るい続けた。

 最後のゾンビに剣が突き立てられ崩れ落ちる。

 結局術者は出てこず、戦闘は終わったと思ったとき。

 パチパチパチと、どこからか手の打つ音が響いた。


「―――いやはや、お見事としか言いようがない。よもやあれだけの(しもべ)を全て駆逐されるとは流石の私も考えていなかったよ」


 シルバが壊した建物の影から人が現れる。

 仕立ての良い服、磨かれていた靴は少しだけ砂埃に塗れている。貴公子然とした容姿をしているがこびり付いた隈はその印象を翳らせ、傍らに持っている分厚い本は最近みたそれと似通った魔力を纏っていた。


「―――お兄様っ!!」

「ああ、愛しの妹よ。無事で何よりだ、私から盗み出した魔道書は失くさずに持っているかい?」


 ざわりと空気が震える。

 ナツメが弓を構え、シズクが剣を取った。

 そしてシルバは、男が再度口を開く前に終わらすべく、駆け出す。


 ―――ガキンッ!


「なっ!?」


 意表を突いたつもりの一撃は、男の足元から生えた骨の腕によって辛うじて防がれていた。

 前腕だけで人ほどの大きさの腕は、シルバの一撃により砕け散るが空中で蠢き、まるでロープのように彼女の体に纏わり憑き硬質化する。


「君の動きは影ながら見ていたさ。パワーにスピード、驚嘆に値するよ。君達がいなければここまで苦労することはなかった」

「そう。ならそのまま私達に怯えて逃げ帰っていればよかったのに」


 腕が後ろに回されて上手く力が入らない。

 人間大の骨だったそれは既に拘束具としてシルバの全身を覆いつつあった。


「抜け出そうとは思わないことだ。その骨は見た目通りアンデッドだからね。いくら馬鹿力で壊そうとも瞬時に修復して肉に食い込むようになっている」

「くっ」


 それでも何とか抜け出そうとするがその度に拘束具は形を僅かに変えて防ぐ。体に這うように伸ばされた骨は動くたびに隙間に伸び続け、動きを阻害していく。


「さて、まずは自己紹介でもしようか。そこの愚妹の兄、ランベールだ。この度は妹の護衛に付き合ってもらって感謝するよ。私も君達が仕事熱心で驚いたよ」

「それはどうも、でも本当に感謝してくれるならうちのギルマスを放してくれると助かりますね」


 ナツメの言葉に、男――ランベールは肩を竦ませた。


「それは出来かねるな。こうもお転婆な娘を野に放してしまえばいつ私の首が飛ぶか分からん。流石の私も自分を死んでから蘇らすことなど出来ないのでね」


 カツカツとランベールの靴が鳴る。

 ナツメたちを脅威と思っていないのか、彼は三人の視線を気にもせずに近づく。


「…それ以上馬車に近づかないで貰えますか? 警告です。怪しい動きをしたら直ぐにでも足を射抜きます」

「それは怖い」


 ぞわりと悪寒が襲う。

 ランベールは薄い笑みを浮かべているだけ。だがナツメは咄嗟に矢を放っていた。


「っ! また骨」


 金属音と共に矢を防いだのはシルバを拘束しているものと同じタイプの腕の骨。

 その骨が動くたびに周辺に散らばった腐肉が蠢いた。


「君達は奴らを破壊しただけで倒したと思っているようだけどそれは勘違いだ。彼らは動けなくなっただけ。死霊術の素材として扱うのならば破壊された分だけ扱いやすくなっているさ」


 腐肉を掻き分けるように地面からスケルトンが現れる。

 奴らは各々、骨製の剣やら槍やらを手にしている。その様は差し詰め骸骨戦士か。地面からは骨がなくなり、残った腐肉も蠢き、スライムのように動き始めている。


「敵が倍になるとか聞いていないんですけど」

「私なんて矢が効かなそうで軽く絶望してるけど」


 ナツメの指が腰のバッグに触れた。

 いざとなれば、アルケミストとして錬金術を用いて創り出した薬品を放り投げるつもりだった。閉鎖空間でもなし、少しだけ動きにくくなるがアレに取り捕まるよりはマシだ。


「どうしてっ! なぜなんですかお兄様!」


 ケイの声にランベールは心外だと言わんばかりに眉をひそめて彼女を見た。




「何故だって? ケイ、お前なら私が何をしたいのか理解できているだろう」

「いつまでお兄様は過去を引き摺っているんですか。死人のために今を生きている人を犠牲にするなんて」

「あの人は…お前の母であるクレア様は決して過去ではない。私の手によって復活して未来を生きるんだよ。お前もまた母の腕に抱かれたいだろう?」

「いいえいいえ。母は三年前に、私の手を握って亡くなりました。恨み言もなく、最期は穏やかな笑みを浮かべて息を引き取ったのです。その眠りを私達の惨めな迷いで妨げることは決して許されない行為なんです」


 指先が真っ白になるほど握り締め、ケイは言い切る。

 その言葉にランベールはうんざりとした息を吐き、何かを諦めたような瞳を彼女に向けた。


「この関所の惨状と魔道書の存在を叔父様に伝えれば必ず兵を向かわせます。そうなればお兄様はお終いです」

「ほう? それで」

「嫡男としての立場も、貴族としての特権も失います。仮にここで私が命を落としても結果は変わらない」


 ククッとランベールは笑う。


「何がおかしいのですか」

「いや何、お前から見て私はそこまで貴族として見られていたのかと思ってな」

「あなたは嫡男で、あの人の、正妻の息子でしょう」

「そうだな。忌々しいことに私はあの女の息子だ。権力欲と性欲だけが強い、浅ましく、下賎な女の息子さ。お前のように高貴な血も引いていない。お前のように実の母に優しい言葉も温かい手で撫でられたことさえない男さ」

「それは……」


 ケイの頭の中に浮かんだのは幼き日々の情景。

 いつもは氷のように冷たい瞳をしていた兄は、ケイの母の前だけは暖かな熱を瞳に宿していた。


「私にとってあの家に価値などない。あの人のいない場所に価値などないさ」


 母がなくなって直ぐに、母の部屋は片付けられた。

 側室の娘であったケイにはそれを退ける力もなく。

 思い出が、暖かさが、家具と共に使用人によって運び出されていくのをケイはランベールの後ろでじっと見つめていた。

 あの時、兄はなにを思っていたのか。

 片付けるように指示を出した正妻である自身の母を、何を思って見ていたのか。ケイは知らない。


「嫡男としての地位? はは、そんなもの既に捨てているさ。お前が家を飛び出した数日後には当主もその正妻も私が、この手で縊り殺しているんだからな。発覚が遅くなるように小細工はしたが、流石にもう見つかっているだろうよ」

「そんな…」

「後少しなんだ。あの人を再びこの世に呼び戻すための研究は大方完了した。残す所は触媒としての近しい者の血液。血の繋がっていない私では駄目なんだ。あの人の名残を強く残すケイ、お前の協力が必要だ」

「……協力は出来ません。それが母を求める行動だとしても、父を殺し、無関係の人を巻き込んだあなたを野放しには出来ない」

「……そうか。それは残念だ。あの人の温度を知っているお前ならこの計画にきっと協力してくれると思っていたんだがな」


 ランベールの伸ばされた手が止まる。


「彼女は渡さない。潔く諦めて」


 静かに忍び寄っていたシズクが二人の間に立ち、剣をランベールに向かって構えていた。

 少しでも手を伸ばせば、次の瞬間には腕が斬り飛ばされる距離。いくら骨の盾が頑丈でも、この距離ならシズクの剣の方が早い。


「この場所では少し分が悪いか」

「逃げる気?」

「ああ逃げるとも。私は、私の幸福な未来のためならどんな辛酸も舐めると覚悟しているからね」


 不恰好な挑発にも乗らず、ランベールは軽く嗤いながら一歩下がる。


「ただ手土産ぐらいは貰って行こうか」

「――シェム!?」


 下がった場所にあった肉塊が弾けると、そこには馬車の中で眠っていたはずのシェムがいた。

 慌ててシズクが振り返れば、馬車の中にはシェムが居らず、床には何かが這いずったような黒い液体がべったりと付着していた。


「駄目だね。会話だけに集中していたら、こうやって足元を掬われる。君達のリーダーはよく分かっていたようだけど、魔術師に会話の隙を与えては駄目だよ」

「…シェムをどうするの」

「……ここから東に進んだ丘の上で待っているよ。出来るだけ急いでくれると私も助かる」

「待ってっ!」


 どろりとした粘液に二人は包まれた。

 どうにかしようとナツメが矢を射るが当たると同時に粘液は力を失ったように落下し、周囲に飛散する。

 先ほどまでランベールが立っていた場所にはもう誰も居らず、シェムの姿もない。


「そんな…」


 ケイの呆然とした声が虚しく響いた。




1日遅れてすみません。

久し振りにcivを起動したらキンクリ食らっていました。

なんとか難易度不死者でクリアしたら、次はフレからlol のお誘いが来て、時間が消し飛んでいたんで無罪ということで。

8/14 ランベールがクレアの復活を話すことを忘れていたので追加。

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