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 青年が困った顔をして引き上げた後、水瀬小雪はサワナに詰め寄っていた。

「ありゃ脈ありどころじゃないよ、もう完璧じゃないか。よかったねえ。

 ちょっと草食系すぎなとこあるけどねえ。

 今なら押せ押せが一番だよ!」

「でも、なんかイヤそうな顔してたし」

「それは不安なだけだろ。

 東京で車に乗ってないっていうし、大きな車自体不慣れだっていうんだからねえ、無理もない。

 けど、あんたたちとお出かけしたいって気持ちの間で揺れてる。

 ……それに、気づいてたかいサワちゃん?」

「え?」

「彼、旦那さんが死んでるの知らなかったんだろ?

 教えてやったら目にみえてホッとしてたさ。

 けど、そのあと、自己嫌悪に陥ってたみたいだけどねえ」

「え?自己嫌悪?」

「そりゃそうだろ」

 小雪は、ポカーンとしているサワナに苦笑した。

「旦那がいない事にホッとした自分に、自己嫌悪しちまったんじゃないかねえ?

 あれは他人の不幸を喜べるような、そんな器用に生きてる子じゃないよ」

「あ……」

 その意味を悟って眉をしかめたサワナに、小雪は続けた。

「まぁ厳しい言い方をすれば、あれは典型的なバカなんだけどね」

「バカ、ですか?」

「ああバカだ。

 本来は小物のくせに、変にプライドが高いところがある。

 だからこそ、ひとの不幸を喜ぶ自分の気持ちに自己嫌悪するのサ」

「……」

 小雪はケラケラ笑ったが、サワナは眉をしかめた。

「プライドが高いから、自分にできない事でもやろうと無理して、そして失敗する。

 でも言い訳をするのもプライドが邪魔してできないもんだから、結果として約束を守らないやつ、信用できないヤツと見做されて友達をなくしていく。

 ハッ、なんのことはない。

 本当は小物なのに、そんな自分を認められないヤツなのサ。

 そういう、自分で自分の人生を持て余して自爆する種類の、ホント救われないバカ。

 ま、さすがに売れ残ってるだけの事はあるネ」

「……」

 予想外の厳しい評価に、サワナは言葉を失った。

 もし青年がそこにいたら、落ち込みすぎて地面に埋まりそうなほどの辛辣さだった。

「厳しいことを言うようだけどネ、男なんてそんなもんサ。

 ただし勘違いしちゃいけない。

 あの子は確かにバカだが、あんたたちを心配したり、ちびっ子の相手をしている態度は本物だよ。

 おそろしく幼稚で不器用だけど、それだけは間違いないヨ」

「……」

「まずいところがあると思えば、さりげに訂正してやりゃあいいさ。

 子供の相手が不器用なら、子供が一匹増えたと思って教えてやりゃいいんだよ。

 上げ膳据え膳でお姫様扱いは無理かもしれないけど、あんたがお花摘みしている間くらいは見ててくれるようになるだろう。

 そこから始めりゃいいんじゃないかね?」

「……けど、彼だっていい大人ですよ?」

「古い言い方だけど、旦那の器量は嫁次第って言うだろ?あれは事実なんだヨ?

 たまにバカもいるけど、旦那は嫁次第で大化けするものさ。良くも悪くもネ」

「……旦那って」

「なんだい、いまさらそこにひっかかるのかい?もうそんな関係じゃ……」

「まだです!」

「まだ、なんだろ?」

 ウッと言葉を詰まらせたサワナに、小雪は続けた。

「ねえサワちゃん、あんた、あの子を助けてやる気はあるかい?」

「え?助ける?」

 予想しなかった言葉に、サワナは小雪の顔を見た。

「あんたは、あの子を自分にとって福音と思ってるかもしれないね。

 けど、それはあの子にとっても同じだと思うヨ。

 あんた気づいてたかい?

 あの子、ちびちゃんの気持ちを汲み取ろう、ご機嫌を理解しようと必死だったろ?

 あれは、あんたのご機嫌をとろうとしてるんじゃないよ、ちびちゃんが本当に可愛いのさ。

 まぁ子供の相手なんか生まれて一度もしたことのない、まったくの新米パパさんの行動そのものだけどネ」

 そういうと、クスクスと小雪は笑った。

「うまく言葉を聞き取れないし、感情も全く理解できない。

 まったく、今どき珍しいような無骨男だヨ。

 でも必死に読み取ろうとしてる、理解しようとしてる。

 その気持だけは本物だヨ」

「……」

「もしかしたら、はじめて子供ってやつを好きになったのかもしれないネ。

 だから、かけてもいい。

 あの子もたぶん、あんたたちとの出会いを幸せなことだと思ってるサ」

「……小雪さん」

 

 サワナは小雪をまっすぐ見た。

 その表情や態度には青年の前では見せたことのない、どこか高貴で硬い光があった。

 

「腹を決めたようだね?」

「はい、すみませんが」

「ああいいともさ、協力してやるとも」

「はい」

 

 今の世の中、人ならぬものを見聞きできる者は少なくなっている。

 別に見聞きできる者がいなくとも、生きていけないわけではない。

 しかし。

「せっかく生きているのに認識すらしてもらえないなんて、そんな悲しいことはないさ」

 わたしたちは、ここにいる。

 それをわかってくれる人は、とてもとても貴重な存在。

「はい、小雪さん」

 サワナと小雪はうなずきあった。

 

「それにしても、お姫様育ちってのも困ったもんだねえ」

「え?」

「ありゃもう、ちょっと飲ませて押し倒せばコロッと落ちるレベルだろうに。

 なんで足踏みしてんのかねえ?」

「な……ななっ!」

 真っ赤になるサワナを見て、ウヒャヒャと小雪は大笑いした。

「?」

 そして、そんなふたりの元でサーナが、不思議そうにふたりを見上げていた。

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 アパートに帰ってきた俺は、缶ビールを一本あけて考え込んでいた。

「……」

 自分の醜さがイヤだった。

 俺はサワナさんに特別な感情がある、それはどうも間違いない。

 だけど彼女が子持ち、つまり旦那さんがいるんだと思ってブレーキをかけていたわけだ。

 なのにそれが、旦那さんがもう死んでるという事を知って、一気に気持ちが動きそうになった。

 誰かが亡くなっているということを、喜んでいる自分に気づいてしまった。

 

 俺って、そんな冷血な人間だったのか。

 

 自己嫌悪に陥って飲みたくなるけど、うちには浴びるほど飲む酒の備蓄はない。

 正しくは、酒の備蓄をしないように普段から徹底している。

 昔、アル中というほどではないけどちょっと飲みすぎてから、徹底してアルコール摂取にブレーキをかけるようにしたんだけど、そのせいでもある。

 部屋の隅っこに仏壇があり親父の位牌があるんだけど、親父にお供えしていた酒を取り替えて飲めるものを飲んでしまうと、もう追加で飲める酒はうちにはない。買いに行くか、お供え用を崩すしかない。

 煮え切らない気持ちに悶々としていたその時だった。

「ん?」

 スマホがポーンと鳴った。

 なんだと見てみると、サワナさんからだった。

 サーナちゃんが二度も脱走してきたので、またある可能性を考えてアドレス交換したんだけど、そこにメールが届いていた。

 開いてみたら、サーナちゃんの状態が書いてあった。

『小雪さんが変なこと言ってしまってごめんなさい。

 でもサーナには大人の思惑は関係ありませんから、サーナとは仲良くしていただければ嬉しいです。

 それで、たまにはオマケも加えてくださると嬉しいです』

 ……オマケって、自分をそこまで卑下しなくてもいいのに。

 思わず苦笑した。

 

 

 そうだな。

 別に拒むことはないよな。

 

 俺は少し考えて、そして「はい」と返事をした。

『おまけなんて言わないで、今度三人でどこかいきましょう』

 少し迷ったけど、そのまま送信した。

 軽蔑されてしまうかもと一瞬思ったけど、ままよと勇気を出した。

 

 いつの間にか、気持ちは軽くなっていた。

とりあえず、サワナ親子編はここまでです。

次回更新は再び普通に戻ります。

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