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傘をさした狸

 うっかり新宿で夜になってしまった。

 外出中に夕方になり、久しぶりに昔、よく行っていた新宿の店に寄ったんだ。

 昔と少しブロックが移動していたけど、スマホで検索するとあっけなく見つかったので、さっそくでかけて昔と変わらない夕食を堪能した。

 ……昼の定食じゃないんで、ちょーっと高かったけどな。

「ふう」

 うまい飯を堪能したのはいいけど、外はもう夜。

 今日は単車じゃないので電車か徒歩になるんだけど、歩く場合は歌舞伎町方面を通るんだよなぁ。

 ……夜の歌舞伎町は、田舎出身の小心者な俺はちょっと苦手。渋谷などもそうだけど、混沌のニオイのする市街を夜出歩くキャラじゃないからな俺。

 やれやれとためいきをついていたら、

「あらお兄さん、寄っていかない?」

 うわお珍しい、客引き行為って取締りが厳しいんじゃなかったっけ?

 そう思ったんだけど、声をかけてきた姐さんの方を見て思わず苦笑した。

「すみません、化生(けしょう)な皆さんは間に合ってますんで」

「あら、ごあいさつ」

 クスクスと笑った長身の『女性』だけど、なんと顔だけが狸だった。

 え、意味がわからない?

 つまり後ろ姿とかは普通に女の人で、こっち向くと顔だけが狸なんだってば。

 つまり。

 ……化け狸?

 

 

「やぁありがとう、悪いネ」

「いいんだけど、本当にそれでいいの?」

「ん?甘みは好きだよ?」

「そうすか」

 最近すっかり慣れてしまった、コンビニでの物品調達。

 ペットボトルのお茶やら猫缶やらといろいろだけど、今回は本人の希望で缶コーヒーだった。

 え?狸の顔だと缶コーヒーは飲みにくいんじゃないかって?

 それがさ。

「この顔なら普通に飲めるでしょ」

「たしかに飲めるけど……怒られるんじゃないの?」

 つまり狸さん、化け直して顔もきちんと人間に変わっちゃったんだけどさ。

 ……なんというか、俺もよく知ってる有名な女性歌手そっくりになっちゃってるんですが?

「大丈夫大丈夫、狸が化けたからって訴えられやしないって」

「俺、実はちょっとファンなんスけど」

「だったら得したと思っときなさいな」

「……」

 頭痛いなぁ、もう。

 で、唐突に○PPそっくりの美女になっちゃった狸さんはうまそうに缶コーヒーをすすっている。

「遅れたけど自己紹介しようかね。

 友達はみんな、あたしをもみじと呼ぶよ?」

「俺は(まこと)です」

「ほう、だったらマコと呼んでいいかな?」

「勘弁してください」

 即座に切り捨てた。

「マコトか、さもなければオッサンでもお兄さんでもいいですがマコはやめてください」

 最近、たったひとりだけマコ呼ばわりがいるけど、あれは幼女だから例外ってことで。

 そうでない限りマコ呼びは認めないつもりだ。

「あらら、じゃあマコトちゃん(・・・・・・)にしておくかね」

「なんで、ちゃんづけ……」

「グワシ」

「いや、俺は楳図かずお世代じゃないんで」

 ためいきが出てきた。

 俺以下の世代だと、さすがにわからないんじゃないか?

「それにしても、なんで俺に声を?」

「人のお仲間なんて珍しいじゃないか、それでつい声をかけちまったのサ」

 やっぱりその流れなのか。

「お仕事はいいんですか?」

「そもそもあたしゃ店員じゃないからねえ」

「へ?じゃあ、あんなとこで何してたんです?」

「もちろん、マヌケな人間や狐をひっかけて遊ぶんだヨ?

 さんざ遊んで、最後はいつもの店でごはん食べて帰るのが楽しみなのサ」

「……おまわりさーん」

「あはは、見えやしないって」

 

 いや、わかってるよ。

 いくら有能な日本警察でも、本物の狸は捕まえられんだろう。

 すごい田舎の駐在さんとかなら可能かもしれないが。

 

「やれやれ、ほどほどにしてくださいね?」

 要するに、ひとの世の泡沫(うたかた)を見て楽しむ種類のひとって事か。

 困ったもんだ。

「あれ、でもじゃあ、俺もひっかけるつもりだったってこと?」

 質問してみると、狸さんは首をふった。

「いや、マコトちゃんは対象外だネ」

「へ?いやまぁ有り難いですけど、でもどうして?やっぱり、お仲間ってやつ?」

「あーソレもあるけどネ、それだけじゃないのヨ」

 うひひと、狸……もみじさんは笑った。

「あたしゃこれでも、子育て中の者には手出ししない主義だからネ」

 へ?

「おれ、独身ですよ?」

「それにしちゃ、べったり懐かれてるようじゃないか。

 どこの種族かしらないけど、まだ乳のニオイもとれてない子供だヨ?甲斐性のないあたしでもわかるサ」

「……あー、ニオイついてます?」

「ついてるついてる、人間ならわからないだろうけど、あたしらだと一発だね」

「そうですか」

 間違いなくサーナちゃんだな。

 最近よく駐輪場まで来るからなぁ、サーナちゃん。

 そのたびに抱えたり肩車で送っていくし、先日なんか寒いから、お母さん来るまで家に入れてたし。

 ニオイがつきまくってても不思議はないよなぁ。

 よく、ナゾのスリスリもされるし。

 

 ん?

 もしかして、わざとニオイつけられてる?

 ……さすがに考えすぎだよね、子供のすることだし。

 

 そんなことを考えていたら、狸……もみじさんがにっこりと笑った。

「ああ、そういう関係なのかい。大変だねえ」

「え?」

 なに、どういうこと?

 あわてていたら、もみじさんがケラケラ笑った。

「そりゃあ、あたしも女だからねえ、ははーんってね。

 ま、詳しい話は聞かないけどね」

「……」

 やれやれだよな、まったく。

「ご期待に添えるような関係じゃないですよ……まぁ、そうなったら嬉しいけど、それはこれからの事です」

「おやおや、本音を出してきたね。もしかしてお悩みかねえ?」

「とりあえずのお悩みは先日、渋い声の三毛猫さんに解決してもらいましたよ」

「ん?ああ、あいつか。あの老いぼれが役立つような話だったのかい?」

「種族間の話でしたからね」

「なるほど」

 もみじさんとはしばらく、そんな話をしてから別れた。

「そんじゃ、どもー」

「つままれたり化かされないしないようにねー!」

「あんたが言うかい!」

「あっはははっ!」

 

 しかし。

 東京にも狸がいるのは知ってたけど、化け狸までいるとは知らなかったよ。

 ま、都庁や永田町あたりには別の意味の古狸や化け狸が居そうだけどさ。

 

 

 電車で帰る方法もあったけど、青梅街道に出て東にテクテク歩いていった。

 大江戸線・東新宿駅の入り口横を抜けて信号待ち。

 ぴゅーっと抜けていく冷たいからっ風に首をひっこめつつ、道を挟んだ北側にあるココ○チの小さな入口を見つつ、ぼんやり佇んでいると。

「?」

 なんか、茶色っぽい長いもんがヒラヒラと近づいてくる。

 よく見ると、そいつは風に流されつつクルクルと周囲を見ていた。

 何かを探しているようなんだけど、妙に挙動が怪しい。

 うん。

 とりあえず捕まえて聞いてみよう。

「よう、こんちゃー!」

「うひゃっ!」

「ああ、いきなり捕まえてすまん、ちょっと聞きたい──んだがぁっ!?」

 最後まで言う前に、自分が大声になるのを止められなかった。

 いや、だってさ。

 

 なんと、そいつは1つ目のカラカサおばけだったんだ。 

 からっ風とカラカサおばけって、妖○○ォッチかよ!

 

「……おめ、へんなヤツだな。

 おいら捕まえといて、なんで自分でビビッてんだ?」

「す、すまん、いや、まさか、カラカサさんだとは思わなかったんだよ」

 ついでに言うと、俺はモノアイ系のクリーチャーが苦手だ。正直こわい。

 内心ビビッていたら、カラカサさんは「にやぁ」と楽しげに目を細めた。

「さてはおめえ、いい歳こいて1つ目が怖ぇんだな?」

「う……いやだって、目がないやつってどうも苦手なんだよ」

「しょうがねえやつだな……で、何が知りてえんだ?」

「ああうん、それそれ。

 何か探してるみたいだったから、何なのかなってね」

「ん?俺が探してるモンか?」

「ああ、手伝って見つかるようなもんか?」

 カラカサは、あっけにとられたように俺を見た。

「まさかおめえ、手伝ってくれるつもりなのか?」

「内容にもよるけどな」

「……変なヤツだなぁ。ま、ありがたいが」

 ケケケとカラカサは笑うと、ちょっと困ったように笑った。

「実はよ、友達の家を探してンのさ。

 なにせこのあたりも昔とずいぶん違うから困っちまってよ。

 おいら、人間みたいなケータイももってねえしよぅ」

 ああなるほど、そういうことか。

「住所わかるか?スマホで調べてみようか?」

「え、いいのか?」

「ああ、どうやら俺でもお役に立てそうだからな」

 俺はポケットからスマホをとりだした。

「それで場所はどこだって?」

「ええとだな……」



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