ラブコメGO
すみません、もうしばらくサワナさん関係続きます。
(泊りがけで来ちゃってますもので)
いくら千葉県の南端付近といっても、まさか本当に常夏のわけがない。
比較的温暖なのは間違いないが、さすがに初夏か真夏かという暑さ、しかもそれが屋内でなくれっきとした外なのにである。
正直、絶句するほど驚いた。
「すごいな」
「季節の変化がないのは風情がないって話もあるヨ。
けど、海を越えてきた者たちの中には、寒さに弱い者もいるからネ。
だから、ここはいつも常夏なのサ。
たまに疲れた同胞がお休みに滞在する事もあるしネ」
海を越えて?
あ、もしかして。
「じゃあ、ひょっとしてここって、サワナさんと同郷の人たちのために作られたんですか?」
「ほほう、マコといったか、理解が早いネ」
「すみません、マコじゃなくてマコトです」
「そっかいそっかい」
楽しげに笑うは、現オーナーの老女、カスミさん。
サワナさんと同族だとわかる、水かきみたいなのの付いた耳をピクッと動かした。
「ここは元々、あたしら海の一族が最初に上陸した地点であり、最初の拠点だった場所なのサ。
そいつを宿に改造して、こうやって今もなお保持しているってわけサネ」
へぇ……。
「ま、そんな昔話はいいだろ、とにかく入るがええ」
「はい、お邪魔します」
民宿本体の建物だけど、なんとも古い型の木造だった。
「なんか、戦前の木造校舎みたいだな」
純粋に木造建築で、間違いなく百年過ぎてるだろう。
明らかに後付けの電線らしきものが外から引き込まれ、天井を這っている。
むかし見たけど、古い時代の建築があって、あとから電気を引くとこうなるんだよな。
「もともとの建物が何だったかは知らないけど、拠点にした時からあったのは間違いないネ。
ただし学校風に見えるのは、70年くらい前かネ、先の戦のおりに改築したからだヨ」
「改築?なんで?」
「東京の空襲から逃げた子たちを大勢預かったからネ」
「疎開先になってたってことですか?でも?」
特定の人にしか見えないところが、どうやって学校などの疎開先になってるんだろう?
そう言いかけたら、違う違うとカスミさんに訂正された。
「そうじゃない、人間の学校とは関係ないヨ。
ここで預かっていたのは、ひとの世に混じれない子たちだからネ」
「……つまり、人間から観測できない種族ってことで?」
「うむ」
カスミさんは、ひとつ咳払いをすると、
「要は、人間の福祉を受けられない者たちを預かっておったわけじゃよ」
そういって肩をすくめた。
「わしらはまだいいんじゃ、人間のふりをすれば人間に混じって生き延びられるからの。
けど、ひとの目に触れない者たちはどうなると思う?
爆弾と炎に焼け出され、最悪、そのまま助けもなく打ち捨てられるしかない。
だいいち、役人の目にとまらねえんじゃ人間の福祉は受けられねえしヨ。
そういうひとたちを預かっていたってわけサ」
「なるほど」
建物の中もやっぱり、どこか校舎風だった。
「『柊の部屋』を使うといい、場所はわかるネ?」
「え、でもあそこは家族部屋で」
驚くサワナさんにカスミさんは笑った。
「それでいいんだろ?」
「……えーとカスミさん、それは」
ためらうようなサワナさんにカスミさんは言った。
「どうしてもダメなら相談も受け付けるヨ?」
「……わかりました、柊で」
「それでいい」
なんかナゾのやりとりがなされて、そして「こっちですよ」というサワナさんの案内についていった。
たどり着いた部屋は教室より狭く、どちらかというと放送室っぽい感じだった。
「おーなんかいいなぁ」
オール木造で古めかしく、そして昔の防音設備のようなものがある。
さすがに機材類はないけど、もしあったら本当に放送室っぽかった。
違うのは、大きなベッドがドーンと一つ、それから幼児用と思われるミニベッドがひとつ。
小さいし狭いけど、一家族が使うにはむしろいいかもしれない。
……ひとつだけ、大きな問題を除いては。
大きいベッドに枕が並んでいた。
おい、これはさすがにまずいだろ。
「サワナさん、ベッドがひとつしかないんだが」
「はい、家族部屋ですから」
笑顔で言い切るサワナさんに、ちょっと腰が引けた。
あーうん、なるほど、そういうことか。
しかしこれはさすがにまずい。
さっきの部屋に戻ってカスミさんに相談しようとした俺なのだけど、腕を掴まれた。
「なんで腕を掴むんです?」
「マコトさんこそ、どこにいくんですか?」
にっこり笑顔。
「もちろんベッドの追加をって「必要ないです」!?」
きっぱりと言い切られて、俺は固まった。
サワナさんは俺の目をまっすぐ見て、くりかえした。
「ベッドはこれで充分ですよね?」
「……えーと、だったら布団を「まさか床で寝ようなんておっしゃいませんよね?」……」
反論も封じられてしまった。
「いや、あのねサワナさん、その」
「マコトさん、そんなにわたしと寝るのはイヤですか?」
う。
今度は悲しそうな目で訴えてきた。
ああ、うん。
仕方ない、ぶっちゃけるか。
「サワナさん、それは逆です」
「逆?」
「サワナさんと一緒に寝るのがイヤなわけないでしょう。
問題はそっちじゃないですよ」
俺は首をふった。
「あのねサワナさん。
俺はずっと一人暮らしで、自分の寝相とか寝てる時のクセとか知らないんですよ。
だからさ、夜中に無防備な自分を見て迷惑かけたくないし、嫌われるんじゃないかって思うんですよ」
そのまんまを言ってみた。
だけど、サワナさんはそんな俺にクスクスと笑うだけだ。
「マコトさん、わたし、これでも結婚経験者ですよ?
そういうのはとっくの昔に経験済みですし、それでビックリするような事があっても、マコトさんのせいじゃないって理解できるわけですけど?」
「……」
「マコトさん、家族というのは美醜見せあってこそですよね?
それにわたし、マコトさんとキラキラ恋愛ごっこしたいわけじゃないです」
「……それは、そうでしょうね」
きっぱりと言い切られた俺は、それしか言えなかった。
「大丈夫ですよ。
昨夜だってサーナを蹴飛ばすような致命的な寝相の悪さもなかったし、ちょっといびきかいてたけど、サーナが寝ぼけて鼻つまんだから止まったじゃないですか」
え?
「ちょっとまった、なにそれ?」
いびきかいてサーナちゃんに鼻つままれた?
なんだよそれ?
「あの、それ初耳なんですが」
「別に問題なかったですから。
サーナも盛大に寝ぼけてたし、そのままふたりとも寝ちゃったんですよ」
「覚えてないんですが……ついでにいうと大問題に思えるんですが……」
そういうと、サワナさんはクスクス笑った。
「いえいえ、問題どころかマコトさんはすごいんですよ?」
「?」
「やっぱり……覚えてないですよね、うふふ」
楽しげに笑い続けている。
「夜中にサーナが泣き出して、それをマコトさんが抱きしめて、それでサーナが泣き止むことが何度かあったんですよ」
「……身に覚えがないんですが」
「寝てましたからね、そりゃ」
「……は?」
「だから、寝ながらサーナをあやしてたんですよ?」
「……」
なにそれ?
「もちろん、おなか空いたり、おしっこやうんち出ちゃったらソレじゃ泣き止まないわけですけど、それでも一時的には何とか止まるんですよね。
おかげさまで、そのぶん眠ったり準備ができて、本当に助かったんですよ。
サーナはね、小雪さんたちもビックリするくらい元気な子で、夜泣きには本当に参ってましたから」
「……!」
顔が熱くなった気がした。
やはり、恥ずかしいところを色々見られてしまったらしい。
脱力していると、サワナさんがクスッと楽しげに笑った。
「それに、わたしたちの種族は人間よりずっと頑丈ですから、かなり特殊なプレイにも平気で耐えますよ?安心してくださいね?」
「……あの、特殊なプレイって?」
「うふふ」
笑って流されてしまった。




