ⅩⅢ
「くしゅんっ。こんな雨の中で戦うなんて、人間は本当馬鹿ばっかですねー」
べいら
科学技術の進歩が創り出した幻想の世界の中に、四人の男は集結した。天候設定は、外と同じにしているので、雨風が強く吹いている。
摩天楼とも言うべき高層ビルの屋上は、そんな雨風をもっとも受ける場所となっていた。水平の床の上には水溜まりが生まれており、受け止めきれない雨水は、次第に遥か真下の道路へ向かって流れ落ちていく。
水の波紋が幾重にも重なるそこへ、一段と激しい水飛沫が舞う。
それの発生源は、魔法攻撃による衝撃であった。
「……っく!」
慣れない夜の暗闇の中、降り注ぐ雨と風の影響で視界も悪く、天瀬誠次は片手で顔を覆いながら、大きくバックステップを行う。
顔を覆っていた腕を離せば、目の前で光る、一筋の剣閃があった。それは明確な殺意を持って、こちらの左胸を狙って来たものだ。
「誠次ーっ!」
雨の音に混じり、聞こえるは憎悪の叫び。
もう一人の剣術士にして、同じ魔剣を握った星野一希が、真っ先に接近してきたのだ。
「一希っ!」
誠次は右腕のレヴァテイン・弐を振るい上げ、一希のレーヴァテインによる突きを弾く。
接触点では火花が起こり、そして空中で斬られた雨の雫が塵となる。
両者は反動で仰け反りながらも、すぐに態勢を整え、再度接近し、斬り合い、偽りの夜空に最も近い高層ビルの屋上で剣劇を繰り広げた。
互いに切り札であるはずの付加魔法は使用しておらず、誠次が両手で握った連結状態のレヴァテイン・弐の重たい一撃を、一希のレーヴァテインは受け切り、反撃に一希が振るったリーチある一撃が、誠次の左足を掠めた。
「ハンデをつけているつもりかい、誠次!?」
「ハンデだと!? なにがだ!?」
「君の魔剣の能力を解放するには、女性の魔法が必要なはずだ!」
なぜならば、と太刀に体重を乗せ、それを身体の回転により大きく薙ぎ払うようにして振るう一希。
「誠次、君と僕は同じ魔剣を手にしている。その形状は違えど、九姉妹から授かる能力自体は同じだ。だが……僕と君とでは、圧倒的な差がある。それは決して君個人では埋めることの出来ない、明確な弱点の一つだ」
迫り来るリーチのある攻撃に、誠次は上空へ逃れ、宙返りをして床の上に着地。水飛沫を背に、風と共に一希に接近し、レヴァテイン・弐を振るう。
誠次が力を込めて横薙にレヴァテイン・弐を振るうが、一希はこちらと同じように空を舞い、その一撃を躱して屋上のアンテナの上に着地する。そこから誠次を見下ろし、ほくそ笑んだ。
「一希……!」
「魔法の有無さ」
一希は空いている左手を顔の位置まで持ち上げ、一息で振り払う。
瞬時に展開されたのは、こちらに向けられた、攻撃的な意志と暴力的な光を纏った魔法式であった。
「《フェルド》!」
一希が放った炎属性の攻撃魔法は、誠次がレヴァテイン・弐で斬り弾き、直撃を回避する。
ジリジリと、周囲を焼く音と焦げ臭い臭いが漂ったかと思うと、屋上一面に炎が立ち上っていた。
「《エクレルシージ》!」
フランス製の雷属性の魔法が誠次の周囲に発動され、まるでリングのように誠次を包囲すると、それが徐々に迫り、誠次の身体を斬ろうと迫り来る。
誠次は迫り来る雷の網を睨み、両手に握ったレヴァテイン・弐で斬り弾く。
(っく、一希はどこだ……!?)
属性攻撃魔法の波状攻撃を斬り躱した誠次の直上から、すでに漆黒の刃は迫ってきていた。
咄嗟にレヴァテイン・弐を持ち上げた誠次の目の前で、刃と刃が交錯し、火花が散る。
一希は誠次の頭上から強襲し、床の上に降りながら、容赦のない接近戦を繰り広げる。
一希のリーチある連続攻撃に、誠次は精々受け流しをするのが精一杯であった。どうにか隙を見つけてレーヴァテインを弾こうとするが、向こうは完全に自分の行動を読んでいるかのように、攻撃をいなす。
「やめろ一希! 百合さんや理さんだって、お前を心配している!」
互いの剣が正面でぶつかり、ぎちぎちと音を立てて、鍔迫り合う。少しでも力を抜けば、簡単に刃は自分の身に襲いかかり、簡単に肉と骨を裂くことだろう。
すでに雨によりずぶ濡れとなった髪が顔に張り付き、両者の顔を火花が照らし出す。
その時に見えた一希の顔を見た誠次は、大きく動揺していた。
「理……そうか、あの声は理のものだったのか……」
「一希……? お前……理さんの声も、分からなくなっているのか!?」
雨に打たれた身体を震わせた一希は、より一層の憎しみを込めて、誠次を睨み詰める。
「理までもがお前の味方になったのか、誠次っ!」
「違うっ! 理さんは戦いを止めようとしている! 何よりも一希! お前を助けたがっている!」
「そんなはずはないっ!」
一希が思い切り振り払った横薙の一撃により、それを連結状態のレヴァテイン・弐で受け止めた誠次の身体は、吹き飛ばされるように宙に浮く。
「ぐあ……っ!」
背中から床の上に落ちた誠次に向け、一希とは別の方向から、攻撃魔法が飛来する。
誠次はすぐに立ち上がると、魔法の弾から逃れるように横に転がり、すぐに態勢を立て直そうとした、が。
「天瀬誠次っ!」
「影塚さんっ!」
雨粒を切り裂き、暗闇の果てから、まるで鴉が飛翔の際に翼を広げるかのように、黒いマントが大きく見える。その中央で、憎悪に染まった顔立ちを露わに、影塚が攻撃魔法を放ちながら接近してきていた。
誠次はレヴァテイン・弐を振るい、影塚の攻撃魔法を切り裂くが、影塚は俊敏な身のこなしで、誠次の背後に回り込む。
誠次もまた、身体を捻り、回し蹴りを影塚に繰り出すが、影塚は姿勢を逸らしてそれを回避。
バランスを崩した誠次は咄嗟に床の上に手を突き、ハンドスプリングを行いながら足を振り払うが、それすらも影塚に動きを読まれ、反撃の回し蹴りで支えの腕を折られてしまった。
「ぐはっ!」
目の前で二本の黒い腕が交差したかと思えば、それが首元をぎゅっと掴み、誠次は喉を絞られる形で、床の上に組み伏せられる。
冷たい水の感触を全身に浴びたかと思えば、半身を床の上に思い切り叩きつけられ、誠次は悲鳴を上げた。
「データを寄越して貰おう、天瀬誠次。そして、言ったはずだ。僕たちの邪魔をするなと!」
ぎろりと目を見開けば、フードの下から覗く青い瞳をこちらに向けて、冷酷に見下ろしている影塚の姿があった。
床に顔を押し付けられている状態で口を開いた誠次は、まず人工水を飲みこみ、それを唾と共に思い切り吐き出した。
「断る……! これ以上誰も……悲しませるものか……!」
「君の理想は……聞き飽きた!」
影塚が至近距離で、誠次へ向けて破壊魔法の魔法式を展開し、あてがう。
「俺は……貴男に憧れた……! 俺にとって貴男は、悪を倒し正義を守る、ヒーローだった!」
「ああいたさ! 僕にもそんな人がさ!」
影塚が叫ぶ。
「だがその人は死んだ! 僕は、なんとしてもその人の仇を討たなければならないんだ!」
「佐伯さんが、そんなことを望んでいるとでも!?」
「知ったようなことを言うなっ!」
吠えた影塚の一瞬の隙をつき、誠次は身体を床の上で勢いをつけて回転させ、彼の拘束から逃れる。
再び立ち上がった誠次だったが、そこへ一希が駆けつけ、再びレーヴァテインの刃を突きつける。
誠次がレヴァテイン・弐を振るって応戦しようとするが、そこへ到来したのは、凄まじい勢いの爆風であった。
起こしたのは、特殊魔法治安維持組織第一分隊隊長である、日向蓮だった。
「データを渡せ、剣術士!」
「これを今の貴男に渡してしまえば、雨宮愛里沙さんの命はなくなる! 特殊魔法治安維持組織に連れ戻しても、きっと殺されてしまうはずだ! それでいいのですか、日向さんっ!?」
返答代わりに迫って来たのは、無数の攻撃魔法による弾丸であった。
誠次はレヴァテイン・弐を振るい、それら全て切り裂き、弾く。
「俺の任務は雨宮愛里沙とデータの回収だ。早く渡せ、剣術士」
日向が誠次の剣術をもろともせずに突撃し、目の前までやって来る。
体術も得意であった日向は、逃げようとする誠次の胸元の青いネクタイを片手で掴み取ると、誠次の顔を自身の目と鼻の先にまで引き寄せる。
「日向、さん……!」
「そこに隠しているのか? 剣術士」
胸ポケットに突き入れようとした日向の手を払い退け、誠次は反撃に拳を突き出すが、日向には見切られ、簡単に受け止められてしまう。
誠次の握りこぶしの手首を捌いた日向は、誠次の左手を真上に掲げ、歪な方向へと捻って回してみせる。
「があっ!?」
左手に奔った激痛に顔を顰めれば、日向が反動をつけて脚を伸ばし、誠次の腹部へと叩き込む。
誠次は水びだしの床の上をのたうち回り、蹲ってしまった。
「痛……っ」
「授かりものの力のみの貴様に、万が一にも勝てる見込みなどない。日々鍛錬を行う特殊魔法治安維持組織を舐めるな、子供」
「まだだ……っ!」
唾を吐き、誠次は腹を抑えながら立ち上がると、レヴァテイン・弐を一旦背中と腰の鞘に納刀し、素手で日向へと向かっていく。
日向もまた、ファイティングポーズを取り、誠次の接近を正面から待ち構えた。
「舐めるなーっ!」
誠次は飛び掛かり、頭上から奇襲する算段に出た。
「甘い」
日向その動きを見ても動じずに、冷静に誠次の右手を絡めとり、自身の腰を突き上げて誠次の腹部を乗せると、一本背負いの要領で誠次を背中から床の上に叩きつける。
「まだまだっ!」
誠次はすぐに立ち上がり、日向の胴体に掴みかかるが、日向は足を思い切り上げ、誠次の顎を蹴り上げる。
顎に衝撃を味わった誠次は、歯を鳴らし、堪えきれない激痛に顔を腕で覆う。
「ああっ!?」
目の前で隙を晒した誠次の胴を二発ほど殴り、日向は回転しながら跳躍すると、誠次の頭を靴で思い切り、横薙ぎに蹴りはらう。
受け身の姿勢を取る間もなく、誠次は屋上端のフェンスに、その全身を思い切り叩きつけられることとなる。あまりの衝撃だと機械が判定したのか、吹き飛ばされた誠次を受け止めたフェンスが窪みを描いて歪な形に曲がってしまった。
「すー……」
日向はその場で深呼吸をすると、誠次へ向けて冷静に破壊魔法の魔法式を発動する。
しかし、真横から高速で接近する気配を察知し、日向は咄嗟にそちらに魔法を向けた。
「《メオス》!」
「《リフレクト》!」
破壊魔法が、防御魔法により反射し、明後日の方向へと消えていく。
影塚が、日向の元へ突撃してきていた。
「日向ァーッ!」
「影塚……。まさか貴様が、犯罪者どもに加担するとは」
影塚は走りながら、日向へ向け素早く破壊魔法を繰り出す。
白い魔法式が速攻で完成を迎え、激しい憤怒の炎とともに、それが放たれる。
「《メオス》!」
「《プロト》!」
日向も咄嗟に防御魔法を繰り出し、破壊魔法の直撃はどうにか防ぐか、それでも衝撃は受け止めきれず、今度は日向の身体が吹き飛ばされた。
「なに……!?」
「逃がすものか……。佐伯隊長の仇……受け止めろーっ!」
影塚は次々と高威力の破壊魔法を繰り出し、日向を執拗に狙う。
これには日向も堪らず、フェンスの上にしなやかな身のこなしで跳ぶと、その身を漆黒の空の中へと晒す。遥か真下でライトを灯して走る車が豆粒ほどの大きさに見える屋上から、飛び降りたのだ。二人ともヴィザリウスの卒業生なので、この空間が仮想世界であることは当然知っており、屋上から飛び降りることに躊躇はしなかったのだ。
「日向……。お前だけは、絶対に許すものか……!」
影塚もまた、日向を追って、屋上から飛び降りる。
一方、日向に蹴り飛ばされた誠次の元へは、一希が追いついた。
「二人きりだね誠次。さあ、どうするつもりだ!」
「おのれ、一希……!」
誠次は背中からレヴァテイン・弐の半身を抜くと、今度はこちらから、一希に向かって突撃した。
ひらりひらりと、一希は雨の中でダンスでも踊るかのように、誠次の攻撃を回避していく。
「僕は君に勝つ為、君の戦い方を研究した。君の癖、君の間合い、君がする戦法。全ては君に勝つために、僕は強くなったんだ! 見せてあげよう、誠次――っ!」
そう叫んだ後、誠次の大ぶりの攻撃の隙をつき、一希がレーヴァテインを誠次の左脚へ向けて突き出す。誠次のスラックスが破れ、誠次は左脚に奔った微かだが、確かな痛みに、顔を顰めた。
「なん、だと……!? 俺が、斬られたのか!?」
「治癒魔法で治療しろ。君ならこう言うはずだが……僕は違う!」
戸惑う誠次の腹部を蹴り上げ、一希は左手を突き出す。
「《ライトニング》!」
一希は左手を掲げて黄色の魔法式を展開すると、魔法文字を素早く打ち込み、空中へ飛ばされた誠次へ向けて、雷の槍を放つ。
「うおおっ!」
誠次は空中で身体を回転させ、宙返りをしながら、腰のレヴァテイン・弐を引き抜くと、それを右手のものと連結させる。
雷の魔法攻撃を切り裂き、空中から一希に向けて斬りかかった。
互いの刃が交錯し、誠次は腕の力で反動をつけ、空中に飛び上がったまま再び宙返りを行い、一希を頭上から狙い続ける。しかし、剣の根本的なリーチの差により、一向に一希の元にまで近づけず、まるで逆にこちらがお手玉をされているようであった。
「このっ!」
「甘いよっ!」
誠次は一希のレーヴァテインの腹を蹴り、再び空中に飛び上がり、落下しながら攻撃を加える。
一希は咄嗟に身を引くと、レーヴァテインごと身体を回転させ、一瞬の間合いの元、足を踏み込ませ、誠次を貫くようにして刀身を突き出す。
空中にいた誠次は、不自由な姿勢で一希の突き攻撃を受け止め、その身を大きく吹き飛ばされることになる。
いつの間にかだった。一希に押されていた自分はいつの間にか屋上の端におり、吹き飛んだ先の地面は思ったよりも遠く離れた遥か下で、誠次はビルとビルの間を、雨粒と共に真っ逆さまに落ちていく。
先ほどまで自分がいた場所である屋上を見上げると、そこでは属性攻撃魔法の魔法式を手早く組み立てた、一希の嗤う顔があった。
「逃がしはしない。《ライトニング》」
「くそっ!」
ビルとビルの間を落下しながら誠次は、向かってきた魔法の雷をレヴァテイン・弐で受け止める。威力も相当なのだろう。柄を握る手元には痺れが奔り、誠次は悲鳴を上げた。
落下速度は地上に近づくにつれ増し、背中からの爆風を誠次は浴びながら、そのまま地上の道路の上に落ちる。あまりの衝撃に、誠次が墜落したアスファルトの道路にはヒビが入っていた。
背中に感じた激痛もつかの間に、誠次の視界には、二つの攻撃魔法が接触し、爆発を引き起こしている光景があった。
影塚と日向が、車も走る道路上で一騎討ちをしていたのだ。車にも当たったという感触自体はあるが、やはり死ぬほどの痛みではない。
「危ないっ!」
それでも、白いライトを照らしてこちらへ向けて走ってくる車を見た誠次は、反射的に地面の上を転がって、下敷きになることを寸でのところで躱す。車が通り過ぎた風を全身で浴びていると、またしても頭上で魔法が交錯し、小規模な爆発を起こす。誠次は頭を抱えて爆発の衝撃から身を守ると、右手に握ったレヴァテイン・弐を支えに立ち上がった。
戦局を見れば、影塚が街路樹に身を潜ませ、日向はビルの影に身を隠し、互いに身体をカバーしながら、魔法による遠距離戦闘を繰り広げている。
「《フェルド》!」
道路の上に立った誠次の姿を見た日向が、誠次へ向けて、炎属性の魔法を放つ。
誠次はすぐに道路を横切るように走りだし、日向の攻撃を躱す。
「天から札が降って来たとも言うべきか!? 天瀬誠次っ!」
その光景を見ていた影塚は、そっと、雷属性の攻撃魔法式を展開する。
そんな影塚と、誠次は走りながら目が合っていた。
「影塚――っ!」
「《ライトニング》!」
影塚の放った雷が、誠次の次の一歩を踏むはずの地面に、先に到達する。
すぐ目の前で穿たれたアスファルトにぞっとしながら、体勢を崩した誠次は、前へとつんのめる形で転んでしまっていた。
「しまったっ!」
「僕たちの邪魔をするのであれば、君であろうと、容赦はしない」
「――僕の獲物に、手を出すな!」
影塚の行動を制したのは、誠次と同じく超高層ビル屋上から降りてきた一希の怒鳴り声だった。
レーヴァテインを煌めかせ、歩道の上に着地した一希は、影塚のもとへ一気に突撃する。
「邪魔するな星野くん!」
「アンタには大阪で借りがある。ここで纏めて返すよ!」
一方で誠次は、反対側の道路から向かってきた日向と対決していた。
「日向さん! 雨宮さんが死んでしまっても良いのですか!?」
「しつこい。この後に及んで心情に訴えかけるとは……戦場におけるマナー違反だな、天瀬誠次!」
攻撃魔法を連続で放ちながら、日向は誠次へ罵声を浴びせる。
負けじと誠次はレヴァテインを振り払い、日向の放つ魔法を斬り裂くが、どれも魔力ある魔法ばかりで、殆ど一方的に攻め込まれてしまっていた。
大きくバックステップを行った誠次の背に、ふと、一希の背がぶつかる。
背中合わせで誠次と一希は、日向と影塚が次々と放つ属性魔法を互いの魔剣で捌いていく。
位置を変えれば、今度は誠次が影塚と。一希が日向と向き合うことになる。
「――誠次。勘違いしていないかい?」
「一希……!?」
「僕たちは決して、味方じゃない!」
一瞬だけ一希が姿勢を低くしたかと思えば、誠次へ向けて振り向きながらレーヴァテインを振るう。
誠次は咄嗟にしゃがみ、一希の剣撃を躱すと、車道の方へ走り出す。
一希を仕留める好機と見たのは、影塚と日向、両人であった。
「「《メオス》!」」
同時のタイミングで無属性破壊魔法を放ち、それが一希のすぐ目の前で接触。大規模な爆発を起こした。
「……防がれたか」
日向が呻く。
爆発により巨大なクレーターのような円形の穴ができた歩道と道路。もはやその境目はなく、瓦礫が積もったその箇所に、防御魔法を発動して攻撃を防ぎきった一希が立っていた。
「今のは効いた……。さすがは、特殊魔法治安維持組織のエースたちが扱う魔法だ」
だが、と一希は右の片手で握っていたレーヴァテインを翻し、そこへ自身の左手をそっと添える。
「行くよレーヴァテイン。僕たちの力を知らしめてやろう。ただの魔術師には出来ない、剣術士としての戦い方を!」
中央道路で異常な光が瞬いたのを、誠次は背後で感じていた。
「一希がレーヴァテインの付加魔法を使用したのか……!」
じりじりと、VRで作られた空間にブレが生じている。
あの暴力的な光の瞬きはそうに違いないと直感しながら、誠次はとにかく前線から距離を取ろうと、ビルとビルの間の裏路地を走っていた。
「アヴァロンの九姉妹の加護を受けるとは……。やるな、一希……!」
状況を見積もったところで、あの三人に対して女性がいない今の自分の勝算は限りなく低い。とにかく情報デバイスが奪われないように時間を稼ぎ、別行動をしている理に全てを賭けていた。
雨宮愛里沙による演説が行われないようにするためには、現在自分が持っている情報デバイスを守りきらなければ。
だが、それでも直正が演説を強行させる可能性もあった。そこも含め、会場に向かった理を信じるしかない。
「――時間稼ぎのつもりか、天瀬誠次!」
こちらを追ってきた影塚のその声は、なんと逃げている先であった正面方向から聞こえた。
いつの間にかに回り込んだ影塚が、属性攻撃魔法の魔法式を、こちらに向けていた。
「もう、追いつかれたのか……!?」
速すぎる! 立ち止まった誠次は、全身で呼吸をしながら、影塚を見やる。
「下手な芝居をうっても無駄だ。最初から君の行動はおかしかった。君の戦いは、最初から勝利を望んでいるものではない」
「……」
誠次が無言でいると、影塚はいつかのような、心優しい笑顔を見せていた。
――ああ、そうだ。人を助けたときに見せるような、あの人のあの顔にも憧れて、自分は夢を見ていた。今ではその夢は近づくところか、随分と遠いところへ行ってしまった気がするが、追いつくための歩みは止めてはいなかった。
「芝居……。さあ俺には、皆目見当もつきません……」
「まあいい。僕たちの邪魔をする以上、僕は君を殺す」
「俺たちが戦う理由なんか、本当はないはずです!」
誠次が腕を振り払って、影塚に向けて叫ぶ。
しかし影塚は、前髪をだらりと垂らし、その奥から見える青い瞳を妖しく光らせた。
「言ったはずだ天瀬くん。僕は、佐伯隊長の無念を晴らすためにも戦う。君が今やっていることは、遠回しで光安と今の特殊魔法治安維持組織を助けているようなものなんだぞ!?」
「状況的に見ればそうかもしれません。ですが、今の貴方のような救える命を犠牲にして復讐をするやり方など、それこそ今の光安と特殊魔法治安維持組織と同じ考えでしょう!? 他に方法があるはずです!」
「他の方法だと……!? ならば言ってみせろ!」
影塚が魔法文字を魔法式の中で二つ打ち込み、最後の一文字を打ち込む直前までに持っていきながら、誠次を見て睨む。
対する誠次は、喉を震わせるほどの勢いで、叫んでいた。
「力を合わせるんです! 俺も、一希も、日向さんも、貴方も、目指した理想は同じのはずだ! 俺たちが力を合わせればきっと、今よりいい考えだって、浮かぶはずだ! どんな困難だって、力を合わせれば乗り越えられる!」
「なる程……」
影塚は瞳を閉じて、頷く。
そして、次に瞳を開けたとき、彼が見ていたのは、魔法式に開けられた最後の穴。そこに最後の魔法文字を打ち込み、誠次へ向けて属性魔法を放つ。
それにより、誠次の右手に握られていたレヴァテイン・弐が弾き飛ばされ、魔剣は音を立てて誠次の後ろの方へと落ちた。
「ぐ……っ?」
誠次は右腕を押さえながら、ずるずると後退していく。
「佐伯隊長を殺害したのは日向だっ! あいつがとどめを刺したんだ! そんなやつと手を組めだと!? 出来るはずがないだろう!」
「あの場で雨宮さんが死んでしまえば、悲しむ人はきっといる! あなた達に憎しみを抱く人だって、きっと出てしまうはずだ! 悲劇を繰り返すつもりですか!」
「黙れっ!」
影塚が二発目の魔法を放つ。雷属性の攻撃魔法が、誠次の腹部を直撃し、悲鳴を上げた誠次は腹を抑えてその場に膝をついた。しかし倒れることはせず、影塚を睨む。
「君が言ったことを纏めればこうだ。……佐伯隊長の死は仕方がなかった。故に影塚広、お前は我慢しろ。佐伯隊長の仇とは、握手をして仲直りをしろ、と。……どうだい天瀬くん? 自分がどれだけ滅茶苦茶なことを言っているのか、これでもまだ分からないのか!?」
「佐伯隊長が自分の仇をとってほしいと望んだと言うのか!?」
「違う……日向を憎むな、なんて……あんなのは、違う……」
影塚は自身の頭に震える手を添え、その手先を、握りこぶしにしてみせる。
「そうだ……これは、僕個人があの人に送る手向けの戦いだっ!」
「影塚ーっ!」
遂には立ち上がった誠次が、右腰からレヴァテイン・弐を抜刀し、飛び上がりながら両手で握って突撃する。
それを見た影塚は咄嗟に身を翻し、誠次の一撃を躱しながら、反撃の体術を繰り出す。
影塚の正拳突きを頭を振って躱し、誠次は影塚の懐に潜り込む。
至近距離で二人が睨み合えばそれは、額と額をぶつけるほどの勢いであった。
「雨宮さんの演説はさせない! それが、この魔法学園を守ることになる! そのためならば、俺は貴男とも戦う!」
「佐伯隊長の仇は取る。その為には天瀬誠次! お前が持つ本物のデータを渡して貰う!」
影塚が炎属性の攻撃魔法を、詠唱もなく発動し、誠次へ向けて放つ。
誠次は咄嗟に飛び退き、影塚が放った攻撃魔法を躱す。
「僕はもう、お前を今は倒すべき敵としか見ることができない!」
「戦う! そして勝って、貴男を正す!」
「やってみせろっ!」
影塚は立て続けに属性魔法を発動。
もちろん種類にもよるが、構築難易度も高く、消費魔素も多い属性魔法の連発は、限られた優秀な魔術師のみに出来る特権だ。
影塚はそこへさらに、申し分ない魔力の高さと魔法式の構築速度の速さも加わる。魔法による戦闘力の高さに直結すると考えて差し支えないそれらを、影塚は扱いこなしていた。それこそが、影塚広をエースたらしめる要因でもあった。
誠次はそのことを知っている。特殊魔法治安維持組織で活躍する影塚の存在を知ってから、彼の戦いを何度も参考にしていたからだ。
「っく!」
誠次は手放していたもう一つのレヴァテイン・弐を回収し、ビルの二階部までジャンプをし、窓を突き破って中へ侵入した。
オフィスビルのワークスペースを模しているようでこの階には、多数の机や椅子が並んでいた。
「逃がすものか!」
ビルの中に誠次が逃げ込んだのを見上げた影塚は、しかし迂闊に近づくこともせず、冷静に眷属魔法を発動する。
影塚もまた、誠次と何度かの戦闘訓練を行い、彼の特徴を熟知している。わざわざこちらから、丁寧に接近戦をするまでもない。魔術師として得意な間合いに持っていき、そこで仕留める。
「行け。剣術士を仕留めろ」
影塚の魔法式から飛び出した二体の使い魔が、誠次が破ったビルの窓の残骸を通り抜け、青い光を纏って出現した。
オフィスビルの中に一旦逃れた誠次の前に現れたのは、二つ分の眩しい光。それに思わず塞いだ目を開けると、そこに鎮座していたのは、戦国武将のような甲冑を身に纏った二体のアオオニであった。
膝立ちの姿勢から二人の敵はゆっくりと腰を上げると、帯刀していた日本刀をそれぞれ、引き抜く。
一切の照明もついていない中でも見て取れるアオオニのその気迫と殺気に、迎え撃つ誠次は身震いをしていた。
――だがしかし。
誠次は左手で握っていたレヴァテイン・弐を腰に収め、右手に持ったレヴァテイン・弐に左手を添え、両手で握る。
「来い!」
おれもまた、あの頃と比べ、強くなったはずだ。
勇んだ誠次の叫び声に触発されてか、或いは向こうの準備が整ったのか、その両方か。
アオオニは青色に光る日本刀を両手で握りしめると、オフィスビルの中を、机などといった障害物を潜り、飛び越え、ニ体同時で迫ってくる。
机を思い切り踏んで反動をつけ、飛んでくるようにして頭上から強襲してきたアオオニの一撃を、誠次はレヴァテインで受け止め、その身体ごと横に押し倒す。
やや遅れて真正面から向かってきたアオオニの攻撃を、誠次は姿勢を低くして躱すと、体勢を立て直して来た一体目と再び切り合う。
初撃を躱されたアオオニは、くるりと振り向き、鍔迫り合う誠次に向かって再度日本刀を振り降ろす。
その攻撃でさえ躱した誠次は、なおも切り合いを続けてくるアオオニの攻撃をいなしながら、同時に迫った二つの刃を、横に構えたレヴァテインで受け止める。魔剣と日本刀。その二つが接触するたび、火花が散り、薄暗いオフィスビルの中を一瞬だけ白に染める。
右手だけでレヴァテインを握り直した誠次は、二体のアオオニと切り合いを続けながら、隙きを伺って左手をそっと右腰へ添える。
だが、影塚の殺意を存分に宿した向こうも技量は高く、息つく間もなく刃は誠次の身体を掠めていく。
誠次は一瞬だけ背後を確認すると、足を絨毯の上で踏み込ませ、勢いをつけて後ろへと跳んで後退する。そこにあった机の上に背中から転がると、後方へ宙返りをし、床の上に着地。目の上の高さにあった机の腹を見て、誠次はそこをアオオニたちへ向けて蹴り飛ばした。
アオオニは日本刀で、誠次が蹴り飛ばした机を切り裂いたが、すでにその先に誠次はおらず。
「――蛍火の女傑ほどでは……ないなっ!」
アオオニの背後に回り込んでいた誠次は甲冑と兜の間である背中の首筋に、レヴァテインの先端を差し込むようにして突き入れ、横に斬りはらい、首を刎ねた。
仲間がすぐ隣でやられたのを見たアオオニは、吠え、誠次へ向けて日本刀を突き出す。
誠次はすぐにレヴァテインを引くと、日本刀の刃を弾き、切り合いを再び行う。
今度こそ、誠次は左手を右腰に添え、懐に踏み込む隙を窺う。
アオオニが上から刃を振り下ろした瞬間、黒い瞳に銀色の光を反射させた誠次は、下から思い切りすくい上げたレヴァテインの一撃で、相手を大きく仰け反らせる。
「今だっ!」
体勢を崩したアオオニへ向け、誠次は踏み込む。左手で素早く右腰から引き抜いたレヴァテインを、甲冑が包んだ腹部へと、突き入れる。頑丈な甲冑をレヴァテインの刃は突き破り、アオオニの腹部を魔剣は貫いた。
ビルの下から二階を見上げていた影塚は、自身の使い魔が二体とも敗北したことを、自身の横で展開していた眷属魔法の魔法式が破壊されたことで、知った。
粉々になって割れた魔法式の、ともすれば綺麗な残骸を見つめ、影塚は瞳を閉じて頷く。
「――なるほど、天瀬誠次。君もまた、強くなったようだ」
そっと、自身の右手を持ち上げて、破壊魔法の魔法式を完成させる。
「ならばこれはどうする?」
影塚が放った魔法が、ビルの一階部を吹き飛ばした。
ビルの中に未だ残っていた誠次は、大きな振動と爆発音を全身で浴び、思わずその場に膝をついていた。
「影塚……。このビルがホログラムであることを知っているがゆえに、俺を炙り出すつもりか……!」
床に絨毯を破く勢いの亀裂が走り、天井も崩れ落ちていく。
誠次は走り出し、影塚がいるところとは反対側の窓をレヴァテインで切り破り、車道へ向けて飛び出す。
人の乗っていない車が相変わらず走るそこへ再度降り立った誠次は、右から禍々しい光が迫ってくることに気がついた。
「日向さん!?」
その光と先程まで対峙していたのだろう、こちらに背中を向けて後退してきた日向と、立ち上がった誠次は横並びで立つ。
左手を負傷したのか、サマースーツを赤く濡らした血がぽたぽたと、彼の左指の先から流れている。
切羽詰まった様子で日向は、横並びで立つ誠次を見た。
「説明しろ剣術士。あの青い光はなんだ?」
「あの明るい青は……。俺のレヴァテインでは周囲への時間停止能力だと仮定しています」
「時間停止だと……? 馬鹿げているな」
「そしてあの緑の光は――来る! 歩道へ逃げろ!」
遠く彼方で緑色の光が瞬いたかと思えば、それが閃光を放つ。まるで昼間のような明るさとなった彼方から、道路のアスファルトを引き剥がしながら、緑の衝撃波が迫り来る。あの光に飲み込まれれば、一巻の終わりだ。
誠次と日向は同時のタイミングで車道の上から離脱。直後、凄まじい風と共に、緑の衝撃波が到来し、誠次と日向の元いた場所の何もかもを、消滅させた。あまりの衝撃に、空間の方が耐えきれず、各所でノイズのような画像のブレが生じていた。
魔法の刃が過ぎ去った後、消滅し、一瞬だけタイル床が覗いた演習場のVR映像が、修復されていく。
「日向さん! ここは一旦協力しましょう!
「協力だと? ふざけるな!」
修復されていく車道を挟んで歩道に立つ誠次と日向は、大声で応答する。
「互いにとって現状一番の脅威は、付加魔法状態中の星野一希のはずです! 彼と一対一で戦っても、こちらが勝てる見込みは少ない!」
「命乞いならば、データを渡してから言うんだな」
わからず屋め、と誠次は心の中で舌打ちをする。
「このままでは雨宮さんは確実に殺される。雨宮さんがどうなってもいいのですか!?」
「繰り返すな。あいつは裏切り者だ。同情もしない。ただ、特殊魔法治安維持組織の情報漏洩だけは食い止める」
日向はそうして、逆にこちらに向けて問いかけてくる。
「……不可解な行動だな、剣術士。お前が何をしたいのか、俺にはよくわからない」
「俺は魔法学園を守る。それが今の俺の行動理念です!」
「「――逃さないと言っただろう!」」
その声は、別々の方向から、同時に聞こえた。
ビルとビルの間の上空を駆け、赤い光を纏ったレーヴァテインを構えた星野一希と、誠次を追いかけて来た影塚広が、こちらまで辿り着いたのだ。ここに再び、戦い合う四人は集結した。
~端から見れば、こんな風です~
「最近身体が訛ってしまっているようだ……」
るーな
「そうだ、演習場で特訓しよう!」
るーな
「ん? なにか、声が聞こえる……?」
るーな
「おのれ日向絶対許さないっ! 敵討ちだ!」
こう
「俺は組織の一員としての役割を果たすっ!」
れん
「僕は彼女を救うんだーっ!」
かずき
「俺がみんなをなにがなんでも絶対守るんだーっ!」
せいじ
「喰らえ○☓○☓ーっ!」
こう
「○☓○☓っ!? 馬鹿者!」
れん
「○☓○☓○☓○☓!」
かずき
「○☓○☓にしてやるっ! 覚悟しろ貴様らーっ!」
せいじ
「……なんか」
るーな
「タイルの上で四人の男が言い争ってる!?」
るーな
「そ、そっとしておこう……」
るーな




