ⅩⅤ
「マジで強いな、一希……」
せいじ
右肩の傷の上に巻いた血の滲んだ青いネクタイにそっと手を添えてから、誠次は目の前から迫り来る敵の剣筋を見極めようと、黒い瞳を細める。
「決着をつけよう、誠次。お前はもう終わりだ。この魔法世界に剣術士は二人もいらない」
敵となり、立ちはだかる一希は刀身の長いレーヴァテインをその場で軽く振り払う。そんな動作でさえ、リニア車内の頑丈な装甲や、手すりとなるポールを両断するのは、簡単な事であった。
「同じ道を進んでいけると思っていた。家族を失った者同士だからこそ、分かり合えることも出来ると、俺は信じていた!」
「目の前で同じ人間によって家族を殺されたあの光景は……僕の視界から色を消した。灰色になった世界に色を差したのは誠次……紛れもなくお前だ」
そうして、一希はレーヴァテインの尖端を誠次へと向けて、柄に両手を添える。
「そして今……その色は……僕自身でだって生み出せる! お前はもう、この魔法世界に不要だ! 天瀬誠次ーっ!」
叫んだ一希の声と意思に共鳴するかのように、彼の周囲に風が巻き起こる。
「僕に力を寄越せ――《モルガン》っ!」
「っく!」
再び、一希が付加魔法を発動する。青い光に包まれる一希の背後で、黒い衣に身を包んだ女性の姿が微かに見えたような気がした。
「させるかっ!」
付加魔法を食い止めようと、誠次は縦長の車両の中で突撃を開始するが。
「――遅すぎる!」
魔女の加護を受けた一希は、一瞬にして誠次の目の前に出現すると、誠次が掲げたレヴァテイン・弐を弾き返し、大きく仰け反らせる。
態勢を整えようと、誠次が足を踏み込むが、そこに奔った激痛に苦悶の表情と声を漏らす。
その隙を一希は見逃さず、剣に添えた手を一瞬で柄にまで持っていき、踏み込む。
横一閃に振り抜かれた漆黒の一撃は、誠次の胴に、一筋の斬り傷を与えた。
「ぎゃあ!」
制服ごと切り裂かれた胸に横一筋の切れ目が奔り、誠次は悲鳴を上げて後退る。
一希はさらに誠次の腹部を蹴り飛ばすと、自らも一瞬にして接近。膝をつきかける誠次の腹部へ向けて、突き攻撃を行う。
「まだだっ!」
誠次はレヴァテイン・弐を振るい上げ、直前にまで迫って来ていた一希のレーヴァテインを斬り上げ、弾き飛ばす。
そのまま後退を開始し、一つ後ろの車両に向かうが、なんとこちらを追撃する一希の声はすぐ後ろから聞こえて来た。
「こんな僕にも、過ちはあるんだ、誠次……」
「過ち、だと……!?」
誠次は咄嗟に振り向くが、その先に一希はいなかった。
ぴかっと光った窓の先で、雷が鳴ったかと思えば、鼓膜を震わす轟音が傷ついた全身を愛撫する。冷え切った身体の顔にある口で荒い呼吸を繰り返せば、一希は再び誠次の背後をとっており、誠次の左脚にレーヴァテインを突き刺した。
「ぐああああっ!?」
「科連本部で、君の大切な鍵を二つ破壊しておかなかったことだ」
「おのれ……!」
左脚とリニア車の床を剣によって繋がれたまま誠次は、両手で握ったレヴァテイン・弐を思い切り振りぬきながら、振り返る。
しかし、一希はまたしても姿を消し、誠次の徒労に終わる。
「俺を……いたぶっているつもりかっ!」
血を吐きながら、誠次は怒鳴り散らす。
一希の笑い声は、やはりすぐ後ろから聞こえた。
両足共に負傷した誠次は、反応に送れてしまい、背後の一希がレーヴァテインを突き立てることに対処が出来なかった。
ずぶり、と鈍い嫌な音が、腹の方でした。恐る恐る、自身の腹部を見下ろした誠次は、自身の腹から血に濡れた魔剣が突き出ているのを見た。もう何度も味わった痛みは、しかし一々その都度気が遠くなりそうな痛みを誠次へ与え、誠次の視界は一瞬だけ、真っ白となる。
「あ……がああああああっ!」
誠次はとうとう、四つん這いとなり、目の前に現れた一希に這いつくばる。
一希は満足そうに傷ついた誠次を見下ろすと、その頭に自身の足を、容赦なく乗せていた。
「これが魔法の差だ、誠次。お前には……僕と同じ思いを味わってもらう」
「な、なにを、する気だ……!」
誠次が口答えをすれば、一希は誠次の頭を思い切り蹴り伏せ、誠次の頭をリニア車の床の上に叩きつける。
がくん、と誠次は脳震盪を起こす。視界はぼやけ、頭に鳴り響く激痛が、誠次をさらに痛みつける。
「目の前で大切なものを失う本当の痛みと絶望を、お前にも味合わせるのさ! その光景を見てから、君には死んでもらう」
冷酷な表情で、一希は無力化した誠次の背に、容赦なくもう一度、レーヴァテインを刺し込む。
「あああああああ――っ!」
床の上に這いつくばる誠次は、震える左腕を伸ばし、一希の足を掴もうとするが、一希はその腕を蹴り飛ばす。
命の灯が一つ、尽きかけようとしていた――。全身からだくだくと血を流す誠次は、傷ついた身体を起こそうと踏ん張るが、一希が背に刺したレーヴァテインが、彼の全ての意思を、意地を、貫いた。
「まだ死ぬなよ誠次……さあ頑張れ……。お前の鍵を、無力なお前の前で全て、破壊してやるからさ……」
一希はそう言って、誠次の全身を逆撫でする。
意識を覚醒させた誠次は、よろよろと、ふらつきながらも立ち上がった。
「まだ、だ……っ」
「いいね。さあ、レヴァテインはここだよ」
床の上に落ちた、レヴァテイン・弐を一希は足で蹴り、誠次の足元まで運ぶ。
床の上をするすると回りながら再びやってきた魔剣を、誠次はしゃがんで拾い上げようとするが、それすらもままならず、伸ばした手から床の上に歪な姿勢で崩れ落ちる。
「ふーっ! ふー……っ」
口と鼻から血を流し、雨と血に濡れ、床の上に這いつくばる誠次の姿を、一希はリニア車の座席の上に座り、見物するかのように見つめていた。
「誠次。このままでは本城大臣が雨宮愛里沙をステージへと上げ、光安が魔法学園へと攻撃を開始してしまう。君が僕を倒さねば、君はみんなを守ることが出来ないんだ。頑張らなくちゃ駄目だ、誠次」
「う……ぐあああああっ!」
誠次は一希を睨み上げながら、這い蹲った姿勢のまま、レヴァテイン・弐に手を伸ばし、掴み、それを支えに立ち上がる。
「命燃え尽きるその時まで……俺は……戦う……! まだ、終わるわけには、いかない……!」
「いいだろう誠次。何度でも君のその思いを、僕は受け止めてあげるよ!」
一希は座席から立ち上がると、レーヴァテインを手元で回転させ、誠次へと向ける。
誠次はレヴァテイン・弐を連結させ、それを左手で握り、窓枠から飛び出した。
「一希ーっ!」
「誠次っ!」
空を跳び、リニア車の地上通路横にあるビルの屋上に飛び移った誠次。そこへ付加魔法を使用し、待ち受けていた一希は、誠次をレーヴァテインで受け止める。
反動で再び空中を舞った誠次は、身体を捻りながら、空中から何度も一希に襲いかかっていた。
一希は刀身の長いレーヴァテインを巧みに扱いこなし、誠次の連続攻撃を受け止め、弾き続ける。
一希の頭上を越えて、屋上に着地した誠次は、しゃがみこんだ姿勢から一気に床を蹴り、一希の元へ高速で接近する。
「見える――っ!」
金髪の奥底の瞳で誠次の機動を見きった一希は、レーヴァテインを突き出し、誠次の頭を貫こうと、穿つ――。
「――っ!」
接近する誠次もまた、一希の右腕に握られた漆黒の刃が、夜空の下で煌めき、突き出されるのを見た。
宙に浮いた僅かな時間で態勢を変え、レーヴァテインの刃の尖端を、左肩で掠める程度に躱し、誠次は反撃に左腕に握ったレヴァテイン・弐を振るい上げる。
空気の振動を地肌で感じ、鼓膜が震える。互いの素の刃が交わったとき、金属の悲鳴と、空気の振動が、耳朶を打ったのだ。
火花が手元で発生する。一希がレーヴァテインを振るい、誠次のレヴァテイン・弐を弾いたのだ。
動くとは言え、あまり力が入らない右手の分まで、レヴァテイン・弐を左手のみの力で支えていたのだ。誠次は耐えきれずに吹き飛ばされ、背中の方から後方へ落ちていく。
視線の先で微かに見えたのは、一希がこちらへ向けて、雷属性の攻撃魔法を発動している瞬間だった。
「っく!」
誠次は床に接触する前に、空中で宙返りを行い、着地のタイミングをずらした。
本来着地する場所には、一希が放った魔法の雷が着弾し、床に黒い焦げとヒビが奔っていた。
その後ろで着地した誠次は、しかし左足の痛みに堪えきれず、左膝を床についてしまう。
「貰った!」
その様子を目ざとく見つけた一希は、再び誠次へ向け、今度は青色の攻撃魔法の魔法式を発動する。
《アイシクルエッジ》。魔法式から生まれた鋭利な氷の礫が、誠次の元へ襲いかかる。
誠次は咄嗟に、左手で握ったレヴァテイン・弐をその場で回転させてから、床に盾にするように突き刺し、自身はその後ろに隠れた。魔法の刃は間もなくレヴァテイン・弐の元へ到達し、人間の肉体ならば安々と引き裂けるほどの威力を持つ攻撃を、受け止めた。
砕かれた氷の破片がきらきらと、結晶となって舞い散る中、誠次はレヴァテイン・弐を分解し、半身だけを左手で握った。
一希はすでに、《アイシクルエッジ》発動地点から移動し、誠次の背後に回り込んでいた。
それが見えたのは、レヴァテイン・弐の銀色の刀身が、彼の姿を映したから。
咄嗟に振り向いた誠次は、一希が振るっていたレーヴァテインの刃を、取り回したレヴァテイン・弐で防ぎ切る。
互いに刃を振り合い、鍔迫り合い、至近距離にまで顔を近づけて、睨み合う。
ぎちぎちと音を立てて押し合う刃の果て、一希はぎらついた青い瞳を、誠次へと向ける。
ふと、急に一希が腕の力を抜き、誠次は思わず前のめりの姿勢となる。
一希はくるりと足を回すと、振り向きざまに誠次の背に向け、レーヴァテインの刃を突き出す。
誠次もまた、一希と同じように足を回しきり、刃が到達する直前でその突きを回避した。
それにより、右腰の鞘のベルトは千切れ、納めるものもなくなった鞘は、屋上の隅へと向かって吹き飛んでいった。
今度は誠次が、反撃に右手だけで握ったレヴァテイン・弐を振るい上げる。
一希がバックステップを行えば、伸び切った金髪が何本か剣で切れ、宙に舞っていた。
誠次がさらに攻撃を加えようと、何回も斬り結びに突撃するが、一希は長方形の屋上を大きく使い、ひらりひらりと躱していく。
誠次がレヴァテインを振り降ろしたその一瞬の隙を突き、一希は回し蹴りを誠次の腹部へと、命中させる。
誠次の身体は吹き飛び、屋上の柵に背中から激突する。透明な唾を吐き出した誠次は、信じられない思いで、立ち尽くす一希を見た。
それでも、誠次はレヴァテインを床に突き刺し、それを支えに、立ち上がる。
血と雨が流れる腹部から手を退かし、誠次は再びレヴァテイン・弐を握り締める。
誠次が鬨の声を上げて突撃するが、帰ってきたのは、自分にはなく、相手にはあった、魔法による攻撃だった。
炎属性の攻撃魔法が、誠次の左肩に直撃する。一瞬にして左肩から先の感覚がなくなったかと思い、恐る恐るそこを見れば、真っ黒に焼け焦げた白い服と、肌だったものの残骸が溶け、歪に繫がっていた
誠次は左肩を抑えようとするが、それをしたところで痛みは増すだけであり、雨粒で火傷を冷やすことしか出来なかった。
痛みに抗う事を早々に棄てた誠次は、最初に負傷した右手でレヴァテインを持ち、一希の元へ向けて走る。
一希は再び、炎属性の攻撃魔法を放つ。
誠次の足元に魔法陣が広がり、それが爆発を起こす。あまりの威力に、ビルの屋上は崩れ、黒い煙が発生した。その煙の糸を纏いながら、誠次は飛び出し、左手を伸ばす一希の元にまで到達した。
一希はすぐに右手のレーヴァテインを構えると、それを振り下ろし、誠次の接近を拒む。
中心に穴が空き、そこに出来た空洞に向かうように徐々に斜めになっていく床を蹴り、誠次は一希の攻撃を掻い潜った。
ずきりと痛む右腕を無理矢理にでも動かし、誠次は一希の右腕めがけて下から上へと斬り上げる。
誠次の攻撃を二回躱した一希だが、三発目。
踏み込んだ誠次が振るう本命の攻撃は、一希に躱すことができず、一希もまた、右肩の服ごと、縦の切り傷を刻みつけられる。
「一希ーっ!」
「誠次ーっ!」
誠次はさらに攻撃を加えようと、レヴァテインを振るうが、一希は左手にレーヴァテインを持ち替え、刃を受け止める。
疑似雷が、すぐ近くで雷鳴を轟かせ、すれ違う二人の鬼気迫る顔を一瞬で白く染め上げた。
やがて、屋上床が完全に崩落する。すぐ下の階に落ちた誠次と一希は、互いに身体から血を流し合いながら、膝で立ち、睨み合う。
ここはどうやら、ゲームセンターを模した階層のようだ。崩れた天井から降り注いだ瓦礫が、そこらで散乱し、中には重さで押し潰された筐体もあった。
「ハアハア……っ!」
「ハアハア……っ!」
落下の際に頭を打ったのか、一希は頭部からも出血していた。
誠次もまた、腹部の血は未だ止まらずに、そこから流血は未だに続いている。
互いに傷ついた身体のまま、魔剣を握り締め、やがて、立ち上がる。崩れた天井から滴る水の雫が、絨毯の上に落ちたとき、二人は互いの魔剣を構えて突撃していた。
瓦礫を踏み越え、再び接敵した誠次と一希は、互いの魔剣を振り合い、斬り結ぶ。何発も接触した魔剣の刃は、欠けることもなく、互いの思いを反映させるかのように、火花を出し続ける。
「うおおおっ!」
一希が一気に攻勢に出て、誠次に対しリーチある攻撃を仕掛ける。
焦る誠次は黒い瞳を左右へくまなく送り、襲いかかる一希のレーヴァテインの刃を弾き切り続ける。切れ味はやはり高く、瓦礫も頑丈な筐体も何もかもを斬り裂き、レーヴァテインの刃は迫り来ていた。
やがて、部屋の端っこにまで追い詰められた誠次。観葉植物の葉が切られ、宙に舞う中、一希の振るった剣がとうとう、誠次の剣を弾き飛ばす。
「しまった……っ!」
反射的に剣の行方を目で追ってしまった誠次は、一希が素早く踏み込んで来た事に対し、対応できなかった。
「ぐあっ!?」
腹部に鋭い痛みが奔ったかと思えば、誠次の腹部には、一希のレーヴァテインが突き刺さっており、一希は誠次を貫いたまま、突進。誠次のすぐ後ろにあった壁を突き破り、誠次の身体をそのまま宙へと晒す。
腹に突き刺さった剣の刃でのみ身体を支えられた誠次は、痛みに悶絶しながら、腹部に突き刺さった剣を抜こうと、右手で押さえつける。ビル風と共に激しい雨粒が全身に叩きつけられ、貫通した背中から流れる血を洗った。
一希は素早くレーヴァテインを引き寄せると、誠次を再び部屋の中へと戻し、瓦礫だらけの床の上に倒す。
誠次は数回転がりながら、腹部を抑え、口からも血を吐いた。
一希はもはや問答も必要ないと判断したのか、音もなく誠次の後ろに近づき、レーヴァテインを振り上げる。
そして、闇夜の中で振るわれる魔剣。
新たな血を噴き出し、よろめいたのは、一希の方だった。
「馬鹿、な……っ!?」
一希もまた、腹部を抑えて、後退る。
「けほっ。油断したな……一希っ!」
誠次は右手に握ったレヴァテイン・弐を支えにし、再度立ち上がっていた。
「魔剣は確かに弾き飛ばしたはず……――最初に分離させたものか!」
気がついた様子の一希は、信じられない面持ちで、誠次を睨む。
誠次が屋上に残したままであったレヴァテイン・弐が、瓦礫に紛れてここに落ちていたのを見た誠次は、床を転がってまで手に取っていたのだ。
一方で一希は、腰から取り出した注射器を、首筋にあてがっていた。
一希は左手で握ったレーヴァテインに、負傷している右手を添える。だらだらと、全身からよりいっそうの血液が流れ始めていた。
「一希……まさか……!?」
「僕は勝つ。君にだけは、勝たなきゃならないんだ……! はるかを救う為には……そうするしかないんだっ!」
巻き起こる風に彼の伸びきった髪が逆立ったとき、本来の彼の顔が、よく見えた気がする。収束していく琥珀色の光の眩しさに、誠次は思わず、顔を腕で覆っていた。
「やめろ……やめろーっ!」
「傷を癒やせ! 《ティーロノエー》!」
やがて、レーヴァテインへの二度目の付加魔法は完成してしまう。
一希の怪我は一瞬で修復されていき、改めて一希は、右手にレーヴァテインを持ち替える。今まで蓄積させていたダメージが、ここまで積み重ねた戦闘が、何もかも一瞬でひっくり返った瞬間に、誠次は底なし沼に落ちたかのような、絶望に近い感情を味わう。
「もう僕は……大勢の人を殺してきた……。新たにこの手を血に染めようとも、今さらもう関係ないんだ誠次……。僕は君を殺して、はるかを救うっ!」
雨に濡れ、体温も低下しているのか、震える身体でレーヴァテインを構え、その尖端を向けてくる。
「そんなことはないはずだ……! 俺は、お前に勝って、必ず皆を守る。それには一希……お前も含まれている!」
満身創痍の誠次は、レヴァテイン・弐を右手で持って構えていた。
※
道路を冠水させるほどに降り注ぐ雨でさえ、この憤怒の炎を消すには至らなかった。
雷の音が響いたとき、それは果たして、天からの刃か、魔法式から生まれた、攻撃魔法か。それを判断する間もなく、雨と血で濡れた右手の先から、日向は防御魔法を展開する。
間もなく、衝撃はあった。目の前がちかちかとスパークし、顔を伏せた時、敵である影塚の声は正面から聞こえてきた。
「日向……!」
「影塚……!」
幻想空間である都内のレールの上を走る、リニア車の上。凄まじい勢いの雨風が吹き寄せる中、二人の男は車両の端と端に立ち、睨み合う。
「あの世でお前が犯した罪を償え、日向っ!」
「っく!」
日向は雨粒を裂き、振り向きながら攻撃魔法を発動する。
しかし、高速で接近し、一瞬で間合いを詰めた影塚は体術を使い、日向の右腕を軽く持ち上げると、左肘で日向の顎をうち、怯んだ日向へ向けてさらに、右肘の一撃を腹へ喰らわせる。
そうして態勢を崩した日向の胸元を掴み上げ、影塚は一本背負いで、日向を車両の屋根の上へと背中から突き落とした。
「かはっ!?」
「あの日もこんな雨だった……っ! 正義のために戦った佐伯隊長は、よりにもよって仲間であるお前に殺されたっ! この冷たい雨が降る中でっ!」
「《エクス》!」
倒れた日向は速攻の攻撃魔法を発動すると、それを影塚へ向けて放つ。
「《プロト》!」
しかし、影塚もまた油断なく構えていた。防御魔法を発動し、日向の攻撃を防ぎきる。
日向はその隙に立ち上がり、長い金髪を水によって濡らしながら、拳を構えて影塚の殴りかかる。
影塚もまた、両手を持ち上げ、日向に向けて拳を突き出す。
日向と影塚は、ビルの照明と雨粒が生み出す光沢輝く光の乱反射の中、魔法戦と格闘戦を繰り広げる。
「お前が……佐伯隊長を殺したんだ!」
「……許せとは言わない。罪は償おう。今俺がするべきことを終えた後でな!」
雨粒を弾き、迫る影塚の左ストレートパンチを、日向は顔を傾けて回避する。
反撃の繰り出したジャブは、影塚のブロックによって受け止められ、逆に押し返される。
二人は取っ組み合いとなって掴み合い、お互いに走行中のリニア車の上から飛び降りると、車道の上に縺れ合いながら落下した。
「するべきことだと!? それはお前の死だ、日向っ!」
二人の間を車が駆け抜け、起き上った両者は同時のタイミングでバックステップを行う。
車道上で睨み合いながら、続けて来たバスが通り過ぎた後には、両者の手元で魔法式が完成を迎えていた。
車道に一迅の風が巻き起こったかと思えば、雨の飛沫が、風の動きを辿って白い円を描いて広がっていく。
「雨宮愛里沙を救う。それが……俺の佐伯隊長に対する贖罪だ!」
「お前ごときが……佐伯隊長の名を口にするなっ! 雨宮愛里沙の無惨な死を目の当たりにして、僕の気持ちをお前も味合えばいい!」
吠えた影塚は、その怒りを込めた魔法を、日向へ向けて放つ。
迫りくる破壊の閃光を睨んだ日向は、横から迫ってきていた車を確認すると、そのボンネットの上へと飛び乗る。
直後、道路上に放物線を描いて破壊魔法は拡散し、アスファルトは粉々になっていた。
日向はすぐに雨粒が跳ねるボンネットの上を転がり、再び道路の上へと降りる。
「影塚は、どこだ!?」
影塚もまた、元いた場所から姿を消しており、大雨の中、日向はすぐさま空間魔法を発動する。
その為に伸ばした右腕に、鋭く突き刺すような激痛が走った。
何事かと右腕を見れば、じんわりと、赤い血が、右腕の中ほどの場所から広がっていっている。
「ナイフ……!?」
右腕に突き刺さり、痛みを与えてきていたものの正体。それは、影塚が投げつけたコンバットナイフであった。血肉をえぐり、それは日向の右腕深くを貫いていた。
「魔術師を殺す為ならば……僕は、非道な戦いだってしてみせる」
影塚の声がした方。雨の飛沫が、道路の上で不規則な波を作っている。
そこの空間が微かにブレたかと思えば、雨によってずぶ濡れとなった、古い顔見知りの姿が、徐々に露わになっていく。
「《インビジブル》か……」
日向は腕に刺さったナイフを抜き、それを道路の上に落とす。
激痛が走り続けている右腕を抑えながら、治癒魔法発動の隙は今のところなく、影塚を睨む。
「影塚……」
「日向……」
雨に濡れ、互いの顎先や指先からは、雨粒がぽたぽたと流れ落ちていく。
「なんとしても、僕は佐伯隊長の仇を討つ……! 一年間、こうして待ち続けたんだ……!」
「まだ、やられるわけにはいかない……! 俺は、雨宮を救う!」
互いの足が、水溜りを踏み、走りだす。
尚も過ぎ行く意志なき車たちのライトの光の中、互いの信念を乗せた拳と拳が、交差した。二名とも、続いた激しい戦闘により、体内魔素をほぼ使い切っていたのだ。
よって、最後に使うのは、鍛え上げた互いの肉体が使う体術であった。
魔力を失った二人の青年が、道路の上で殴り合いの激闘を繰り広げている。互いの拳が互いに命中するたび、雨粒にも、汗にも、血にもなる液体が吹き飛んだ。
雨粒を弾き、日向の繰り出した拳が、影塚の頬を打つ。また影塚の膝蹴りは、日向の腹部に深く入った。
「右腕が……っ!」
すでにそこへのダメージを負っていた日向は、影塚の打撃を何発か喰らい、徐々に押され始める。
それでも、同じ体術を習得した以上、打撃の間には必ず、狙うべき隙が生まれる。そこを突き、何発か反撃の拳をお見舞いするのだが、
「そう来ると思ったさ……特殊魔法治安維持組織で習ったからだ!」
影塚もまた、日向の手の内を読み、敢えてわざと打撃を入れる隙を与えていた。
日向が繰り出した拳を身を翻して躱すと、影塚は雨粒を切りながら踏み込み、日向の腹部へ向けて強烈な回し蹴りをする。
腹の底にずんとした重たい衝撃を味わい、内臓がせり上がってくるような思い。そして続く激痛を味わった時にはもう、日向の背は道路の上についていた。
「か……は……っ」
「終わりだ、日向……。この魔法を発動する魔素だけは、この為に残しておいた」
とうとう仰向けで倒れた日向の雨夜の視界に、髪をだらりと垂らした影塚の暗い表情が、入り込んでくる。
そして、その顔が近づいて来たかと思えば、胸元のネクタイで上半身を引っ張られ、持ち上げられ、無理矢理に起こされる。
「……っ」
全身に途方もない痛みが走っており、力が入らない。振り解こうにも、微かに口が動くだけであった。
ああ……きっと、あの人の最期も、このようなものだったのか……。いや、きっとそれ以上に酷かった……。それでもあの人は……自分たちに……未来を、託した……。
これは、報いだ。あの雨の日に、目の前で死にかけていた男に対し、安らかな眠りを与える以外、何もしてやることが出来なかった自分への、報復なのだ。
そうと思えば、全身の力はすっと抜けていき、日向は血と汚れまみれの顔を、影塚ヘと向ける。
「すまな、かった……」
「……っ!?」
微かに動く口をそう動かせば、こちらのネクタイを引く影塚は、驚いたような顔を浮かべた。
「なぜ、今になって謝る……。自分の命が惜しくなったか!?」
影塚は破壊魔法を発動直前段階にまで持っていくと、その暴力的な白い光を、日向の目と鼻の先で輝かせる。
「ここへ来てようやく……気がつけたんだ……。いや、思い出したと言ったほうが、良いか……」
日向はそうして、虚ろな目で影塚を見る。
「死の間際に、佐伯さんが、俺たちに託したもの……。その時は、よくわかっていなかった……。けれども、今なら、分かる……」
「なんだ!? 佐伯隊長は、お前になんと言ったんだっ!?」
影塚は佐伯の最期の瞬間までを、見る事が出来たわけではない。分かっているのは、あの雨の砂浜で、最後に日向がやって来たことだけ。そして彼の手によって、佐伯は命を落としたこと。
よって、当時の状況を、影塚は日向から吐かせようとした。
「俺たち次第で、この魔法世界は平和になると……。……そして、天瀬誠次の言葉で、ようやく気がつけた……。俺たちが戦い合っても、意味なんてない事に……」
「日向……っ!」
「ああ……影塚。お前の言いたい事は分かる……。それに気がつくが為に、俺は一人の男の命をこの手で終わらせた……。それだけは、取り返しのつかない事なんだろう……」
影塚は首を左右に振るい、黒髪に沿って滴る水の雫を、迷いと共に振り払う。
そして、右手で展開している白い魔法式を、日向の胸元に押しつける。どくん、とくん、と、日向の心臓の音を、指先で感じるほどに。
「お前は佐伯隊長の仇だ……っ! これは、僕があの人に捧げる供物だ! 《サイス》っ!」
影塚の叫び声と共に、万物の命を絶つ死神の鎌の破壊魔法が、放たれた。
〜真・魔法学園の逆襲〜
「ぐあああああーっ!?」
かずき
「一希、二度とその術は使うな!」
せいじ
「お前の身体が壊れてしまう!」
せいじ
「僕に超えられるのが怖いのかい、誠次……?」
かずき
「僕は君を超えてみせる……」
かずき
「その為ならば……」
かずき
「何度だってこの付加魔法を使おう!」
かずき
「……っく。これで満足か、影塚!?」
せいじ
「満足なんてしていないさ……」
こう
「僕にとっての最高傑作は、君だ、天瀬誠次」
こう
「影塚ああああああーっ!」
せいじ
「駄目だ、俺だけがついて行けていない……!?」
れん




