昔の心残り
『マサ……なんで死んじまったんだよ』
あの頃。
とある国道脇で、俺は献花し酒を添え、歌をうたった。
あいつの好きだった歌を。
『おまえが先に逝っちまったから、代わりに俺がギターを覚えたぜ。いいよな?』
現場を見てない俺は当時、あいつの死を受け入れられず、そんな事ばかりしていた。
ようやくその暴走がおさまった時には周囲とのつきあいもなくなり、孤立していた。
俺は最後に奴の死亡現場に参り、そして、思い出の地を後にしたんだ……。
■ ■ ■ ■
「お友達の墓参りですか?大切な方だったんですか?」
「はい、とても」
「……」
「あ、ちなみに男ですからね?」
「マコトさんにそういう趣味が」
「ないですから!親友です親友!」
「うふふ」
ここはサワナさんとこのアパート。
食堂で食べている最中に出た旅行の話題で、サワナさんに尋ねられていた。
「ただね、ちょっと面倒な墓参なんで……それでもう本当に長いこと行ってないんですよ」
「?」
「あの頃の俺たちはあだ名で呼び合っていて……お互いの実名すら知らなかったんです。
そんな状況だから、実家とか何もわからなくて。
死後にご家族にも会ってるんだけど……その、当時の俺はアレだったもので詳しい話も全然聞いてなくてね。
だからお墓でなく、死亡現場にいくしかないんですよ」
「アレ?」
「あー……若き日のなんとかというかその」
「……もしかして、ナイフみたいに尖ったり校舎の窓を壊して回ったり?」
「あの、あくまで比喩、たとえ、ですよ?本当にやってたわけじゃないですからね?
要はそういうお年頃だったってことで」
「ええ、わかりますよ」
「……本当に?」
「うふふ」
サワナさんは、何か微笑ましいものを見るように笑った……勘弁して。
黒歴史、あるいは中二病。
もちろん、俺にだってそういう時代はあった。
意地をはって、よせばいいのにわざわざ損なことをしたり。
誤解をまねくようなことを捨て台詞で言って放置したり。
ギター背負って痛い歌をがなりたてて、自己陶酔して……ハハハ。
本物の苫小牧発仙台行きフェリーでフォークギター抱えて吉田拓郎の『落陽』歌って職員に笑われた事もある。
ああうん、笑ってくれ。
俺にだって、そういう黒歴史時代はあるんだよ。
……というかたぶん。
ひとより長くひきずっていたため、その分だけいろいろと多いかもしれない。
まぁ、バカな黒歴史そのものは置いといて。
要はそういう時代に出会った友人で……そして、突然の事故で失った昔の親友なんだよ。
「つるんでいた期間は短いです。
俺がまだ二十歳すぎの頃で、しかもたったの十ヶ月足らずです。
はじめて出会ったのは沖縄県の石垣島で、最後は北海道でした」
「へぇ、何かあったのかしら?」
「旅の途中で知り合ったんですよ」
「……」
「もし奴が生きていたら俺の人生は、良くも悪くも今とは全然違ったものになったと思います。
そういう奴です」
「……」
いろいろと悟ったらしいサワナさんは、そう、と優しげに微笑んだ。
「今の俺だって、そんな老成はしてませんよ……自分でもそんなことわかってます。
ただ、あの頃の俺はつまり、自分がバカだって自覚すらもない本物のバカだったんです」
「……」
「当時、ひとにかけた迷惑を思い出すに、当時暮らしていたところには二度と行けませんけどね」
「行けない?どうして?」
「思い出すのも不愉快って人もいるでしょうから。
謝罪が許されるのは、まだ、苦笑いですましてくれるうちだと思うんです。
それを越えちゃったら。
二度と顔を出さないので、こんな不愉快なツラは忘れてくださいって言うだけです」
「……そう」
ちょっとアルコール入ったせいか、俺は沈み込んでしまっていた。
そんな俺をサワナさんは何も言わず、ただ微笑んでお酒を注いでくれた。
翌朝。
サワナさんの寝床でまだ眠そうにしていた俺に、サワナさんはおおまかな予定を尋ねてきた。
「いちおう予定としては、奴の死亡現場に行って黙祷してくる事になります。
でも体力と天候次第で、ダメなら引き返します。
何しろ、ひとりのお泊り旅行自体がものすごく久しぶりなんで」
「ええ」
サワナさんたちとお出かけするまで、俺は二十年近くお泊りの外出をしてなかった。
そして先日のそれは単車ではないし、ひとりでもなかった。
だから、限界や限度がよくわからないんだ。
「そうですか、いいですね……それでいつ行くんですか?」
「そこなんですよね」
俺は苦笑した。
「まず、道具類の新調をしないとダメなんです。宿泊はテントで、キャンプ場泊まりでいくんで。
でもそれより問題は、かんじんの俺の限界が全く読めない事ですね」
一日にどれくらい走れるのか。
どのくらいの距離なら、翌日に疲労が残らないのか。
そのあたりが全く読めない。
これで悪天候でもあろうもんなら、予定をたてるのはさらに難しくなる。
長旅をうまくこなすコツは、疲労を次の日に蓄積させないことだ。
あるいは定期的に安息日を設けるか。
少しでも足を伸ばしたいなら、だからこそ足を緩め、場合によっては立ち止まる。
ビュンビュンとぶっ飛ばすのではなく、ゆっくりとペースを守り進む。
疲労がひどいと思ったら、あらゆる手段で回復してから進む。
無理をすれば必ず事故る。
それこそが、その昔に俺が失敗しまくって学んだ結論だ。
「長距離のフェリーを使うんですか?」
「長距離って、夏休みやGWはだいぶ前に予約しないとダメなんですよね。
なので最悪、往路は青森まで陸走しようかと思ってます。復路はむしろ向こうで挑戦ですね」
「向こうで?」
「はい」
俺は肩をすくめた。
「何しろ、自分の体力の限界もわからないありさまですから。
すべては手探りで、その場その場の対応になります。
当たって、砕けないように配慮しながら進むしか無いんですよ」
去年からこっちの感触だと、東京から新潟までなら余裕だろう。
だけど青森までは?
まして、そんなペースで毎日走れるのか?
かりに走れるとして、昔のようにテント住まいで疲れがとれるのか?
ぼっちの引きこもり同然の生活だった俺。
こんな生活を変えたくて、単車を今のに取り替えたんだけど。
まだ取り替えて半年。
ようやく昔ほどじゃないけど外出が増えてきた。
でも、まだそれだけなんだ。
半日程度の「ちょい乗り」しか経験してない。
ましてやソロで泊りがけなんて。
もしかしたら。
今の俺の体力じゃ、途中で一泊しないと青森にさえたどり着けないかもしれない。
まったく読めない。
ああ、まったく。
何もかも不足しているなぁ。
そんな話をしていると、サワナさんがクスクス笑った。
「もしオートバイでもダメだったら、三人で車で行きますか?」
「それは魅力的だけど、できれば一度は単車で、ひとりで行ってからにしたいなぁ」
「そうなんですか……事情を伺ってもいいですか?」
「はっきり言えば、ただのワガママです。
三人で暮らすようになったら、さすがに単車で、ひとりでの遠出は控えるようになると思うんで。
そうなる前に昔の心残りを減らしておきたいとか、まぁ、そんなところかな」
「なくしたい、ではないんですね……」
「心残りなんて、どう生きたって残るものでしょ?
……うん、ごめん。結局はわがままだよね。どんな理由をつけても」
そういって俺は苦笑した。
けどサワナさんはなぜか微笑んで、そして言った。
「でも、生きるってそういうことじゃないかしら……なんて思うのだけど、どう?」
「はい、そう思います」
そうしているうちに、年号が変わる話が出てきて。
職場の方がカレンダー通り、つまり10日の休みがとれる事になって。
きわめて唐突にだけど。
今年中にでもやろうと準備していた俺の旅が、いきなりスタートすることになったんだ。