食堂とカレー屋
仕事がおわり、ふと単車を走らせたくなった。
一度帰ってから確認してみたけど、こんな日に限ってサーナちゃんも来ていない。
まぁ独身世帯なんだから、誰もいないのは本来正しいけどな……。
正しいんだけど、なんというか。
サーナちゃんがいないと、なんか、ぽっかりと寂しいものを感じるようになっちまったなぁ。
ああ、うん。
いかんいかん。
別にそれが問題とは思わないけど、いい歳こいて子供に流されるようでどうするんだよ。
さて、久々にメシでも食うか。
こんな日には外食がいい。
真冬のアフター5だしもう暗いし、寒いし、そして都内の外食で夜はバカ高い。
値段もそうだけど、ぼっちメシで、あんなおしゃれなとこで食べたくない気持ちもある。
それに、お高くとまったところで万札出して食べるくらいなら、わざわざ高速代使ってお気に入りの安ドライブインに足をのばし、まったり食べる方が個人的には楽しいし好きだ。
そんなわけで単車を転がし、郊外に出る事にした。
「ああ」
やっぱり単車はいいなぁ。
サーナちゃん・サワナさん関係で日常が色々と変わった感があるけど、あくまでそれは一部のことだ。
俺自身は何も変わっていないし、単車のエンジンのうなりも全然変わらない。
うん、すばらしい。
このままあの店に向かうことにしよう。
え?なんの店かって?
いや、ただのカレー屋だよ。
え?またカレー屋なのかって?
いいじゃないか、好きなんだよ。
今日のカレー屋はココ○チみたいな店ではなく、いわゆるインド風ってやつの店だ。
といってもこの手の店は近年多くて、値段も高くなくて異国情緒あふれるカレーをいただくことができる。
あんまり変わらないだろって声がありそうだけど、これでも店によって違うんだぜ?
「いらっしゃいませ」
席に座ると注文をとりにくるので、マトンカレーの辛口、ナンで飲み物はラッシーを頼む。
しばらくのんびり待っているとカレーとナンが出てきて、俺はまったりと食べ始めた。
「──?」
店の奥から、何やら小さく話し声が聞こえてくる。
それはたぶん、ネパール語かタミール語かわからないけど、要はあっちの方の言葉なんだと思う。男女のやりとりだけど、もちろん俺には意味のわからない言葉だ。
しかし問題はそこではなくて。
「なんか、仲間内のトラブルらしいですよ」
「……そうなのか?」
「はい」
ふと声がしてテーブルを見ると、向かいに知らない女の人が座っていた。
えっと、音もしないで、いきなり?
それに、向こうが透けてるんですけど。
これは……あれか、もしかして。
「えっと、すみませんけど」
「あはは、すみません。きっと見える方だろうなーと思ったら、つい」
「……つーことは、つまり」
「あ、はい。よくわからないですけど、そうみたいです」
やっぱりか。
うーん。
人ならざるものを見るのはいいけど……まさか、そういうもんまで見えるとは。
でも。
「それは違うと思いますよ?」
「え?」
「幽霊が見えてるって思ってらっしゃるんですよね、きっと。
けど、たぶんですけど……わたしが何者かは別として『みえるひと』になったわけではないと思いますよ?」
「どういうこと?」
「おじ……コホン、お兄さん、印ある人ですよね?
わたしもそうだったんです……たぶん」
その幽霊っぽい女の人は、眉をしかめるように苦笑した。
ぼっちメシのつもりが、幽霊っぽい女の人とメシになったでござる。
まぁ、相手は食べられないみたいだけど。
「あ、どうぞ。きっとおいしいですよ?」
「きっと?」
「みなさん、食べて笑顔になってますから」
自分では味わえないってことか。
でもまぁ仕方ない、いただくことにする。
食べながら彼女を見ると、合図と思ったのか自分のことを話し始めた。
「ここ、もともとわたしの家だったんです。当時はカレー屋じゃなくて食堂だったんですけどね」
ほうほう。
「わたしは身体弱くて、寝たり起きたりだったんですよ。
お父さんとお母さんは事故で死んじゃってて、この店は親戚の伯父さん夫婦がやっていました。
もともと伯父さんたちは料理人で、けど再開発で自分たちのお店ができなくなっちゃって、そんな時にお父さんたちがいなくなって、わたしごと店を継ぐような感じで」
「……なるほど」
自分に生活能力がない状態でご両親が亡くなったのか。
どんな状況だったか、なんて気軽に質問できる内容じゃないな……大変だったのは間違いないが。
「それで、君がなくなって──お店は人手に?」
「はい」
詳しいことは何も聞かない。
それに見れば、なんだか少しさっきより薄くなっている。
これは、あれか。
とにかく話を聞いてほしかったってアレか?
だったら、俺はこのまま聞き役に徹していよう。
「実は、気がついたのは結構最近なんです。
カレー屋さんになってたのはビックリしましたけど。
誰もいなくなってたお店に人が戻ったので、わたしも起きちゃったのかもですね」
「そっか」
「……おいしいですか?」
「ああ、ちょっと辛いけどな」
涙が出そうなくらいな。
女の人はしばらく話していたけど、そのうち、すーっと消えてしまった。
成仏しちゃったかな?
俺はもう少し食べてから、小さいナンを一個おかわりした。
「ありがとうございましたー」
なまりのある声で送り出され、店を出た。
単車はだいぶ冷えていたけど、それでも走るには問題ない。
そのままメットをかぶろうとしたところで、ふと視界に入ったものがあった。
「?」
老夫婦に……小さい女の子。
なんとなく現実味がないのがさっきの女の人と一緒だったけど、それよりも気になることがあった。
あの女の子──さっきの女の人に似てる気がするんだが?
「おとうさんおかあさん!」
満面の笑みで、老夫婦にすがりつく女の子。
仲良さげに立ち去ろうとして。
そしてこっちを見て、なぜか笑顔で頭を下げられたんだけど。
──あ。
この人ら、死んでるわって思った。
理屈以前に、なぜか理解できた。
総毛立った。
気がついたら、単車で家路についていた。
うう、なんか寒い。
カレーの熱でヌクヌクだけど、なんか芯のどこかが寒い、寒いといってる。
「……悪いと思うけど」
こんな時は、誰かと話すのがいいと思う。
世間話でもなんでもいい、誰かとコミュニケーションをとるべきだ。
そんなことを思っていたら、スマホに着信がきた。
左側頭部の受信部を押すと、ヘルメットの中にサワナさんの声が響いた。
『こんばんわ、今、おひまですか?』
「こんばんわ、ん?なんか賑やかですね?」
『あ、はい、実はちょっと宴会状態になってまして……お食事はもう?』
「はい、食事はすみましたが、どこかで一杯ひっかけたくて帰宅中です。もう少しかかりますね」
そういうと、サワナさんは「あら」と楽しげに言った。
『でしたら、こちらにいらっしゃいませんか?』
「えっと、いいんですか?」
『はい、その……サ、サーナがとても会いたがってますから!』
「わかりました、いきましょう」
こんな気持ちの時に、おいでと言ってくれる人がいる。
それは、とても幸せなことだと俺と思う。
「よし」
飛ばして帰ってもいいけど、まだ交通量がある。
高速に切り替えるかぁ。
スマホナビの設定を、高速利用に切り替えた。
ナビアプリがルートを検索し、次で右に曲がれと指示が出た。
俺はウインカーを出すと、バイクを傾け、そちらに方向転換した。




