南下再開のつもりがトイレ
食事をいただいたあと、サワナさんにはサーナちゃんと自分の準備をしてもらっておき、軽く清掃など手伝った。まぁお呼ばれしたんだから当然だろう。
しかし、なつかしいなぁこれ。
「兄さん、手伝い慣れてるネ」
「はは、下手の横好きですみません。
実は学生時代に貧乏旅行してた時とか、よくやってたんで」
旅先で世話になって、せめてもと掃除するのはよくある事だった。
田舎の店でご飯もらって、もらいっぱなしじゃ悪いからお掃除。
終電が出た後の田舎の駅前でテントをはらせてもらい始発前に撤収、一宿の恩に周辺のお掃除。
ま、きれいにして怒られる事は普通ないもんだしな。
そういえばあの頃、リヤカーで旅してたヤツも、掃除用のほうきを積んでたよなぁ。
みんな考えることは同じだったんだろうなあ。
懐かしんでたら、なぜか笑われた。
「人間がみんな、あんたみたいな子ばかりならいいのにねえ」
「へ?」
何を言いたいんだ?
「なんだい、あったりまえだろ?
いくらなんでも、勝手に外で車中泊してただけの人を、誰でも朝食に呼ぶもんかネ」
「そういうもんなんですか?
ここに入ってこれるような人でも、変なヤツはいると?」
ひとでないモノと触れ合う人でないと、ここには入れないんだろう?
でも。
「目のあるなしと人格のよしあしは別だヨ?」
「……そんなもんです?」
「ああもちろんだ。
ま、たしかにあの茶坊主みたいな、愚鈍でもお人好しのいい子もいるけどねエ」
あっけらかんと言われてしまった。
「そりゃそうと兄さん、ひとついいかい?」
「あ、はい、なんです?」
「ぶしつけで悪いけどサ。
あの海族さんたち、兄さんのいい人だよね?」
「あ、はい」
「でもまだ所帯はもっちゃいない、そうだネ?」
え?
「あ、はい、一応ふたりともそういう気持ちがあるのは確認したばかりなんで。それも、ほんの数時間前に」
「おっと、こりゃ本当にぶしつけな質問だったネ、悪かったネ」
「いや、いいんですけど……なにか気になる事でも?」
「なに、兄さんの身体がまだ普通に人間そのまんまだからネ」
あー……もしかして例の話か。
「もしかして、海族の身内になったら身体が変わっちまうとか、そういう件です?」
「うむ……その様子だと理解した上での事なのかエ?」
「ええ、まだその話はこれからですけど」
「そうか、ならば余計なお世話だったネ、本当に悪かったネ」
なんつーか、いい人たちだな……ウサギだけど。
「いえ、心配してくれてありがとうございます」
俺は心の底から礼をいい、深々と頭をさげた。
「まだ本人と話してないのなら、そこは詰めておくンだネ。
体質がうつっても、あんたが人でなくなるわけじゃないケド、今までと同じにいかない事も出るはずだからネ」
「はい、そうします」
「ありがとうございましたー」
出発準備をすませた俺たちは、ウサギさんたちと、それからリトルカブのヲタ男にも手をふって出発した。
少し走ると町が見えてきて、改めて現在地がわかってきた。
見ればナビの方も、ちゃんと動いているようだ。
「ああ、こんなとこだったんだな」
フェリー乗り場の近くを抜けて、国道127号をひた走る。
それはいいけど、車が増えてきたな。
「富津館山道路に乗るけどいいか?」
「いいですけど、急ぐ必要はありませんよ?」
「うん、それは同意見だけど、車が多くなってきたから」
このへんの道は狭いから、車が増えると面倒なんだよな。
慣れない車だし、館山まではさっくり出たいと思うわけで。
「はい、そういう事なら問題ないです」
「乗ってすぐのところにハイウェイオアシスがあると思うけど、立ち寄ったほうがいいかな?」
「そうですね……サーナ」
「ん?」
「おしっこしたい?」
「……んー」
イエスかノーか全然わからないサーナちゃんの態度から、サワナさんは的確になにかを読み取る。
「すみません、立ち寄ってもらえますか?」
「了解、ちなみに悪くないですよ」
「え?」
「いや、俺もさっきのとこで行きそこねたみたいです。行っときますんで」
「わかりました」
俺が気を使ってると思ったのか、サワナさんは少し眉をよせて、そして結局は申し訳なさそうにしつつもうなずいた。
いや、その推測は間違ってますよサワナさん。
俺、実はわりとトイレ近い人なんです。
高速といってもこのあたりは対向一車線が普通で、たまに追い越し車線があるだけのことが多い。
慌ただしい営業バンやら、週末ダーと飛ばしている今どき珍しいカー小僧のセダンなど、いかにも田舎らしいものを見ながら走っていると、たまにバイクが追い抜いていく。
それらを横目で見ながら、ハイウェイオアシスに入った。
「はい、トイレタイムです!」
「はーい」
「あーい」
おや、サーナちゃんまで返事してきたぞ。
Hの発音が抜けてて「あい」になってるけど、まぁかわいいからよし。
サワナさんも同じ考えなのか、声を殺して笑いつつもやさしくチャイルドシートのベルトを外していた。
さて、俺もトイレだ。
軽くトイレをすませて、ふと目線を巡らせるとバイクが止まっていた。
ピカピカのハーレー。乗り手はどこかに行っている。
しばらくボーっとエンジンなどを見ていたら、ふと背後にひとの気配が。
「バイクですか?」
「!」
サワナさんがいた。サーナちゃんを抱いている。
……ん?
なんか違和感を覚えるんだが、何だろ?
「早いですね?」
「まだです、少し待ってもう一度行きます」
なるほど。
サワナさんは俺の目線を追いかけ、いたずらっぽい顔で言葉を続けた。
「マコトさんのに似てますね?」
「小さく見えるけど、あれハーレーですよ。新しいやつだな」
「やっぱり、バイクの人としてはバイク乗りたいですか?晴れてますし」
「いやあ、乗りたいといえば乗りたいけど」
俺は空を見上げた。
「乗るなら自分のじゃないと。
あと個人的には、真冬は太陽のある時だけしか走りたくないです」
「ふふ」
そういうと、サワナさんは少し考えるようにして言った。
「ハーレー……ああ、Harley Davidsonですか、有名な大型バイクですよね?
やっぱり、男の人は大きいのが好きなのかしら?」
「一般論はそうかもしれません、俺は違いますけど」
俺は首をふった。
「そうなんですか?なにか理由が?」
「俺、むかしはスーパーカブで旅行していたんです。新聞配達なんかのアレですね。
燃料も食わないしメンテナンスも楽で、いいやつでしたよ。
それを今の250に変えたのは、高速に乗れないからです。
今いるとこって都内のど真ん中でしょ?
混雑した下道をカットするのに高速に乗りたいと思ったんですよ」
「……そういう事だったら、よけいに大きいのがいいんじゃないですか?
小さいバイクで高速はつらいって聞きましたけど?」
「いえ、大きければいいってわけでもないんですよ」
俺は首をふった。
「友達のビッグバイクを借りたことがあるんですが。
ぶっ飛ばしている最中は、ソリャもうゾクゾクするくらい最高ですよ。
でもね、こう、気軽にスパッと寄り道しづらいんですよ。
カブなら、あ、いいなって止まっちゃうところで、そのまま通過しちゃうし、気軽にターンもしづらかったり。
それで思ったんです。俺には大きすぎるんだなって。
俺は基本、気軽に乗れて、パッパッと立ち止まりやすくて、そういうのがいいんだって」
「そうですか。
でも、あのバイクくらいの大きさなら、それほど変わらないんじゃ?」
「そう言われるし俺もちょっと思うけど、けどなぁ」
再度、俺は首をふった。
「俺はバイク好きといえる人種だと思ってます。
けど反面、俺は機械に明るい人間じゃないんです。
しかも、古い人間だからアメ車の品質を信用してません」
「信用してないんですか?」
「はい。
今は昔のような事はないそうなんですけど、こういう印象はとれないもんですねえ」
そういって笑うと、サワナさんもクスッと笑った。
「こういう人間はね、近くにディーラー完備しているメーカーが安心できるんですよ。
いざという時にすぐ頼めますからね。
だったら、学生時代からカブでお世話になってるホンダがいいってわけですよ」
「なるほど、そういう基準なんですか」
「はい」
サワナさんはすぐ納得してくれた。
「あ、ちょっと行ってきます」
「いってらっしゃい」
サワナさんは、サーナちゃんを抱えてトイレに戻っていった。
と、その時、微妙な違和感の意味に気づいた。
「そういや、サワナさんて……サーナさんを直接抱いてるよな」
おんぶヒモみたいな補助具を全く使わっていない。
きちんと抱いているし、軽々しく扱ってもいないけど。
まるでサーナちゃんの体重なんて全く感じてないと言わんばかりに。
サーナちゃん、なんだかんだて重いよな?
俺、ずっと抱えていられる自信ないんだけど?
「まさかと思うけど」
あとで確認してみることにしよう。
実はものすごい体力あって問題ないのかもだけど、なんとなく気になるから。




