Ⅻ ☆
「俺は魔法学園に忠誠を誓った。ならば俺の義務を果たす、カズキン・スターフィールド!」
セイ=ジン・アマーセー
頼りない兄という存在から、少しだけ、妹が認めてくれたのは嬉しかった。
……しかし、それにしても、こんな頼られ甲斐は勘弁である。
「ち、ちょっと待って理! 本当に、こんな格好をさせるつもりかい!?」
「な、なによ真兄! 私の影武者役を引き受けてくれるんでしょ!?」
鏡の前に置いた椅子に座らされた真は、後ろに立つ妹の理によって、メイクアップをされていた。
「なんかやっぱり身体のパーツが女の子っぽいわよね……」
「僕は、本当はこんな真似はしたくはない……」
準備を揃えるのには時間が掛かった。真が服飾部から拝借してきたウィッグを頭につけ、理のツーサイドの髪に整える。ただ、顔立ちは元々どちらかと言えば女性らしい線だったため、メイクの時間はそこまで必要なかった。
「その口調ももっと変えないと駄目ね。私らしくして」
「理らしくって……」
髪の毛を縛られている真が、ぶつぶつと言う。
「……時々、なんで双子だったのって両親を恨みたくもなったけど……今は両親に感謝ね」
ぼそりと、頭の後ろから理のそんな言葉は聞こえた。
ふと、目元まではある長い髪の上を向き、鏡に映った理の顔を見れば、彼女はどこか気恥ずかしそうに微笑んでいた。
「お父さんとお母さんに無茶言って、理は大阪のアルゲイル魔法学園に行きたいって言ったからね」
「……ちゃんと謝ったわよ、真兄がいない間にね」
「僕がいない間か……」
「……だって、やっぱり真兄に見られるのは、嫌だったから……」
「どこまで素直ではないんだか」
真はため息交じりに、肩を竦めていた。
やがて理によって髪型を整えられた真。鏡を見れば、理とまるまる同じ髪型をした、自分が立っている。
「……なんだか、不思議な感覚だ……」
腰まではある長い髪の毛先をそっと触り、一種の感動のようなものを感じつつ、真は呟く。
「私も変な気分。本当に私が二人いるみたい……」
理もまた、自分と瓜二つとなった女装姿の真の全身を、くまなく見つめていた。
「これで変装は完ぺきだね。……じゃあなくて、完璧ね」
「なに言ってるの。まだ完璧じゃないでしょ」
髪をなびかせながら振り向いた真に、理は不満そうにして詰め寄る。
見た目や口調ならば、だいぶ理に寄せていると思うのだが。
そうと内心で思っていた真の胸元を、理が右手の人差し指を伸ばし、とんとんとつつく。
「ここ、まっ平じゃない」
「いや、それは理も――」
「ちょっとはあるんだから!」
理は顔を赤く染めて、真を睨みつける。
どうやら、ここは譲れないところらしく、理は一歩も引く素振りを見せないでいる。
こんな時、妹の我が儘に折れるのも、また兄としてやむなしなのかもしれない。
「わかった……。じゃあ変性魔法を使って、胸を、大きくしよう……」
さすがに赤面しながら言った真であったが、そんな真の発言を受け、理は驚いたように硬直していた。
「ち、ちょっと待って……。なんで、胸を大きくする魔法知ってるの……?」
「あ、理こそ、どうして知ってるんだ!?」
「う、うっさい!」
こんなところで再び言い争いをすることになるとは。しかし、真自身、何度か自分が女性と呼ばれることがあったので、嫌でも意識してしまい、風呂場で試したことがある魔法であった。法律的にはグレーゾーンの変性魔法の一種で、昨日には誠次に見られかけていた。
「四の五の言わないで、やるわよ! 雨宮さんを助けないと!」
「……わかった。本当に、今回だけだ」
真は目を瞑り、理の前にその身を差し出す。男子制服のボタンを外し、シャツを捲って、
陸上部に所属している彼の身体は、無駄な脂肪もなく、筋肉もほどほどについている程度だ。普段のケアも怠ってはいないのか、日焼けもしていない肌は綺麗なまま。
「……なんか、私がドキドキするんですけど……」
「早くしてほしい……。一応、簡単な魔法じゃないから、取り扱いには注意して」
「分かってる……」
しかし、結果として誕生したのが――。
(だからあれほど、注意してと言ったのに……っ)
これでもかと言わんばかりのわがままボディの小野寺真であったのだ。
ところ変わって、演習場のドレスアップルームの中で、理に扮した真は、胸元を手で隠しながら、内心で不満を募らせる。大きくて重たいこれは、逆に周囲の目を引いてしまっている。
そして現在、男の自分がいるこの場所は、ヴィザリウスとアルゲイル双方の魔法学園の女子が着替えを行う場所。つまるところ、周囲には下着姿の同級生の女子たちが多くいるのだ。
(駄目だ……。上を向いて歩けない……)
パーティー開催直前とあって、楽し気な異性の声がそこかしこから聞こえてくる。
声質ももともと高い方であったので、声でバレることはないだろうが、この目立つ身体が悪い方向へと向かっている。
(女性はこんなものを……。これでは、とても走り辛そうですね……)
などと、ごく一部への女性への同情の心を胸に、真はカーテンで仕切られた部屋の中を歩く。
(これだけやったのです。理、頼みますよ……)
しかし、真は内心で感じていた。挙動不審な今の自分に向けられる視線の中でも、自分をくまなく監視する鴉の眼差しが紛れ込んでいることを。
※
百合に状況を説明しようとしていた誠次の元に、真に扮した理がやって来る。
「小野寺? 今までどこに行っていたんだ?」
「あら。私ったら、真くんも部屋に入れておかないといけないのに、うっかりしていたわ……」
百合がおでこに手を添えて、そう言えばと思い出していた。単純に、百合のうっかりミスだろう。
「それで俺だけ閉じ込めていたのですか……」
「ごめんってば誠次くん。私だって、本当は貴男たちを閉じ込めたくなかったし、パーティー参加したかったし……」
百合が申し訳なさそうに言ってくるが、彼女は教師としてすべきことを行ったのだ。責められることもない。
「状況はどうなっているんだい? 僕は職員室の方に向かったんだけど、そこもすでに多くの特殊魔法治安維持組織によって監視されていたんだ。そこで、君の所に来た」
「ちょっと待ってくれ小野寺。どこまで知っているんだ……?」
「残された時間は少ないはずだ。僕も、雨宮さんを救いたい」
「小野寺……?」
やはりどこか様子がおかしい友の姿をじっと見れば、彼はどこか恥ずかしそうにして、視線を逸してしまう。
そうこうしている間にも時間は過ぎ、間もなくパーティーが予定通り行われてしまう事だろう。
「時間がないんだ小野寺。急がなければ、ヴィザリウスとアルゲイルの魔法生が危ない」
「……やはり君は、皆の為に戦うんだね?」
まるで確認するかのように、彼が訊いてくる。
誠次は迷うこともなく、頷いていた。
「当然だ。こんな無意味な戦いは、止めなければならない」
「ならば僕は、君を頼りたい。何も言わずにこれを受け取ってほしい」
そう言って、彼が制服の胸ポケットから取り出したのは、一枚の薄いカードであった。
一見なんの変哲もない、ただの長方形のカード。しかし、誠次はそれに強い見覚えを感じていた。
「これは、タロットカード……? ――女神に剣……№Ⅷの、正義のカードか?」
彼が差し出してきたカードを手に取り、誠次は驚く。さきほど朝霞が胸ポケットに差し入れたものと、絵柄も何もかもが一致している。
「これは、雨宮愛里沙さんが大事に持っていたものの一部。雨宮さんは落としたときに気がついていなかったけど、僕が拾ったんだ。これを天瀬くん。君に託したい」
「どうしてこれを、小野寺が……?」
「説明の時間はないんだ。僕はどうしても、彼を……あの人を……一希を……」
そう言った彼の声音が、徐々に震えていき、想い人の名を出したときにはもうすでに、彼女の姿が見え隠れしているようだった。
「……」
誠次は今一度、彼が持っていた正義のカードをじっと見つめてから、それを胸ポケットに入れる。
「時間がないのはこちらもだ。俺は全面的に小野寺を信じる。だから小野寺も、俺のことを信じてほしい」
「僕は一度……裏切られた。それでも……一希のことを……」
「……俺もだ。友と思っていた者、師と仰いでいた者、理想を同じにした者とは、違う道を選んだ。……そして、この魔法世界の行く末を担う王とも……」
落ち込む誠次の頭の中で、次々とそんな人の顔が浮かんでは消えていく。最後には、杖を抱いたこの魔法世界の魔術師たちの王である、ヴァレエフ・アレクサンドルの、寂し気な姿があった。
――しかし、まだ道が完全に閉ざされたわけではないはずだ。
「それでも俺は諦めない。君も、だからこそ、こうして俺に力を貸してくれる気になったのだろう?」
誠次は微笑み、彼女に向けて手を差し伸ばす。
彼女はやや呆気にとられたようだったが、伸ばされた誠次の手を、握り返していた。
「……ありがとう、天瀬くん。お互い、協力しよう」
「ああ。一希を想う君の強い気持ちは、やがて実を結ぶはずだ。どうか大事にするんだ」
握手を交わした誠次は、改めて百合を見た。
彼女もまた、うんと頷いている。
「百合先生は他の先生方に連絡を。状況の説明をお願いします」
「分かったわ誠次くん。貴男はどうするつもり?」
「俺は出来る限り時間を稼ぎます。朝霞が言ったことが本当ならば、このタロットカードはまさしく特殊魔法治安維持組織と光安とレジスタンスが欲している最後の手札のはずです」
これを用いて、なんとか争いを食い止めることが出来れば、或いは。
迫る刻限と悲劇の未来に、震えかける右手を御し、誠次は深く息を吸う。
「天瀬くん。僕はどうすればいいかな?」
「小野寺は会場の安全を守ってほしい。そしてあと、一つ頼みがあるんだ――」
誠次はそして、彼女にとあるお願い事をした。
彼女はそれを聞いて、驚いたような、複雑そうな顔をしていたが、やがて聞き入れてくれたように、深く頷いてくれた。
「これ……本当に上手く行くと思う?」
百合が心配そうにして、誠次に尋ねる。
「可能性は未だ低いですが、諦めるわけにはいきません」
「こういう事は教師に任せて、って言うのが、普通のことなんでしょうけど……」
「生憎俺は普通の魔法生ではありません。型破りはむしろ、これくらいがちょうどいいのでしょう
誠次は軽く微笑み、二人を交互に見る。心にダメージは負うとも、人を守りたい思いは同じのはずだった。――そして、彼らだってきっと、根本的なところでは変わらないはずだ。
「行きましょう。この魔法学園を、みんなを守りに!」
「ええ!」
「うん!」
未だたった三人だけではあるが、悲劇を食い止めるための行動を開始した。
いや、正確には、もう一人いた。かつて悲劇の聖女とされた彼女がそうであったように、その逆も然りで、性別を偽ってまで戦地に赴いた、彼が。
※
間もなく、ニ大魔法学園弁論会、夜の部のパーティーが開催される。
会場である第一体育館に隣接する形にある、来賓者控室の一室で、本城直正は手元の時計で時刻を確認する。
すでヴィザリウス魔法学園の教師は動かせぬよう、職員室に縛り付け、最大の障害ともなった剣術士も、朝霞が見張っている。
憂いも、迷いもない。後悔することを続けた結果、ようやくわかったことと言えば、その災の元を先に潰すことであった。
何よりも、心が痛むのは、若き命が戦場で傷つき、散ること。それを残酷なことであると教えてくれたのは、他でもない、天瀬誠次自身であったのだ。
「千尋は寮室にいる、か。つくづく運の良い娘だ」
彼女の身の安全は約束され、そのことに関しては、安堵の息をつく。
しかし受け止めなければならない。これから自分が行うことの全てを、この身で受け止め、しかし、未来への糧とする。
「ふふ。皮肉なものだな。昨年の弁論会では命を守られた私が、こうして今年は彼らの真似事のような事をしてみせる。悪も、正義も、一枚のカードに表と裏があるように、それは紙一重であるのかもしれない」
そう呟いた直正の脳裏に強く残るのは、さしずめカードの表と言うべきか、天瀬誠次が刃を持って刃向かい、こちらに向け叫ぶ姿であった。
「君の憎悪も、悲しみも、私はすべて受け止め、背負い込もう誠次くん……。君が友を強く思う気持ちと同じほど、私もこの国の未来を思っているんだよ」
まさか、議論を交わすべき相手が国会議員ではなく、一人の魔法生だったとは。ある意味、これもまた弁論会の一つの形だったのかもしれない。
「時間だ――雨宮愛里沙を、ステージの上に出せ」
数々のイレギュラーは起きたが、最終的な目標は、今まさに完遂する。多くのテレビカメラが、華々しいパーティー会場を映している。その漆黒の黒いレンズによって真に収められるべき、この国を取り巻く邪悪。
それらを暴くために、彼女はステージの上に送られるのだ。魔法生と言う、多くの供物と共に。
『了解――ん、少しお待ちをっ』
通信機の向こうからの返答は、焦った声であった。
「今度はなんだ? もう、邪魔する者はいないはずだ」
直正が苛立ちを混じえた声で、レジスタンスの部下に訊く。
『声が聞こえます……。これは、館内放送です。この会場の全員が、その声に注目してしまっています!』
「声……?」
オールバックの髪から毛先がそれ、目元にかかる。すっかり汗の滲んだ額を腕で拭い払い、直正は耳を済ませた。
――その中性的な、男のものにも、女のものにも聞こえる声は、しかし外の台風による雨風にも負けず、力強い声量で響き渡っていた。
※
『弁論会にお集まりの皆さま、突然の放送、驚かせてしまって申し訳ございません。私の名前は、小野寺理。アルゲイル魔法学園所属の、二学年生です』
驚くのは、特殊魔法治安維持組織側だ。
近藤が小野寺理の監視を続けているはずだからだ。少しでも怪しい動きを見せたら、即時拘束しろとの指示は出していたはずだ。
『おいどう言うことだ近藤!? 小野寺理をしっかり見張ってろと言っただろ!? 日向隊長が行ったり来たりだ!』
「ご、ごめんなさい! 私、決してパーティー会場の料理を見ていたわけでは……っ」
『近藤!?』
「分かってます! ちゃんと監視してました! 目の前にいますってば!」
慌ててそう叫ぶドレス姿の近藤の目線の先には、確かに、背中を大きく露出した、ハリウッドスターが赤いカーペットの上を歩いて出てくるときのようなドレスの格好をした、小野寺理の姿があった。今まさに、男子からの誘いを笑顔でやんわりと断っている最中である。
そして頭上で響く、理の言葉に、今度は向こうが翻弄される番であった。
『現在私は、特殊魔法治安維持組織と光安とレジスタンスが取り合いをしている重要な機密情報を、雨宮愛里沙さんから直接託され、所持しています。私は今から、地下第五演習場まで、この情報デバイスを持っていきます。最後に、私から一言。――真の正義は、私たちにあります。この言葉の意味がわかるのであれば、私の言った言葉の真理は分かるはずです。繰り返します、正義は、私たちにあります』
当然、なんのことかわからないでいる多くのパーティー会場の魔法生たちは、突如鳴り響いた言葉に首を傾げている。
それでも、その中で理に扮する真は、安堵の息をついて胸を撫で下ろす。
(間に合ってくれたようですね、理、天瀬さん……)
しかし、本当の戦いは始まったばかりであった。
「あの、よろしければ俺と一緒にパーティーを楽しみませんか!?」
「い、いいえ。ごめんなさい……」
差し伸ばされる手を、やんわりとした笑顔で断り続ける真の戦いも、今宵は続く。
※
『体育館にいる魔法生の皆さんは、避難を開始してください。その場は間もなく、戦場となってしまいます』
彼女の声は、魔法学園内部の至るところで響いていた。
静寂に包まれた廊下。休み時間は多くの魔法生たちが行き来を繰り返すこの長い通路にも、彼女の声は聞こえていた。
そんな彼女の声を背に、誠次は演習場へと向かって全力で走っていた。
「ハアハア……! 間に合ってくれ!」
自分の身体にそう言い聞かせ、誠次は階段を飛び降りる。
しかし、無人と思われた魔法学園の廊下の至るところに、すでに争いの火種はまき散らされていた。
「貴様剣術士!? 朝霞様はどうされたのだ!?」
階段下で偶然鉢合わせをしてしまったのは、二人組のレジスタンスの男であった。
彼らは走り迫る誠次から離れた場所より、属性攻撃魔法の魔法式を展開する。
「退いてくれ!」
誠次は叫び、それでも急ぐ足は止まらずに、魔法式の光に向かって突撃する。
「直正様から受けた恩を忘れたのか!? お前の今があるのも、直正様のお陰だろうが!」
その言葉とともに、炎属性の攻撃魔法が誠次に襲いかかる。灼熱の火球を眼前に、黒いを瞳孔を朱に染め切った誠次は、背中から抜刀したレヴァテイン・弐で切り裂く。
「ならば、だからこそこの恩を返す! 争いの歴史の主導者として、彼を歴史の教科書に書き記すわけにはいかない! 彼を食い止める事こそが、俺がするべき事だ!」
舞い散る火花の中で、気合を入れた誠次は、二人組の男の懐まで一気に間合いを詰める。
あっと驚く、もう一人の男の右腕を斬り上げ、魔法の発動を中断させる。
「ぐあっ!」
「治癒魔法で治療しろ!」
「よくも!」
すぐ隣で仲間を切られた男が激昂し、誠次へ向けて装備していたナイフを振りかざす。
誠次は寸前で男のナイフによる攻撃を躱し、銀色の光を刀身で煌めかせたレヴァテイン・弐を手元で回転させ、男の足の先を靴ごと浅く裂いた。両断はしていない。あくまで傷を付けただけだ。
「ぐうっ!?」
「止めないでくれ! 俺は、この魔法学園にいる人々を救うんだ!」
『信じてください! 私は、この学園にいるみんなを助けたいんです!』
誠次がそう叫ぶ声と、その頭上で響く少女の言葉が、重なった。
その一瞬の間を突き破るのが、真横から接近する攻撃魔法の弾であった。
誠次はそれに反応し、躱すことも考えたが、そうすればこの場で切ったレジスタンスの男に直撃する。
誠次は手に持っていたレヴァテイン・弐を廊下の上に勢いよく突き刺して盾にすると、右腰からもレヴァテイン・弐を抜刀し、迫る複数の魔法の弾を、全て切り弾いた。
レジスタンスの男への直撃は、廊下に突き刺したもう一つのレヴァテイン・弐が防ぎ切る。
「状況を説明してもらおうか、剣術士!」
やって来ていたのは、付近を警戒していた様子の特殊魔法治安維持組織であった。
誠次は床に刺したレヴァテインを引きぬき、それを手に持っていたものと連結させ、構える。
「彼女の声が聞こえるはずだ! この戦いを止める! 道を開けてください!」
「戦いを止めるだと……レジスタンスの味方か!」
「違う……!」
そう言葉を返す誠次であったが、特殊魔法治安維持組織は油断なく属性攻撃魔法を展開しており、迂闊に近づけない。自身が負傷させたレジスタンスをも庇っている状態だ。
「早く治癒魔法で治療してくれ、レジスタンス! 特殊魔法治安維持組織はあなた方をも纏めて葬る気でいる!」
「お前は一体、なんの味方なんだ……?」
倒れ込みながら、唖然とした声で訊いてくる。
誠次はすでにかいていた汗を頬から流し、一瞬だけ目を伏せる。
「人類の……正義の味方だ……!」
苦し紛れにそう答えた誠次の背後に、新たな敵意の気配が。
しかし、それは、ずいぶんと気の抜けるような、見知った顔立ちであった。
「天瀬テメエ! なに抜け駆けしてるんだよ!」
「俺たちは今日の夜は寮室待機のはずだ!」
誰かと思えば、先日談話室で殴り合いをしたフィールド上の魔術師とサッカー部。そしてグラウンド上の魔術師とアルゲイル魔法学園の野球部の面子だった。
ともにこの時間は、寮室内にいなければならないはずである。
「お前ら!? 室内にいなきゃ駄目だろ!」
「それはこっちの台詞だ! 案の定お前は約束を破ったようだな、天瀬誠次!」
「談話室の片付けをサボった貴様らよりはマシだ!」
「だから今まさに、俺たちがバーのマスターに呼ばれて片付けをしていたところだ!」
見れば、彼らの手には、水がちゃぷちゃぷと入ったバケツや、ホウキやモップなどが握られている。
「それで、何してやがるんだ天瀬誠次! また抜け駆けで夜の外に飛び出して、美少女探しか!」
「もうこの際そんなところだ! 目の前にいるのが美少女の方が何倍もいいことか!」
油断なくレヴァテイン・弐を構える誠次の真横に立ち、フィールド上の魔術師もまた、ホウキを構えていた。意味あるのだろうか、それ。
「フィールド上の魔術師!? なんのつもりだ!?」
「お前にだけいい格好させるかよ! お前と同じことすりゃ、俺だって!」
「遊びではない!」
「分かってる! けどな、ちょうど俺たちは今、虫の居所が悪い。目の前にいるアイツを束でボコすぐらい、わけないんだよなぁ……」
手元でくるくるとホウキを回し、フィールド上の魔術師が半眼となって特殊魔法治安維持組織を睨む。
「どうしたフィールド上の魔術師……。そこまでイライラしてるなんて……」
「女子マネージャー……なんか、用事あるんだってよ……」
「……はっ」
そこまでつぶやかれ、誠次はようやく思い出す。
そうだった。昨日彼らが身を呈して守ったサッカー部女子マネージャーは、あろうことか今頃北久保と一緒に夜のパーティーを楽しんでいるのである。
「だからよ……目下俺たち外出禁止組の敵は、今頃夜のパーティーで俺たちの女子マネージャーといちゃいちゃしてる野郎なんだよ!」
「……そ、そうか」
誠次の隣や後ろで、涙を噛み締めながら、サッカー部と野球部が呼吸を合わせている。総勢二〇名の心が、わかり合うことが出来た瞬間である。
残酷だが、真実は、伝えないほうが為だろう。彼らの、今後の為にも……?
「だから行けよ、天瀬! ひとまずここは俺たちに任せろ!」
「あ……すまない! 恩にきる、フィールド上の魔術師!」
思い悩んでいた誠次は、フィールド上の魔術師の言葉にも背を押され、握っていたレヴァテイン・弐の連結を解除し、二刀に分解したそれをそれぞれ、背中と腰の鞘に納める。
そして、この場に負傷した男たちを残し、誠次は振り向き、目的地である理が指定した演習場へと向かって行った。
「特殊魔法治安維持組織に楯突くつもりか、貴様ら如き魔法生の分際で!」
そんな特殊魔法治安維持組織にも、騒ぎを聞きつけたのか、援軍が到着する。
それでも、フィールド上の魔術師は不敵に、彼らしい嫌な笑みを見せつけていた。
そして、誠次の代わりに隣に並んだアルゲイル魔法学園の野球部主将に、声をかける。
「おうおう、アルゲイルの馬鹿野球部共。これ以上罰を重ねたくなかったらとっとと逃げるんだな。反省して丸坊主……って、もう剃る髪もないか」
「フザケたこと抜かすな、ヴィザリウスのサッカー阿呆共。お前らこそ、赤いカード掲げられたら何もできないくせによ」
口で罵りあいながら、とびきり仲の悪い両校の運動部の男子たちが、一斉に飛び掛かった。やはり、彼らにとっての武器は魔法ではなく、その鍛え上げられた肉体から出る自身の身体であったようだ。
※
第五演習場にはVR空間が広がっている。漆黒の雲が漂う真下で、電光色の色が幾重にも折り重なり合い、光の乱反射を見せる、夜中の大都会。夜となっても尚、人々の生活の証が多く見渡せるここは、超高層ビルの屋上であった。実際にその場にいるような肌寒さも、身体を揺らすような力強い風も、ここでは感じることが出来た。
「……」
誠次はただ一人、レヴァテイン・弐を背中と腰に装備し、屋上の端に立っていた。すぐ後ろを見下ろせば、夜の道路を走る車のライトが、いくつも輝いては通り過ぎていく。周囲にはもっと背丈のあるビルもあるが、ここでも高度百メートル以上はあるだろう。当然、ここから飛び降りようとすれば飛び降りることはできる。流石に死にはしないだろうが、相応の痛みは機械が脳に知らしめてくれる。
幻が見せる大都会の夜景を見渡していると、やがて、後ろの方から屋上床を歩く足音が、計三人分聞こえてくる。
誠次は深く息を吸うと、振り向く。
「――やはり、貴様の仕業か。剣術士」
特殊魔法治安維持組織第一分隊、隊長。日向蓮。目的は雨宮愛里沙の捕縛とデータの回収である。特殊魔法治安維持組織の制服姿で彼は、向かって左側から現れた。
「やっぱり、君とは相容れないようだね。誠次」
光安の刺客。アルゲイル魔法学園二学年生、星野一希。目的は雨宮愛里沙の抹殺と、データの破壊である。アルゲイル魔法学園の夏の制服姿で彼は、向かって正面から現れた。
「……残念だ。君とはこうして対峙したくはなかった。天瀬くん」
レジスタンス構成員。元特殊魔法治安維持組織第七分隊所属、影塚広。目的は雨宮愛里沙の演説間のみの守備と、データの利用。姿を隠す為の黒いフード付きマントを羽織った、コンバットベルト姿で、向かって右側から現れた。
この場の全員、理の演説を聞き、この場に駆けつけた。三つの勢力の、それぞれのエースが揃い踏みだ。
日向が誠次を睨む。
「データを渡してもらおう。あれは元々、特殊魔法治安維持組織のものだ」
「なにを勘違いしている特殊魔法治安維持組織?」
誠次に向けて手を伸ばす日向の前に割って入ったのは、一希であった。
「あのデータは光安が貰い受ける。特殊魔法治安維持組織は手を引いてもらう」
「データは渡さない。あそこに入っている情報は、僕たちが貰い受ける」
二人に対し、影塚も一歩も引かない口調と声音で、言い張る。
そうして、ひときわ強い風が摩天楼の屋上に吹いた。
まるで地上から巻き起こってきたかと思うような膨大な風を後ろから浴びながら、誠次は制服の胸ポケットから、カードを一枚取り出して、手のひらの上に乗せ、三人の前につき出す。
JUSTICE。――正義を意味する、タロットカードだ。
「この魔法世界……そしてこの国の平和。俺たちのやり方の違いはあれど、夢や目標は同じのはずです。俺は最後まで、あなたたちと協力し合い、共に進むことを望んだ。できれば争わず、よりよい結果が生まれることを望んだ」
誠次が告げるが、三人の顔色に変化はまるでない。
かつて同じ夢を見ていたはずの四人は、もはや互いに相容れぬことのない、敵対関係へとなっていた。
誠次もまた、歯がゆい思いを噛み殺し、カードをぎゅっと握り締める。
「このカードこそが、あなた方が望んでいるはずの、雨宮愛里沙さんが持ち出した最後の情報だ。このカードの裏側は電子ペーパーとなっており、残りのカードと繋げれることが出来れば初めて、記憶媒体としての意味を成す。よって、たった一枚でも、これなしでは情報は開示されない」
「その通りだ天瀬くん。さあ、それを渡すんだ」
言いながら影塚が身構え、日向と一希もそれぞれ身構える。
容赦のない雨風が吹き寄せる中、誠次は手に持っていたカードを再び、胸ポケットに収める。湿り、濡れたポケットの中では、滑り出る恐れもなかった。
そして、背中からレヴァテイン・弐を抜刀し、それを三人へと向ける。
「断ります。せめて、魔法生たちの身の安全が保証されるまでは、この最後のカードを渡すわけにはいかない」
「愚かな選択をしたね、誠次。君がそのカードを持っているとわかった以上、この場で真っ先に狙われるのは誠次、君だ」
一希は身の丈以上の長さはある太刀を引き、鞘から抜刀。剣先を誠次へと向けた。
「少なくとも僕たちが手を組めば、君は傷つかずに済んだというのに」
「一希。俺はお前を止める」
誠次と一希が互いの魔剣の切っ先を合わせ、四つ巴の戦闘の火蓋は切って落とされた。
〜A.ただの作者の趣味です〜
「一希くん。おかしいと思わないかい?」
こう
「なんでしょうか」
かずき
「なぜ僕たちがこうも髪を伸ばさなくてはいけないのか」
こう
「疑問に感じたことはないかい?」
こう
「確かに、おかしいとは思います」
かずき
「一説によると、こうだ」
こう
「悪いやつほど、髪を長くする、と」
こう
「なるほど」
かずき
「一理ありますね」
かずき
「そうだろう?」
こう
「よって……」
こう
「日向は最初から物凄く悪い奴だったんだ!」
こう
「勝手に決めるなっ!」
れん




