決意
年末年始を乗り切り、無事に元の生活に戻った。
え?初夢?
実は新年の挨拶にサワナさんとこ行ったんだけどさ、そのせいで変な夢見たんだと思う。
当たり前だけど、現実にはサワナさんとそういう関係にはなっていない。
ん?なりたいのかって?
……そりゃあもちろん。
サワナさんはすごく魅力的だし、サーナちゃんは可愛い。
そうなったら、そうなれたら幸せだろうなぁ。
もっとも彼女らとはまだ知り合ったばかり。
今はただ、この出会いに心から感謝し、時間をかけて交流を続けていきたいと思ってる。
あーうん、当然だけど懸念だってあるよ?
中でも最大のものは言うまでもない、種族の違いだ。
ぶっちゃけた話、そもそもサワナさんの種族と人間って、できるんだろうかって問題あるよね?
ぶっちゃけすぎだって?
だけど俺は人間で、サワナさんは異種族だろ?
さすがに子供は無理だろうけど、そもそも夫婦生活できるのかって問題は小さくない。
そのあたりに不安がないかといえば当然ある。
調べてみようにも情報源がないわけだしね。
だけどさ。
面と向かって好きな女性に、あなた(構造的に)人間とヤれますか、性欲を覚えますかって言える?
少なくとも俺は無理。
うーん、どうしたもんか。
ふと気づくと、俺は単車を新宿に向けていた。
言っておくけど、俺は本来、都会は苦手だ。
駐輪場も限られるし、単車を置いて自由に移動するのも面倒が多い都心はやはり苦手で、愛用する食事処なんかも、わざわざ電車&徒歩用と単車用で分けてある。わざわざ駐車の手間とお金を払うくらいなら郊外店に行こうというわけだ。
さらに言うと人が多すぎるのも苦手。
だったら、なんで新宿に来たのか?
「……いるな、やっぱり」
そう。
ここには人以外の連中もたくさんいるからだよ。
でも、来たところで困ってしまった。
なぜなら。
「いるからって……どうすりゃいいのかな?」
ハンドルにもたれて、考え込んでしまった。
考えなしの自分を嘲笑したい気分だった。
だってそうだろ?
異種族カップルの男と女のデリケートな問題なんて、誰にどうやって質問すりゃいいんだ?
そう、つまり。
行き場のない悩みの果てに、ただ衝動的に出てきてしまったんだ。
途方にくれていた俺だったが。
「何かお悩みかね?」
「!」
突然、背後で響いた渋いバリトンボイス。
その声に振り返って二度驚いた。
だって。
渋い声に反して、そこにいたのは一匹の猫だったからだ。
……ただし、俺でもわかるほどの老猫っぽいが。
毛並みに艶っぽさがなく、ぼさぼさ。
渋すぎる声は、老けてるせいなのか?
「うわ」
「何かね?」
こてんと首をかしげてきた。
「いや……ビックリしただけなんだが」
「ふむ?わしはただの猫にすぎないが……何をそんなに驚いているのかね?」
「いやいや、しゃべる三毛猫なんて普通驚くだろ」
「はて?わしが見えて会話できている時点で、おまえさんも同類であろうに」
「いやいやいや、俺はただの人間なんで!」
「ほほう?」
またこのパターンかよ。
単車のタンデムシートの上に、いつのまにか座っていた三毛猫。
しかも、渋いおっさん声。
……ちなみにだが。
この渋い声からすると、三毛オス……なのか?
だよな?
きっと。
「これまた珍しいパターンだなぁ」
「ん?どういう意味かね?」
「いや、こないだ、よくわからない神様っぽい猫に会ってね」
「……動物に変じて出歩く存在は多いから、それだけでは特定できないな。
まぁ念のためにいえば、わしはごく当たり前の猫にすぎない、おかしな存在ではないから心配無用だ」
「……しゃべってる時点で普通じゃねえよ」
「そうかね?」
「そうだよ!」
やれやれ。
俺はためいきをついた。
天下の往来で、単車にまたがったまま猫としゃべるというのも変な話だ。
困っていたら「あそこがよかろう」と老猫が提案してくれたので、そこに移動した。
そこは、新宿の外れにあるとは思えないほどに静かな神社の境内だった。
つーか、見覚えがない神社だし、また例の別空間かもしれない。
隅っこにせいぜい車一台程度停められる狭い場所があり、奥に木の椅子もあった。
こんなとこに単車停めてもいいのかよと思ったけど、きけば人間の目にはこの外れの区画は見えないのだという。
……まぁ、見えなきゃ駐車違反もへちまもないか。
そんなわけで、俺たちはその木の椅子に座った。
もちろん、贈り物として急遽、猫缶も買ってきた。
「うむ、かたじけない」
そういうと、老猫は嬉しそうにキャットフードを食い始めた。
しばらく食べる事に夢中だったようだが、やがて俺に顔を向けた。
「それで悩みの件だが。
わしには大それた力などないが、聞き役くらいはできるだろう。話してみないかね?」
「あ、はい」
そして俺は、サワナさんたちの件を軽く説明したんだけど。
すると老猫は思いのほか興味を示してきた。
「ほほう、海の一族と懇意になったと。で、もっと親しくなりたいわけだな?」
「ぶっちゃけると、まぁ……何か知ってるの?」
「噂にすぎんが、まぁ多少はな」
スン、と老猫は鼻を鳴らした。
「その者たちの正式な名前は知らないが、かなり前にこの土地にやってきた者たちだと聞いている」
「かなり前?」
「わしらは世代を越え、時間を測るすべをもたぬからなぁ」
「あー……なるほど」
ちょっと納得した。
猫って、時制の概念が人間に比べて希薄か、または存在しないって聞いたことがある。
その科学的見解が本当かどうかは俺にはわからない。
だけど人間より短い時を生きる猫が、人と同じ時間の概念をもつわけもないよな。
うん、考えてみたら当たり前のことだ。
「その者たちは海の者、海の一族などと呼ばれる事が多いようじゃ。
海魔という言い方も聞いたことがあるが、これには悪い意味もあるそうなので使わぬほうがよかろう。
このあたりの猫族では海の一族と呼んでおるな」
へえ。
「そして、おまえさんが気にしている事だが……人間と海の一族は交配可能だな、子も作れるぞ」
「そうなんですか?」
ウムと老猫はうなずいた。
「ただし、種族としての性質は海の者が強く出るようだがな。
きいた話によると、過去に人と婚姻した者がおって、まだその血脈も残っておるそうだ」
「おお」
なるほど、すでに人間の血が入っているのか。
「海の一族について、もっと詳しく。わかる限りのことを教えてくれませんか?」
「うむ、いいとも」
老猫の、ややもするとお年寄り的にズレていく話をまとめると、こんな感じだった。
『海の一族(仮称)』
正式名称は不明。
遅くとも百年前には日本に来ていたとされるが、ひっそりと住み着いた事もあり、特に逸話などは残っていない。
水中行動に高い適性がある。
ほっそりとした体に似合わず冷水や寒風への耐性も高い。凍結寸前の水の中でも活動できる。
また、これらの特性の一部は親しき異種族にも付与することができる。
ただし付与できるのは家族的立場の者に事実上限られる。
「何か制限があるってこと?」
「詳細はわからぬ。
わからぬが、おそらく海の一族全体としての目的は種族繁栄じゃろうよ」
「?」
「付与は事実上の夫婦間でのみ行われていること。
それが能力的限界なのか習慣的な理由があるのかは知らぬ。
知らぬが、一族のひとりとして扱うという文化的意味を含んでいるのは言うまでもなかろう?」
「なるほどたしかに」
逆にいうと、人間であっても一族扱いしてもらえる可能性があるわけか。
ある程度だろうけど、一方的に肩身の狭い思いをしなくていいってのはありがたい話だな。
ウムウムと納得していたら、老猫は少しだけ付け足した。
「どうやら理解していないようなので、猫缶の礼にもう少し付け足しておこうかの?」
「え?」
俺は思わず、老猫さんを見た。
「聞いた話じゃがな。
何度も付与していると根本の体質が変化し、戻せなくなっていくらしい」
「え?」
「そこから先はよく知らぬが、おそらくその先に待つのは……」
「……」
老猫はそれ以上語らない。
だけど、その沈黙こそが有力だった。
「……なるほど、いろいろと覚悟がいりそうな話ですね。
ちなみに、よくわからないけどその場合、俺が俺でいられるのかな?」
「というと?」
「いやだってそうだろ。
好きな人ができて結婚してみたら、別人に書き換えられて人格消されました、じゃ話にならないよ」
「ああ、そういう事か。それは意味がなかろう」
「意味がない?」
「外に出て種族繁栄ということは、新しい血を入れるということ。
それは認識や心の問題も含めてのこと。
だったら、おまえさんの心を消すなど無意味ではないか。
やるとしたら、おまえさんをおまえさんのまま立ち位置を海の一族側にするくらいだが、
おまえさんには必要あるまい」
「どういう意味?」
「む?そのままの意味だが?」
そういうと、老猫は顔をあげて俺をじっと見た。
「えっと、なに?」
「少しは虚勢もあるようだが……おまえさん、意味を悟ったのだろう?なぜ恐れない?」
「いや、それ自体はよくある展開だろ?」
つまり、人魚とふれあいすぎた結果ひとの世界に帰れなくなったとか、そういう話だよな?
合理的にはありえないけど、昔話ではよくある話じゃないか。
だったらビビる必要なんてない。
だいいち俺は決して若くない。
ひとじゃない皆さんは、なぜか俺をよく少年呼ばわりするけど、それは単に人とタイムスケールが違うためだと思う。
おそらくサワナさんたちの出会いは、俺にしてみれば最後のチャンスでもあると思ってる。
だったら。
どんな未来が待つかわからないけど、彼女たちと家族になれる可能性にかけたい。
そう俺は思う。
……まぁそれ以前に、フラれる可能性もあるわけだけどさ、ははは。
種族間の問題は解決しそうです。
しかし誠くんは本気でヘタレなので、だからといって何が変わるわけでもない。
当面は普通の交流が続くと思われます。