シシーバー
バイク屋の店長から連絡がきた。頼んでいたシシーバーが届いたらしい。
休日の朝、俺はバイク屋に行ってシシーバーを装着してもらった。
「どうも、ありがとうございますー」
「気をつけてね」
そんじゃーと別れて空の下。
シシーバーについて改めて説明するけど、要は二人乗りした時などに使う『背もたれ』だと思えばいい。
実際には、俺みたいなソロライダーは荷物を積む時なんかに使うかな?
あと、いろんなパーツを取っ払ってしまう種類の単車乗りになると、テールランプをナンバーごと、これにつけてしまうヤツもいたりする……まぁでもそういう真似をするのは車検にうるさくない外国製や古いバイクの人が多いと思うけどな。
そういう保安パーツの規制は、年々厳しくなってるから。
さて。
「よし」
途中、立ち寄った店でフリーサイズのおわん型ヘルメットを買った。
俺は荷台をつけないけど、大きなサイドバッグを使っているので、その中に収納する。
荷物になるかと思ったけど、雨具を入れてある袋を内側にはめこむようにして、あまり荷物にならないよう入れる事ができた。
こういうヘルメットは安全性能こそフルフェイスや高品位なジェットに劣るわけだけど、彼らの頭の形を考えると、あまりにもフィットしすぎるヘルメットは使えないだろうし。
よし、これで不意の来客でも安心だ……そもそもヘルメットが使えない相手でなければ。
再び走り出した。
なんだけど……なんか寒い。
「冬将軍来ちゃったなぁ」
関東の冬の風は冷たいんだけど、それにしても一気に冷えた。
グリップヒーターを作動させているから両手はホットなんだけど、それでもなお風の当たる側の感覚がなくなってくる。
春になるまで、この寒さが続くのかと思うと、ためいきが出る。
はぁ……さすがにこういう時は、車いいなーと思ってしまう。
そしてあとは。
「ほんと、毎年思う事だけど、なんで軽二輪カブはないんだよ」
実用車であるホンダ・スーパーカブはお仕事バイクだけあって、防寒のためのあらゆるガチ装備が集まっているんだ。
風防にハンドルカバー、グリップヒーターにレッグウォーマー。
フル装備で固めたカブは見た目上確かにちょっとダサいのだけど、冬の冷たさに負けじと走り回らざるをえない人たちにとってはまさに天の救いだ。
特に俺は人よりトイレが近いうえ、母方の血で異様にスジがつりやすいんだよ。
そんな俺にとり、冷やさないように活動できるこれらの装備は涙が出るほど魅力的なんだよ。
だがしかし、高速道路に乗れるカブは売られていない。
だからいつだって俺は、カブに憧れつつも普通のバイクに乗る。
「うー寒いさむい、カーっちくしょう!」
信号待ちで震えていると、視界のすみで何か黒いものが動いた。
(ん?なんだ?)
見ると異変の原因は、さっきバイク屋でとりつけたシシーバー。
シシーバーの上に、一羽の大きなカラスが止まっていた。
「うお」
ビックリしたんだけど、それだけだった。
カラスはシシーバーの上部の背もたれパッドに乗っているようだ。
そして頭の中に響く声。
『少し休ませてほしい』
ああ、やっぱりただのカラスじゃないか。ま、そりゃそうだわな。
「いいけどちょっと待て」
『ん?』
「道路脇に寄せてやる、止まってる方がいいだろ?」
迷わずバイクを手近な路肩へ。
ぐるり見渡すと、すぐ視界の届くところに自販機があった。
迷わず自販機に向かった。
ケータイで払ってお茶をペットボトルでゲット、戻ってきた。
ただし、まずは俺が飲むよりする事がある。
「飲めないだろうけど、ほれ、こうすると暖かいか?」
うりうりとペットボトルをあててやると、カラスは熱いペットボトルにもたれて目を細めた。
『おお……おお……これはありがたい、あたたまるよ』
「なんだよ冷え切ってんじゃねえか。どこから飛んできたんだよ?」
鳥は恒温動物だ、ひえきったらまずいはずだ。
『普通は教えられないのだが……まぁいいだろう』
俺を見たカラスさんは、事情を話しはじめた。
『拙者、出雲より出て、下総国に届け物をしている途中なのだ。
しかしどうも冷たい強風にやられてな、身体が動かなくなってしもうてな』
「出雲から下総だぁ?」
とんでもない距離じゃないか。
ちなみに下総というのは、千葉の中でも船橋とか、要は東京に近いあたりのことを言う。
「おい、送っていこうか?下総なら近いし、別にかまわねえぞ?」
『ありがとう、だがそれは無用だ。これが我の仕事なのでな』
「え、でも」
『もともと拙者、そろそろ限界なのだ。これを仕事納めにするつもりであった。
ゆえに、たとえ命と引き換えても最後まで届けたいのだ』
「……そうか、では存分に暖まってくれ」
『かたじけない』
まぎれもないプロの誇りを感じた俺は、それ以上説得するのをやめた。
カラスはしばらく暖まっていたけど、やがてペットボトルから身を離し、パタッと一回はばたいた。
『うむ、温もって力が戻った。これで無事、任務遂行できそうだ。
礼をいおう、やさしき人の子よ……名を尋ねたいがよいか?』
「マコト、諸田誠です」
『モロタマコトよ、我はその名を忘れぬ。
我は未だ名無しの烏であり、加護を授けるほどの力はない。
だが上位の存在となりし時は、きっとそなたの力となろう。
では、ひとまずさらばだ』
そういうとカラスは大きく羽ばたいて。
そして次の瞬間には、飛び去ってしまっていた。
「伝書鳩ならぬ伝書ガラスってか……しっかし寒いのに大変だよなぁ」
まぁそのプロ意識は見習いたいものだな。
みるみる小さくなり、点になった後ろ姿を見て俺はためいきをついた。
「さて、俺もいくか」
まっすぐ帰るのも芸がないということで。
東京ビッグサイトの西隣、フェリー埠頭にやってきた。
「おー、フェリーもしばらくご無沙汰してんなぁ」
過去に何度か使ったことがある。
徳島経由九州いきだが、徳島の事務に可愛いアニメ声の担当さんがいて、その声聞きたさに利用したという恥ずかしい黒歴史なんかもあったりする。
船が着いていて、出港前なのか忙しく人やモノが出入りしている。
真っ昼間だと死んだように静かなこともあるターミナルビルの方にも、人影が見える。
それらをのんびりと見ていると、一台のバイクが入ってきた。
「ほう、ずいぶんと気合いの入ったビラーゴだな」
ヤマハ・XV250ビラーゴ。
ずいぶん昔に売られ、旅人のアシとして愛された小さな250「アメリカンバイク」だ。
古びてくたびれ、あちこちから凄まじいばかりの生活臭を漂わせているが、まぎれもない小さなビラーゴだった。
アメリカンやクルーザーと呼ばれるスタイルは、その源流である米国製のオートバイが大型バイクばかりである事もあり、小さなバイクは軽視されやすい傾向がある。
特に250cc以下は、人によって大きく評価が違うジャンルだ。
俺のホンダレブル250ほどじゃないけど、この250ccビラーゴも軽視されやすい。
自称バイク・エンスージアストなオッサンたちは見向きもしなかったり、どうでもいいバイクの一台にしか見ていない事すらある。
だが、これがガチの旅人となると話がガラッと変わる。
20世紀も末に近付こうとしていた1990年代、日本全国津々浦々に旅するような連中にとり、車検のいらないミニマム・クルーザーであるビラーゴ250はとても人気があった。傷だらけ、泥だらけの旅するビラーゴが日本中にたくさん走っていたという。
低く長い車体は構造的に直進安定性が強く、たっぷり荷物を積んでも操縦性が変わりにくい。
あれから時が過ぎて『ビラーゴ』は『ドラッグスター』にかわり、さらにそのドラスタも販売終了になってしまったが。
ボロボロのビラーゴだが、年数を経ているけど整備状態は悪くないようだ。
だがこいつの特徴はそこではなく、ひたすら積み重ねた年輪にある。
あきらかに専用品でなく、汎用品で修理したいくつもの痕跡。
塗装が剥げた状態でハンドルまわりに溶け込んでいるドリンクスタンド。
外付けの汎用シールドと、そこに無造作に並べられた家庭用の洗濯バサミ。
間違いない、こいつは「旅人」にとことん使い込まれてる。
やばいくらいに旅の生活臭に満ち溢れた「本物」だった。
うわぁ、こりゃすごいわ。
思わず、ほほうと見ていると。
『あんまり見ていると、あなたの相棒が嫉妬しますよ?』
……え?
何事かと思ったけど、すぐにわかった。
その声はビラーゴから聞こえていたんだ。
熟女系の女優を思わせる、しっとりとしたきれいな声だった。
「あーいや、俺のバイクはしゃべらないと思うんデスガ」
『フフフ』
意味ありげな笑い声が聞こえてきてしまった。
「あーうん、オーケーわかりました。
俺もあんたのオーナーさんに泥棒と思われたら困るし、ひきあげます」
『ええ、ごめんなさいね』
「いやいや、よい旅を」
このあと。
帰ろうとしたら、なぜかエンジンのかかりが悪くなった相棒に一瞬あせった。
「いや悪かったから、頼むから動いてくれ!」
そう言った途端に普通に始動し、いつものように回りだした。
……ぐ、偶然だよね?
はぁぁ。
ストックを使い切りましたので、次回は少し遅くなると思われます。