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ココ○チにいきませんか?

 それは数日たってからのことだった。

 

 いつもよりも早く仕事が終わった俺は、さっさと帰ると駐輪場に移動した。

 バイクにチェーンオイルでもさそうと思ったんだ。

 カバーのロックを外してボディを出すと、いつもの俺のバイクがそこにある。

 注油しやすいようにサイドバッグを外した。

 純正のチェーンオイルと洗浄剤、それからチェーンブラシを玄関からとってきた。

「さて」

 そんなわけで、素人メンテナンスの時間が始まった。

 

 俺がこのバイクを買ったのは、しばらく前の事になる。

 長いこと相棒だったポンコツバイクがあったんだけど、そろそろ国内部品が入手困難になってきてね。

 あと、学生時代と今ではバイクライフ自体が変化したこともあって、今のスタイルに合わなくなってきていた事もあって、奮発して購入したんだよね。

 え、おおげさだって?

 いやいやとんでもない。

 正直、このあたりで車やバイクの置き場を確保するだけでも大変なんだ。

 へたな場所に置こうとすると車庫証明すらとれなかったり、簡単に盗まれる。

 きちんと安全を確保するためには、もちろん金と手間暇を惜しまないことだ。

 

 って、別に高級バイクってわけでもないのに大げさに語りすぎだよな、ごめん。

 いわゆる世界戦略車ってやつで、タイで作られている国産メーカーの250。

 よくあるバイクなんだけど、気に入ってるんだ。

 俺が住んでるのは元々学生むけのアパートで、歴史的経緯で表から目立たないところに駐輪場がある。

 そこに比較的安価に、安全に置かせてもらってて助かってる状態なんだよ。

 

 さて話を戻そう。

 

 そんなこんなでバイクの掃除をしていた俺なんだけど。

「?」

 ふと妙な気配に気づいて、ほとんど反射的に後ろを振り向いた。

 そこには。

 

「だー」

 どこかで見たようなちびっこが、よちよち歩き状態で眼の前にいた。

 

 え?

 昨日の子だよな?

「……よう」

「おー」

 手をあげて挨拶したら、真似して挨拶しやがった。

 うん。

 たぶん間違いない、先日の子だろう。

 

 しかし母ちゃんどうした?

 なんでここがわかった……ってのは置いといても。

 この子、まだほとんど赤ちゃんみたいな子だぞ。

 なのに、ひとりでうちまで来るって、何かおかしいだろ?

 逃げ出してきたのか?

 

「あー?」

「どうしたんだ?お母ちゃんはどこいった?」

「んー、まんまー、おーおー」

「む?」

 うお、どんとすぴーく、べびーらんげーじ。

 ダメだ、さっぱりわかんねえ。

 つか俺、幼児期未満の子供の声って全然聞き取れないんだよ。

 昔からそうでさ。

 俺以外の全員が何とか聞き取れてる状況でも俺だけ全然ダメなの。

 自分の子でもいたら練習できたのかもだけど、そんなチャンスもなかったしな。

 まいったな。

 

 ふと見ると、なんか服の裾のところに変なタグみたいなのがついてる。

 なんぞこれ?

 見てみると、そこには名前と連絡先の電話番号が書いてあった。

 ふむふむ、お母さんはサフワさんというのか。

「ちょっとまて、今、かーちゃんとこ連絡してやるからな?」

 俺はスマホをとりだすと、早速電話をかけた。

 

『うちの子は無事なのっ!』

「うおっ」

 開口一番、すんげー勢いで声がした。

 ちょっと内心ビビりながら、俺はあいさつした。

「どうもこんにちは。俺、先日の武心医院についてった者ですが」

『え、え、え?あ、ははははい!』

「おちついてください」

 俺はちょっと苦笑いした。

「今、俺の住んでるアパートの駐輪場なんですが、なんか坊やが来ちゃったみたいで。

 お母ちゃんどうしたのっていっても全然わかんないし。

 で、メモがついてたからその番号に電話してみたって次第なんですが」

 電話のむこうで、ああああっ!みたいな声がきこえた。

『す、すすすすみません、とんだご迷惑を!』

「落ち着いてください、大丈夫ですから」

 この人、なんかお茶目というかアレな人っぽいなぁ。

「ここ独身用アパートですけど、知り合いの迷子を確保したからって怒られやしませんよ。

 ただ俺、育児スキルないですし、普段子供がいるような環境でもないんで。

 間違えて通報とかされる前にいらしてくださると助かります」

 そういうと、俺は住所を告げた。

『わかりました、すぐに向かいますから!』

「あの、あわてないで安全第一で来てくださいね。

 母ちゃんになにかあったら、泣くのは子供ですから、いいですね?」

『は、はい!』

 そういうと電話を切った。

 後ろを見ると、ちびすけはバイクに興味があるようで、あれこれ見ている。

「ん?乗りたいのか?

 でも今日はだめだぞ、かーちゃんが迎えに来るからな?」

「おー」

 なんだろう。

 言ってることは全然わからないのに、残念そうなのは伝わってきやがる。

「んー」

 ポケットを探ると、パインアメが出てきた。

「パインアメ食べるか?」

「……アメ!」

「おう、アメだ。喉につまらすなよ?」

 念の為、一回割って小さくしてから与えることにしよう。

 

 

 いつ泣き出すか、もらしたりするかとビクビクしていたが、しばらく待つとお母さんが現れた。

「早かったですね」

「すみませんお世話になりました!……サーナ!」

 ちびすけが、待ちかねたようにお母さんにとりついた。

 

 って、サーナ?

 なんか女の子みたいな名前だな。

 まぁ男だろーと女だろーと、この歳じゃ大して変わらないか。

 

「しかし大丈夫だったんですか?お仕事中だったんじゃ?」

「はい、断って出てきたので大丈夫です」

 そしてスン、と鼻を動かした。

「アメ?」

「ああすみません、パインアメあげちゃった。飲み込んじゃったら怖いと思ったんで、割って小さくしてからあげましたけど」

 ちなみに半分は俺が舐めている。

「アメー」

「おおアメだ。あとでお母ちゃんに言われたら歯、磨こうな?」

「あー」

「なんだよイヤなのか?ははは」

 

 少し事情を聞いたけど、どうやら昼間はアパートの住人が預かってくれるらしい。

 でも今日はたまたま、その人が居眠りしてる間に逃げ出したんだとか。

「なるほどそういう事ですか、でもよくここがわかったなぁ」

「うちの家系というか事情がありまして、この子はカンみたいなのが鋭いんです」

 カンねえ。

 どちらかというと種族特性に思えるけどな。

「えーとすみません、お名前はサフワさんでいいんですか?」

「あ、私ですか?はい」

「失礼かもですけど、どちらから来られたんですか?」

「あー……すみません、国のことはちょっと」

「ああごめんなさい、そうですね、ぶしつけでした」

「いえ、こちらこそ。いろいろ事情がありまして」

 お母さん──サフワさんは困ったように笑った。

 あー、うん。

 このおっとりした感じ、たぶん育ちいいよなこのひと。

「それで話がそれるのですけど、えーとお兄さん?」

「あ、俺、おっさんでいいっす」

「ではお兄さんということで」

「あの、おっさんで」

「はいお兄さん」 

 ……おい。

 このひと、顔は可愛いけど人の話きかないな。

 小柄のうえに童顔なので、お兄さんなんて言われると変な気分になるんだけど。

「お兄さん、先日に引き続きどうもありがとうございました。

 何かお礼をと思うのですが、あいにくウチはお金も何もなくて」

 申し訳無さそうにしていた。

 でも、俺にはひとつだけ提案できることがあった。

「サフワさん?」

「あ、はい」

「質問なんですけど、この子、サーナちゃんってカレー食べられます?」

「カレーですか?え、ええ、子供向けメニューになりますけど大好きみたいですが?」

「ココ○チのお子様セットは大丈夫?」

「……たぶん大丈夫だと思いますけど?」

「そりゃあ良かった」

 顔に「?」を浮かべているお母さんに、笑顔で俺は提案した。

「実は先日の俺、ひとりでココ○チ行く途中だったんです。

 なんで、もしサーナちゃんが食べられるならって前提ですけど。

 先日の続きってことで、みんなで一緒にカレー食べに行くってのはどうですか?

 あ、俺が誘ったんだからもちろん、俺がおごりますよ?」

 自分で言いながら、ちょっと恥ずかしいものがあった。

 いや、だってそうじゃん。

 言いながら気づいたけど、これって人妻をデートに誘ってるんじゃあないだろうか?

 そしたら。

「……え?」

 なんか知らんけど、サフワさんビックリしてるし。

 そしてその反応で、俺は自分の失敗に気づいた。

「あ、す、すみません駄目ですよね、結婚されてる方に外食のおさそいとか」

「あああ、いえいえいえ!そうじゃなくて!」

 しかし、サフワさんには強力に否定された。

「あの、お兄さん……私なんかで(・・・・)いいんですか?」

「え?」

 私「なんかで」?どういうことだ?

「まさかと思うけど、もしかしてココ○チって異人種おことわりなの?」

 そんなバカな、天下のココ○チだぞ?

 でも、ビックリしている俺を尻目に、なぜかサフワさんも驚いていた。

「え?い、異人種?え?え?」

「あれ、けど変だな?

 そもそもサフワさんたちって、普通の人には人間に見えてますよね?だったら問題ないんじゃ?」

「え」

 なぜかサフワさんは驚いた顔をして、そして俺の顔をじーっと覗き込んだ。

 そして「あー、そういう事ですか!」と急に納得顔になってしまった。

「あの、もしかしてお兄さん、最初から私たちが見えて(・・・)たんですか?」

「え?」

 その言葉で、サフワさん、素で気づいてなかったんだと俺は知った。

「あー、そりゃそうですよサフワさん。

 第一気づいてなかったら、そもそも武心医院に案内しないですよ。

 あそこって今、ただの人間が入れる状態じゃないですからね」

「ああ……そ、そっか、そうですよね!……たしかに」

 なんか最後の方は、消え入りそうな声だったりした。

「で、ココ○チどうします?ま、俺なんかで良ければってお誘いなんですが」

「……そうですね」

 お母さんは俺を見て、うふふと意味ありげに笑った。

 

 

 そんなわけで。

 俺としては大変めずらしい、子持ちで童顔の人妻との交流があったのだった。

 ……人妻だよな?子持ちだし。

 いや、旦那さん誰、みたいな質問しなかったけどさ。

 サフワさんも旦那の話は一切しなかったし。

 

 え?ココ○チは結局行けたのかって?

 もちろん無事いけたよ?

 いやー、楽しかったなぁ。

 ま、微笑ましいという方向性に楽しかったんだけどね!

 

 ただ、ひとつだけ言っておくとだな。

 ……そのココ○チは、何年か前に閉鎖されたはずの牛込支店だった事だけはここに明記しておこう。

 俺、電子マネーで払ったら記録どうなるんだろって考えたけど、さすがに無難に現金で払ったよ、ハハハ。

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