洞爺湖経由……
ふとテントから顔を出すと、目の前に広がるのはテントサイト。で、その向こうには街路樹が横一列に伸びている。
テントサイトからは見えないようになっているけど、細い道があるんだよね。
で、その街路樹の隙間からは洞爺湖の絶景と、中島がぽかりと浮かんで見える。
ああ、こんな景色も久しぶりだなぁ。
空は晴れていて、子どもたちの声。
うん、のどかだ。
なんの問題もない。
ないんだが……。
なんでだ?
どういうわけか睡魔が襲ってこない。
昔の俺だって、途中に休憩つきとはいえ1000km近くも徹夜で走ったら眠くてたまらなかったはず。船中だって多少の休息になっても、眠れてはいない。
なのに。
こうやってテントも設営し、落ち着いたのに眠くないのはどういうことだろう?
サワナさんのおかげで体力が底上げされているのか?
それとも、体力の限度を越えて、変な具合に調子を崩してる?
うーん……要注意だな。
とりあえず、今日はさっさと寝てしまおう。
「おっと」
ケトルが音をたてはじめた。お湯が湧いたらしい。
バーナーに蓋をして火を止めた。
お茶をいれつつ、おにぎりをパクついていると、単車の音が近づいてきた。
どうやら、お泊り組が来たようだ。
首を出して軽く会釈すると、その単車のライダーも会釈し、そして入っていった。
……どうやら奥にテントを張るっぽいな。
この感じだと交流は無理だろうな、うん。
コッヘルを出してパックのお茶をいれた。
はぁ……。
のんびりしていたら、ノルンが戻ってきた。
「早かったな、茶いるか?」
「ういっす」
「よし、ちょっと待て」
お湯をミニケトルにいれる。
メタノールを確認したら大丈夫そうだったので、そのまま再び火をつける。
ちなみに、ノルンのおにぎりはない。
これは意地悪しているのでなく、ノルンがいらないと言ったからだ。
そもそも妖精であるノルンにとり食事は嗜好品にすぎない。
お茶は普通にいれるが、食べ物はノルンが要求しない限り、なくてもいいという事になっている。
「で、なんか面白いもんあったか?」
「見える子がいた」
「ほほう、いたのか!」
このキャンプ場は札幌界隈など、近郊から家族連れのキャンパーがたくさんやってくる。
ノルンによると、小さい兄弟が留守番しているサイトがあり、その兄弟がノルンを認識したのだという。
で、親たちが戻ってくるまで、短時間だが相手をしたのだという。
「遊んでやったのか……しかしそんな小さい子に留守番させたのか?」
大人は何やってんだよと思った。
だけど。
「違う」
「?」
「カメラが設置されてた」
「……ああ、そういうことか」
つまり、こっそりカメラを設置して、家族は離れたところから見ていたと……つまり演出されたイベントだったってことか。
「その家族って、ノルンは見えなかったのか?」
「見えてない」
そうなのか。
「でもそれってさ、もしカメラが映像を記録してたら、どうなるんだ?」
「?」
「だからさ。
そいつらには見えて無くても、カメラにはおまえが写ってる可能性はないのかってこと。どうだ?」
「……わかんない」
「そうか。ま、次から気をつけような?」
「わかった」
不注意は不注意だけど、俺はノルンを叱れない。
だって、俺も想定してなかったんだからな。
考えてみたら、誰かのドローンも飛んでるし、アクションカメラの利用者もたくさんいる。今日だって、ヘルメットや単車にカメラつけたヤツと大量にすれ違った。
けど、そんなの怯えてたらノルンを連れ歩けないもんなぁ。
これはもう「ま、その時はその時だ」と開き直るしかあるまい。
そんなこんなで、北海道最初の一日は暮れていった。
翌日。
「うーむ……やっぱり疲労感まわりがおかしい気がする」
ほとんど日没とともに寝ちまったわけだけど、目覚めたのは三時ほど。
寒くて目覚めたんだと思うけど、どこか体調に違和感がある。
んー、あまりいい傾向じゃないなあ。
安眠できてないのか。
やっぱり根っこのどこかで体調壊れてるだろコレ。
「……無理はできないな」
とりあえず安全マージンを大きくとりつつ動くことに決定した。
テントの中の荷物を収納したら、次にテントの撤収にとりかかる。
フライシートの水分を取り去ってから畳み、さらに本体の水分もチェック。
本体などに水気が残っていないことを確認しつつ、さらに本体も回収する。
そしてパッキングの邪魔になるので、少し早いが、ここで単車用装備に着替えてしまう。
テントの下に敷いていたマットが濡れていた。
ならばとマットは干しつつ、それ以外の荷物を単車に積み込んでいく。
やがて撤収準備が完了する。
「うむ」
ペグやゴミなどの忘れ物がないか確認する。
わずかに出たゴミは管理棟横のゴミ箱に始末するので、これは横にぶら下げている。
よし。
改めて積載がきちんとできているか確認してから、エンジン始動。
道内で迎えた、はじめての朝の始動だ。
軽いセルの音がして、そして、聞き慣れたエンジン音が元気に目覚める。
「よし」
いくぞノルンと言おうとしたら、いつのまにかノルンはハンドルのところにいた。
「準備はいいか?」
「大丈夫」
「そうか」
撤収中、ノルンはずっと居なかった。
昨日の子どもたちのところに行っていたんだろうと思うが、もう別れはいいんだろうか?
とりあえず管理棟まで移動するか。
「どうもー」
他の単車のキャンパーに挨拶しつつ、通路に出て管理棟に向かった。
……で、その途中だったんだが。
「あ」
なんか小さい子がふたり、こっちを見て手を振っている……もしかして?
見ると、ノルンも手を振り返している。
「ばいばい」
俺もつい手を振ってみたんだが、振り返してくれた……いい子たちだなぁ。
うん、なんか、ほっこりしちまった。
管理棟に着いたが、まだ時間が早いので事務所は開いてない。
昨日確認したように、窓口のそばに板を返却し、そしてゴミ箱にゴミを分けて捨てた。
よし。
「さ、いくぞ」
「うん」
スマホナビを旭川の秀岳荘にセット。
「出発」
そういうと、俺は単車をスタートさせた。
出発して少し走ると、そのまま高速道路に誘導された。
あららと思ったけど、1番近いSAで給油しようと思い、そのまま乗った。
……それが間違いだと気付かされるのは、まもなくの事だったが。
「……おいおい」
はじめて乗った北海道の高速だが、印象は「ショボイ」だった。
いや、言っておくが道路そのものは問題ないぞ。
ショボイと言ったのはSAやPAの施設で、比較的簡素と思われる東北自動車道のそれがリッチに思えるほどの凄さだった。
何より、SAにガソリンスタンドがないのには唖然としてしまった。
「……なんだこれ?」
トイレ前に「スタンドがないので気をつけて」という趣旨の看板があり、そこを見ると、このまま旭川に向かうと俺の単車は、最初のスタンドに着く前に燃料切れになりそうだった。
「だめじゃん」
「だめ?」
「ああ、途中で降りて燃料いれないとね」
ちなみ人もほとんどいないので、平気でノルンと話もできる。
それはメリットっちゃあメリットなんだけど、燃料を入れられないのは最悪だった。
「まぁ、そうだな……恵庭あたりで一度降りるか」
そこで満タンにしたら、あとは一直線に旭川を目指そう。
そんな話をしたり困ったりしながら進んでいたんだけど、妙なことに気づいた。
「……なんだこれ?」
さっき、北海道の高速はショボイと言ったけど、それを撤回したくなる光景が広がっていた。
なんというか、風景がのどかになってきたんだ。
関東周辺の高速なぞ走ると、風景が見えず、無味乾燥な移動になる事も少なくない。理由は簡単で、騒音対策などいろんな理由で、道路の両端に壁が作ってあるからだ。
それが、この道央自動車道には……皆無とは言わないけど、かなりの広範囲で存在しない。
下手すると、ガードレール程度の簡素な柵もないようなところを高速が通っているんだこれが。
一瞬、大丈夫なのかと思ったけど……大丈夫なんだろうな。
道の脇にあるのは町ではなく、まるで原野のような鬱蒼とした土地。
たとえば、外から高速に潜り込もう、なんてアホな事を考えるヤツがいたとしても、これらの場所から入り込むのは困難なんだろうな。そう思わせる風景の中を、ずどーんと高速が突き抜けていた。
「……これはこれで、すごい風景だな」
北海道の高速を走ったことがない、という人がいたら、一度はおすすめしてみたいもんだな。
そして俺は予定どおりに恵庭で一度降りて。
燃料を満タンにしてから、再び旭川を目指した。




