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ファミリーカー

「それで気がついたら、都庁前の道端で呆然としていたわけですよ」

「大変でしたね、いきなり放り出されて」

「まったくです、わけがわかりませんよ」

 今だって、十分わけがわからないけどな。

 え、どういうことかって?

 そもそも、ひとりで帰ったはずなのに、なぜか目の前にはサワナさんがいるわけで。

 しかも、ひざの上にはサーナちゃん。

 昼間よりもさらに意味不明な状況だった。

 

 しかも、今日何があったかを尋ねられている。

 うん、意味がわからない。 

 

 順番に説明しよう。

 家に帰った時、また駐輪場にサーナちゃんがいたんだよ。

 で、こりゃいかんとバイク止めてからサワナさんに連絡した。

 で、すっ飛んできたサワナさんなんだけど。

 なぜかスンスンと俺のニオイを嗅いで、それから「何かありましたか?」と真顔で言われて。

 その真剣な顔に思わず、新宿でちょっとと言ったら「詳しく伺いますので」と腕を掴まれて。

 で、ふたりのアパートに連行。

 あー……よそさまのおうちに招かれるなんてと思うまでもなく質問攻めにあって今に至ると。

 もちろん質問攻めの間、サーナちゃんは、あぐらをかいた俺の足の上で遊んで。

 ま、そんなわけだ。

 ……どうしてこうなった?

 

「お兄さん──」

「ちょいまちサワナさん」

「え?」

「その『お兄さん』はそろそろ勘弁してください。できれば──」

 名字を告げると、ごめんなさい、発音しづらいですと困った顔で言われた。

 ならば仕方ない。

「そ、そうですか。では名前になりますけど『(まこと)』でもいいです」

「マコト……まこぴー?」

「その言い方はご勘弁を」

「ふふ、わかりました。では、マコトさんで」

 あ、なんかいい雰囲気だと思った。

 でも同時に、旦那さんに申し訳ないという気持ちでいっぱいだったんだが。

 そんな時。

「さっちゃんズ、いるかい?」

 そんな声が聞こえてきたのだった。

 

 

 さっちゃんズってなんだよそれ。

 その呼びかけにサワナさんが「はーい」と答えた。

 で、その声の主がドアを開けてきた。

 現れたのは、初老のおばさんだった。

 正直、裕福さはまったくといって感じないのだけど、ボロいながらも着こなしがスマートなのが非常に印象的だ。

 顔の造形なども整ってるし、若い頃はさぞかし美人さんだったんじゃなかろうか?

 あと、とりあえず人間らしい。

 そんなことを考えつつ、つい見ていると「ん?」という顔で見返された。

 やばい、なんか誤解されたっぽい。

「ははぁ、こりゃお客様だったかねえ?」

「あ、その」

 あわてて返事しかけた俺なんだけど、サワナさんに先手をうたれた。

「ええ、サーナともども親しくさせていただいている方なんですよ?」

 え、ちょっと。

 なんか今、サワナさん、妙に『親しく』を強調してなかったか?

「ほー、そりゃよかったねえ。

 ついにサワちゃんにもいいひとが!こりゃあ例の問題も解決するし、サナちゃんも喜ぶ。いいことづくめだよねえ」

「ま、まままま待ってコユキさん、まだそんなんじゃ!」

「うんうん、まだ、まだだよねえ。いっひひひ!」

「まって、待ってコユキさぁん!」

 えっと、あの?

 おふたりは何で盛り上がってるんでしょうか?

 とりあえず、よくわからないとこだけ聞いてみるか。

「あの、よくわからないんだけど、例の問題って?」

「あー」

 質問すると、おばさんはちょっと渋い顔でこっちを向いた。

「あっと失礼しました。

 お……私の名前は諸田(もろた)(まこと)と申します。むこうにあるBWアパートってとこに住んでます。サワナさんにはいつもお世話になってまして」

「……ネタは光ってるのよ?」

 げっ!

「ちょ、なんで知ってるんスかソレ?」

「あらら、ごめんねえ」

 

 ちょっと説明しよう。

 21世紀はじめ頃に流行った変な動画みたいなやつで、同姓同名のネタものがあったのだ。

 あの頃、あれでさんざんオモチャにされたトラウマが……ううっ。

 

 まさか初対面の人にやられるとは。

 

「あー」

「ん?」

 気づけばサーナちゃんが不機嫌だ。

 ああ、頭の上で大人が知らない話をしてたら仲間はずれと思うよな?

「ん?どうしたのサーナちゃん?」

「えへ」

 よしよしとしてやると、サーナちゃんは喜びだした。

 あいかわらずサーナ語はわからないけど、ご機嫌と不機嫌の区別はつくようになった。大戦果だ。

 そんなこんなをしていたら、おばさん──コユキさんとやらはニッと笑った。

「たしかに、サナちゃんとも仲良くしてるようだねえ、これはますます──」

「コユキさん?」

 だんだん不機嫌そうになってきたサワナの顔に、まぁまぁとコユキさん(仮)は笑った。

「ああ、名乗ってもらったのに名乗らないのは失礼だぁねえ。

 わたしの名は水瀬小雪、こんなおばあちゃんで小雪なんて名前で悪いけどよろしくねえ」

「こりゃどうも、よろしく水瀬さん」

「そこは小雪の方で呼んでおくれでないかねえ?」

「そうですか、それでは──あ、いえ、すみません水瀬さんで」

 言われるままに小雪さんと呼ぼうとしたけど、なんか涼しい風がヒュッと吹いた気がしたので、やめておいた。

 小雪さんでなく水瀬さんね、水瀬さん。覚えた。

「それで話を戻しますけど、問題って何でしょう?

 あまり込み入った話だと失礼にあたるかもですが、俺にできる事なら」

 それは俺の正直な気持ち。

 サワラさんには迷惑かもしれないが、彼女が困っているのなら何かしてあげたいと。

 そう思った。

「いや、それがね。車の話なんだけどさ」

「車?」

「ああ、車だ」

 水瀬さんはにっこりと笑った。


 

 前にも思ったけど、このアパートやたらと古い。

 聞けば昔は下宿屋だったとか。

 庭があり、その隅に車庫があり、そこは二台ほど収容できるようになっているんだけど。

「ハイエースじゃないですか」

 トヨタが誇る、箱バンタイプの代名詞みたいなクルマが止まっていた。

 いわゆる商用車区分の車ではあるけど、趣味人が多目的に愛用することでも有名な車だよね。

 ふーむ。

 ハイエースの年式はよくわからんけど、そんな古くないだろこれ?

「これがどうかしたんですか?」

 質問すると、水瀬さんはボソッと小声でつぶやいてきた。

『これ、サワちゃんの旦那さんが乗ってた(・・・・)んだヨ』

『え?』

 過去形?

『けど旦那さん亡くなったでしょ?

 名義は何とかしたんだけどさ、肝心のサワちゃんが乗れないんだよねえ』

 なるほど、持て余してるんだ。

 ああでも、なるほど。旦那さん亡くなってるのか。

 そうか、そうだったのか……。

 

「わたしたちは陸にも住めますけど、本来は海や海辺にいるものです。

 それで夫が定期的に、これで海に連れて行ってくれていたんですよ」

「なるほど……」

 そこまで言われて気づいた。

 サワナさんたちの耳が、水かきっぽかった件。

 そして……武心医院の院長先生の言葉。

『こりゃ都会疲れじゃよ』

 あれは言外に、本来の環境とは違う環境にいるって意味も含んでたのかもしれないな。

 

 そう思った俺は、ぽろっとこぼしてしまっていた。

「ハイエースで海か、いいなぁ……慣れれば俺でも」

「運転できるんですか?」

「!?」

 みれば、サワナさんが思いっきり食いついていた。

「ああいや、慣れは必要だよ?

 俺、今はバイクしかないし、このサイズったら人のトラックを借りて乗った事しかないし」

「あ!そ、そうですね」

 ふう、落ち着いてくれたか。

 で、冷や汗を流していたら不意に爆弾が落ちた。

「だったら、慣らしてみたらどうかね?」

「え!?」

 見れば、水瀬さんがにやにや笑っていた。

「車に乗れないわけじゃないんだろ?要は大きさに不慣れなんだろ?

 だったら車の少ない深夜発で、海でも見にいってきたらどうかねえ?」

「「!?」」

 え?

  

 軽くパニックを起こしている俺に、水瀬さんが続けた。

「だから。

 不慣れで、しかも小さい子を連れて運転は不安もそりゃあるだろ。

 だったら慣れればいいんじゃないかねえ?

 その間くらい、サナちゃんはわたしが見ててやるよ?」

「!?」

 俺は驚いたけど、同時に感じていた。

 ──自分がとても、とてもこの状況を望んでいたことを。

 

 だけど同時に、そんな自分がイヤだった。

 ……だってさ。

 サワナさんの旦那さんが亡くなってると聞いた時、俺は嬉しいと思ってしまったんだ。

 

 ……なんて醜い考えだろうか?

 自分が情けない。

「……ちょっと考えさせてください」

 俺はやっと、それだけを口に出した。


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