【油田】スキルで異世界無双!
――石油王になりたかった。
ほら、こう、石油王になればなんでもできる気がするからさ。
実際に石油王がなにしてるかとかは、よく知らない。けど、なんか豪華。生まれた時から勝利が約束されてる。自分とは違う生き物なんだぜ感がある。
というわけで――
「あー……生まれ変われるなら、石油王になりたい……」
どこにでもいる社畜。
今日もただ仕事に追われるだけのスケジュール。
通勤電車から降りたところで、頭痛と吐き気に襲われ、最後に呟いたのはそんな言葉だった。
――なにもなさず、なにもなしとけず、過労により死亡。
した。
した……はずなんだけど。
「気づいたら、転生してるとは……」
ミステリー。
なんの因果か、働きすぎて、突然死してしまった社畜は異世界に転生していたよね……。
最初、目も見えず、体も動かせず、意識だけはしっかりある状態で、真剣に焦った。
どうやら、赤ちゃんとして誕生したから、泣くことしかできないみたいだ、と気づいてからは、もうなんかそっか、そっか……って受け入れたよね。受け入れるしかなかっただけだけど。
で、現在、六歳。
生まれたのは、大きな国の小さな領。その領主の子供としてだった。
これは前世で願った通りの、生まれた時から勝ち確のあれでは? と喜んだのも束の間。
なんと僕は――
「おい、できそこない!」
ぼんやりと考え事をしながら歩いていたら、いきなり横からドンと押された。
突然のことに反応が遅れる。
自分の意思ではないその勢いに抵抗することができず、僕の体は石畳の道にグシャっと転がった。
「いてて……」
「ふん! おれの前を歩くからだ!」
「あー……」
擦りむいた左腕をさすりながら、声のするほうを見上げる。
そこには僕と同い年ながら、なかなか良い体格をした男の子どもが立っていた。
……めんどくさいなー。
「ああ!? なんだよ、その目! お前はできそこないらしく、おどおどしてればいいのに!」
「はあ」
「それだよ! おれのことなんか全然気にしてないっていう、その態度! おれはスキル数8だぞ!」
「そっか」
「くそ! やっぱり全然聞いてない!」
めんどくさいから頷いてやったのに、そいつは逆上した。えー。やだなー。めんどくさいなー。
こいつが自慢そうに言ったスキル数。
これがこの世界では非常に重要なものなのだ。
僕からしてみれば、はあ? 量より質でしょ、と思うが、この世界ではスキルの数が多ければ多いほど才能があり、将来有望ということになっている。変な世界。
「お前なんかスキル数1のくせに!」
「そうだけど?」
「……っ! 底辺は底辺らしくしてろってみんな言ってるぞ!」
「じゃあ君もスキル数8らしくすれば?」
ちなみに世界の平均は5~6。こいつのスキル数8は平均より高い。
つまり、僕が言いたいのは。
「普通よりちょっといいんだから、僕に構うのやめてよ」
君の言う通り、僕は領主の息子のくせにスキル数1のできそこないの底辺なので、ほっといて欲しいんだよねー。そんなの言われ慣れてるし、わざわざ道端で僕を転ばしてまで言うことじゃなくない?
全然難しいことじゃないのに、僕の言葉を聞いたそいつはカッと顔を赤くした。
「ばかにすんな!」
えー……なんかこっちに向かって足を振り上げてるし。
これは蹴られるのも秒読みって感じ。
うーん……。痛いのはいやだし抵抗しようか。
でも、それもめんどくさいなー。はぁ。
適当にかわすか。
「……【油田】」
ばれないように顔を背けて、こっそりと呟く。
きっと、傍から見れば、僕が怖がって顔を逸らしたように見えるだろうし。
そうして、僕が呟いた途端に、そいつの足元になにかがじわっとあふれ出て――
「っどぅわぁあっ!」
僕を蹴ろうとした体勢のまま、ずるんっ! と滑っていくそいつ。
あ。後頭部を強打した。
「っつっっ!!」
痛そー。
「あー。僕を蹴ろうとして片足立ちになったら、こけちゃったのかー。大丈夫ー?」
周りにいた人が何事かとこちらを見ていたので、大き目な声で状況を説明しておく。
みなさん、ご安心ください。僕はなにもしていません。彼の自業自得です。
「……っ! だまれ!」
「わー。それだけ大きい声が出るなら大丈夫そうだねー。じゃあ僕は行くねー」
そいつは恥ずかしさからか、慌てて上半身を起こすと、強打した後頭部を抱えて怒鳴った。
僕はよかったーと適当に呟いてから、よいしょと立ち上がった。
その際、そいつの服にあふれ出した液体がぐっしょりついているのを見て、あーあ、と思いながら。
――僕のたった一つのスキルは【油田】。
――自由自在に油を出せる能力。
スキル数で才能の有無が決まるこの世界ではスキルの内容なんてどうでもいいみたいだけど、頭を使えばかなり有効なスキルだと思う。油の種類も一種類だけじゃなく、鉱油から植物油、動物の脂まで思い通り。
摩擦力を減らして物を動かしたり、火を灯したり、揚げ物を作ったりといろいろと活用できるのだ。
執事さんにはランプの燃料が減らなくなったと喜ばれ、庭師さんには道具や工具の調子がいいとありがたがられ、メイドさんには手荒れに効くとワセリンが大好評。
使用人の味方! それが僕、エネル・ギータ。
さっき、僕があーあと思ったのは、あいつの服に染み込んだのは鉱油であり、洗濯ではなかなか落ちず、たぶん染みになるから。まあ、仕方ないねー。
***
そんなわけで、スキル数1なりに適当に生きてた(絡んでくるやつは自業自得でこけたり、物にぶつかったりいろいろだった)んだけど、ここに来て大ピンチ。
領地のダンジョンから魔物が大量に地上に出てきたらしい。えー。
で、なぜか僕が現地まで行くことになったよね。6歳だよ6歳。領主代行にはならないでしょ。
「僕が行くより父上が行くべきでは?」
「わしが向かってもなにもできん。戦いの場に飾りはいらん」
「はあ」
いや、普通は6歳の僕が行ったほうがお飾りだと思うけどなー。
そんな、したり顔で言われても。
「求められるのは実践力じゃ」
「実践力ですか」
「そうじゃ。常日頃からスキルを使いこなす胆力、世間にバレぬように策略を巡らす知力、どこか冷めた感情。これぞ実践力」
うーん。父上? 僕を貶してますか?
「……失礼ながら、意見をお許し下さい」
僕が父の話をぼんやりと聞いていると、扉のそばに立っていた執事さんがすっと目礼した。
いつも礼儀正しい執事さんは父にも忠実で意見を言ったことなどなかったので驚く。
たぶん、父のおかしな発言を正してくれるのだろう。とてもありがたい。
なので、執事さんに感謝の視線を向けると、執事さんはただ淡々と語り始めた。
「たしかにエネル様はそれはもうすばらしい技とだれをも魅了するカリスマをお持ちです。この世界の宝です」
……執事さん?
「ダンジョンに行った暁には必ずや戦果を挙げるでしょう……。しかし! しかし! エネル様のいなくなったこの屋敷はどうすればいいのか!! 我々の癒しは!!?」
え。
「癒しは!」
「癒しは!!」
「エネル様を見ないと眠れません!」
「エネル様の洗濯物をしたい!」
「エネル様の使用したシーツを交換したい!」
執事さんの言葉に続き、バーンと扉が空いた。
そして、押し入ってきた使用人たち。
各自が父に口上しているが、なんか変なのも混ざってる。
なのに、それを聞いた父上はなぜか涙をこらえる仕草をした。
「わかっておる、わかっておる……。わしの息子へのその信頼、とても嬉しい。しかし、エネルはこんな田舎の領主に収まるような器ではない」
父は使用人たちに感謝を述べながら、でも、と言葉を続けた。
「いつか世界をとる。そういう男だ」
いや、そんなつもりはない。
「いいか、これは王道の第一歩。その始まりだ」
父の言葉に使用人たちはごくりと唾を飲んだ。
父は強い目をし、右手の拳を突き上げる。
「抜かりなく準備を整えよ!」
『おー!』
父に合わせて使用人たちも右手の拳を天に突き上げた。
……いやいや、なにこの熱気。
僕行きたくないけど。王道、始めないけど。
領主になるのもめんどくさいし、そもそもスキル数1でバカにされてるから、このまま適当に生きるつもりなんだけど。
ちょっとちょっと――
――あー……。
「……来ちゃった」
うーん……来ちゃったよね……。めんどくさいなーと思ってるうちにあれよあれよと事が運んだよね……。
「まあ、来ちゃったからには仕方ないか」
ダンジョンから出てしまったという魔物が見えるようにとやってきた高台。
そこから、大量にいる魔物を見ながら、僕ははぁと息を吐いた。
「あの領主、騙しやがったな……」
「子どもとは聞いていましたが、まさか6歳とは……」
なんか強そうな人と賢そうな人がそんな僕を見て、憤懣やるかたないって感じになっている。
この国にはダンジョンに潜る人を束ねるギルドがあるんだけど、この強そうな人はギルドで一番の戦士らしい。で、賢そうな人はギルドの上のほうの人なんだって。
父に言われてきたみたいだけど、そんな人たちが前線に出られず、領主代行のお守りとかいやだよねー。
わかるー。僕はわかるよー、その気持ち。
だから、さっさと終わらせようね。
「とりあえず、目に見える魔物の位置は捕捉したので、ぜんぶ捕まえますねー」
丘の上から見下ろし、草原に跋扈していた魔物に両手をかざす。
そして――
「【油田】」
思い描いたのはガソリン。
それを魔物の体を包むように発生させた。
「なっ!? なんだこれは……」
「……信じられない。同時に多発的に魔物にスキルを使っている」
呆然とした声に、ふーん? と適当に返す。
そんなことで驚かれても困る。
僕のスキルは【油田】。自由自在に油が出せるのだ。
「これで窒息するまで待ってもいいんですけど、僕、魔物が酸素を吸ってるのかとかよく知らないんですよねー。生態に詳しくなくて。あと、バラバラになってるのもめんどくさいので、一か所に集めます」
かざしていた両手を顔の前でぎゅっと組んだ。
すると、ガソリンに包まれた魔物たちが吸い寄せられるように一点に集中していく。
「嘘だろ!? 魔物が勝手に動いてるぞ!?」
「あの液体で包まれた魔物が、液体の力に逆らえず、無理やり集められているんでしょうか……」
「そうですよー。僕は僕が出したものなら自由に操れるんです。いつもはめんどくさいからそんなことしないですけどねー」
出したものは基本的にはそのまんまにしてる。
でも、今回は別々のほうがめんどくさいからねー。
「というわけで、完成です。魔物の油漬け」
できあがった巨大な油の塊にあははっと声を上げる。
魔物は30ぐらいいたので、なんだかんだと超巨大な油のスライムみたいなのができた。
油の中にいる魔物はぐったりとしている気がする。
「じゃ、あれに火矢を打ち込んでもらっていいですか?」
「火矢か?」
「はい。あれは燃えやすい液体で包んでいますので、全部燃えてなくしちゃいます」
そう。あれはガソリンで包んでいるので、ちょっとでも火の気があればすぐに燃える。
静電気とかでもいいんだけど、せっかくここに戦士っぽい人がいるし、火矢を打ち込んでもらったほうが確実だろう。
ガソリンは気化しやすいから、うかつに火をつけると一帯が火事になる可能性があるが、僕はそれも操れるので、今は気化しないようにしている。問題ない。
「……わかった」
強そうな人はそういうと、すぐに部下らしき人から弓を受け取り、やじりに火をつけた。
そして、300メートルほど向こうの魔物の油漬けに火を放つ。
さすが強そうな人。結構距離があるかと思ったけど、飛んで行った矢はしっかりと油漬けに刺さった。
そして――
「おー火柱ー」
バーンってすごい大きな音が鳴ったよねー。こんな巨大な油に火をつけたのは初めてだったので、その音にはさすがにびっくりした。
しかも、すごい突風。飛ばされそうなところを強そうな人が助けてくれた。あ、どうもどうも。
まあ初めてはだれでも失敗はある。今度からはもうちょっと小さな塊を何個か作って燃やしていくのがいいかもしれない。めんどくさいけど、手間を惜しんで、突風でこけるのはいやだし。
「じゃあ、残りの魔物にいきましょうかー」
なんでダンジョンから魔物が出たか知らないけれど、とりあえず出たやつは全部退治!
というわけで、残った魔物を探しに行くために強そうな人と、賢そうな人を見る。
すると、二人の目はきらきらしていて――
「……貴方は素晴らしい方だ」
「ああ。俺は今、胸の震えが止まらん」
「はあ」
なんか、跪いてるんだけど……。えー。
「この国は今荒れています。民は嘆き、その嘆きが魔物を強くし、各地のダンジョンから魔物があふれでています。特にここ3年ほどで」
「へぇそうなんですか」
知らなかったなー。
「この領地以外は酷いもんだ。魔物に滅ぼされた領地もある。この領地はよく治められていたから、今まで魔物が出てくることはなかったんだろう。だが、ここも5年前は他と変わらず、荒れていたはずだった。なのに、なぜこんなにも平和な土地になったのか……。疑問に思った俺たちは領主に直接訪ねた。すると領主は息子の助言だ、と答えたんだ」
……うーん。助言というほどの助言はしていない。
小さい領地なりにできることとして、外貨の獲得のために港の整備を進めて貿易をしたり、こちらの産業として織物を発展させたりしたら? みたいなことは言ったし、実際にやってもらった。
国内がどうしようもないから、国外との結びつきを強くしてみたりとか。
「……殿下」
え? 殿下?
「我らギルドは殿下につきます。殿下は新しい国造りを……」
「いや、僕はただの田舎領主の息子ですから。殿下じゃないです。王家の血はまったく入ってないですからねー」
「我々は君主と認めた方を殿下と呼びます。現在の王家とは関係なく」
いや、そんなきっぱり言われても。
「名乗りをしてください。我らの王の名を……!」
丘の上、気づけばみんながズラーっと跪いている。
火柱は消え、ただただ風だけが吹いていた。
「あー……じゃあ石油王?」
それしか思い付かない。
「セキユ王。素晴らしい……!!」
「晰癒王。……曇りなく癒す王……!」
なにそれかっこいい。
「我らの王!」
『我らの王!』
「曇りなく世界を晴らす王!」
『曇りなく世界を晴らす王!」
「民には癒しを!」
『癒しを!』
丘の上に響き渡るたくさんの声。
興奮も重なる鬨の声。
止まないそれに僕は――
「……。とりあえず、魔物を倒しましょう」
うん。もう、めんどくさいことは考えないでおこう。そうしよう。
なにも起こらなかったことにして、遠くを見つめた……。
――家に帰ってからあげを食べたい。僕のスキルを平和に使いたい。
めんどくさいのはいやだなー。