異世界民宿に到着
館山の市街で国道410号に乗り換え、さらにしばらく走ると、道はいよいよ狭く細くなっていく。
もともと410号自体がいわゆる酷道と言われる種類の道に属するけど、そんな酷道マニアにはちょっと物足りない、だけど都会の人には「これマジで国道?」と首をかしげるような細道が続き、そしてやがて海辺に到達する。
そこで西に、房総フラワーライン方面に舵をとると、道はシーサイドという言葉もおこがましい、しかしのどかな海辺の道となっていく。
その風景は、まるで海と、荒れ地の世界にぽつん、ぽつんと家が点在するよう。
だがこの寂れた荒れ地のように見える世界こそ、房総最南端の静かな景勝地の風景だと俺は思っている。
ギンギラの観光施設などもない。
せいぜい、立派な駐車場に多目的施設、それから南方のイメージなのか姉妹都市的な何かなのか、ハワイ名物とウクレレを売るナゾの道の駅っぽいのがあるだけだ。
昔は混雑したかもしれないゴルフ場もあるが、おそらく以前ほど賑わってはいないだろう。
だが、おそらくだが、これらが終始満員になるような賑わいは良くないと思う。
なぜなら、どう考えても現状、インフラが追いつかないからだ。
かりに、この地に大量の観光客を連れてくるとしようか。
使い物になる輸送手段というと、まぁ観光バスを走らせるしかない。
確かにアクアラインもあるし、そこから高速に繋げば館山近くまで一気に来られる。かなり早いよ。
でも下道は細くボトルネックになっている箇所がいくつもあるうえに、高速だって基本的に片側一車線だったりする。
つまり、大きなバスが集団でどんどこ押し寄せるような状態になったら、間違いなく許容量オーバーだ。
しかもその細い道を工事のダンプなんかも走るのである。
では現地に宿泊するかというと、大人数が泊まれる宿泊設備に限りがある。
しかも、ホテルを求めてあまり東に行き過ぎると、今度は鴨川あたりが目当ての客と競合してしまうだろう。
まぁ、俺は観光は門外漢だから偉そうに言えない。
でも現状を生かしたまま良くするというのなら、解決すべき問題がたくさんあるのがこの地の現状だと思う。
で、さらに言うなら、その解決が本当に正しいかどうかも疑問だったりする。
なんでかって?
決まってる。
たとえば俺がこの房総の南はしが気に入ってる理由のひとつは「静かでのどか」である事だからだ。
これが観光客でごったがえしていたら……脇道も少ないし移動にも時間がかかるし、俺は季節をずらす事を考えるよ、やっぱり。
ただ、あえて現状でリクエストするとしたら。
ところどころ、普通車同士の離合にちょっと狭いとこあるよね?
あと、砂が吹き込んで道が狭くなってるところ。
狭いところをちょっと拡充して、定期的に砂をどけるだけでも全然違うと思うんだけどな。
「あそこ、入り口見えますか?」
「アレか?あの看板?」
「はい」
何度かここに来ている俺だけど、以前は見た記憶のない、そして間違えようのない看板があった。
『民宿・火葬場』
……おい。
「サフワさん」
「なんですか?」
「火葬場ってモロに書いてあるんだけど?」
「よく見てください、ちゃんと訂正されてますよね?訂正してカソーバって」
言われてみれば、たしかに赤い二重線で火葬場の文字が消されてるけどさ。
「赤い訂正、消えかかってるぞ?」
なんというか、ちょっとマヌケだった。
訂正していた文字が『カ ーハ』みたいになってるし、その『カ』のところに誰かが落書きで『チ○コ』とか書いてある。
まぁ、いたずらだろうけどな。
「消えかかってるうえに、いたずら書きまでされてるじゃねーか」
「たぶん、泊まってた子供たちのいたずらですよ。
前にもカチートとか、なぞの言葉に書き換えられてたことがありましたしね」
「いいのかそれ?」
「大丈夫ですよ」
「……」
気になる俺のほうがおかしいんだろうか?
不思議そうにサワナさんに見られた俺は、ちょっと不安になった。
看板のところで左折して、簡易舗装された細い道を入っていく。
やっぱり、大きなハイエースで細道は緊張するな。
脱輪してないか、道から外れてないか、目を光らせつつゆっくりと進む。
「あそこ、駐車場です」
「おう」
見れば、サワナさんと同族っぽい老婆が立っていて、こっちですよと手で招いている。
年代もののジムニーと、それから白い軽ワゴン車の並ぶ横に、誘導されるままにハイエースを入れていく。
誘導の婆さんの声が聞こえるように窓をあけた。
「お」
窓の外は、むわっと熱い空気に満ちていた。
なんだこれ、まるで初夏、いや真夏のような温度じゃないか。
いやまて、今はそんな時じゃない。
「サワナさん」
「はい」
初対面の婆さんだけでは不安だったんだが、説明しなくともサワナさんは理解してくれたようだ。
ドアをあけてサワナさんは降りていき、婆さんの近くに立った。
「もう少し左へ!」
「おう!」
少し前に出て切り返し、そして寄せる。
二度ほどやっていたら、何とか誘導通りに止める事に成功した。
エンジンを停止する。
「おつかれさまです」
「おう」
おろす荷物などはないと思うので、とりあえずサーナちゃんをチャイルドシートから開放することにした。
ちなみに本人は、小道に入った時点でチャイルドシートを外そうとしていたので、俺が手をいれると「あう、あー、あー」と叫び始めた。
読み取るまでもない。早く外せと急かしているんだろ。
外してやると、はじけたゴムボールみたいに飛び出していった。
「サーナ、まだいっちゃダメ、サーナ!!」
「ははは、いいっていいって、どーせ行き先なんて浜しかねえしヨ」
そう言うと、サワナさんの隣にいた婆さんは俺の方を見た。
俺はハイエースを降りると、婆さんの前に立ってサワナさんの方を見た。
「マコトさん、このひとが今代オーナーさんです。
オーナーさん、彼がわたしの」
「うむ、連れ候補でいいのじゃろ?」
「!」
連れ候補という言葉に下世話な意味を含ませた老婆は、サワナさんが言葉に詰まるのを見て笑い、そして俺の方を見た。
「わしは民宿『カソーバ』の今の主で、カスミ・サフワだヨ。兄さんの名前を聞いていいかい?」
「諸田誠です、マコトと呼んでください。えーとサフワさんって、え?サフワ?」
ちょっと待て、サフワて。
なんでサワナさんたちと同じ名字なんだ?
首をかしげていると、老婆はにっこり笑うと。
「ああ、わしはサワナ嬢の、まぁ親戚じゃ。
ちょーっと続柄がめんどくさいので説明は勘弁してくれるかの?
わしのことは、カスミと呼ぶがいいさ」
「これはどうもカスミさん、お世話になります」
「うむ」
ちなみにカスミの方は日本名じゃないんだろうか?
もしや混血か何かなのかな?
まさかと思うけど……実は老婆に見えるカスミさんの方が姪っ子か何かで、サワナさんは叔母さんにあたったりしないよね?
いや、長命の種族とかだったらありえそうだし。
でも、サワナさんって、子持ちのわりには色々と小さいし若すぎる感があるから、うん。
そんなことを考えていたら、
「マコトさん?」
「さて、荷物とかあるかい?あったら運ぶけど?」
「着替えがありますけど、あとにしましょう。まずはお部屋に」
「……はい」
歳とかサイズとか、いらんこと考えてんじゃねーぞとその目が言っている気がした。
そして。
「くくく……面白そうなことになってるじゃないか」
「もうカスミさん!」
「ははは、まぁええじゃろ、ほれ来るがいい」
楽しそうに笑うカスミさんに誘導され、俺たちは建物に向かってあるき出した。
しかし。
「しかし……なんつー暑さだ」
まるで真夏じゃないか、どうなってる?
「ああ、ここは日本じゃねえからヨ、上着は脱いだ方がええ」
とはいえ、このサワナさんに着せられた服、暑くてもそこそこ快適。
俺は、羽織っていた自分のジャケットだけを脱いだんだけど。
「……日本じゃない、ですか?」
その言葉の違和感に、ふと顔をあげた。
「ここは異界じゃからのう、季節も日本とは違っとるのヨ」
ほほう?




