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ミウ、帰る

 中央公園は土中から現れたガイコツ達で溢れ返っていた。わたし達以外、誰みんな逃げ帰ってしまっている。

「どうするのこれ?」わたしはあたふたしながら言った。

「どうするって、どうなるもんなのよ?」中谷が困惑したような顔で振り返る。

「おいら思うんだけどさ、きっとこれってさっき慰霊碑に触ったからだと考えるべきなんじゃないかな」と木田。

「わたしもそう思いますね。もう1度触れれば、ガイコツも眠りにつくのではないでしょうか」志茂田がもっともらしく答えた。

「よし、じゃあ慰霊碑のとこまで戻ろうぜ。このままにしとくのはやべえからな」桑田はきびすを返す。

 わたし達はそのあとをゾロゾロとついていった。


 記念碑の前までやって来ると、桑田がベシッと叩くように慰霊碑に触る。全員が公園の方へ視線を向けた。けれど、白い骨の集団はいまだ動き回っている。

「変だなあ。これで収まるはずなんだけど」木田は腕を組んで考え込んだ。

「ねえ、もしかしたら……」中谷がミウを見る。

「なるほど、そうかもしれませんね中谷君」志茂田は、わかったというようにうなずいた。「ミウ君がおそらくは鍵なのでしょう。異世界から来たことと何か関係があるのかもしれません」

「わたし?」ミウは人差し指で自分を指す。

「なるほどな。そうだ、きっとそうに違いねえ」桑田は指をパチンと鳴らした。

「試してみようよ」みっしいが促す。

 

 ミウはやれやれとでも言いたげに慰霊碑に近づき、手のひらを押し付けた。途端に公園の方でボコボコと音がする。何かが土を掘り返して地面の下へと潜っていくような音だった。

 背伸びをして公園を覗くと、さっきまであんなにひしめいていたガイコツ達の影も形もない。

「ほら、やっぱり!」中谷が手を叩いて喜んだ。

「なるほど、不思議少女ミウ君と言ったところでしょうか」志茂田がつぶやく。

 園内に戻ってみると、地面はまるで何事もなかったかのようにきれいさっぱり平になっている。

「この下に戦没者の骨が埋まってるって話、本当だったね」わたしは感慨にふけって見下ろした。

「都市伝説とはいえ、火のないところに煙は立たずですねえ」志茂田は軽く手を合わせる。

 わたし達も一緒に黙祷を捧げた。


「わたし、そろそろ帰ろうと思うの」ミウが言い出す。

「異世界へかい?」木田がちょっぴり間の抜けた質問した。

「わたしにとってはこっちが異世界だわ。元の世界へ帰るのよ」ミウは当然のことのように答える。

「じゃあ、わたしの部屋の押し入れに入らなくっちゃダメね」みっしいは言った。

「おれが入ったら、やっぱり向こうの世界に行けるのかな」ふいに桑田が口にする。

「試してみたら? もっとも、あんたの体があの小さな引き戸には入れればの話だけど」中谷がちくっと皮肉を言った。

「桑田、おっきいから途中で引っ掛かっちゃうかもしれないね」わたしは思わず吹き出す。

「ちっ、笑うなよ。まあ、やめておくけどよ」桑田は面白くなさそうな顔でそう言うのだった。


 みっしいの部屋へと戻るとミウは勝手に押し入れを開け、

「じゃあ、わたし帰るから」と言って、中へ体を滑り込ませる。

「また来てちょうだい」みっしいが声をかけた。

「うん、そのうちにね」押し入れの奥からくぐもった声が返ってくる。引き戸を開ける音、カタンと閉じる音がしてあとは静寂だけが残った。

「どうやら帰れたようですね」志茂田が誰ともなしに言う。

「まるで台風のような子だったな」桑田はぶっきらぼうな口調ながら、どこか寂しげに見えた。

「おいら、思ったんだけどさ」木田が切り出す。何か考えついたらしい。「むぅにぃなら引き戸をくぐれるんじゃないかな。向こうがどうなってるのか知りたかないかい?」

 わたしは慌てた。

「ちょっと、木田。何を言うのさ。帰ってこられなくなったら困るじゃん」

「大丈夫じゃない? ミウだって戻れたんだし」中谷までその気になっている。


「ミウちゃんが元の世界へ戻ったって証拠、どこにもないじゃん。もしかしたら別のところへ行ってしまったかもしれないよ」わたしは頑なに拒否した。

「それをむぅにぃ君、あなたに確かめてもらいたいのですよ」と志茂田。

「そんなぁ……」

「ミウがちゃんと戻れたかどうか、あんただって気になるでしょ?」中谷はぐいぐいと押してくる。

「むぅにぃは嫌がってるんだし、無理強いしたらかわいそうよ」みっしいだけはそう言ってくれたが、雰囲気的にわたしが引き戸をくぐらなければならない状況は整ってしまっているらしかった。

「ならさあ、むぅにぃにロープをくくりつけてみちゃどうかな」木田が提案する。

「ふむ、それはいい案ですね、木田君。万が一の時はロープをたぐり寄せればいいのですから」

「もうっ、決定事項なんだね!」わたしは半ばヤケになって、その場にだんと座り込んだ。「じゃあ、レア・チーズケーキで手を打つよ。ノーソンの特製レア・チーズケーキだよっ。それを食べさせてくれたら、行ってもいいよ」


「安上がりな条件だなあ」桑田は笑いながら腰を上げる。「いいぞ、3つでも4つでも買ってきてやるぜ。ちょっと待ってろ。ノーソンならすぐ近所だから、10分で戻ってくる」

「あんたって、ほんとレア・チーズケーキが好きね。だからいつまで経ってもニンジンが食べられないのよ」中谷が余計なことを言う。幼なじみというのはこれだから困る。ここにいるのはみんな幼なじみだけれど、ほかに知り合いがいたらと思うと気が気ではなかった。

「むぅにぃ、まだニンジンがダメなの? カロチンが豊富なんだから、食べたほうがいいわよ」みっしいが心配そうな目でわたしを見る。

「昔よりは食べられるようになったってば。積極的に食べようとは思わないだけ」わたしは言い訳がましく返した。

「今度、北海道仕込みのニンジン・スープを作ってあげるね。甘いから、きっと食べやすいわよ」みっしいがわたしの体を気遣ってくれているのがわかっているので、嫌とも言えず、

「う、うん……。楽しみにしてるよ」そう答えた。


 きっかり10分で桑田が戻ってきた。

「チーズケーキ4個買ってきたぞ。それと、ドクター・ペッパーあったからついでに2本買ってきた」

「そんなの誰が飲むのよ」中谷が怪訝そうな顔をする。

「あら、そう言えばミウちゃんが好きだって言ってたわね。今度来たときのために取っておくわ」みっしいはドクター・ペッパーを持って冷蔵庫へ向かった。

「じゃ、遠慮なく食べるからね」わたしはビニール袋をひったくるようにして、中に入っているレア・チーズケーキをテーブルに並べる。間違いなく、ノーソンの特製レア・チーズケーキだった。

 みんながあきれ顔をするのを横目に、わたしはむさぼるように4つとも平らげてしまう。


「おいら、見てるだけで胸焼けしてきちゃったよ」木田が胸をさすりながら言った。

「わたしも甘い物は好きな方ですが、さすがに4個はきついですね」志茂田も肩をすくめる。

「そんなに食って、腹がパンパンで引き戸をくぐれないなんてないようにしろよな」桑田までが苦笑するのだった。

「甘い物は別腹だよ、桑田」悔し紛れにそう言ってやる。

「そう言えば、子供の頃、ホイップ・クリームをチューブで食べてお腹壊してたよね、むぅにぃってば」みっしいが黒歴史を掘り返す。

「板チョコを10枚、いっぺんに食べたこともあったわ」中谷までも余計なことを言い出した。

「10枚! おいらだったら鼻血が出ちゃうなあ」木田が驚嘆の溜め息をつく。

「いや、木田君。チョコレートの食べ過ぎで鼻血が出るというのはデマですから。ですが、それだけ食べれば間違いなくお腹が緩くなるでしょうね」志茂田の言う通り、その晩はたいへんだった。


 レア・チーズケーキを食べた以上、今度はこちらが約束を守らなければならない。

 わたしは面倒くさそうに立ち上がると、押し入れに向かった。

「じゃあ、入ってみるからね」

「おうっ、気をつけてな」と桑田が手をヒラヒラさせる。少しも心配そうには見えない。

「向こうの世界に着いたら、あまり遠くまで行かないようにしてください。迷子になると困りますからね」志茂田が警告した。

「少しでも危ないと思ったら、すぐに押し入れから出てくるのよ」みっしいは本当に心配してくれている。親友というのはいいものだ。

「異世界ならではのお土産があったら、忘れずに買ってきてね。ペナントとかいいなあ」中谷は珍しいものが大好きである。それにしても、今どきペナントって……。


 わたしは押し入れによじ登ると、奧にあるであろう引き戸を手探りで探す。すぐに引き手が指に触れ、勇気を振り絞って開けてみた。ミウのときと同様、スポット・ライトが照らす小さな部屋が現れる。

「よーし、入ってみるとしようか」わたしは茶室のにじり口を思い浮かべながら、四つん這いのまま小部屋に入り込んだ。

「おーい、大丈夫かー」桑田の声が聞こえる。

「全然、平気ー」わたしは引き戸を閉めた。とたんに景色が歪み、4畳半ほどの薄暗い部屋に来ている。

「ここが異世界なのかなぁ」辺りを見渡すと、殺風景なコンクリートの壁が四方を囲んでおり、一辺に不自然な鉄の扉があった。「これがミウちゃんの言っていた例の扉に違いないよ」

 扉を開けると、明るい陽射しが注いだ。小路の外れで、数歩進むと大きな通りに出た。どこにでもありそうな街だったが、少なくともわたしには見覚えのない場所である。

 わたしは、腰に巻いてあったロープをほどき、通りを歩いてみた。有楽町に似た雰囲気で、洗練された様々な店がきれいに並んでいる。歩き始めて30秒ほどのところに図書館があった。


「そう言えばミウちゃん、図書館に行く途中だったって言ってたよね。きっと、ここがそうなんだ。暑いし、中に入って涼んでいこうっと。ミウちゃんがいるかもしれないし」わたしはハンカチで額の汗を拭いながら、入り口の自動ドアの前に立った。 

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