安いテントと旭川
本文に実在する店舗や商品名が出てきますが、あくまで作者当人の体験談と主観が元になっております。
問題がある場合、別の名称に変更する可能性があります。
途中の給油騒ぎなど多少の問題があったけど、何とか無事旭川着。
目指していた登山用品店、秀岳荘旭川店に到着した。
「すみませーん」
ざっと見て売り場がすぐわからなかったので、迷わず店員に声をかけてみた。
残念ながら昨夜、電話で話した店員はいなかったようだけど「ツーリング中にテントが壊れたので代わりを入手したい」旨はすぐ理解してもらえた。
「うちは登山用品店なので山用になるけど問題ないかな?」
「はい、大昔ですけどIBSウルトラライトというのを使っていました」
はじめて使った愛用テントの名前を言うと、古株の店員が「ああ」と理解してくれた。
「あのあたりのテントは基本、今でいえばアライテントの系列になるんですが」
「はいわかります、お高いですよね。
ツーリング用途ですし、そのあたりを見ておすすめってありますかね?」
「では、こちらはどうですかね?お値段もグッとお安くなりますが」
「おー、クロノスドームですか」
見せてもらったテントは、モンベル・クロノスドームの一型だった。
若干小さすぎるが、最小単位と考えたら悪くないテントだ。
こいつは積雪時の厳冬期を想定したものじゃないけど、俺もそんなとこでキャンプしないからな。
「こいつでいいです、あとシュラフカバーありますか?」
「んー、ピンからキリまであるけど、どういうのがいいのかな?」
「僕、寝袋にわざわざバロウバッグのゼロ番を選ぶような人間なんで」
「ああなるほど」
バロウバッグというのはモンベルの寝袋だが、化繊のシュラフなので大きい。特に厳冬期用のゼロ番は、呆れるほどのサイズになる。
だが羽毛製と違って湿気に強いうえに安いので、単車や車では、あえてゼロを選ぶ人もいる。
俺の言いたいことをすぐ理解した店員さんは、ひとつのシュラフカバーを持ってきた。
「じゃあこれはどうかな?うちのオリジナルだよ。
ゴアテックスみたいな素材を使ってないけど、それでもこのサイズでダブルなんだよ?」
「いいですね。しかも安!これも頼みます」
「わかった、他にいるものはあるかい?」
「いえ、これだけで」
精算は、ありったけの電子マネーに手持ちの現金をちょっと足した。
なんとか足りてよかった。
荷物を積む場所がないので、壊れた中華テントをひきとってもらった。
「そういえば最近、中華系のテントが山でも増えてるんだよね」
「えー……それは不安だなぁ。キャンプ場ならともかく、山で使うなら信頼性優先したいですよ」
言っておくが、中華をバカにしているのではない。国産テントだって壊れる時は壊れる。
だけど縦走中なんかにテントが壊れるリスクを考えると、信頼性の高いものをと考えるのは当然の心理だろう。
「うん、まったくだ」
店員さんは俺と同世代らしく、困ったように笑いあった。
秀岳荘で無事に新テントをせしめた俺は、旭川の町を経由して国道40号線に入った。
旭川から稚内まで伸びる、最北の国道のひとつだ。
とたんに懐かしさがこみあげてきた。
昔、ブラック企業で困ってた頃、この風景をどんなに夢見たろう?
くそ、懐かしさで心がたまらない。
「ははは……ちくしょうめ」
「?」
「ん?ああ、昔、国道40号線の歌ってのを作ってね」
とっさに懐かしい記憶でごまかした。
「歌?自作?」
「おう」
「どんな歌?」
「……知りたいか?」
「うん」
ノルンが注目しているのをいいことに、調子にのった俺は鼻歌を歌いだした。
♪~真夏の昼間 焼け付く太陽
広がる平野 伸びる道
うなるエンジン 吹き抜ける風
牛がのんびり昼寝する
そんな世界が 過ぎてゆく
ここは国道40号線
北へ北へと 走ってゆけば
向こうにあるのは港町……♪
ギター初心者の頃に作った歌なので、ひねりも何もない。
いかにも初心者が教科書通りに作った歌だ。
運転中だし聞いているのはノルンだけなので、懐かしい三拍子を脳内で演奏しつつ、アカペラで歌い綴る。
そしたら。
「~♪」
お。
なんとノルンが、ハミングで副音声をかぶせてきた。
へぇ……こいつ、こんな器用なスキル持ってたのか。
思わず合唱しながら移動を続けた。
そんな楽しい40号線ツアーだったが、走っているうちに違和感も覚えた。
「……なんか、ずいぶんと変わってないか?」
俺は数年間だけど、旭川から富良野周辺に住んでいた事がある。
まあ、当時からすると十年単位の時間が過ぎてるわけだけど、それにしても変化が大きすぎるんじゃないか?
なんの変化かって?町だよ。
メインストリートのはずの区画で、なんか歯抜けみたいに建物がなくなってる。
ちょっとまてよ。
なんで、こんなに空いてるんだ?
北海道の人口は1990年代あたりをピークに減り始めていると聞いている。
これらのピークはたぶん、元々過疎の兆候のあった地域よりも少し遅いかもしれないが、地域としての人気度を考えると早いとも言えるかもしれない。
だが全体数からすると微減にすぎなくとも、実際に現地に行くと超のつく過疎地ってのはよくあることだ。
え、どういうことかって?
つまりだ。
この間の千葉県もそうだけど、道内でも県庁所在地である札幌市だけは今もなお横ばい、あるいは微増しているかもしれない。
だが自治体全体として減少しているということは、当然、そのしわ寄せは地方に行く。
これはどういう事かというと、最も栄えている一つの町に人が集まってきていて、そのぶん、地方からは急激に人が減っているということ。
もちろん北海道全域でも少しずつ減っているが、道内の動きほど派手ではないのだろう。
「……マコ」
旭川の町は一瞬しか見てないけど、おそらく雰囲気としては横ばいか、せいぜい微減。
だが、これは旭川の人が減っていないのではなく、外に出ていく人よりも、周辺地域や道北から人が来るので、ある程度の下支えがなされた上での合計として微減にとどまっている、というのが正しいんだと思う。同じ自治体で食い合ってるって事だから。
むう……やばいなこれは。
本当、どこでも人口減は待ったなしのヤバさなんだなぁ。
「マコ」
しかし、久しぶりに来て高揚していた頭が、これは一気に冷やされちまったな。
「マコ」
「いやいや困ったもんだって、お、どうした?」
「マコ!」
「うおっと、なんだ?」
「通信きた」
「おっとすまん、つないでくれ」
そうしたら、いきなりサワナさんの声が頭に響き渡った。
『なにかあったんですか!?』
「うわっ!」
なんか、あわてた感じの声だった。
「えっとすみません、なにか問題ありましたか?」
『それはこちらのセリフです。
マコトさん、メールにも反応してくださらないし電話にも出ないし、呼びかけても反応がないですし。なにがあったのかと』
「ありゃりゃ」
ノルンを見たら、おまえが悪いと言わんばかりに腕組みしてヨソを向いている。
あー……こりゃ考え事にハマって無視しちまってたっぽいな。
「すみません、ちょっと考え事しててノルンの合図にも気づかなかったみたいで」
『そうなんですか?本当に大丈夫ですか?』
「はい、すみません。
久しぶりの場所にきて、色々かわってて、なんかセンチメンタルになっちまったようで」
『ああ……そういうことですか』
なんか、電話の向こうの声が急にやさしくなった気がした。
『マコトさん、あまり無理を向いているなさらないでくださいね。
今夜は暖かくして休んでくださいね』
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」
『ウソ』
え?
「あの、うそって」
『声にメリハリがないようですよ?昨夜、あまり寝られなかったんじゃないですか?』
ぎくっ!
「あー、六時間くらいは寝たと思うよ?」
『走りっぱなしの徹夜明けで六時間ですか?足りないんじゃないですか?』
う……。
「まぁ無理はしませんよ。今夜は温泉に浸かって寝るつもりです」
『温泉ですか?』
「びふか温泉といいまして、平成一桁の頃からお世話になってるんです」
あそこは年中やってるから、今も大丈夫だろう。
少し話をして、それではと通信を切った。
で、そのままヘッドセットのスイッチをいれる。
「ノルン、電話帳を開いて『美深キャンプ場』の番号をタップしてくれ……ああそれだ、頼む」
少し電話が鳴り、職員らしき人が出た。
「すみません、バイクですがテント張れますか?」
そしたら、すまなさそうな声が聞こえてきた。
『ああすみませんね、うちは5月からなんですよ。
まだテントサイトに残雪がありましてね、正式オープンはしていないんです』
ありゃりゃ。
「ふうむ、サイト使用不能ですか?」
『バンガローはやってますんで、水とトイレは使えますよ。
しかしテントサイトは今言ったとおりですので、サービスとしては営業してません』
「そうですか」
そういったところで、職員さんの言葉がひっかかった。
「水とトイレがOKなら利用させていただきたいんですが。
昔、3月に来て温泉の方に泊めてもらいましたけど、温泉は入れるんですよね?」
『はい、温泉は年中入れます。
キャンプ場の方は、今いった条件でよければご自由にお使いください』
細かい保証もないし管理人もいないけど、使うならどうぞって事か。
「ありがたい、助かります。
テントサイト確認して、使えそうならお世話になります。ありがとうございます」
お礼を言って電話を切った。
「きまった?」
「決まったけど決まってない。まずは確認にいくぞ」
「?」
首をかしげるノルン。ま、そりゃそうか。
「正式営業してないんだ。
使えるなら使ってもいいと許可はもらえたよ。
でも、そもそもテントが張れるか不明なんだよ。
だから確認にいくんだ……わかったか?」
「おー」
どうやら理解したらしい。
「そういうわけだ、いくぞ」
「ういっす」
秀岳荘旭川店
道民で山をやる人ならご存知、秀岳荘。
実際に4/29に飛び込み電子マネーでテント買ったのは僕です。変な客ですみませんでした>>スタッフのみなさん
IBSウルトラライト
石井スポーツ(ICI)がIBSというお店をやっていた頃に売られていたナイロン系の小型山岳テントです。当時よく売られていたアライテント系の山岳ドームと基本的に同じものですが、ゴアテックス素材などを使わないことでお安くなっていました。
モンベル・クロノスドーム
モンベルの取扱としては「無雪期の山やキャンプ用」となっていますが、自転車や単車のツーリングも想定されたテントです。ゆえに厳冬期用のスカートなどは売られていません。
耐風性はさすがの一言で、風速20m近い中で素人が張っても元気に耐えてます。
ただし山屋さんの発想で作られているので、代償として天井が低くて狭いです。
よほど体が小さい人でないと1型はやめ、二型以上を推奨します。
モンベル・バロウバッグ
かつてタフバッグと呼ばれた化繊のシュラフの後継シリーズ。
化繊は羽毛に比べて大きくなってしまうので冬季には忌避されがちだが、水気に強いというメリットもあるため、特に徒歩ほどコンパクト性にこだわらないツーリング用途には人気がある。
防寒でお金をかけるのはテントでなく、まずシュラフとシュラフカバーです。
現に昔、僕はタフバッグ・ゼロと安物ツーリングテントで4月の北海道を旅した時、1991年4月5日の稚内・離島ターミナルのコンクリの上でも寒い思いなんて一度もしませんでした。
秀岳荘オリジナルのシュラフカバー
これは実際にあります。
ゴアテックスなどを使っていないかわりに安いです。しかもコンパクト。
でかいシュラフむけのダブルサイズってのもあります。
僕もダブルサイズ買いまして、個人的に非常に気に入りました。
興味のある方は秀岳荘にお問い合わせください。
歌:国道40号線
恥ずかしながら、作詞作曲とも僕のオリジナルです。
日本一周の翌年の1992年に道内で作ったもので、当時あちこちで弾き語っていたリアル黒歴史の一曲です。あの頃は、札幌で買った安ギターをカブに積んで走ってたんですよ。
当たり前だけどJASRACには登録されていません。
美深温泉のキャンプ場について
営業は5月上旬からで、水とトイレは使えるという事で、お願いして使わせていただきました。バンガローもあるし温泉にも宿泊施設がありますが、真冬以外の休日は混んでいるので予約が必要だと思います。
当然ですが、オフの利用は相手のご厚意によるもので、今後もオフシーズンに泊めていただけるとは限らないのでご注意ください。