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10.関所の罠

 

「それで? 何で急にやる気になったの」


 手綱を握っていたシルバに声をかけてきたのはナツメだ。

 御者台は二人で乗っても窮屈にならない程度には広い。鳥の声を聞きながらぼうっとなりつつある思考を纏める。


「んー、私そんなに露骨だった?」

「それなりには。こっちに来てからのシルバなら“守る”なんてこと安請け合いしないでしょ」


 言われてみれば確かに。

 こっちに来てからまず初めに体験した出来事のせいでどうにも命の価値観というものがどうにも曖昧だ。風邪に罹るよりもお手軽に命がやり取りされるので、他者を守るという考え方がしっくりこない。


「勿論百パーセント善意ではないよ。自分の利が五十、興味が三十で善意が二十ぐらいかな」

「思ったよりも善意が高い」

「ナツメは私を何だと思っているの」


 果たしてナツメは知っているのだろうか。例の魔道書、屍食経典儀と呼ばれていたアーティファクトが実に厄介な性質を持っていたことに。


「あの子、かなり高い水準でネクロマンサーとしての才能を持っているよ」

「え?」


 脈絡のない言葉にナツメは目を瞬かせて固まった。

 その様子ではどうやら気付いては居なかったらしい。


「あの子ってケイさんが?」

「うん」

「そんな、お兄さんは死霊術士らしいけど、そんな風にはとても見えない」

「でもあの魔道書を持っていても平気な所を見る限り相当なものだと。あれ、放っている魔力だけでも厄介だったし、私達もステータスが高かったから勝手に抵抗(レジスト)出来ていただけで普通なら精神に異常を来たしていたと思う」


 中身なんて想像もしたくない。きっと読まなくても目に通すだけでSANチェック物の代物だ。だからこそ、それを手にしても動じていない彼女は才能を持っているのだろう。あの魔道書の主としての才覚を。


「実はあの本結構危ない代物だったの」

「そうだけど、何だと思ってたの」

「ただのマジックアイテムだと。ほらファンタジーならそういうのありふれているじゃない」

「それでもあれだけ露骨に魔力を放っているアイテムは今まで見たことなかったよ」


 この分ではあの本の素材が人の皮膚かもしれない、なんて話はしない方がいいかもしれない。


「はぁ…それで彼女がネクロマンサーに向いているからといってどうするの? もしや、うちに入れるなんてことは」

「うん、それもアリかなって。勿論本人の意思があればだけど」


 死霊術は一般的にあまり歓迎されていない魔術だ。

 体系化されているわけでもなく、積極的に学んでいれば後ろ指を指される分野でもある。そのため、多くの術者が書物を漁り、断片的な資料から独学で修めることが多いとも聞く。

 そのせいで歪んだ思想や術を扱う者が多いようで、ハンター組合も頭を悩ませていた。

 その点うちのギルドはネクロマンサーの達人がいるから安心だ。邪法でスキルを得たため、教えるのには難はあるが、イメージと感覚を掴むのには最適だろう。


「ヨリックに任せるのは心配なんですけど」

「大丈夫だよ。アレは屍体愛好者(ネクロフィリア)で性癖はかなり倒錯しているけど、ロリコンでもないし生きている人間には害を与えないから」

「だからこそ心配なんですよ」


 シャーウッドの森に所属しているネクロマンサーを思い浮かべて笑う。

 彼ほどこの世界に来て喜んでいる人間は居ない。なんせ今まで出会うことのなかった最愛の人間に出会えたのだから。

 どうせ今も愛する死体と一緒に依頼をこなしている。


「それで? シルバ本人のやる気はどこから出ているんですか。ケイさんのお話は確かに興味深いものでしたけど、それだけであなたがここまで元気になるとは思いません」

「ええー、話した通りだよ。ただこの世界にもあんなアイテムが存在しているんだって実感しただけ」


 今まで市場で目にしてきた物は魔力も付加されていないただの道具ばかりだった。刀剣の類でさえそうだ。あれなら元の世界で日本刀の展示を見ていた方が万倍楽しめる。

 あの魔道書の存在はシルバにとって希望だ。あのレベルの刀剣であれば集める価値もある。貴金属であればどれだけの効果を秘めているのか、想像するだけで気分が高揚する。


「ああ、そういうことですか」


 頬を緩めたシルバを目にして、ナツメは納得したように呟く。


「つまりシルバのコレクターとしての欲が復活した訳ですね」

「うん。あの本は要らないけど、あのレベルの物品なら収集する価値がある」

「そうですか。よかったですね、楽しみが出来て」


 夢想するシルバの横でナツメは目を細めて、空を仰ぎ見る。

 木々の隙間から見える青い大空に、一匹の鳥が飛んでいた。鷲か鷹か、鳴きもしないので判別できないが、その鳥はくるりと頭上で回転するとどこかに飛び去っていく。


「ギルマスがこの様子ではこの先は忙しくなりそうですね」





 ◇



 情報を提供した青年が言うには後始末をする部隊が関所にいるらしい。

 元の計画では、だまし討ちで騎士のシェムを討ち取り、護衛役たちはお嬢様を拉致して数ヶ月隠遁する予定だったらしい。雇われた女性ハンターやケイはその数ヶ月間を退屈させないための玩具にするつもりだったとか。襲撃については、兵士数名が鎧を血や土で汚した上で関所に駆け込み、山賊に襲われたと訴えることによって、矛先を山賊に変えるつもりだったようだ。

 そして関所に偶然訪れていた例の部隊が討伐に赴き、実際に近場にいる山賊のねぐらを強襲し、山賊を全滅させて、虚偽と発覚する証言も消す。世間にはお嬢様は山賊に襲われ命を落としたと公表するつもりだった。

 つまり、関所には山賊を壊滅できるほどの戦力が未だに残っている訳で、関所が難所というケイの予測は部分的には当たっていた訳だ。

 それでも関所を通らない訳にはいかない。それ以外にも道はあるが、険しく現実的ではないのだ。

 また領境を守るその関所は半ば砦のような造りをしているらしい。

 聞けば、百年ほど前にはここは領地間の戦争の激戦地であり、戦争が終わってからは領地の監視や不審人物への防壁として利用されていた歴史がある。

 現在では領地間の溝が狭まり、その役目はなくなりつつあるが、それでも時折現れるモンスターへの対処の為にある程度の兵士は常時駐在している――はずだった。


「関所ってここまで人の気配がないものなんですか?」


 近づいてきた関所を睨みながらナツメが疑問を零した。

 考えてみればここまで一本道のはずなのに、すれ違う旅人はおろか行商の類も見かけていない。後ろから来ないのはまだ理解できるが、前方から一人も来ないのは些か違和感があった。


「関所で何かあったのかな」


 封鎖でもしているのか。

 ここから見る限り、門を閉じている様子は見て取れない。だが、人の気配がしないのも確かだ。

 中にいる二人に声を掛け、馬を進める。


「人がいない?」


 門を潜っても、出迎える兵士は一人もいなかった。

 シンと静まり返った建物に荒れた形跡はない。部屋の中を覗いても書きかけの紙はそのままに、パン屑がついた皿も机に置かれている。

 中まで勝手に馬を進めても文句を言う人間さえいない。


「なにこれ」


 馬車から出てきたシズクが気味悪げに呟いた。

 広場の一角。行商人が露天を開いていたと思われる場所には商品だけが並べられているが、商人はいない。人が生活していた営みはあるのに人間だけが存在しない空間。廃墟やゴーストタウンよりも不気味で理解しがたい現象にシルバは眉をひそめた。


「避難訓練って感じでもないし、どうなっているの?」

「後始末の部隊どころか、関所の兵も居ないなんてまさかの事態ですね」

「…これも兄の仕業なんでしょうか」

「んー、態々ここの人間を全員どっかに移動させたってこと? それにしては物が荒れてなさすぎる気がするけど」


 人が意思を持って移動する際にはどうしても痕跡が残るはずだ。

 調べておきたい気持ちはあるが、こうも不気味だと全てをスルーして先を急いだ方がいい気もする。


「おかしいです」


 きょろきょろと辺りを見回していたケイが突然、声を上げた。


「何かあった?」

「いえ、逆です。何もないのがおかしいんです」

「うん?」

「言いましたよね? 私はここに叔父様の部下と合流する予定だったって、領内を安全に抜けれるように案内役と合流するつもりだったんです。なのにその彼がいない。いくら嫡男の兄でも、他の貴族の部下を勝手に動かせるはずもない。なのにメッセージを残す暇も与えないなんて…」


 つまり、そんな無理が押し通るほどの異常がここで起こったということ。

 嫌な予感にシルバは振り返って「馬車に戻って!」と口にしながら自身も早足で馬車に足を向ける。

 そうして数歩歩いた所で、ふと生温い風が頬を撫で、吹き抜けていった。


「クソ、判断が遅すぎた」

「ギルマスこれは…」


 生温い風は次第に腐臭を纏い、広間を満たしていく。

 どこからか足踏みの音が聞こえ始め、それは軍靴の連なりになってシルバたちを取り囲む。


「ケイは馬車の中に、ナツメは弓を持って上に登って、私とシズクは馬車に取り付かれないようにあいつらを切り払う」


 いままでどこにいたのか、うじゃうじゃと虫のように現れたソレは数え切れないほどの数になり視界を埋め尽くしている。

 敵が死霊術の使い手だということをもう少し懸念しておくべきだった。

 兵士、行商人、割烹着を来た女、粗雑な服を着た農民、果てには子供まで。ここに訪れた人と思わしき顔が怨嗟で顔を歪めながらずらりと並ぶ。


「敵は『ゾンビ』。痛覚も持たず、術者の意のままに操られる死人たちだ! シズク、あいつらは既に死んでいるから遠慮しないでぶっ潰して」

「了解!」

「二人とも、あいつらの牙と爪には気をつけて! もし噛まれでもすれば感染症で数日は(うな)されるわよ」

「注意しとく! 念のためいつでもポーション(ポット)を投げれるように準備だけはしといて」


 思考が一瞬にして戦闘用に切り替わり、矢継ぎ早に指示を出し、槍を構える。

 痛覚も血も流れていないゾンビ相手には細剣なんて木の棒よりも役に立たない。


「ナツメ! 近くに術者が隠れているはず、目を光らせておいて」

「なんか私だけ仕事多くない?」

「直接斬り合わない分マシだよ」


 早速馬鹿に成り始めた嗅覚にうんざりする。

 腐臭を放ち、開きっぱなしの口から唾液を零すゾンビに向かってシルバはとりあえず短槍を力いっぱいに薙ぎ払った。







書いているうちに未登場のキャラシートがどんどん埋まっていく件について。

多分シズク、ナツメよりも埋まっている。

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