内房の避難駅
それが夢だと気づいたのは、だいぶ時間がたってからの事だった。
いつの時代、どんな社会にもフロンティアを夢見る若者はいるものだ。
彼らは人間の住む島国にやってきて、そして刺激に満ちた異郷の暮らしをはじめた。
多くを学び、中でも特に挑戦的だったふたりは都会のど真ん中に転居した。
種族的に海から遠く離れるのは冒険だったが、いざという時は戻れるように移動のアシも確保した。
戦乱のどさくさに住民としての書類を手にいれ、それを使って正式に免許も取得した。
ただし環境があわないせいか、どうしても、なかなか子供には恵まれなかった。
時は流れ、ついには待望の妊娠が判明した。
ふたりは喜んだが、それは大きな禍事の前兆でもあった。
仕事中の事故で傷ついたことが原因で男が倒れ、ついに他界することになったのだ……。
そう。
それはまるで、幼子の誕生と入れ替わるように。
「……」
魂の底までとろけるようなぬくもりの中、俺はまどろんでいた。
こんなに心地よく眠るのは何年ぶりだろう?
とても良い匂いと、そしてぬくもりの中で、俺はいつまでも──。
「まこー」
誰かに、むぎゅっとのしかかられた。
重いはずなのだけど、ちっとも重くない。
「……」
まだ寝ている頭をゆっくりと動かして、意識が覚醒していく。
ああサーナちゃんか、そりゃ重くないはずだ。
あれ、でも変だな?
「ん、サーナ、なんでココに」
ここにいるんだ、と言いかけたところで、やっと思考が追いついた。
ああ、そうだ。
「そうだ……車中泊だったか」
すると、サーナちゃんがやったのは。
「起こしてくれたのか、ありがとな」
「えへへー」
目の前のサーナちゃんをナデナデしてやると、すんごい上機嫌になった。
さてと俺も起き上がる。
「おはようございます」
「おはようございます……すみません、寝過ごしましたか」
「いえ、まだ夜が明けたばかりです」
それは充分に遅いだろう。
車中泊ってのは、オートキャンプ場などにチェックインしてない限り、要は勝手に寝泊まりしている事になる。
この場合のセオリーとして、夜明け後ものんびりしているのは良くないだろう。
「どれ、ちょっと目を覚ましてきます」
「はい」
速攻で用足しに行くことにした。
まだちゃんと見えてない目をさますのにもいいだろう。
外に出ると、冷気で意識がみるみる覚醒していくのを感じた。
周囲を見ると、明るくなってはいるが半分はまだ夜といった感じだ。
思ったよりは悪くない時間だな。
自炊するわけではないから、無事起きたら食事に移動するだけだしな。
トイレを探し、用を足す。
「ふう」
しかし正直、こんな快適きわまる車中泊は初体験だな。
昔、俺がクルマで寝泊まりしていた頃は、安く買った古い軽四の乗用車だったからな。今にして思えば寝られるものではなかったのを、無理やり寝ていたといえる。
「そういや、ここって現在地どこだっけ?」
実はここ、ナビでは何も表示されてなかったんだよ。
狙った道の駅になぜかたどり着けなくて、ちょうどいいタイミングで出てきた休憩所。
深夜だったからトイレくらいしか確認できなかったんだけど。
……店もあるようだな、深夜で電気がついてなかっただけかよ。
みれば看板もあって『内房の避難駅』と書かれているし、車中泊の注意みたいな看板もみつける事ができた。
ほほう、昨夜よりまともじゃないか?
だけど。
「……ありゃ?」
スマホを取り出してマップを見たら、ここは何もない場所になっていた。
「もしかして、新しい道の駅なのか?」
それにしては設備が使い込まれているように見えるが。
あーもしかして、元ドライブインか何かの駐車場……なわけないよな。だったら、その古い設備のデータがどこかにあるはずだ。
ムムムとうなりつつ調べていたら、背後から声がかかった。
「おはようございます」
「あ、はい、おはようござい……ます?」
思わず見返してしまった。
だって、そこにいたのは。
「えっと、もしかしてウサギさんですか?」
ただし人間サイズで直立し、割烹着をまとったウサギだった。
「ええ、あたしゃここの従業員ですよ人間さん?」
「ああすみません、勝手にお借りしてます」
頭をさげたら、いいですよと言われた。
「書いてあるように、ここは駅ですからね。使ってくれていいんですよ。
そりゃそうと、これから朝食をこしらえるんですけど。
お連れさんたちがよければ、何か作りましょうか?おちびさんもいらっしゃるのでしョ?」
「え、いいんですか?」
思わず聞き返したら、うふふと割烹着ウサギさんは笑った。
「昔はよく、近くで夜通し飲んでた爺さんとか、そこの峠でバイクこかしたーって夜明かししてる小僧どもに食わせてやってたもんヨ。
あと、朝食がすむ頃には店の方も開き出すからネ。
要は賑やかしの意味もあるねえ」
「なるほど」
話だけなら合理的ではある。
「ちょっと聞いてきますよ」
「おや、旦那さんではなかったのかねエ?」
「最有力候補になれたつもりでいますけど、まだなんで」
「ああ、なるほどそうかい」
にっひひとウサギさんは楽しそうに笑った。
そんな話をしていると、サワナさんがやってきたので確認した。
サワナさんはサーナちゃんの食べられないものについてウサギさんに話して、何やら合意したようだった。
「ええ、いいと思いますよ」
「そんじゃ、すみませんお世話になります」
「ふふ、もちろんいいともサ」
サワナさんサーナちゃんともども、朝食にお呼ばれした。
内容は温め直した煮物など、仕込みずみのものが中心だった。
俺たちが話したのとは別のウサギさんもいたんだけど「ああそうかネ」とふたつ返事で納得。どうやら、突然の来客はよくある事らしい。
しかも手慣れているということか、モノが出てくるのが早い早い。
そして、素朴だが実にうまい。
「あー」
「よしよし、おかわりかい。たんと食べな、海族の子はしっかり食べんとなぁ」
「あれ、ご存知なんですか?」
サワナさんたちって外来の種族だよな、たしか?
そしたらウサギさんはいっひひと笑った。
「海族が安房の方に来たといや、もう四回は干支が回るほどの昔じゃないか。
それを余所者よそモノ言ってたら、土着の者なんてほとんどいやしないんじゃないかねエ?」
「え、そんな前なんですか」
ちなみに干支が回るというのは十二年の事ではなく、還暦つまり六十年をいち単位としている。
つまり四回回るほど前ってことは、二百四十年はたっている事になる。
「海族は長生きだと聞いちゃいるが、さすがに娘さんは生まれとらんじゃろ、知らんかったかえ?」
「はい、昔だとは聞いていましたけど、正直、わたしも明治以前のことはよくわからないんです」
「フーン、そうかい。
そういやクルマのナンバーが練馬だネ、あっちにおすまいかエ?」
「はい」
「そりゃ大変だ、海族は海がないとつらいんじゃないかネ?」
「そうですね。
色々あったし娘も生まれましたし、思うところはあります」
「そうかい、そうじゃなぁ」
俺には初耳の内容だったけど、まぁ当然といえば当然だ。俺だってサワナさんの立場なら悩むところだろう。
え、なんのことだって?
つまり、サーナちゃんのために海の近くに移動する可能性だよ。
もちろん生活や仕事の都合もあるし、簡単なことじゃないだろう。
俺もお金ないけど、サワナさんたちもお金なさそうだしなぁ。
だけど未来を考えたら、可能性のひとつとしてありうるんじゃないかな?
そんなことを考えていた、その時だった。
エンジン音が聞こえたと思ったら、黄色い小さな実用バイクが一台、入ってきた。
おや、なんだ。
ホンダ・リトルカブじゃないか。
トットットッと軽い音を響かせて小さなカブは我らがハイエースの隣に停まった。
で、それを見たウサギさんが苦笑いをうかべた。
「やれやれ、困ったやつが来よった」
「おばちゃーん、めしー」
元気よく飛び込んできたのは、メガネにヘロヘロのアメカジもどきのむさいヲタ男だった。
「こら坊主、タダ飯食らいにやるメシはないよ!」
「えー、なんか手伝うから食わせてくれよぅ」
ぶつぶつ文句を言っていたら、もうひとりのウサギさんまで奥から出てきた。
「茶坊主、まだ仕事見つからないのかい?この間のアレはどうした?」
「雇い止めだよ、おかげでまた失業だよ、まったくよぅ」
「そのわりには嬉しそうだねえ」
「おお、溜まってる録画を全部見てるんだ今!って、それより腹減ったよぅ」
「だったらゴミ出しと掃除を先にしな!ほら奥だよ!」
「ういっす!」
ヲタ男は立ち上がると、俺たちの方に深々と頭をさげた。
「朝っぱらからどうもすんませんでした!」
「さっさとやんなホラ!」
「はーい」
嵐のように去っていくヲタ男。
わけのわからない展開に、俺たちは反応すらできずにいたんだが、ふとサワナさんが言った。
「あのひと、わたしたちのこと見えてますね」
「あ」
そういえばそうだ。
ウサギさんたちに目を向けたら「ああそうだよ」と肯定してきた。
「そもそも、ここはこっち側の住人じゃないと入れないからねえ。お兄さん、あんたと同様にネ」
「なるほど」
どう見ても普通のムサいヲタ兄ちゃんなのに……ってまぁ俺も似たようなモンか。
「ああいう子も、時々いるのさ。
まぁ基本的に大人に比べて、子供はほとんどの子がもともと見えてるんだけどネ。
で、そのほとんどは大人になる前に、見える目を失っちまうんだが」
「たまには、なくさないヤツもいると?」
「そうサねエ」
そういうと、意味ありげにウサギさんたちは俺の方を見た。
あんたも同類だろ。
彼女らの目は、そう言っているようだった。




