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1.帰ってきた友人

 東京都北区の外れにある神山町。わたしはここで生まれ育ち、今日までごくごく平凡な暮らしをしてきた。これといったランド・マークもなければ、名所もない、どこにでもあるような町である。

 もちろん、七不思議はあるものの、これまたいたってありふれた都市伝説ばかり。体育館で真夜中に首なし少年がバスケの練習をするとか、神山公園が戦時中犠牲者の遺体置き場だったなど、噂だけが一人歩きする根拠のない話にすぎなかった。

 少なくとも、わたしはこの町で1度たりとも不思議な出来事に遭遇したことはない。

 そう、今日までは……。


 3日前、中学時代に親友だったみっしいが北海道から戻ってくるとの電話があった。みっしいは父親の都合で、北海道に引っ越していったのだが、東京に仕事を見つけたとのことで、かつて住んでいた神山町にアパートを借りたのだという。

「事務員なんだけどね、けっこう給料がいいの。そんでどうせ東京に戻るなら、むぅにぃ達のいる近くに住みたいって思ったわけ」みっしいは弾むような声で言った。

「そうなんだ。じゃあ、引っ越しの手伝いするから中谷達にも連絡しておくね」とわたし。

「わあ、助かるっ。代わりにお昼奢るから」


 わたしは桑田孝夫、中谷美枝子、志茂田ともる、木田仁に電話をかけた。みんな、みっしいが帰ってくるという情報に驚き、喜び、引っ越しの手伝いに駆けつけてくれるという。

 それが今日だった。ちょうど日曜日ということもあって、全員が休みというのも具合がいい。中学校以来、たまに東京で顔を合わせることはあったけれど、これからはずっと一緒に過ごせるのだ。たとえ休日出勤の予定があったとしても、キャンセルして手伝ってくれるに違いないとわたしにはわかっていた。


 朝の8時頃、いったんみんなで中央公園の噴水広場前に集まり、あらかじめ教わってあったみっしいの住所目指して歩いていく。

 地図など見なくても、住所からだいたいの場所はわかっていた。何しろ、わたし達にとって神山町は庭のようなものだったからだ。

「環七沿いですね」住所を聞くなり志茂田が言う。「玉子運送の近くですか。わかりやすい場所です。あの辺りにあるアパートといえば、1棟しかありませんからね」


「サンシティ神山な。あの前はホムセンに行くときによく通るわ。2DKで家賃5万つったっけ? クルマ通りが多いから安いのかもな」家が一番近い桑田がうなずく。

「あたしも知ってる。小中学はいつも近くを通っていたから」中谷が懐かしそうに言った。

「おいらは知らないけど、玉子運送ならお馴染みさ。なんせ、高校時代のクラスメイトが働いてるところだからね」木田はまるで、自分が務めているかのように自慢げだ。


 話をしながら歩いていると、10分もしないうちにサンシティ神山に着く。4階建ての小ぎれいなアパートだ。

「えーと、201号室だね」わたしはメモに書かれた住所を見ながら言う。エントランスを抜け、ぞろぞろと階段を上っていった。

 すでに荷物は運び込まれているらしく、廊下には何も置かれていない。

 わたしは201号室のチァイムを押した。奧から「はーい」とみっしいの声が返ってくる。

 ドアが開き、久しぶりに再会したみっしいが現れた。わたし達は囲むようにしてドアの前に並び、めいめい言葉を投げかける。


「さ、みんな入って。めっちゃ散らかってるけど」みっしいが中へと招き入れた。

 部屋は思った以上に清潔で広い。洋室と和室が1部屋ずつ、和室のほうには段ボールの山が積んであった。

 ベッドはすでに洋室のほうに置かれており、その向かいにはこざっぱりとしたオークの机。

「洋室はフローリングなのですね」志茂田は部屋を見渡しながら言う。

「うん、和室の方にはカーペットを敷くの。畳ってほら、取り替えるの面倒でしょ? だから初めから使わないようにしたいの」とみっしい。

「よーし、ちゃっちゃとやっちまうかっ」桑田は指をポキポキと鳴らしてやる気満々だ。


 段ボールから次々と生活用品を取り出すと、みっしいに聞きながら置き場所へ持っていく。ただし、下着類はわたしと中谷で行った。

 ファンシー・ケースを組み立てると、ハンガーに衣類を掛け、どんどん吊していく。食器はキッチンへ、本は洋室にあらかじめ置かれていた本棚へ並べた。ほとんどが文庫本で、推理小説が大部分を占めている。みっしいの昔からの趣味だ。

 6人で頑張ったおかげで、ものの2時間もしないうちにあらかた片付いた。和室にはカーペットが敷かれ、小型のテーブルを中央に置いた。この部屋は仲間が集まってわいわいやるのにちょうどいい。

「けっこう早く終わっちゃったね。お昼まで、まだずいぶんと時間があるわ」中谷は腕時計にちらっと目をやった。

「ジュースでも飲んで、休みましょう」みっしいは冷蔵庫からペット・ボトルを取り出し、人数分のコップを並べる。


「おいらが注ぐよ。こういうの得意なんだ」木田がコップにジュースを入れていった。全部のコップがジュースで満たされると、みっしいは、

「みんな、今日はありがとう。わたし、神山町に戻ってこられてうれしいわ」そう言い、コップを高く持ち上げ乾杯の意を表する。

「みっしいの今後を祝って!」

「仕事がうまく行きますように!」

 口々にそう言い、ジュースを一気に飲み干した。

 さらに追加でもう1本、ペット・ボトルを持ってきて、賑やかなひとときを過ごす。

「北海道はね、まだちょっと寒い日があるのよ」みっしいが言うと、

「ほう、もう6月も中旬だというのにですか。さすがは北の国ですねえ」志茂田が感心したように答える。

「こっちなんか、毎晩じっとりと暑いんだよね」とわたし。お腹を冷やさないよう、寝るときは毛布を被っているが、眠っている間に蹴飛ばしてしまっている。

「うちなんか、もう蚊が出てるぞ。耳元でプーンとやられると、鬱陶しくて仕方がねえ」桑田はいまいましそうに言った。


 お昼も近づいてきたので、商店街のファミレスに行くことにした。最近できた店で、安い割りにはおいしいと評判だ。実際、わたし達はよく利用している。

「わたしの奢りだから、なんでも遠慮しないで頼んでね」みっしいは念を押すように促した。

「おれ、デミグラ・ハンバーグ定食」桑田が言うと、すかさず志茂田が茶々を入れる。

「ふむ、桑田君はデミグラ・ハンバーグ定食でしたか。今まで気がつきませんでしたよ」

「違えよ、注文するっつってんの」ムキになる桑田に追い打ちをかける中谷。

「動詞が抜けてるのよ、桑田。主語と述語が直接結びついちゃってる」

「おいら、これから桑田のことを『デミグラ・ハンバーグ定食』って呼ぶことにするよ」木田まで……。


 それぞれ頼んだものがテーブルに置かれると、いっせいに「いただきまーす!」の号令とともに、ナイフとフォークを手にする。

 食べながら、ふとみっしいがこんなことを言い出した。

「あの部屋ね、家賃安いんだけど、ちょっと変なんだ」

「変って何がだ?」桑田は口に運びかけたフォークを止めて聞く。

「部屋の見取り図をもらってるんだけど、無いはずのスペースがあるのよ」

「ほう、それは妙ですね」志茂田はチキン・ステーキをナイフで切りながら言った。

「それってもしかしたら、秘密の部屋じゃない?」わたしは密かな期待を込めて口にする。

「まっさかあ。もう1つ部屋があるんなら、初めにそう説明するでしょ?」中谷は懐疑的だった。

「おいら思うんだけどさ。部屋に戻ったら、一度確かめた方がいいんじゃないかな」木田は考えるそぶりをする。

「そうね、そうするわ」みっしいはうなずいた。


 ファミレスを後にすると、さっそくみっしいの部屋の調査が始まった。

「ほら、ここ。この部分、1畳分の空きがあるでしょ?」みっしいは部屋の見取り図をみんなに見せ、1箇所を指差す。なるほど、和室側押し入れの奥に不自然な空間があった。

「おれが見てみる」桑田は立ち上がると、押し入れの戸を開ける。まだ何も置いていないので、ガランとしていた。奧は薄暗く、よく見えない。「みっしい、懐中電灯とかねえ?」

「あるわ。ちょっと待って」みっしいは机の引き出しから、小型のLEDライトを持ってきた。桑田はそれを受け取り、押し入れの中を照らす。

「桑田君、何か見つかりましたか?」志茂田が尋ねた。

「えーと……おっ、引き戸があるぞっ」

「押し入れの中にまた引き戸?」中谷は意外そうな声を出す。


「開けてみるな」桑田はライトを下に置くと、引き戸に手をかけた。

「宝物とかあったりして」わたしは自分でも信じていないようなことを言ってみる。

「虫とかいそうだね。おいら、クモはへっちゃらだけどゴキブリだけはごめんだなあ」木田は顔をしかめて見せた。

「ゴキがいたら、すぐに閉めてちょうだいね。部屋の中にいるって思うだけでも怖いから」みっしいは自分の両肩を抱く。

「わかってるって。ちょっとだけ開けて様子を見てみるぜ」桑田はわたし達の見守る中、引き戸をそっと開けた。パアッと光が差す。その隙間から中を覗く桑田。「虫は……虫はいねえな。けど――」

「けどなにさ」とわたし。

「誰かいるんだ。女の子だな。一気に開けるぞ」


 桑田が引き戸をガラッと開けると、スポット・ライトに照らされて中学生くらいの少女が座っているのが見えた。一同は呆気にとられ、まじまじとその女の子を見つめる。

 栗色の髪を左右にお団子にして、そこから三つ編みをぶら下げていた。彼女もこちらをじいっと見返していたが、その表情からは動じている様子はうかがえない。

「君、誰?」思わず桑田が尋ねた。

「わたしミウ。なんでこんなところに来ちゃったんだろう?」

「とにかく、こっちに出てらっしゃいよ。ジュースでも飲んで、お話ししましょう」中谷がミウを手招きする。

 ミウはふうっと溜め息をつきながら膝をついて小部屋から出てきた。

「あら、ここって押し入れなのね。ほんと、わたしってばなんでこんなところに来ちゃったんだろ」そう言いながら、押し入れから降りる。


「さ、こっちに来て座ってちょうだい。今、飲み物を取ってくるわ」みっしいはミウの手を引いてテーブルの前に座らせ、冷蔵庫に向かった。

「ふむふむ、『こっちに来ちゃった』と言いましたね」志茂田が顎をなでながらミウを見つめる。「ということは、あなたがいたのは別の世界ということでしょうか?」

「別の世界かどうかはわからないわ。でも、自分ちじゃないのは確か。だってわたし、散歩の途中だったんだもん」ミウはこの異常事態に遭っても臆することなく答える。見た目はふつうの中学生だが、ただ者ではないことは確かだった。

「引き戸の中はほかになんにもないな」桑田はそう言って押し入れから出てくる。

「おいら思うんだけどさ、この子、異世界から来に違いないよ」木田は断言した。

 わたしもそう考えるよりほかはないと思うのだった。

 



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