アメカジのヒッチハイカー
突然だがちょっと聞いてほしい。
君は何か乗り物に乗るかい?
クルマ、バイク、なんでもいい。自走する乗り物に乗って、あちこち出かけたことがあるかい?
で、そんな時、不思議な体験をした事があるかい?
俺はある。ま、ちょっとだけな。
きっと君は読んでも信じてくれないだろう。
だけど、もし少しでも興味があったら聞いてほしいんだ……俺の不思議な体験を。
■ ■ ■ ■
「え?シシーバーをつけたい?」
「ええ、いい出物あります?」
「ああ、あるよ……しかしタンデムシートまでつけちゃってまぁ、路線変更かい?」
「実はこの間、ちょっと人を乗せたんですけど、ちょっと不安定そうだったんですよね。
さすがに次はないと思いますけど、あれ見たらちょっと思うとこありましてね」
俺のバイクはボバースタイル風というやつで、低く構えたシンプルイズベストさが魅力だ。
で、シシーバーというのは元々の意味から意訳すれば「背もたれ」にあたるパーツだ。
実際これは同乗者が背もたれにしたり、荷物をくくりつけたりするのに使うのだけど、シンプルを優先し、二人乗りをしない俺のバイクでは採用していなかった。
つまり今までの俺と方向性が違うんだよね。
「ほほう、デートかい?いやいや、君も隅に置けないねえ」
「ハハハ何いってんすか店長、お歳を召した方なんでそういう言い方は」
「……お歳を召した方ぁ?」
「詳しくはちょっと話せないんですが、ちょっと神社の関係の方を乗せたんですよ。
一応女性ですし、巫女装束みたいな姿ではありましたけど……かけてもいい、店長よりずっとご年配の方ですよ?」
「へぇ……君は相変わらず変わった人脈持ってるんだねえ」
「え?えっと、どういう意味です?」
店長の妙な発言に首をかしげつつも、俺はバイクに少し手を入れていた。
え、なんでかって?
先日の一件……狐の巫女さんと千葉県の神社まで、不思議な道をタンデムした件が忘れられなかったからだ。
おかしな夢でも見たのか、とも最初は思った。
けど、ちゃんと一日過ぎていたし、燃料も消費していた。
走行距離も伸びていたし、それどころか、スマホに残っている移動記録ですらも、ちゃんと神社まで行った事になっていた。
……そのあとなぜか、戻るまでの記録がないけどな。
とにかくだ。
あの巫女さんは普通に乗っていたけど、実は俺のバイク、タンデムシートを外してたんだよね。丸いフェンダーむきだしに走るのが好きだし、タンデムする相手なんかいないと思ってたからさ。
え?今さら環境整えても、二度とない事なんじゃないかって?
ははは、俺もそう思うよ。
だけど、なんとなく、ちゃんと環境を整えとこうと思ったんだよな。
シシーバーの写真を店長と見て注文をいれ、じゃあ連絡するわ、よろしくと話してバイク屋を出た。
店があるのは東京都町田市の外れで、今住んでいる家までは結構な距離がある。
「さて、どうやって帰るかな」
寒いけど、よく晴れた昼間。
まっすぐ帰るのもちょっともったいないし、そして町田街道は今日も元気に大渋滞だ。
さてさて、どこに行こうかと思いつつも走り出した。
目的地は、東京都唯一の道の駅という例の場所だ。
「……ふむ」
スマホのナビを見て、その方向にバイクを走らせた。
最近のスマホナビは性能アップしていて、地元の人しか知らないような抜け道にもどんどん案内してくれる。
今日もそうで、ものすごい住宅地の中を進んでいくと、現代の町田市とは思えない山村風景に景色は一変した。
うわ渋いなここは。
こんなところ、町田にまだあったんだ。
そんなことを考えつつ走っていたせいだろうか?
道端に立っている人が指をたてて……そう、ヒッチハイクのポーズをしているのに気づくのが遅れた。
「ちょ、え?」
思わずブレーキしてから、思わず自分をののしった。
バカヤロ今は21世紀だぞ、しかもここ東京だぞ観光地でもなんでもねえ!
こんなところにヒッチハイカー、しかもバイクを止めるかよ!
面倒事のニオイしかしねーだろバカ!
そう思ったんだけど、止まってしまったもんは仕方ない。
ついでにいうと、なんか喜んで近づいてくるヒッチハイカーを改めて見た俺は、思わず目を剥いてしまった。
「……え?カッパ?」
いや間違いねえ、いわゆる河童だ。
頭に皿までついてやがるし、顔もそれっぽい。
だけど。
「……なんでカッパがMA-1着てんだよ」
アメカジ着込んだカッパがヒッチハイクて。
……俺、どっかで頭でも打ったか?
「ようすまん助かった、兄ちゃんどこまで行くんだい?」
「……それはいいんだが、あんたの行き先はどこなんだい?遠いのかい?」
呆然としつつも、俺は必要なことはちゃんと言っていた。
実際、さすがにカッパの行きそうな場所には心当たりがねえからなぁ。
頭をかいていると、カッパは面白そうに笑った。
「ははは、そんな遠くじゃねえんだけどよ。
すまねえけど、相模の大磯あたりに連れて行ってくれねえかな?」
「あたり?」
具体的な場所はないのかな?
「友達と待ち合わせしてンだけどな、あのやろう、大磯あたりに来いとしかいわねえんだこれが」
「そりゃごくろうさん」
そういって、俺はふと考えた。
「じゃあ、とりあえず大磯あたりの浜までつれてってやるよ。そこから友達を探せばいいんじゃねえか?」
「え、いいのか?」
「いいよ、どうせ寄り道するつもりだったんだ」
向きは逆方向だけど、どうせ道の駅は大渋滞だろうし。
厚木や湘南方面も渋滞してたら大変だけど……まぁいいさ。
それよりも。
「ヘルメットあるかい?」
「ああ、あるよ。これでいいかい?」
言われて見ると、半帽タイプだけど、ちゃんとしたヘルメットを持っていた。
「ああそれでいいとも、さ、乗った乗った」
「おおすまねえ、お邪魔するぜ」
しかし、狐の巫女さんに続いて、今度はカッパのヒッチハイカーときたか。
ははは……なんか、ますます常識が遠くなったなぁ。
「乗ったかい?」
「おう」
ふむ、と後ろを見て俺は注意した。
「足はちゃんとタンデムステップに乗せたほうがいい、危ないぞ」
「お、そうか。わかった」
さすがにブーツは履いてないのか。
ま、グローブもしてないし、だいいち人間と足の形も違いすぎるから無理か。
「そんじゃ、しゅっぱーつ!」
「おうっ!」
俺はギアをいれ、バイクをスタートさせた。
そして十分後、俺たちは大渋滞の中にいた。
「おっかしいなぁ、なんで渋滞してんだ?」
バイクすらもすり抜け困難なところでハマってしまった。
慣れない二人乗りで無理をするつもりはないので、後ろに並んで待つ事にした。
しかし、そもそもなんで車がいるんだ?
「ん?渋滞したら変なのか?」
「あーいや実は先日」
停止中なのをいいことに、この間の巫女さんの件を話してみた。
そしたら、カッパは「ああ」と納得げにうなずいた。
「狐巫女を乗せたのか、なるほど、そういうことか。
そりゃ、あの婆さんに向こう側に召喚されたからさ」
「?」
「だーかーらー。
俺はただのカッパだし、普通にこっちに住んでんだ。あんな半分神様みたいなのと一緒にしないでくれよ」
「え、そんな凄い人なの……って人じゃなくて狐か」
「ハハハ、そうだな、あの婆さんはすげえぞ」
そうだったのか。
つーか、じゃあここ普通に現実世界なんじゃないか、この間みたいな異世界じゃなくて。
って、それでいいのかよカッパ?
「まてまて、じゃあ根本的な質問だけど、なんであんたそのジャケットでウロウロしてんだよ?」
「ん?何か変か?」
「いや、普通に似合ってるから気になるんだよ」
そもそもカッパがアメカジで町田界隈をウロウロしてて、しかも普通に馴染んでる。
なんなんだよソレ。
そう尋ねると、カッパはケラケラと笑った。
「いやぁ、今の人間ってあんまりまわりを見てねえだろ?スマホはあんな注目すんのによ。
そんな状態だから、まず人間っぽくしてたら気づかれないのさ」
「……マジか?」
「ああマジだ。俺ら普通にあちこち出かけてるぜ?」
「……」
普通に物の怪がウロウロしてんのかよ。
いや、いいけどさ。
知ってて受け入れてるんならいいけど、気づいてないって……やばくねえか日本。
ふと思ったことを聞いてみた。
「じゃあ聞くけど、今のあんたの姿は周囲にどう見えてるんだ?」
「普通の人間には、普通の人間に見えてるさ。
つまり今のあんたは、半キャップでアメカジのガキと二ケツで大磯に向かっているわけだ」
「ほほう、そんな感じなのか。
ん?いやまてよ?
じゃあ、なんで俺にはあんたがカッパに見えるんだ?
俺だって普通の人間だぞ?」
「そりゃ、あんたがお仲間だからだろ?」
……はぁ?
「あんたには何か印みたいなのがついてんだよ、こいつは大丈夫っていう。
俺もその印を見つけたから、やぁお仲間かって指立てたんだしな!
さすがに、ただの人間にヒッチ仕掛ける勇気はねえよ」
「し、印?」
なんのことだか、さっぱりわからない。
「自覚がねえのか……ま、そうかもな。
あんた俺、つまりカッパを見て普通にバイクに乗せてくれてるだろ?
ひとつきくけど、普通の人間がそんな反応すると思うかい?」
「……どうだろ?」
そう言われると、なんか自信がなかった。
「そういうやつは、見たらわかるもんだよ。それが『印』さ。
ま、あんたの場合はもっとハッキリした印がついてるけどな!」
「ハッキリした印?」
「前、誰かになんかもらわなかったか?
あるいは、人間でないやつに食事させてもらったとか」
「……えーと?」
でも、そう言われてみたら……前回、巫女さんにもらったお守りを思い出した。
身につけた途端に消えちゃって、しかも元の場所に戻されて時間だけが過ぎていたってやつ。
それを話したら、カッパは「ああ、それだろ」と肯定した。
「よりによって婆さんの札付きかよ、ハハハ、そりゃあ完璧だわ」
「どういうこと?」
「そのお守りはな、実は形のあるお守りじゃねえのさ。
あんた、こいつは俺らの側のやつだよって印をつけられたんだな」
「……なんでまた?」
「なんでまたって。
あんた、いきなり声かけてきた婆さんを、そのまま江戸の外れから上総まで運んでやったんだろ?しかも嫌がりもせずに?」
「ああ、だってどうせ休日だったし、それに面白かったしな?」
狐の巫女さんとタンデムツーリングなんて、この先何年生きようと生涯ねえだろうと思ったし。
今の職場はバイク通勤じゃないから、バイクに乗るのは休日だけなんだよな。
そういうと、カッパは笑いだした。
「ハハハ、そういうヤツだから印をつけられたのさ、決まってるじゃねえか!」
「え?」
「いやいや気にすんな、あんたはそれでいいって事さ!
それよりホラ、列が動き出すぜ?」
「お、おう」
車の列が動き出し、俺たちも走り出した。
昔よく愛用した道で『海を見たい時に使うルート』がある。
渋滞などでちょっと苦労するけど、最後にはT字路でまっすぐ海にぶつかるようになっている。
俺はこういう形で海にぶちあたる出口が好きなので、多少遠回りになってもよく利用するんだ。
「おー、海だ海だぜ」
「そういや忘れてたけど、カッパって海、大丈夫なのか?」
「ん?俺は泳がねえけどな、友達はこっちの方のやつなのさ」
「へー……で、どこに行けば連絡つきそう?」
「平塚ビーチパークに頼めるかい?」
「平塚ビーチ……もしかして、あっちにあるパーキングみたいなとこの事か?」
「そうだけど?」
「あー……そんな名前だったんだ。そりゃ知らなかったな」
「なるほど」
友達ってどんな友達なのか気になってたんだけど、結局最後までわからなかった。
目的地のパーキングに着くと、カッパは「ちょっとまっててくれ」と建物の中に入っていった。
で、しばらくすると笑顔で戻ってきた。
「連絡とれた!ありがとな!」
「そりゃよかった。で、もういいなら俺は行くけど、いいか?」
「おお、ほんとに助かったぜ!」
「気にすんな、またなー」
「おう」
俺たちは手をふり、笑顔で別れた。
休日にカッパと湘南までタンデム。
……また、おもしろおかしいエピソードが増えちまったな。
■ ■ ■ ■
今回の俺の話は、ここまでだ。
ただの野郎同士のタンデム話ですまないな。
え?くだらねえ話してんじゃないって?
あーそいつは悪かったな。
けどあのカッパの言うこと、ちょっと気になったぜ。
スマホばっか見ててまわり見てないって。
ほら。
信号待ちで立ってると、まわりでなくスマホの画面見てるヤツがいっぱいいるし。
あぶねえなあ。
え、俺?
俺は、歩き中はニュースやネット小説を読み上げ使ってイヤホンで聞いてる。
まわりは見てるぞ!
おっと、いかん現実現実。
そろそろ現実に戻らにゃ、明日から仕事だ。
さて。
「あのー、そこの人?」
「……ん?」