南総に向かって出発[2]
「灯火よしホーンよしタイヤよし、エンジンに目立った異音、今のところなしと」
振り返ると、タイミングよく布団をもったサワナさんと。
「はい積みますよ?」
「あ、すみません」
問答無用で受け取った、なんだかいいニオイのする布団を積み込んでいると水瀬さんがやってきた。
楓さんも横にいたが、水瀬さんを見たりサワナさんを見たりしている。
どうやら状況を見ているっぽい。
「サワちゃん、これを持っておいき」
「うわ、すみません」
「いいからいいから、どうせ木更津まで飲み物くらいしか買えないんだろ?」
バスケットを渡していた。
会話の内容からすると、たぶん中身は食べるものなんだろうな。
言われてみればそうだ。
木更津までは異空間を使うつもりだから、するとコンビニなどは無人になってしまう。
当然、盗もうと思えば盗み放題なんだろうけど、俺はそんな事しないし、おそらくサワナさんもしないんだろう。子供の教育にもよくないしな。
となると、自販機のモノくらいしか喫食できないんだけど。
俺たち大人はそれで納得するけど、幼児にそれは無理。
なるほど、これは俺の考えが足りなかったようだ。
「では行きますかね」
「はーい」
運転席に乗り込むと、当たり前のようにサワナさんも助手席に乗り込んだ。
水瀬さんにもらった荷物は後ろに入れたようだ。
それを見ていたら、窓をコンコンと誰かが叩く。
水瀬さんだ。
窓をあけると、水瀬さんは俺の目をまっすぐ見て言った。
「わかっておると思うが」
「命に代えてもとは言えませんけど、全力を尽くすことだけは約束しますよ」
「ならばよい、気をつけて行くがいい」
「ありがとうございます」
そういうと、水瀬さんは助手席のサワナさんの目をはばかるように、そっと茶封筒を渡してきた。
……クラシックな人だなぁ。
中身は想像できるけど、あとで内容だけは確認しておこう。
万が一がないとは言えないからな。
「サワナさん、チャイルドシートと自分自身のベルト確認」
「はいOKです」
「いやOKじゃないだろ、自分のベルトしろって」
「ベルトしてますよ?」
サワナさん、子供優先で自分がベルトしていない人だった。
ああうん、たまにいるんだよな。
なので、ここはハッキリと言う。
「ちゃんと止めてない、かくしても無駄だ」
俺は断言した。
「子供優先は結構だけど、子供が大切なら自分の身も守らないとダメだ」
俺はためいきをついた。
「最初に言っておくけど、子供の世話する時は基本的に車は止める。
今もそうだ。
サワナさんがベルトをしない限り、俺は車を一ミリだって動かさないよ?」
「……わかりました」
一瞬、サワナさんはムッとしたようだ。
でも正論ということも理解してくれたようで、渋々とベルトをつけてくれた。
「よし出すぞ」
「はい」
ギアをドライブに入れると、ブレーキロックを解除。
ゆっくりと車は走り出した。
もともとちょっと遅かった事や色々あって、出発は少し夜も遅めになっていた。
「とりあえず決めたルートを言っていいかな?」
「はい」
「もう走っちゃってるけど、明治通り経由で20号に入る。山の手通りから首都高環状線で浮島を目指すつもりだ。新宿駅前を通ることになるけど、最悪そこで鈴を起動すればいい。
で、アクアラインを使って木更津に渡る。
それから、どこか静かな道の駅を見つけて夜明けまで休もうと思ってる。
子供をチャイルドシートに縛りっぱなしは仕方ないとしても、体調万全じゃない子に夜なべさせたくないんだ」
「はい、そうですね」
サワナさんは、どこか神妙な顔でうなずいた。
問題は、俺が一緒に寝るわけにはいかないことだけど……まぁ最悪、外で夜明かしするしかないだろう。
そんなことを考えていたら、サワナさんがボソッとつぶやいた。
「意外です」
「何が?」
「独身で末っ子とお聞きしていましたので、その」
「子供への気遣いができない、という意味なら間違いないよ。サワナさんの見立ては間違ってない」
俺はためいきをついた。
「水瀬さんの差し入れで気付かされたよ。
あれは本来、俺が気づくべきだった案件だ。
ひとのいない空間を小さい子連れで通るんだ、それは当然考えるべきだった」
「それは」
「そんなわけだから、気づいた事はなんでも指摘して、問題提起してくれないかな?
でないと、とんでもない大失敗をやらかしそうだから。
ごめん、頼みます」
「……わかりました」
サワナさんは少し考えて、そしてニッコリと笑顔になった。
「ではマコトさん、今は何も考えず、運転に慣れる事にだけ集中してください。
気遣いとかそういうのは頭から追い出してください、全部わたしが指示します。
そのかわり、すみません先に謝ります。
いちいち指図されて気を悪くなさらないでくださいね?」
「うん、わかったよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
なんかニッコリ笑顔だった。
その笑顔になんかこう、どうも逆らえないものを感じてしまった。
「とりあえず運転をよろしくお願いします」
「……オッケーわかった」
一昔前なら、宵の口の新宿駅前を慣れないハイエースで走るなんて愚行でしかなかったろう。
だが近年、ごく一部の例外を除けば、東京の夜は静かになりつつあった。
「あら?」
「どうしたんです?」
「ここ新宿駅ですよね?」
「ええ」
「ずいぶん静かじゃないですか?」
ひとがいないわけじゃないが、しかし閑散としていた。
そんなわけで、俺たちのハイエースも普通に信号待ちに並び、普通に通過していく。
「もし混んでたら、危険だから鈴使うつもりだったんですが……これならまだ俺でも何とかなるかな?」
「なんでこんなに少ないのかしら?」
「これくらいだったら、たまたまのレベルじゃないですかね?」
「そうなんですか?」
「ええ」
車では初めてだけど、今の単車では何度も新宿駅前を通っている。
その時のイメージだけど、十年前と今でも人の数は明らかに減っている。
……ぶっちゃければ、活気が失われているのだ。
「外国人観光客が増えればお金は入るのだろうけど、そもそも自国民が減っている事をどう考えてるんだろうなぁ……ってまぁ、独身のおまえが言うなって言われそうですけどね」
「うふふ」
そんな話をしつつも駅前を通過する。
しばらく走って左に曲がった。
もうすぐ高速入り口が来るんだけど、まさかにそなえて手前から使う事にする。
「ここから鈴、使いますね」
「はい」
ルームミラーにセットされている『鈴』を、左手の指でチリーンと鳴らした。
次の瞬間。
「お」
鈴の音が響き渡った途端、周囲から一斉に車が消えた。
「!!」
だけどその瞬間、劇的な反応をしたのはむしろサワナさんだった。
「!!」
チャイルドシートでウトウトしていたサーナちゃんまで一瞬で目をあけた。
む、これはまずいかな?
すぐさま車を路肩によせて停止した。
「大丈夫か?」
「!!」
俺の言葉に、一気に挙動不審になっていたサワナさんがビクッと俺の方を見た。
……うわ、なんか異様に怯えてるんですけど。
あ、もしかして?
「あの……もしかして、こわいの?」
「!!」
あ、ダメだこれ。
今にも泣きそうな、迷子の子猫みたいな顔だった。
だけど。
「アア……ウァアアアアアアアッ!!」
「っ!」
サーナちゃんが泣き出したので、サワナさんは無理やりに母親の表情に戻った。
シートベルトを外してサーナちゃんもチャイルドシートから外し、抱きかかえた。
けど、彼女自身も見れば震えている。
……しゃーない、ごめんなさい。
俺は意を決して、そんなサワナさんたちをまとめて抱きしめた。




