脱ぼっち、できるのか?
『あんた、いい人とかいないの?』
「あー……ないなー」
田舎からの電話。
お袋から突っ込まれた俺はその時、先日のサワナさんをちょっと思い出していた。
その一瞬の沈黙がまずかったんだろうか?
『あのね、将来のことを考えたら、ただのお友達はよくないのよ?』
「は?いや、だから相手がおらんて」
『茶飲み関係でもいいから、ちゃんと友達より上になりなさい。
どんなに親しくなっても他人のままはよくないのよ?』
「なぁ、お袋?」
なんなんだ、急にグイグイ押しはじめたぞ。
しばらく会話していたけど、ダメだ。
どうもお袋は俺に気になる相手がいると思いこんじまったみたいで、訂正しても聞き入れてくれない。
やれやれ、まいったなこりゃ。
「ああごめん、ちょっと連絡きた。またー」
とにかく話を終わらせて、なんとかスマホを置いた。
そして、サワナさんを思い出した。
確かに素敵な人ではある……人じゃないけど。
でも、そもそも人妻じゃどうにもならないんだよなぁ。
ああ……。
俺がサワナさんの旦那で、サーナちゃんのお父さんだったらよかったのに。
……ははは、いい歳してなに妄想してんだか俺。
■ ■ ■ ■
新宿。
日本有数の騒々しい場所のひとつであり、その混沌っぷりから、かつて「魔界都市」なんて物語まで書かれた事のある場所。
仕事の都合とはいえ、そんな新宿区の外れに住む俺なんだけど、未だに新宿の町はよくわからない。理解できる日がくるのかねと思いつつ、俺はバイクにまたがって信号待ちをしていた。
場所は歌舞伎町交差点。西向き。
歩道はひと、ひと、ひとの波。
すり抜け?いや、今はしない。
これだけ人が多いと危ないんだよ。
車の間を走り抜けて渡ってくる人間がたまにいてさ、ぶつかったらやばいだろ。
だから俺は抜けないんだが……驚くべき事に俺以外のバイクは皆、すり抜けていくけどな。
すげーなーと思うんだけど、それでも俺はすり抜けない。
俺は自分の運転技術ってやつを信じていないから。
ま、都庁のあたりまで抜ければ多少空いてくるだろ。
お休みということもあり、通り過ぎていく老若男女は途切れることがない。
それぞれの顔の奥にはきっと、それぞれの顔のぶんだけドラマがあるんだろうなーと漠然と考えていると、ひとりでバイクにまたがっている俺の立場がすごく寂しいものに思えてくる。
……ああくそ、またサワナさんの顔がちらついちまった。
いけないな、憂鬱に追いつかれそうだ。
予定変更して首都高でも飛ばそうかなと思った、ちょうどその時だった。
「──え?」
ずしりと、タンデムシートに誰かが乗ったような重みが来た。
なんだなんだと反射的にミラーをみると、そこには迷彩服を着た……犬?
念の為に言っておくと、身体の方はボン・キュ・ボンな感じの美女だったり。
しかし首から上が犬。
ちょ、またこのパターンですか!
でもなんでいきなり乗ってくる?
「出せ」
「え?」
「早く出せ、まずい!」
「は、はいっ!」
何も考えずにギアをローにぶちこみ、バイクをスタートさせた。
……で、当たり前のようにさっきまでいた車も、歩行者も誰もいない。マジか。
まったく無人の新宿ガード下にむけて俺は突っ込んでいくわけで。
え、ちょっと待ったナニあれ?
「なんスかあれ?」
「ん?新宿といえばアレだろ?」
「それは映画の話だろぉっ!」
騒いでいたら、なんとズシーン、ズシーンという巨大な足音。
今にもどこかから、伊福部昭の重厚なオーケストラが聞こえてきそう。
しかも、しかもだ。
どこかで見たような大怪獣が、ビル街にいるのが見えるんですが?
な、なんじゃこりゃああっ!!
あわてて減速してUターンしようとする俺なのだけど。
「あだっ!」
頭を叩かれた。
「逃げるなバカ!行くんだよ!」
「無茶言わんでください、俺は一般人だよエキストラなんだよ!」
そういったんだけど、迷彩服のお犬様は不敵に笑うだけだ。
「大丈夫だ、ここに武器がある!」
「お」
なんかお犬様、昭和特撮に出てくるようなレーザーガンを持っていた。
「あれは首のまわりが悪いようでな、真正面に出ない限りは攻撃してこんのだ。
尻尾をふられると面倒だが、ビルが邪魔して届く前に逃げ切れるだろう。
おまえの単車の機動性ならイケるはずだ!」
「……なるほど」
ああ、そういう基準で拾われたのか俺は。
「というわけだ、行け少年!」
「は、はぃぃぃぃっ!」
つーか結局巻き込まれるのね。
何やってんだ俺とか思わんでもないけど、文句を言う暇もない。
しょーがない。
腹を決めた俺は、バイクのギアを2つ落とした。
「お?」
「飛ばします、ちゃんと掴まっててくださいよ?」
誰もいない都庁周辺は広い。
俺は迷わずワイドオープンにした。
俺のバイクは、いわゆるクルーザーというやつで、あまりブッ飛ばすには向かない。
しかも排気量はたったの250ccなわけで、大型バイクが主流のクルーザータイプの中でもオモチャのようなものだ。ドコドコと自己主張するVツイン・エンジンだって積んでいない。
だが、それでいい。
コンパクトでも乗れば余裕のある車体は、乗り手の気持ちもゆったりさせてくれる。
その車体を引っ張る小さなエンジンは、一世代前とはいえれっきとした高回転型スポーツバイクのものだ。
これが何を意味するか?
つまり限度はあるが、マジメにブン回せば多少は飛ばせるって事になる。
──あくまで多少だけどね。
背後でビー、ビーッと発射音が響き、見れば光の束が怪獣の側頭部に当たった。
そして怪獣の身体がゆらぎ、次第に動きが鈍くなる。
しかし、これで何発目だろう?
「よし、向こうへ行け!」
「イエスマム!」
逆らうだけ無駄なので、俺は背後のわんこ美女の言いなりにバイクを走らせた。
たまにチラチラ飛んでいる光が見えるので、攻撃しているのは俺たちだけじゃないらしい。
でも今のところ、一度も鉢合わせてないけどな。
「よし、いい感じだ、もうすぐ倒れる!」
「はいっ!」
「──そこだ止まれ!」
「はい!」
バイクを止めると、そこは再び怪獣から向かって横。
しかも向こうはまだこちらに気づいてないらしい。
「──!」
ビー、ビーッと再び発射音がして怪獣に当たった。
怪獣はこっちに顔を向けるかと思いきや、例の壮大な鳴き声を響かせたあと、ゆっくりと横倒しに昏倒した。
大質量が地面に激突し、盛大な地響きがきた。
「おわっ!」
「よし出せ!」
「い、いえっさー!」
もう、何がなんだか。
何か狐や犬みたいな人たちが事態の収拾をはじめた頃、やっと俺はお役ごめんになった。
「やぁおつかれ、いきなり招集して悪かったな」
「はは、どうも」
なぜか缶コーヒーをもらった俺は、ちょっと苦笑いを浮かべた。
このブランド、もうないはずだよね?ベルミー。
「しかし、なんで新宿に怪獣なんか出たんですかね?」
「ふむ?休日だからだろう」
「──は?」
どういうことだ?
「だから、新宿というと怪獣が出る町なんだろう?」
「……まさかと思いますが。
休日で新宿を訪れる老若男女が、怪獣出ないかなーって思ってるから出たとか言いませんよね?」
「さすがに理解が早いな!」
「……ははは」
頭が痛くなってきた。
苦笑いしていたら、フフンとお犬様が色っぽく笑った。
「おまえ狐臭いな」
「え?」
どれ、わたしのニオイで上書きしてやろう」
「え、えええっ!」
なんかを首にかけられた。
いや、このパターンってまさか。
そして次の瞬間には、都庁前の道端で呆然としているのだった。
この後、二話連続でサワナ母子の話が続きます。
ご近所さんですので。
そのままレギュラーになるかどうは未定です。