月居隧道といろいろ
ドキドキものの事件があったとはいえ、まぁそれ以降は予定通り進む。
目的地の月居隧道はかなりの山中にあるので、安全運転で行くのだけど。
「……山がゆるやかなんだよなぁ」
さすが千葉県の隣というべきか。
何を言いたいかというと、地形が似てるんだよ。なだらかな山地風景ってやつが。
日本の山間風景は、まず大きく分けて二種類ある。
ひとつが四国や近畿地方のようにアルプス的に険しい山脈が広がる風景。そして、もうひとつが東関東や中国地方などのように、ゆるやかな丘のような山や谷が連続する風景である。
学校の授業でもやったと思うんだけど、土地というのはいろいろな理由で山になったり谷になったり、はたまた低地の平野ができたりと変化を起こす。自然の摂理ってやつだ。
俺は前者の険しい山地のほとりで生まれ育ったんで、千葉や茨城のこういう地形には異国情緒をかきたてられる。急傾斜の山間部でもなきゃ、つづら折れの急峻な狭路が続くような場所でもないのに、家々だけが山奥のようになっていくというか……まるで日本昔話に出てくるような田舎の風景は、本当に奇妙というか不思議な風景だと思う。
でもこれはおそらく逆も然り。
千葉県のゆるやかな山を見て育った者が、畿内や四国中南部の険しい山々を見たら、故郷と違う土地という事を実感するんだろう。
まぁ、風景による異国情緒は他にもいろいろあるんだけどね……。
あと移動は楽だよ、険しい土地より圧倒的に距離が伸ばしやすい。
まぁそのかわり「こんなとこまで来ちまったんだ……」みたいな壮絶な山間風景にはなかなかお目にかかれないんだけれども。
さて。
「そろそろだな」
新月居トンネルというのを通過したので、旧道探しに移る。
目的地の月居隧道なんだけど、新しい新月居トンネルと交差するように存在するのだ。
この手の隧道はいくつか知ってるけど、旧道が閉鎖されてなければ探すのは簡単だ。単に脇道を探せばいいのだから。
案の定、すぐに入り口らしき道が見つかった。
ウインカーを出して道をそれ、ずるずると上がっていく。
少しばかりくねくねと廃道になりかけの道をゆっくり進んでいくと、あっさり旧隧道が見つかった。
見つかったんだけど。
「む」
おとなしくスマホナビの読み上げをしてくれていたノルンがその瞬間、何かに反応したように顔をあげた。
「どうした?」
「止まって!通り抜けちゃダメ!」
「……なに?」
俺は思わずブレーキをかけ、単車を止めた。
そしてノルンを見た。
「……」
ノルンの目は静かで、いつも騒々しい三匹チームとは全く異なっていた。
ただ、その目は「危険なので行かないでほしい」とハッキリ告げているように見えた。
「この先に何かあんのか?」
「行っちゃダメ」
「……わかった、行かない事にする。ここから撮影するのはいいか?」
「それならいい」
「わかった」
なんでだよ、と理由を尋ねることはしなかった。
というのも……入り口のところに通行止めの看板があったがゲートはなかった。
おそらく法的には通行止めじゃないだろうし、田舎にはよく工事の後に看板を置き忘れる事があるけど、それとも違う。わざわざ看板をもってきて、入り口に意図的に据え付けているとわかるものだった。
こういうことをする土地って、よそ者の通行を地元の人が歓迎してないのではなかろうか、と思う。
あと、たとえ公道でゲートが開いていても、入り口に犬小屋を置いてるような道も入るべきではない。そこに犬がいなくてもだ。
そういうところは、中に地権者などがいる時には入り口に犬を起き、入るなと警告している場所だからだ。
廃止になった古い隧道は、別の用途で再利用しているケースもあり、場合によっては本当に部外者お断りのケースもある。それらの場合はもちろん、君子危うきに近寄らずが正しい選択だ。
まぁそんなこともあって。
非合理的なのかもしれないが、俺はいつも素直に従っている。
ただし繰り返すけど、おそらくなんの根拠もない。
特にこの月居隧道の場合、土地周りで悪い噂も聞いていないし。
だとすると、トンネルの向こうに何か動物がいるとか、そういう種類の「よくないこと」なのかもしれないな。
まぁ、だったら話は簡単だ。
つまり、後日また来訪すればいいんだよ……その原因のいないだろう季節にな。
写真を何枚かとり、改めて月居隧道を見た。
「水気タイプかぁ」
水気タイプとは俺の造語で、文字通り水気の多い土地にある水っぽい隧道の事だ。
周囲の地形や内部の状態、おそらく間違いない。
このあたりの土地は水気が強く、放置すると土砂が流れ込んだり水で構造材がやられて崩落したりしやすいのではなかろうか?魚沼の山奥ほどじゃないけどさ。
おかげさまで、見た目はちょっぴり不気味。
実際には廃隧道特有の閉塞感もないし、わずか250メートルばかりの一直線の穴なので、きちんと向こう側も見えているんだけどね。
他地域の隧道でいくつか類似のやつを見ているけど、水気の多い土地の道路維持は大変だ。特に戦後、手抜き工事的に作っちゃったトンネルなんぞ、十年とたたずに崩落事故を起こして廃棄されたところもある。
それでも壊れている感じのない月居隧道は、よく管理されているといえる。
「ふう……さて、失礼するかな」
通り抜けしないということは、引っ返すしかないので単車をUターンさせる。
「とりあえず、さっきの道の駅まで戻るか」
そこでお茶でも飲んで考えよう。
隧道に来る前、トイレ休憩に立ち寄った道の駅『奥久慈だいご』に立ち寄る。
ちなみに『だいご』は大子と書く。大子町というのが地名らしいが、よそ者は『だいご』とは読めないよな……ちょっとおもしろい。
おなかすいたかな。
この時、俺に見る目があれば『奥久慈しゃもカレー』の表記が見えたと思うけど、外出時の俺は外食設備にあまり目がいかない。元々俺は買い食いはしても外食しない人で、ココイチでさえおっさんになってからやっと利用するようになったくらいだ。
だから俺は小用をすませ、糖分を含むコーヒー飲料を飲んで良しとしたんだが……あとで地図を見直して、奥久慈しゃもカレーの存在を知り、しまったと頭を抱えることになる。
だがこの時はもちろん、お茶を飲みつつちょっと残念だったなーと途中で引っ返した隧道に思いを馳せるのみだ。
「ん?」
ハンドルにつけたままの俺のスマホを、ノルン……一匹モードが気に入ったようで分裂しようとしない……が弄り倒していたが、ふとこっちを見て言った。
「これ見て」
「ん?月居隧道……お、へぇ……心霊スポット扱いなのか」
「うん」
さもありなん。
ちなみに、冨嶽三十六景のひとつの名所、裏富士の御坂峠なんだけど。
あの風景のすぐそばにある御坂隧道は今こそキレイに整備されているけど、昔は化けトン、つまり心霊スポット扱いだったのを俺は知っている。
綺麗にするだけで危険スポットから観光名所に変わるのだから、なんとも現金なものだ。
だけど俺は、別のことを考えていた。
それは。
「けど月居隧道って、不気味だけど心霊って感じじゃないよなぁ」
どちらかというと、物理的崩壊が心配な部類のトンネルであり、心霊めいた感はない。夜いったらメチャメチャ怖いだろうけどな。
「……不気味さではおまえのいた隧道の方がずっとソレっぽいぞ」
「そう?」
「おう」
あっちは天井が一部抜けてて空が見えたり、もはやファンタジー世界の隧道みたいになっちまってたが。
まぁいい。
さて帰るか。




