兎巣作れば狐これを喜ぶ(小話) ☆
「なぜ、ハロウィンなのに水着を着るのかしら……?」
しおん
夏休み中のとある日、ヴィザリウス魔法学園の地下演習場にて、誠次はレヴァテイン・弐を使った特訓を、香月としていた。
VR空間の中で、次々と現れるモンスターを斬り結び、レヴァテイン・弐を背中と腰に納める。
「ふう。今日の特訓はここまでだな」
「ええ。お疲れ様、天瀬くん」
他の女子は部活やらなにやらで来られず、今日は最初から最後まで香月と二人きりであった。
消え失せる幻想の都会の街並み。タイルのタオルで汗を拭いていると、足元の道路も、正方形をしたタイルへと変わっていく。
「ありがとう香月。こうやっていつも、嫌な顔一つせずに特訓に付き合ってくれて」
「アルバイトもお休みだし、大丈夫よ」
制服姿の香月もまた、対魔術師を想定した特訓で、誠次の良き敵役を引き受けてくれている。
「夏休みもそろそろ終わりか。まあどことなく予想はしていたけど、変な意味で忙しかったな」
「ええそうね。ただでさえ少ないお休みも、こうして特訓に費やしているぐらいだし」
「こ、香月……?」
アメジスト色の目を遠くへ向けながら、どことなく冷たい口調で香月に言われた誠次は、冷や汗をかきながら、彼女を見る。
白い肌の頬はむっつりと膨れており、十中八九、何か言いたげである。
「……あの、香月さん」
「何かしら?」
「夏休み……楽しかったですか?」
誠次が恐る恐る尋ねると、香月はジト目で、こちらを見つめ上げる。
「……ずいぶんと意地悪な質問ね。そうね。友だちと過ごせる夏休みはとても楽しかったわ」
銀色の髪をそっと触りながら、香月は答える。
楽しかった。それを彼女の口から聞くことが出来て、ほっと胸を撫で下ろす誠次であったが、無表情のままで香月は、言葉を続ける。
「でも、あなたと過ごした思い出らしいものは、何もないわ」
「う……」
「せいぜいそうね。食堂で一緒にご飯を食べたりとか、特訓したりとか、なんの脈略もなく廊下を一緒に歩いたりとか、特訓したりとか、特訓したりとか――」
「わかったわかった! ちょっと座って話をしよう! 特訓終わりでクタクタだ!」
誠次と香月は演習場に併設されている簡易教室に移動し、それぞれ机と椅子に座っていた。無論、誠次が机の上、香月が椅子の上である。
「――梅雨には本城さんとラビットパーク。夏休み中間には篠上さんの実家へ。後半にはクエレブレ帝国のお姫様と日本列島を横断し、今は魔法学園を守るために戦っている最中」
「ん? 今俺はいったいどの時間帯にいるんだ……?」
「細かいことは気にしなくて良いわ。確かに貴男のことは理解しているつもりだけれど……その、貴男を心配してるという意味でも、私は言わなくちゃいけないと思ったのよ」
「香月……」
どうやら、知らず知らずのうちに、香月には心配をかけていたようだ。
机の上に腰掛けていた誠次は、バツが悪く後ろ髪をかく。
香月もまた、誠次から目を背けて、遠くを窓の外に広がるタイル状の世界を見つめているようだった。
「どうして今日、そのことを?」
「これ、見てほしいの」
そう言って香月が差し出してきたのは、彼女のペン型の電子タブレットであった。可愛らしい兎のストラップがついている。
香月は誠次にそれを手渡す直前で、何かの画面を起動して、出力していた。
「香月の銀行の預金通帳? 俺が見ていいのか?」
「ええ」
香月の確認を改めてとり、誠次は内心で興味津々で、香月の銀行の預金残高を見てみることにする。
大方、夏休み中にアルバイトでどれほど貯金を増やしたのか、と言うことを自慢したかったのだろう。少し大人びたかと思えば、まだまだ子供のようなところもあるものだな、と誠次は内心でしみじみ感じながら、適度なリアクションを取るように心掛け、ホログラム画像の通帳をペラペラめくっていく。
「どれどれ。香月の貯金額はと、一、十、百、千、万……――」
並ぶ並ぶ、〇の羅列。その桁はと言うと、誠次が想像していたものを、優に超えていく。
「百万、千万、億……――って、なんだこのお金はっ!?」
びっくり仰天した誠次は、机の上からひっくり返り、背中から床の上に落っこちてしまう。
「あ、天瀬くん……大丈夫……?」
「痛たたた……っ。ってそんなことよりも、一体全体何をどうしたんだ!? 危険なことか!? いかがわしいことか!? その……え、えっちなことかっ!?」
背中を抑えて起き上がりながら誠次は、香月に問い質す。
最後の言葉を聞いて、やや顔を赤く染めた香月はふりふりと、銀髪と共に首を左右に振っていた。
「い、いいえ違うわ。落ち着いて天瀬くん。私だって、驚いていたのだから……」
「あ、ああ……」
二人して呼吸を整えようとも、半透明のホログラム画像に映る数字の数は両者に満遍なく見え、改めて驚愕する。
「まず安心して聞いてほしいのは、このお金は決して、違法なものや危ないものじゃないということ。正真正銘、私の所有する金額よ」
「どうしてそんな天文学的な数字のお金を……。俺の両親の職業、だけに」
「そのボケはつまらないけれど、まさしくあなたの言う通りなのよ、天瀬くん」
ちょっと上手いことを言ったつもりの誠次であったが、どうやら、的を得た発言だったようだ。
そして、香月からすれば、とてもつまらなかったらしい。
「俺の言う通り……?」
「私の本当の両親。香月奏さんと香月紫苑さんが残してくれた財産。その正式な調査が終わって、私の元に振り込まれることになったの」
「そうだったのか……」
かつて功名な科学者として、その手の界隈では名を馳せていたと言う香月の両親。科学者という身分でありながら、新たに生まれた魔法に可能性を見出し、実の娘である香月詩音により未来を託した、愛に満ちた偉大な人物だ。
「……」
「天瀬くん……?」
誠次がしばし俯いていると、香月が顔を覗き込むようにしてきていた。
「どうしたの?」
「いや、ただ香月があの二人のことを名前で呼んでしまっているのが、なんだか、悲しく思えてしまって……」
誠次が呟いた言葉に、香月はアメジスト色の瞳をやや広げ、そしてやがて、長いまつ毛をゆっくりと下ろす。
「そうね。……私の大切なお父さんとお母さん。と言うべきだったかしら」
次に誠次が見た香月の顔立ちは、穏やかに微笑んでいるように見えた。
誠次もその姿を見て、胸の中にあった悲しいという感情が失くなっていくような気がして、自然と口角を上げることが出来た。
「そしてもう一つ。東馬さんも、私と心羽さんに財産を残していたようなの」
「東馬さんが……?」
またしても驚く誠次に、香月は真剣な表情で頷いた。
東馬迅。香月の本当の両親とは対象的に、最後までこの魔法世界に絶望したまま、憎しみを抱いて死んでいってしまった、香月の育ての親でもあった。香月を魔法学園に通わせたのも、彼女をスパイとして使うつもりだったようだ。自惚れと言うわけではないが、そんな野望は、自分が春の夜に彼女と夜の月の下で出会ったことにより、大きく狂わされていく事になっていったのだが。
今となってはもうわからないことだが、そんな彼もまた、香月と心羽に対する人としての情は、微かに残されていたのだろうか。
「流石に彼の残したお金は、彼の起こしたテロによって傷ついた人たちの為の基金に寄付したわ。その通帳にあるのは、それを差し引いた分のお金」
「それでも、言い方は悪いかもしれないけれど、一生遊んで暮らせていけそうなお金だな……」
「そうね。一生遊んで暮らすなんてそんな気はないけれど、本当にそう」
あまり見せびらかすようなものでもなく、香月は取りあえずは誠次にのみ、改めて預かった財産額を教えたようだった。
「そうか。そのお金は紛れもなく香月、君のお金だ。大事に使ったほうがいいと思うよ」
思えば、自分にもそのような出来事があったなと思い出しつつ、誠次は親身になって言っていた。天涯孤独となった自分には八ノ夜と言う後継人がいたので、その手のことは双方合意の元、彼女に任せていたのだが。
「ありがとう天瀬くん。大事に使う上でもう、一つだけ使ったものがあるの」
「そうなのか。一体何に使ったんだ?」
「マンションを借りたの。東京都内にね」
「そうか。マンションを借りたのか。そうか……マンションか……――って、はあっ!?」
びっくり仰天する天瀬誠次、すっかりベタな飛び退きリアクション芸が板についてしまったようである。机の上から転げ落ち、背中から床の上に落下する。
「もう……本当に大丈夫? どこかでそんなリアクションするかと思ったから、立っているときに話すべきだったかしら……」
呆れ顔の香月が誠次に手を差し伸ばし、誠次はその手をとって、背中を擦りながら立ち上がる。
「ベタな真似を続けてす、すまない。……いや、それでもそれは驚くだろう!? 同い年の同級生の女子高生が、マンションを借りたんだぞ!?」
「そう言うものかしら……」
「一体なぜ!?」
「……」
まだ学園の寮室があると言うのに、誠次がマンション借りた理由を尋ねると、なぜか香月は、押し黙ってしまう。何かプライベートなところなどで、話したくない理由があるのだろうか。
「ちなみに間取りはこんな感じよ」
次いで香月は、借りたと言うマンションの3D間取り図を、電子タブレットのホログラムにて展開する。
部屋をタッチすればズームされたり、壁の大きさや対応しているコンセントの形状等が、事細かに更に浮かび上がってくる。おまけに人形をタッチして部屋に配置すれば、人の目線で見た部屋の様子や、空間の幅を見ることができるものだ。
「広いな……。しかも一等地の高層マンションだなんて、家賃もとんでもなくするんじゃないのか?」
「住所と家賃、聞きたいの? 天瀬くん?」
「……はい」
どこか悪戯ぽく、勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべながら、香月は誠次に顔を寄せてくる。ここらへんは変わっていない、いつもの香月である。
不意に顔と身体を近づけられてドキリとする誠次に、香月は銀色の髪をふわりとはらい、こんなことを告げるのだった。
「教えてあげる代わりに、一つお願いがあるのだけれど、天瀬くん」
「なんだ?」
「部屋はまだ借りたばかりで、必要最低限の家具はあるけれど、それでも足りないと思うの。明日一緒にお出掛けして、生活に必要なものを一通り買っておきたいの。あなたなら詳しいと思うし」
「? 別にそこまで詳しくはないと思うけど、相談や荷物運びとかならば手伝うよ」
誠次が自身の胸をぽんと叩いて言えば、香月はくすりと微笑む。
「ありがとう天瀬くん。じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
――翌日。
誠次と香月は私服姿で、都内にあるショッピングモールのエスカレーターを登っていた。先頭に立つ香月が、じっと、店内マップを確認している。
「カーテンとか、お布団とか……。必要なものは色々あるわね……」
「そう言えば、後継人とかどうしたんだ? 部屋を借りるのにも、保証人が必要だろう?」
「代行会社よ。今のところは、ね」
「ふーん」
香月の跡をついて行きながらエスカレーターに肘をつき、誠次は夏休み中で賑わう建物の中を見渡しながら、返事をしていた。
「借りた家には今。心羽さんがいるわ。荷物を広げるお手伝いをしてくれているの。引越し業者雪男さん、と言ったところね」
「引っ越しって……寮生活をやめるというわけじゃないのだろう?」
「ええ。あくまできちんと、私が帰る場所を作ると言うことよ。少なくとも、ヴィザリウス魔法学園にいる間は、寮生活を続けるわ。何よりもあそこには、大切なお友だちが沢山いるから」
「そうか……。それを聞けて少しだけ、嬉しいな」
魔法学園にいてくれることを喜ぶ一方でしかし、在るべきは帰る場所。自分が山梨県にそれを持つのと同じようで、香月にもまた、そのような場所が必要なのだろう。冷房も効いている涼しい館内にて、親に両手を引かれて歩いていく笑顔の子供の背中を見つめ、誠次は内心で思う。
「……」
そんな誠次の横顔を、エスカレーターの一段上に立つことで同じ目の高さにて見つめることが出来る香月は、じっと見守っているようであった。
エスカレーターを登り終えた二人は、大手日用品店へと向かった。最新のクッションやカーテン、家具や食器がずらりと並んでおり、これから一人暮らしを始める上では取りあえず手に取ってみたくなる代物ばかりだ。
「必要なものとそうではないものとの見極めが重要ね。宝の持ち腐れにしてはいけないし、広いとは言っても、スペースを無駄にするのは嫌だわ」
それらしいことを呟きながら、店の中を進む香月の後ろを、誠次はかごを片手についていく。その傍ら、目の前を歩く少女の一人暮らしを想像してみるが、彼女ならば案外なんでも上手くいきそうな気がするものだ。ましてや、魔法が使えるのであれば、ある程度それで代用できてしまうものであろう。まったく羨ましい限りだ。
そんなことを思っていると、不意に香月が、フライパンを二つ、両手に持っていた。それは取っ手の色が違うだけで、同じ型、同じ大きさのフライパンであった。
「どうかしら天瀬くん?」
「どうって……なぜ、同じのを二つも?」
料理をするのならば、わざわざ同じのを二つ買うよりは、違う種類の器具を買ったほうが融通が効くのではないだろうか。
誠次が問うと、香月は澄まし顔で「内緒」と答えるのであった。
その後も香月は、何かを買うときは必ず二つセットで買うようにし、かごはあっという間にパンパンになってしまう。誠次は堪らずカートを持ち出し、上と下にかごを乗せて手で押していた。
「香月!? 予備にしても、何でもかんでも二つセットだなんて……」
「あって困ることはないわ。次は、歯ブラシね」
誠次の言葉を受け流すようにし、香月はとことこと歩いていってしまう。
まくらが二つを代表に、お箸やコップなどの食器は予備を含めるにしても、とても一人暮らしでは多すぎる数だ。二人暮しならば、ちょうど良いとは思うのだが……。
「――天瀬くん」
カートに山積みになっている箱の数々を眺めてそんなことを思っていると、香月が声をかけてきた。
「なんだ?」
「そう言えば訊きそびれていたのだけれど、あなたはなにか、好きな色はあるのかしら? 落ち着きを感じたり、ぱっと浮かんだ色でもいいわ」
香月にそのようなことを言われ、直後に浮かんだのは、穢れることはない純白の色であった。
「白、かな……」
そう呟いた誠次の黒い瞳は、自然と香月の白い髪に引き寄せられるように、そちらを向く。彼女のぴょんと跳ねた白い髪が、まるで何かの意思を持つように、言葉を聞いてぴくりと反応したようにも見える。
「……そう。やっぱり――」
どうして急にそんな質問をしてきたのかは、今はまだ分からないが、それきりの香月はいつにもまして上機嫌だった気がする。
続いて二人がやって来たのは、雑貨コーナーであった。
「ここにはリーズナブルな値段で色々なものが売っているな」
壁一面にずらりと並ぶ小物や雑貨の数々を眺め、誠次はカートを押しながら呟く。
「水鉄砲に虫取り網が沢山あるわね……」
香月は口元に手を添えて呟く。
「夏ももう終わるしな。売れ残ってしまったものが、沢山あるんだろう」
「そう……。なんだか、物悲しいわね」
無慈悲な香月はそう呟くと、アメジスト色の視線を横へと向ける。
「こっちには水着まであるわ。……でも、なんだか……」
透明な四角形の袋に収まっている水着(?)の数々を眺め、香月は徐々に、言葉を失っていく。彼女の後ろ姿を視界に収めながら誠次もまた、並んでいるグッズの数々を見ていた。
「水着は水着でも、これは、コスプレ用かな……」
女性が見るにはいささか刺激が強すぎる、大胆な衣装の数々は、オレンジや黒を背景とした装飾の棚に展示されている。そう、八月の夏が終われば商業戦線は一〇月のハロウィンへ向け衣替えしていき、この店では早くもそう言ったハロウィンへ向けて準備をしていたようだ。
「そもそもハロウィンって、こんな破廉恥なものを着る行事だったかしら?」
(で、出た……。香月の飽く(悪)なき質問攻めっ!)
香月はくるりと振り向き、誠次にアメジスト色の視線を真っ直ぐと向けて、訊いてくる。
「確か、子供が近所を歩いて、大人たちにお菓子をくれないと悪戯しちゃうぞっ、と言った行事のはずよ」
悪戯しちゃうぞっ、と言ったところは心底可愛かった……。
「もっと歴史を遡れば、収穫祭と言った宗教的なニュアンスを含んだ行事であって――」
「に、日本らしい独自の文化の一つとなっているんだろう! は、ははは!」
誰がどう見てもごまかし笑いで、誠次はこの場を切り抜けようとしていた。剣は持っていないが。
「……いまいち納得できないわ」
香月はそう呟きながら、ぷいとハロウィン用のコスプレ衣装の列からそっぽを向こうとしたのだが、その中にあったとあるものが視界に入り、思わず釘付けとなる。
「香月……?」
「あ、天瀬くんの後ろに、ジャック・オ・ランタンが浮かんでいるわ!」
急にこちらへ振り向き、指を指して叫び始めた香月につられ、誠次はとっさに振り向く。
「なに!? まさか俺の後ろに、あのジャック・オ・ランタンがいるというのか!?」
いや、いるわけなどないが、急にハロウィンに対して乗り気になった香月のノリに乗り、誠次は大層なリアクションをして振り向く。
そこに生じた剣術士の僅かな隙に、香月は素早く、手に取った商品をかごの中に差し込む。
「ごめんなさい天瀬くん。見間違いだったわ。ただ髪の長い女の人が浮かんでいるだけだったわ」
「それも普通に怖いなっ! むしろそっちのほうが怖いまである!」
ぎょっとした誠次が再び振り向き、香月を見つめると、彼女はいつも通りのクールな表情で、かごに手を添えて立っていた。
今のは一体なんの時間だったのだろうか、甚だ疑問のまま、誠次はジト目で香月を見る。
「あ、さては香月、もしかして――」
「ぎく……っ」
香月から何か変な声が聞こえる。
そこで、誠次の中で疑念は確信に変わっていた。
「トリックオアトリート! お菓子、欲しかったのか!?」
「……違うわ」
そわそわしていた様子の表情が、一瞬にして冷めていってしまったようで、誠次は途方に暮れていた。この切ない気分はまるでそう、売れ残ってしまった花火や、水鉄砲を見る際の切ない気持ちと似ている。
「次は電化製品ね。こう言うのは、男のあなたの方が詳しいと思うから、的確なアドバイスをお願いするわ」
「ああ、任せてくれ」
流石に電化製品までも同じものを二個買うことはなく、一人暮らしの準備を進める同い年の少女の買い物を、誠次は微弱ながらも手伝ってやっていた。
ゲートを通過するだけで、カートの中に入った商品が電子タブレットのお金にて自動で支払われるシステムのため、空港のゲートよろしく二人はそこを通り、会計を済ませた。
重たい荷物は郵便配達サービスに託し、誠次と香月は手に持って行ける分だけの荷物を持ち運ぶことにして、ショッピングモールを後にする。
「今日はありがとう、天瀬くん。きっと一人では、ここまで捗らなかったわ」
「俺こそ。香月の為になにかができて、良かったよ」
最寄りのバス停まで何気なく歩きながら、誠次は香月の分の荷物を持ってやる。
香月は誠次と歩く足の速さを合わせながら、隣に着いてきていた。
「このまま私の家まで来るのでしょう?」
歩道の内側を歩く、真横からの香月の言葉に、誠次は意図せず内心でどきりとする。
同級生の女の子。それも、実質的に一人暮らしの家。そこに誘われるというのは、なんというか、心臓がなにかにそっと撫でられるような、妙な感覚を受ける。
――それも、昨年のGWの時とは違い、お互いの関係性も、大きく変わっていた中での、家への誘いであった。
「あ、ああ。そこまで運ぶよ」
下心などないから安心してくれ、と付け足そうともしたが、香月にとってみれば、そのような言葉は今更必要のないものであったようだ。
見間違いでなければどう見ても、その横顔は微笑んでいるように見えていたからだ。
「最初から住所は教えるつもりだったし、ちょうどいいわ」
そんな言葉は、建前か、否か。さすがに彼女の内の心をすべて読み取るにはまだ及ばず、誠次は複雑な心境のまま、やや前を歩き出した香月のあとを追って、バスに乗っていた。
やがて二人を乗せたバスが辿り着いたのは、都心の閑静な住宅街にあるバス停だった。
香月がボタンを押して停車したバスから、誠次と香月は降りる。
まだまだ夏の暑さは辛いものがある。涼しいショッピングモールに暑い市街地。涼しいバス車内に再び暑い住宅街と言う畳み掛けの攻撃を食らう身体は、間違いなく疲れてはいた。
「ここが私の家よ」
そうしてやって来たのは、タワーマンションとも言うべき、超高層マンションであった。
「うわぁ……」
未だにここに同級生の少女が住むことになることは想像できず、誠次は圧倒的な高度を誇る鋼鉄の建物を見上げて、息を呑む。当然のようにオートロックは付いており、また当然のようにロビーには樹木が植えられている。出来たばかりなのか、或いは日頃の清掃が行き届いているのか、どこを見ても光沢は輝いており、目立つ汚れや埃も見当たらない、間違いなく裕福層のみが住む事を許された場所である。
「なんか、違う意味で緊張してきた……。って言うかこれ、内見の時とか疑われたりしなかったのか!?」
大きな声を出せば先の方まで声が響いていき、誠次は思わず声を潜める。
「物凄く疑われたけれど、最終的には信じてくれたわ。両親に感謝ね」
「それはもう本当に」
もはや笑うことしか出来なくなってきてしまい、誠次は引き攣った顔で乾いた笑い声を上げる。
さすがに上層階、と言うわけではなく、下層の方、香月の部屋がある場所まで、エレベーターを使って二人は移動する。
凄いよ香月さん、エレベーターに絨毯が敷かれていますよ!? 人知れずその場で足を踏み踏みしていると、やがて目的の階に二人を乗せたエレベーターは辿り着く。
香月の借りた部屋がある、階層だ。掃除の行き届いた綺麗な通路を歩いていると、香月が不意に立ち止まり、ビニール袋を両手に持つ誠次も咄嗟に立ち止まる。
「ここよ。私の部屋」
そう言いながら香月は、昔ながらの錠の鍵で、ドアを開け始める。
香月の話によれば、中には心羽がおり、荷解きをしてくれているはずとのこと。
がちゃり、と音を立てて、玄関のドアをそっと開けた香月を待ち受けるのは、夢のマイルーム。
「な……っ」
「に……っ」
――のはずだった。
部屋の主人を待っていましたとばかりに、部屋の中から、猛吹雪が襲い掛かってきたのだ。
びゅう、と音を立てて吹き寄せる激しい雪の風を浴び、香月の銀色の髪が盛大に逆立つ。
「な、何という部屋だ!? どこにでも繋がってるドアかこれは!?」
ちょっと未来の猫型ロボットのポケットの秘密道具よろしく、南極直通のドアでも開いたのかと、誠次は腕で顔を押さえながら、激しい風の中、香月に問い質す。
「そ、そんなはずないわ! いくら私の両親とはいえ、さすがにそこまでのものを発明しているなんてありえない!」
「心羽!? 中にいるんだろう!? 一体何をしているんだ!?」
吹き飛ばされそうにまでなってしまっている香月の盾になるように、誠次が前に入り、ドアに手を添えて、部屋の中に向かって叫ぶ。
超局地的に発生している猛吹雪の中にいるであろう少女の名を叫ぶと、代わりに彼女の使い魔の声が聞こえてきた。
「ゲグググギ!?」
「イエティか!? 今すぐこの吹雪を止めてくれっ! と、飛ばされる!」
暴風を浴びながら、誠次が必死に叫ぶ。口を開けば氷の礫がそこに殺到し、刺激を感じる。
「ゴゲグ?」
ところが、イエティから返ってくる声とは、誠次にはまるで判別不可能である。声音の観点で言えば、どこか優し気な声のままであるので、いつかのように暴れているというわけではないようだが。
激しい猛吹雪の中で目も開けられず、誠次は手探りの状態で一歩、また一歩と部屋の中の壁を手で伝って歩いていく。せめて間取りは確認しておくべきだったと後悔し始めたその時、前へと進む誠次の背に、香月の手がそっと添えられた。
「こ、香月!? 危険だ、部屋の外にいるんだ!」
「あ、貴男の後ろならば、安心なのでしょう?」
「そうは言ったけど……」
「信じてるから大丈夫。このまままっすぐ行って」
それこそ氷すら溶かしそうな熱いやり取りを繰り広げる二人であったが、ここは部屋の中である。
ならば後ろにいる香月は守ると、誠次は吹雪にも負けず、雪が降り積もる廊下らしき箇所を進んでいく。
「心羽!? 一体何をしているんだ!?」
「あ、せーじの声がするぅ……」
「心羽さん!?」
「香月先輩もだぁ……」
白化粧の中で、返事をする狐のような少女は、こちらに笑顔を見せていた。盛大に、赤らんだ顔をして、小さな口から出てくる言葉は、どれもとろんとした、力のないものばかり。
「心羽……?」
「この臭い……まさか、お酒?」
背後にいる香月の言う通り、確かに、微かにお酒の臭いがする気がする。香月はアルバイト先でブランデーケーキも取り扱っているので、その匂いによく気付いたのだろう。
「まさか、お酒を飲んだのか心羽!?」
誠次が心配気に心羽に尋ねるが、雪の中で熱い身体を冷ますように丸まっていた心羽は、首を左右に振る。
「えへへー。お酒は二十歳になってからだよ……? 知らなかったんだ、せーじぃ……?」
「あの真面目な心羽が興味本位でも飲むはずが……――あ、あれは!?」
その時、誠次は発見する。雪が積もっていない部屋の隅に転がっている、割れたシャンパンのボトルと、そこから溢れている、炭酸の内容物を。
「香月! あれって、お酒のボトルじゃないか?」
「あ……思い出したわ……」
香月もまた、部屋の隅に転がっているボトルを見つめ、驚く。
「契約祝いに、不動産の人から貰ったのよ。成人じゃないからいらないと言ったのだけど、気持ちだけでもということでつい押し切られて受け取ってしまって……。さすがに飲むのも捨てるのもいけないと思って、アルバイト先の女性の先輩に渡そうと思って置いておいたの……」
「なるほど。それを心羽かイエティが荷解き中に誤って落として割ってしまったのか」
ようやくこの真夏の東京の真っ只中で第二の南極大陸が生まれたことの合点がいき、誠次は心羽を見る。
心羽は幸せそうな表情を浮かべて、誠次の元まで駆け寄ってきていた。
「心羽頑張ったよー! お部屋、とても綺麗でしょ?」
「あ、ああ……。すごく、綺麗だ……」
「綺麗だってイエティちゃん! 心羽、せーじに褒められちゃったあっ!」
「ギッガーッ!」
心羽が誠次にぎゅっと抱き着き、イエティが両手を掲げて歓声をあげる。
「はあ……。まあ、心羽が無事で良かったよ……」
誠次はすりすりと顔を寄せてくる心羽の水色の髪を撫でてやりながら、香月と目を合わす。
「……ええ、本当に焦ったけれど、良かったわ。貴男がいてくれて」
ほっと息をついた香月もまた、安堵の表情を浮かべていた。
心羽を無事だった寝室のベッドの上に寝かせてやり、部屋の中に積もった雪や張った氷を、誠次と香月は協力して片付けていく。イエティもまた、誠次の指示を聞き、床に張った氷を腕で粉々に砕き、割っていく。
「イエティって、お酒に弱いのか……?」
「ギェグ」
「全然そんなイメージないけどなぁ……」
「ゴグゴゲグッゲ!」
「なぜ、あなたたちは会話が成立しているの……?」
イエティたちと平然と会話する誠次を見つめ、香月が口に手を添えて不思議そうにしている。
誠次はイエティが砕いた氷や、香月がかき集めた氷を風呂場へと持っていき、熱湯を流してそれらを水に溶かして流していた。
昼過ぎから始めたこの作業は、二人も気づかぬうちに夕方を迎え、やがて、夜にまで続いてしまっていた。その頃には、氷まみれだった部屋が綺麗さっぱり修繕され、部屋の家具や物も全てその機能を完全に回復する。
熱湯にて最後の雪を溶かし終え、両手足の服を捲っていた誠次は、風呂場にてふぅと息をつく。
「お疲れ様天瀬くん。温かい紅茶、淹れたわ」
「ああ、今行くよ」
腕と足の水気をはらい、誠次はようやく作業の終わりを悟り、よっこいしょとリビングへ向かう。
荷解きは終えた後だったようで、リビングには質素ながら、しかしスマートな香月らしくもある、上品さも感じるインテリアや家具が置かれていた。全体的に白を基調としたものが多くあり、所々に色が差し込まれている、男性でも女性でも落ち着けるような空間だ。
「はい、どうぞ。ありがとう天瀬くん。助かったわ」
「こちらこそありがとう香月。それにしても、ようやく終わったな」
ふぅと息をつき、誠次は香月が淹れてくれた紅茶をじっくりと味わって飲む。冷え切り、疲れ果てた身体に染み渡る、心地よくまろやかな味わいだ。
「……」
香月は自分が淹れた紅茶を静かに飲む誠次の横顔を、じっと見守っているようだった。
「もうすっかり夜ね」
テレビもまだ配線を繋いではおらず、イエティも寝室にいる心羽の見守りに行った為、二人の話声以外は聞こえはしない、静かな空間だ。
香月に言われ、新品のカーテンの奥から覗く夜景を見つめ、誠次は頷く。
「あ……。参ったな……帰れなくなってしまった……」
夜の外には出られず、疲労で思わずふかふかの白いソファに座った誠次は、困った顔で後ろ髪をかく。着席の反動で、カップに入った紅茶がゆらりと揺れたが、新品のソファに溢すようなヘマはしない。
そんな誠次を見て、くすりと、香月は微笑んでいるようだった。
「……もしかして、わざと?」
どきりと、胸が跳ねる音が聞こえた。
斜め後ろに立っていたはずの香月の声は、彼女が誠次の座っているソファの背もたれに身を乗り出したことにより、耳元で聞こえたからだ。
彼女の銀色の髪と、こちらの茶色の髪が触れ合い、また鼓膜を震わせる吐息によって戸惑いや何かを感じ取った身体が反応し、誠次は慌てていた。
「い、いや。真剣に氷を溶かしていたら、いつの間にかにこんな時間になってしまっていたんだ……」
「そうね……。貴男はいつだって、そうやって私やみんなの為に、真剣に物事を考えたり、行動してくれたりする」
急に褒められるような事を言われ、誠次はこの上なく恥ずかしい思いでいっぱいとなり、手元にあった熱い紅茶を一気に飲み干していた。そんなことをしてしまえば、氷を扱っていた直後で冷え切っていた身体の体温はますます上昇し、汗すらも滲んでくるようだった。
「……はい、受け取って」
それはまるで、彼女が付加魔法をしてくれる時のような、甘い声音だった。
「え……?」
視線の右端から伸ばされた、彼女の白い右手。その指先は、ぎゅっと、拳を作って何かを握りしめているようだった。
「香月……?」
「勘違いしないで、天瀬くん……。付加魔法の時の私のような感情は、今のなんの変哲もない私もも、ずっと、きちんと……あなたに対して抱いているわ」
「それは、つまり……」
耳元で言われ、付加魔法状態中の彼女の様子を咄嗟に思い出した誠次は、顔を赤く染める。きっと、彼女も同じような顔立ちになっているのだろうと、確証めいた想像力を、働かせて。
「……だから、これを受けとって……天瀬くん……」
空になったティーカップを机の上に置き、誠次は香月に言われるがまま、彼女の握りこぶしの下に、右手の平を添える。顔は、振り向かせられなかった。今振り向いて彼女の顔を見てしまってはいけないと、誰かが、誠次の頭をむりやり固めているようだった。
すっと、香月の手が開く。
そこから落とされたものの確かな形を、誠次は右手いっぱいで感じていた。
「これは……鍵……?」
彼女の体温を受け継ぎ、生温かい銀色の鍵が、誠次の手に転がっている。……兎のキャラクターの、ストラップ付きで。
「この部屋の、合鍵よ」
「合鍵って……――」
「――そう。この家の玄関のドアを開けるための鍵で、それは、この世の中に同じものがたった二つしかないの。遥か昔も、魔法世界になってからも、ずっと未来でも変わることのない、二つのみの形」
思わず背伸びをした誠次の肩に、香月がそっと手を乗せる。
そうすれば、誠次は立ち上がることもできなくなり、再び深くソファに座り込んでいた。
「そんな香月の大事なものを……俺が……」
未だに右手の平を安易に閉じられず、誠次は呆然とした面持ちで、呟く。
この世で同じものはたった二つしかない、絶対になくしてはならない、大切なつがいの形――。
合鍵をじっと見つめ、誠次は赤い頬のまま、動けなくなっていた。
「あなただからよ。ここは――あなたの帰る場所でもあるの」
耳元で再び、香月がそのようなことを言う。
ぐっと顔を近づけられ、彼女の穏やかな息遣いが耳元で繰り返される中、誠次は部屋の中を見渡す。
「これでようやく、根無し草じゃなくなったわね、魔法世界の剣術士くん?」
どきどきと鳴る胸の鼓動が聞こえれば、それが自分のものなのか、それとも、耳元まで顔を寄せる彼女の左胸で起きている鼓動の音なのか、よく分からなかった。
分からなかったのは、彼女の顔を今はまじまじと見ることができずに、憶測で判断するしかなかったからだ。
「……もちろん、今の私とあなたには、ヴィザリウス魔法学園という大切な居場所がある。でも、お互いがちゃんと帰るべき家だって、あるべきだわ」
「帰るべき、家……」
「そう……。ここは、あなたが帰ってきてもいい場所。あなたの家でもあるのよ、天瀬くん……」
「俺が……帰る場所は……すでに、もうあると、思っていたのに……」
そんなことを誠次が呟けば、香月がやや寂しそうに、紫色の目を伏せていく。
しかし、精々動く右手の先にあった合鍵を、誠次がぎゅっと握り締めたことで、彼女のアメジスト色の目は、輝きを取り戻すのであった。
「すごく……嬉しい……ありがとう、香月……。大切にする……」
香月に信用されていることを改めて実感し、また、魔法ではなく、手元に残るきちんとした形としてそれを受け取った誠次は、顔を綻ばせていた。
「受け取ってくれて、良かったわ……。天瀬くん……」
ほっとしたような、安堵の息を香月はつき、しばしソファの背もたれに寄りかかったまま、動かないでいる。
無音の空間で、誠次は兎のストラップがついた合鍵を、無言でズボンのポケットにしまっていた。
「早速だけど、夜間外出はもう駄目よ、天瀬くん?」
「それ、香月が言うのか……?」
「ふふ。この家には何から何まで二人分、きちんと揃えてあるわ」
その為に、香月はわざわざ、日用品を二人分買っていたのかと、ここへ来て誠次はようやく理解するのであった。
しかし、それでもまだ、誠次には分からないことがあった。
「でも香月……? これは必要だったのか……?」
誠次が手持ちで運んできた袋からガサゴソと取り出したのは、ハロウィン用のコスプレグッズであった。いつの間にかに、かごの中に入っていたようだった。
決して自分が入れてはいないので、入れたのはきっと、彼女の方だろう。
「え……そ、それは……っ」
振り向いた誠次の目の前に立っていたのは、この家に自由に出入りできる二人の男女の内の一人、香月詩音だった。
魔法の才に優れ、優れた知性を持って生まれ、また他者に対する慈愛に満ちた、少しばかり個性的な考えを持っている、可愛いらしい少女。
そんな彼女がかごに人知れず入れて、巣に持ち運ぼうとしていたのは、兎を模したコスプレグッズであった。
兎とは言っても、その実態は白い水着であり、うさ耳と丸いしっぽに網タイツが申し訳程度に付属している一品だ。
「ま、まさか香月……こんなの着て街に出るつもりか!?」
「そ、そんなわけ、ないでしょう……。それはその……うさ耳が、可愛かったから、つい……」
いつもの勝ち気な彼女はどこへやら、自分の腕を手でさすり、香月は横を向いて白状する。
誠次からすれば、香月がその格好で外に出ないことに、内心でもの凄く安堵していた。
「せーじ、香月先輩……」
誠次と香月が話し合っていると、心羽が目を擦りながら、申し訳なさそうな表情をして寝室からやってくる。
「イエティちゃんたちから聞いたよ……。香月先輩のお部屋、心羽とイエティちゃんが滅茶苦茶にしちゃったって」
しゅんと落ち込んでいる心羽に、香月は無言で近づくと、彼女の狐のような頭に向けてそっと手を伸ばす。
目をぎゅっと瞑った心羽であったが、香月は口角を上げ、彼女のふさふさの頭を優しく撫でてやる。
「香月先輩……?」
「お引越し手伝ってくれて、ありがとう心羽さん。暑かったし、涼しくて良かったわ」
目を開けた心羽は、嬉しそうに微笑むと、香月にペコリと頭を下げていた。
「ありがとう香月先輩! ところで、せーじは何を後ろに隠しているの?」
「っ!? こ、これはだな心羽! な、なんでもないんだ!」
純粋無垢な心羽に訊かれ、ぎょっとした誠次は、破廉恥なコスプレ衣装を背中で隠し続ける。
「なにか、兎の耳みたいなものが飛び出てるような……?」
兎を狩る狐のような鋭い眼差しを、心羽は向けてくる。
「あなたにはいったいなにがみえているというのかしらここはさん」
凄まじい棒台詞を吐きながら、香月が誠次の隣に立ち、心羽に見えないようにカバーする。
「なんだか、二人共怪しい……。なにか隠してるでしょう!?」
「「なにもっ!」」
迫る心羽の猛獣のような気迫に、誠次と香月は同じように後退り、思わず背中合わせで手を握る。
「「……っ!」」
背中の方で感じた相方の感触に、誠次と香月は顔を見合わせて、再び心羽を見る。
心羽は髪の尻尾を左右に振り、誠次と香月の元まで駆け寄ってくる。
「二人でこそこそ何してるの!? 心羽にも見せて!」
「だ、だめだ心羽っ! 教育上非常によろしくない!」
「こんな状況でこんなこと言うのもあれかもしれないけれど天瀬くん……!」
ふと、香月が真横から声をかけてくる。
「一体なんだ、香月!?」
香月は言い辛そうに口をまごまごとさせた後、決心したように、小さな口を開く。
「実は心羽さんの分も買ってあるの!」
「なんのためにですか!?」
「似合いそうだと思ったからよ! ちなみに耳は彼女の自前のものを想定しているわ!」
「それは間違いないな!」
「だから二人でなにしてるのー!? 心羽にも教えてくれないと……悪戯しちゃうよ!?」
「だ、駄目だ! ここで負けるな……天瀬誠次っ!」
真夏の東京の夜。タワーマンションの一室で、兎を狙う狐との攻防戦は、夜更けまで続いたそうな。
去年のハロウィンの時点で七夕の時の話だという事を思い出し、丸一年を使って高二の夏の期間を書き続けている作者に、作者は戦慄しているそうです(語彙力)。




