セカンドお狐様[2]
国道4号線は東京から青森までをつなぐ一級幹線道路だが、その全てが巨大な幹線道路となっているわけではない。
特に盛岡以北、東北自動車道と道を違えたあたりからそれは顕著になる……のだが、東京から100km圏内にある宇都宮あたりでは当然、よく整備された広い道が延々と続いているのである。
だが、バブルを遠く離れた今もなお、交通量のある時間帯には自然渋滞するのがこの区域でもある……なんてことを考えている間に、宇都宮はみるみる迫ってくる。
そりゃまぁ、そうか。
さっきの道の駅は古河市にあるが、宇都宮は小山市を挟んですぐそこだ。そう時間はかからない。
……しかし、お狐様の巫女さんに続いて、今度はお姫様と二ケツとはなぁ。
「なぁ、ひとつ尋ねていいか?」
『何かえ?』
「封印されたって話ですけど」
『それを聞いてなんとする?』
背後から、クスッと笑うような声が聞こえた。
『わらわの縛りは、もはや世の人の手では動かせぬよ……いずれ時が至るまではな』
「時が至る?」
『時代と共に縛りは弱まっておるし、いずれ遠からず解けるであろうよ。
されどその頃にはもう……。
弱まった果てに心も力も失い、ただの狐に戻っておるやもしれぬ。
あるいは逆に、神性にたどり着き昇華する可能性もないとは言わぬが。
じゃが、どちらにしろ……わらわの心を失ったソレは、わらわとは呼べぬであろ』
「……」
『どうした?何をそんな悲しげにしておる?』
「いや……封じられたまま朽ち果てるだけ、みたいなこと言われて悲しいだけだよ」
『ほう?それは何に対して悲しいのじゃ?』
「むごいだろ、いくらなんでも」
ネット小説の主人公は、封印された相手を助け出して友達になったりするものだけど……俺にはそんな力はない。
良くも悪くも一般人だもんなぁ……。
『酷いか……しかし、わかっておるのだろ?封じられるということは、それなりの事をしたという事じゃ、良くも悪くもな?』
「そういう意味じゃないよ。
どういう理由でそうなったのか知らないけど、関係者なんかもういないんだろ?」
『そうじゃな、もうおらぬじゃろ』
俺は信号待ちの車の列の後ろにつくと、首をふって言った。
「どんな理由だったにせよ、その人たちは、なんで普通に殺さなかったんだろうと思うよ。
関係者が全滅してなお数百年以上も閉じ込め続けたあげく、誰にも知られず消えて終わりだなんて……どんな事情があるのか知らないし、封じるしかなかったのかもしれないけどさ。
けど、いくらなんでもひどくねえかって思うよ」
『これ、男子がこのようなところで泣くものではないぞ?』
「……泣いてねえよ」
『ふふ、そうかそうか……ふふふ』
うるせぇ、頭ぽんぽんすんな。
俺はガキか。
そんなこんなしているうちに、宇都宮市内にやってきた。
『うむ、ここいらでよいぞ。世話になったのう』
「……ああ、気をつけてな」
『うむ』
お狐様は、俺が去ろうとすると、待てと呼び止めた。
『おっと報酬を忘れておるぞ、ほれ』
そういうと、ノルンのひとりを抱き上げ、何か強い目でジッとみつめた。
『よし、わらわの力を少し付加した。これで少し扱いやすくなるであろう』
「?」
『そなた、少年に新しい力を見せてやるがよい』
「あいさー」
「ででーん」
「了解」
ノルンたちは、なぜかピッとお狐様に礼をした。
そして三名は俺の目の前に集まり……そして。
「え?なにこれ?」
さっきまで三人いたノルンが、ひとりになってしまった。
『うむ、やはりじゃったな』
「え?」
『この手の妖精の一部じゃが、もともとは一体なのが、何かの理由で分裂してしもうたのがおってな。
よもやと思ったが、やはりであったか』
「へぇ……あれ、でも」
どうして、あの人たちはそのままにしたんだろ?
『ああ、もしかして周囲の者に何も言われなんだのか?』
「はい」
『たしかに、近年はそのまま見守る者が増えておるようじゃな。
しかし、こういう個体はたいてい不安定でな、ひとつ間違えると悪霊のように成り果てることもある。
まして、憑かれておるそなたはあくまで市井の者ではないか』
お狐様は首をふった。
『あの女がついていながら、印つきの者をこんな危険な状態におくとはな……何か考えがあるやもしれぬが、さすがに見過ごせん』
「ははぁ、そんなに不安定でヤバイんですか……あれ、もしかして?」
『む?』
「いや、実は別々の名をつけようとして断られたんですよ」
『名付けを拒否したじゃと?
ほうほう、そこまで未分化の個体であったか……ならば自然な融合を狙ったのかもしれぬのう。
……まぁしかし、そういう事ならば問題なかろう』
「?」
『いやなに、時がくればわかるであろ……離れるつもりはないのであろ?』
「ええ」
『うむ、ならばよい。
わらわが手を貸したことで若干成長が早まるかもしれぬが、まぁ問題なかろう』
そういうと、お狐様はなぜか俺の額をツン、と突いた。
「?」
『ふふ』
そして身を翻した。
『ではな少年。
またいつか、縁あれば相まみえようぞ』
お狐様と別れて少し走り、休憩を入れたコンビニでいきなりスマホが鳴り出した。
発信者はサワナさんだった。
何事かと着信を押すと、開口一番出てきた声はサワナさんではなかった。
『マコト、何があった?』
「え?……あの、もしかして楓さんです?」
『そうじゃ』
なんとそれは、噂の狐の巫女さんこと楓様だった。
「えーと、なんでまたサワナさんのスマホで?何かあったんで?」
『それはこっちの台詞じゃ。
いきなりサワナ嬢が、マコトに妙な女狐がまとわりついたと騒ぎ出してな。
契を結んだであろ?ならば気のせいでない可能性がある。
何事かと思いつつも連絡してみたわけじゃが……』
なんですかソレと言いかえそうと思った。
でもその俺の言葉は、続いた楓さんの言葉に途切れてしまった。
『なんじゃこの強烈な残り香は!?電話ごしにも臭うてくるぞ!』
「え?」
『たしかに狐には違いない……違いないが、あまり楽しいニオイではなさそうじゃな。
マコト、そなたいったい何に出くわした?まさか、まだそこにおるのか?』
「あー……さっきのお狐様だなたぶん」
俺はいつものように人外と思われる相手を拾い、古河から宇都宮まで運んだと話したのだけど。
『あほう、そやつは那須野原の玉藻前じゃ!
肉体が滅びたうえに殺生石に変じ、その石をも四百年以上前に砕かれてはおるが、正真正銘の化け物、伝説級の大化生じゃぞ!』
「うえぇ!?」
さすがに驚いた。
た、玉藻前……あのお狐様が?
「あれ?けどあのひと、しっぽが二本でしたよ?」
『いや、それでいいんじゃが?』
「え?でも狐の妖怪っていうと」
『ああ、それは白面金毛九尾の狐のせいじゃな』
楓様の笑いが苦笑っぽく聞こえるのは、たぶん気のせいじゃないと思う。
白面金毛九尾の狐って……あの超有名妖怪漫画のアレのモデルだよな?
『白面の話が日本に伝わり有名になったせいで、玉藻前も九尾とされるようになったんじゃよ。
それ以前は……そうさな、少なくともお江戸に幕府が来る前までは二本の尾をもつ者として描かれておったぞ』
「おー……なるほど勉強になります」
先日の浦島太郎といい、興味深い話が多いな。
『わしも上総まで乗せてもろうた身じゃ、本当はあまり言いたくはないんじゃが……マコトや、お人好しもほどほどにせんと、そのうち身を滅ぼすぞ。
しかしそうか、なるほど……玉藻前ほどの大物ならば、契による繋がりで気づくのはむしろ当然じゃな。
よしマコト、チビスケどもはそこにおるか?』
「あ、はい」
『チビスケをスマホに張り付かせよ。ここから状況を読み取る』
「え」
スマホ使って、無線電話網ごしに何か読み取るって?できるのかそんなこと?
『早ぅせんか!』
「は、はいっ!……おい、頼む」
「はーい」
ノルンは近寄ってくると、スマホの画面にピッと小さな手をはりつかせた。
『よしいいぞ、ほうほう……は?』
電話の向こうで、楓様の声がおかしくなった。
『なんじゃこれは!?』
呆れたような声が聞こえてきた。
「どうしたんです?」
『そ、そなた、なんで普通に気に入られておるんじゃ?』
「え?どういうことです?」
『……ふ、ふふふ、今ばかりは、そなたの鈍感さと能天気ぶりに感謝かもしれぬな』
「あの……褒められた気がしないんですが」
『褒めておらんからの、まぁよい。
間違いなく、こやつは玉藻前じゃな、何かの術を使い、構成の一部だけを外出させておるのじゃろう。
しかし……なんでそなたは普通に笑い、話しておるんじゃ?』
「そりゃあ、知らなかったし。普通にお狐様と」
『あげくの果てに加護までもらいおって。
言っておくが、あれに呪いでなく加護をもらった者など、おそらく鳥羽の上皇どのの時代以来のことのはずじゃぞ?』
「それって、どのくらい前?」
『平安末期といえばわかるじゃろ?』
「……あーうん、よくわかりました」
要は九百年とか千年とか、途方もない時の彼方だ。
「って、加護?俺はもらってないですよ?」
『自覚はないようじゃが、もらっておるよ。
まぁ守護に関するもので、おかしな仕込みもなさそうじゃが……戻ったら一度、水瀬に見せておくがよい』
「わかりました、ありがとうございます」
それから少しだけ状況について話すと、電話を切った。
そして。
「……まさか本物の玉藻前とは」
楓さんたちも凄い人たちだけど、メジャーな存在じゃないからな。
なんか、縁の下の力持ち的なプロ野球選手ばかりのところに、いきなりメジャーリーガーが来た用な感じだよなぁ、うん。
さて、隧道への短い旅を再開しよう。




