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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
雨上がって、鈍色の心は晴れ渡る
92/189

Ⅹ ☆

「雨が過ぎれば、今夜はきっと、綺麗な星が見えるはずよ……」

            ゆり

 激しい雨が、窓を叩きつけている。風も、次第に強くなってきたようだ。太平洋上で発生した台風が、日本列島へと近づいてきている。

 それらはもれなく、どんな力を持っていようが、どんな知識を持っていようが、どんな権力をもっていようが、人が一人の力では太刀打ちすることも出来ない、人類の母体である地球の力でもあった。

 

「――お目覚めですか、天瀬くん?」 


 誠次せいじが目を覚ました時、そこは寮室のベッドの上だった。

 首に残った魔法の紐の痕と、ずきりとする頭痛。誠次は頭に手を添えながら、寝かされていたベッドの上で上半身を起こす。誰かがかけたのか、腹にはブランケットがあった。

 嫌な記憶を思い出す、聞き慣れた声だ。

 朝霞刃生あさかばしょうが、こちらに対して背を向ける姿勢で、ベッドの支柱に背を預けて立っていた。一見、無防備に見えるその背中でも、常に油断も隙もないのだろう。

 ――ましてや、直正なおまさ影塚かげつかを止めることができずに、こうしてここまで運ばれた身では。


「貴男が、俺をここまで運んだのか……」


 倦怠感と共に前髪をだらりと垂らし、誠次は俯いて言う。


「ええ。昏睡状態のあなたを運んだのは、二回目ですね。今回はレヴァテインもあった分、余計に重たかったですよ」


 こちらに背を向けたまま、朝霞は答えていた。


「……運んでくれて、ありがとう。感謝はする……」

「受け取っておきましょう」


 時刻はもう夜のはずだ。室内の明かりは玄関んほうが点いているだけで、薄暗い部屋の中、今は誠次と朝霞の二人きりだった。

 今は一体何時だろうか、そう思って顔を上げると、朝霞が手元で自身の電子タブレットを起動していた。


「現在時刻、午後五時過ぎです。弁論会夜の部開始まで、あと一時間もないでしょう」

「……直正さんは、本気なのか……?」

「ええ。結局、光安が指定した場所に、雨宮愛里沙あまみやありささんと情報も、引き渡しはされませんでした。よって、光安による攻撃は間違いなく行われることでしょう」

「魔法学園のみんなが危ない……! すぐに教師に知らせないと!」


 そう思って立ち上がろとした誠次の喉元に、そっと、冷たい感触が押し当てられる。

 ひやりとした背筋で、喉元を見れば、朝霞が抜いていた日本刀の刃がそこに添えられていた。


「朝霞……!?」

「私もレジスタンスを率いる身。貴男を止めるのは当然でしょう? 現代のジャンヌダルクの邪魔はさせませんよ?」

「……貴男が、見張りというわけか……」


 無理やりにベッドの上に戻された誠次は、その間にも、レヴァテイン・ウルの現在地を探る。

 しかし、こちらを見下ろす朝霞には、その思考ですら、読まれているようだった。


「レヴァテインは私が隠してあります。安心してください。何もしないと約束してくだされば、返します。もとよりあの魔剣は貴方にしか扱えない。()()()()()()()()()()

一希かずき……」


 もう一人の剣術士として、科連本部でおれを斬った相手が、一希だった。

 そのことも思い出した誠次は、虚しさと悔しさをはらんだ身体を消沈させ、力なく項垂れる。

 言葉で誠次の意地を挫いたことを確認した朝霞は、日本刀を翻し、腰の鞘に納める。


「ヴィザリウス魔法学園の教師たちは現在、アルゲイル魔法学園の魔法生、雛菊ひなぎくはるかと星野一希を捜索している」

「雛菊はるか……。一希の幼馴染だった女の子のことか?」


 誠次は記憶の糸を辿り、昨年のアルゲイル魔法学園とその前のお好み焼き屋で出会った少女の事を思い出す。


「ええ。雛菊さんは現在、行方不明となっており、星野くんがそれに関与したとして、二人の行方を捜している最中のようです」

「一希が関係している。……まさか」


 誠次が顔を上げると、朝霞はええ、と頷いていた。


「察しの通り、光安です。雛菊はるかの身柄は現在、光安の元にあると、状況的に見て間違いないでしょう」

「一希のレーヴァテインへの付加魔法エンチャントは、雛菊さんがやっているのか?」


 誠次が訊くと、朝霞は肩を竦める。


「彼は貴男とは違い、普通に魔法が使える魔術師です。わざわざ女性から魔法ちからを借りる必要はありませんよ。それに、貴男も見たでしょう? 彼が一人で、付加魔法エンチャントを使用していたことを」

「そんな……それでは危険だ! 一希の身体が保たない!」


 ティエラの前例を見ても、一人で魔剣への付加魔法エンチャントを使用することは、身体の機能を失いかねない危険すぎる行為であった。

 自分の場合はそれを少しずつ様々な女性から受け取っていることで、実戦が行えるぐらいなのだ。


「この期に及んで彼の心配をするとは……。相変わらずのお人好しのようで何よりですよ」

「嫌味はやめてくれ……」


 誠次は力なく、言い返していた。


「……ショックだった。まさか一希が、俺を科連本部で斬っていたなんて……」


 誠次はベッドの上に腰掛けるようにし、項垂れる。


「正しいことをしているつもりだった……。それでも、理想は遠退いて……この手から離れていく……」


 前髪を垂らし、誠次は呟く。信頼していた直正や影塚までも、信念の違いで決別する道を選んだこと。そして、同じ夢を追う友だと思っていた一希までも、自分に刃を突き立て、敵となっていた。

 同じ夢を見ていたはずが、そこに行き着く為の道筋は、全く異なっていたのだ。

 思い悩む誠次の視界に、ふと、黒い棒状のものが入ってくる。その全体像を見渡せば、薄暗い照明の中でも銀色の光を放つ、鞘から抜かれたレヴァテイン・ウルであった。それらは朝霞の目の前の壁に、立てかけられてある。


「どうします、天瀬くん? 今再びレヴァテイン・ウルを取り、かつて貴男が尊敬していた男と、かつて貴男が友だと思っていた男の子と、互いの正義を懸けた刃を交える覚悟はありますか?」

「……」


 誠次は前髪の間から覗く黒い瞳を、レヴァテインの刃に反射した光で、光らせた。


「貴男は相変わらず、味方なのか敵なのか、分からないんだな……」

「少なくとも、今の私と貴男は敵同士ですよ。貴男がこの剣を再び手に取り、我々レジスタンスが行う、雨宮愛里沙による革命の為の演説を食い止めようとするのであれば、ですが」

「ならば俺のすることは変わりがない。人が戦うべき本当の相手は゛捕食者イーター゛のはずだ。人間同士で戦っていたとしても、なにも変わる事は無い。戦ってでも、みんなを止める」

「それを分かっていながらもあなたは尚も人と戦う。いやはや、悲劇極まれり、ですね」


 朝霞はどこか面白気に、横目で誠次をじっと見つめていた。


「きっと、いつかは分かり合えるはずだ。その方法は今はもう、戦うことでしかないのかもしれない……。だが、言葉だけではなく行動で示せ。そうと俺に言ったのは他ではない、貴男のはずだ」


 誠次がそんなことを言えば、朝霞はやや面食らったようだ。


「はて? 私、そのようこと言いましたっけ?」

「紛れもなく貴男が言った言葉だ」

「ならば、元教師としては、鼻が高いですかね」


 朝霞は微笑むと、満を持したように、こんなことを言い出す。


「実を言いますと、我々レジスタンスは光安に雨宮さんの身柄を仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まあ、元より渡す気はありませんでしたけれどもね」

「? どういうことだ?」


 朝霞の妙な言い回しを不審に思い、誠次は訊く。


「彼女が所持していたはずの情報は、実は不完全なのです。あと一枚だけ、カードが不足している。いやはやこれにはさすがの私も想定外でして、直正様ともども、焦っているのです」

「焦っている? 情報が欠落しているのか?」


 冗談を聞かされているのかとも思ったが、朝霞の口調にそのような思惑は含まれてはいないようだった。どうやら、これは向こうも想定外の事態だったらしい。


「ええ。言葉だけでは、光安と特殊魔法治安維持組織シィスティムの悪事を全て暴くには不十分です。彼女が追われているのも、彼女が奪取した情報があったからこそ。つまり今の彼女は、半分だけの価値と言うことです」

「つまり、貴男たちレジスタンスも、雨宮さんが失った情報の一部を欲していると」

「その通りです。まさしく言葉だけでは、なにも変わらない状況ですよ」


 そしてもしかすると、と朝霞は人差し指を立てて、わざとらしい口調でこのようなことを言うのであった。


「どこのどなたかがこの情報を探して持ってきて、雨宮さんが舞台に立つ前に直正氏に対して取引に使えば、少なくとも彼女が再び傷つく可能性は大きく減るかもしれません。あくまで、可能性の話ですが」

「……情報はまだ、特殊魔法治安維持組織シィスティムと光安の手に渡ってはいないという可能性は?」

「さあ、そこまでは我々も把握していません。しかし、どちらにせよ特殊魔法治安維持組織シィスティムも光安も、脱走者である彼女を抹殺する事に変わりはないでしょう。ならばもはや残されたカードはただ一つ。情報を一刻も早く確保して、取引の材料に使うほかないでしょうね」


 朝霞はそこまで言うと、くるりと振り向き、背丈の高いモデルのような身長で以て、誠次を見下ろす。


「私たちレジスタンスは、なんとしても雨宮愛里沙さんの演説を行わせます。そして、特殊魔法治安維持組織シィスティムと光安はそれを阻止するために、間もなく無差別攻撃を開始します。タイムリミットはあと一時間。果たして、止められるでしょうかね、この状況を」

「……やる。そして、必ず一希とも影塚さんとも、直正さんとも、同じ道を歩いてみせる」

「今は、お互いに素直になりきれていないのでしょう。言うなればそれは、子供喧嘩と似ています。誰かが素直になれば良いのでしょうけど、プライドもあり、それは難しいでしょうからね。ましてや、男同士の問題では」

「こうなれば意地の張り合い、と言うべきなのかな……。また俺も、意地を張ろうとしているんだ。みんなと、分かり合うこと」


 誠次は朝霞を見上げ、決意を込めて、頷いていた。


魔法生みんなをやらせはしない。俺にとってみんなは、大切な人たちなんだ」


 結構、と踵を返した朝霞は、ベッドの傍から離れ、寮室の出口へと向かっていく。


「では期待していますよ、天瀬くん。()()()()()()とやらを、是非とも刃を振るってしてみてください」


 相変わらず人を小馬鹿にするような素振りでそう告げた後、部屋の途中でぴたりと立ち止まり、不意にこんなことを言ってくる。


「ああそうそう。貴男が今着ている制服の胸ポケットに、もしかしたら仲直りに役立つ道具が入っています。有効活用してみてください」


 言われ、誠次は自身の制服の胸ポケットをちらりと覗く。そこには普段、ペン型の電子タブレットを差し込んでいるのだが、今はそれがなかった。


「待て朝霞、俺の電子タブレットは!?」

「そんなもの、私が取り上げましたよ。言ったはずです。私はあくまで直正様に忠誠を誓う身。貴男が足掻こうとするのは自由ですが、邪魔はさせて頂きますよ」

「……やはり、貴男は敵だ」

「ご安心を。この戦いが終われば返却いたしますよ。あ、そうそう、暗唱番号、教えてください。ネットの検索履歴とか、見てみたいですから」

「貴男も関係している女の子の名前ですよ」

「? 皆目見当もつきませんね」


 きょとんと首を傾げた朝霞は手元で器用に誠次の電子タブレットをペン回ししながら、部屋を後にしてしまう。

 ――やるべきこと、すべきことを整理しなければ。

 電子タブレットは使えない今、誠次はテレビの電源を点ける。

 現在時刻、午後五時一〇分過ぎ。どうやら、昼前から今の時間まで、寝かされてしまったようだ。テレビのニュースでは、台風接近に伴う緊急速報が流れている。どうやら雨風は、夜明けまで続くそうだ。


「レヴァテイン・ウルを、置いていくなんて……」

 

 自分を見張るはずの男は、得物を壁に立てかけたまま、部屋の外へと出て行ったようだ。誠次はそっと、二振りの自身の相棒に近づき、右手を伸ばす。


「やろうレヴァテイン。俺たちは、戦いを止める為に戦わなくてはいけない。ただ、胸を張って言えるのは、俺たちの戦いこそが、真の正義であるという事だ。ただ、戦う事は正しいことでない。俺たちは戦いで、それを証明するんだ」


 物言わぬつるぎに語り掛け、誠次はそれらを慣れた手つきで背中と腰に装備する。

 そこまですると、背中の鞘のベルトに胸ポケットに入っていた何かが引っ掛かった感触があり、誠次は朝霞に言われた言葉を思い出し、そこに指を入れてみる。


「なんだ、これは……?」


 朝霞が誠次の制服の胸ポケットに入れていたのは、タロットカードだった。朝霞なりの嫌味で、台風の間はカードゲームでもしていて遊んでいろとも言われたようだったが、それとは違うようで。

 タロットカードに描かれていたのは、王冠を被った女性が剣を持っているイラストであり、上の方の数字はローマ字数字で八を示している。下には英語で、【JUSTICE】と文字が刻まれていた。

 誠次はそのカードをじっと見つめてから、再び胸ポケットにしまう。そして、胸にそっと手を添え、瞳を閉じて深呼吸をしていた。


「光安と特殊魔法治安維持組織シィスティム、そしてレジスタンスの全面決戦を食い止めなければ、この魔法学園の皆が危ない……!」


 朝霞が言ったもう一つの可能性。雨宮が紛失した情報とやらの回収と同時に、会場入りしているであろう多くの人に危険を知らせなければ。

 夜の部の会場入りは禁止されているが、四の五の言っている場合ではなく、電子タブレットも使えない誠次は走って部屋の外に飛び出そうとしたが。


「外部ロック!? 朝霞か!?」


 普段は滅多に使われることはない、寮室の部屋の外からかけることが出来る強制的な施錠を部屋のドアに掛けられており、内部からドアが開けられなくなっていた。生徒同士のいたずらに使われないように、教師のみが使えるシステムのはずだったが。

 ここで時間を喰う場合ではないと、誠次はドアを両手で叩く。

 すると、ドアの外に立っていた人物の、予想外の声が、施錠された玄関の先のから聞こえてくる。


「――部屋の外にでるつもりかしら、誠次くん……」

「その声は、百合ゆりさんですか!?」

「ええ、私よ」


 壁一枚を挟んだ廊下に立っているであろう女性教師へ向け、誠次は声を大きくする。


「ドアを開けてください百合先生! このままでは、弁論会夜の部が行われる第一体育館にいる人々が危ない!」

「禁止されているパーティーに参加したいのなら、もっとマシな嘘を吐くべきよ、誠次くん。私は見張りとして、他の先生に頼まれてここにいるの。貴男はパーティーには参加できないわ」


 ここへ来てまさか、昨日の談話室での乱闘のツケが、誠次の出鼻を挫いていた。

 百合に言われ、そのことを思い出した誠次は、思わず足を引くが、


「そうじゃありません! 特殊魔法治安維持組織シィスティムと光安が、一人の女性を巡ってヴィザリウス魔法学園で争おうとしているんです! ここは間違いなく戦場となってしまう。それを止めるんです!」

「……何かの読み過ぎかしら」

「百合さんっ!」


 思わずドアを叩いた誠次は内心で、ドアの向こうから聞こえる百合の声音の些細な違和感を感じ取っていた。

 こんなところで、こんな理由で、ここに押し込められる羽目になるとは。もしかすれば朝霞はそれを見越して、敢えておれをここに放置したのかもしれない。だとすれば、なんと性格の悪い。

 今はそう思っても、しかし焦る現状に嘆く暇はなどなく、誠次は懸命に百合を説得しようと、長方形のドアに向かって声を荒げる。


「お願いです百合さん! ドアを開けてください! 星野一希、貴女の弟の身だって危ないんです!」

「それは貴男が、一希と戦うから……?」

「え……?」


 百合から出た言葉に、ドアに拳を打ち据えていた誠次は、思わず顔を上げる。

 向こうに立つ百合は、尚も静かな声音で、告げてくる。


「昨日一希から、全て聞いていたわ……。彼がどんな思いで、剣を振るっていたのか……。そして、光安と行動を共にしていたことも……」

「そんな……。貴女には、話していたのか……」


 黒い目を見開き、誠次はドアの向こうを見つめるように立ち尽くす。


「……どうして、一希が……。私が、傍にいてあげられなかったから……」

「百合さん……。俺も友と思っていた彼に裏切られ、ショックを受けています。――いや、もしかすれば俺たちは、本当は何一つお互いのことなど理解出来てはいなかったのかもしれません。だからこそ俺は、科連本部で彼に背を斬られてしまった……」


 誠次は俯き、それでも諦めず首を左右に振り、夏の熱気と湿気、そして身の底から沸き立つ熱で汗ばんだ顔を上げる。


「だから、今度こそ、本当の意味でアイツとは分かり合いたい。そうすればきっと、真の友として、親友として同じ道を進む事だって出来るはずです。お願いします! ドアを開けてください!」

「……私は一希にも、貴男にも戦ってほしくなんてない……。どちらももう、傷ついてほしくないのよ!」


 百合の叫び声が、誠次の全身を通過していく。百合自身も、信じ、また愛していた弟に裏切られたショックが大きのだろう。誠次は、そうと感じていた。


「百合さん! 彼を止められるのは、俺しかいません。そして、魔法生を助けられるのも、今は俺だけなんです! どうかドアを開けてください!」

「でも……っ」

「寮室にいなければならなかったと言う責任は全て俺が負います! このままでは全てが手遅れになってしまう……。お願いだ百合さん……! 一希を止めなければ! 俺はみんなを救いたいんだっ!」


 めいいっぱいの声を腹からだし、また両手で強くドアを叩きつける。まるで檻に閉じ込められた男が、看守に釈放を求めるかのように、さながら檻の中にいる誠次が、叫んでいた。


「……ごめんなさい、誠次くん……。私は、一希を、愛しているわ……」

「……唯一残された家族なのですから、当然ですよ……」


 しばしの沈黙の後、すすり泣く音と共に聞こえて来た彼女の声に、誠次は答える。胸がきゅうと切なく感じればそれは、彼女の言う事に身体が自然と、共感しているのだろう。


「貴男は、残された家族もいないと言うのに……それなのに私たち姉弟を、一希を諦めずに救おうとしてくれる……」

「貴女の立場で言えば、俺はかつて、妹を救ってやれなかったのです……。こんな悲しい思いは、出来ればもう誰にも味合わせたくない……」


 誠次はドアに押し付けた手で握りこぶしを作り、悔しく歯を食い縛り、答える。


「例え彼が俺を拒絶しても……俺は諦めずまた、彼に手を伸ばします。今度こそ、彼がその手を握ってくれると信じて……っ」

「……」


 ピッ、と音を立て、ドアが横にスライドして開いていく。

 目の前を塞いでいた道が開け、廊下の明かりが眩しく朝日のように差し込み、誠次を照らし出す。

 ドアに明け渡していた体重を支えるドアがなくなり、思わず前へとつんのめった誠次を抱きかかえたのは、立っていた百合であった。


「あ、ありがとうございます、百合さん……」

「ごめんなさい誠次くん……」


 誠次は首を横に振り、すぐに姿勢を整える。

 目の前に立つ百合の、弟のものとは同じ、しかし希望の光を失ってはいない光を灯す青い色の目には、涙の跡を浮かべていた。


「生きていた頃の、まだ日本にいたころの親から聞いたことがあるの。一希の名前の意味は、一つの希望だって……。一希もまだ、希望を持っているはずなのかな……」


 泣いた顔を見られた照れ隠しの為か、百合はぎこちなく微笑みながら、目元を指で擦り、そんなことを言ってくる。

 彼女の姿を見た誠次は、俯き、しかし右手で握りこぶしを作る。その手を持ち上げて見つめれば、自分と同じ魔剣を振るう彼の気持ちすら、微かに感じることが出来るようであった。

 同じ思いで、同じ理想を抱いた、同じ道を進むべきだった彼の姿。理想郷に向かう為の道は逸れてしまったが、ならば元通り、いつか何処かで道は繋がるはずだと、今は信じて。


「……きっとそのはずです。今は歪んでしまった()()だとしても、俺は、彼に()()をもって接します。今はそれが、刃を交えることですけれど……!」


 そう呟いた誠次の背中と腰にあるレヴァテイン・ウルを交互に見つめた後、百合は誠次の頬にそっと、自身の手を添えた。

 ぴとりと、冷たい彼女の手の感触を感じ、誠次は視線をそこへ向けてから、真っすぐと百合を見る。


「私、信じるわ。お願い、誠次くん……。貴男に言うのは酷かもしれないけれど、それでもお願い……一希を、友だちを、救って……っ」

「友を救うと、約束します。必ず! 貴女の願いを、叶えます!」


 誠次は百合の手をそっと取り、手をぎゅっと握り返してから、力強く頷く。

 残された時間は少ない。手伝ってくれるであろう百合に状況を説明しようとする誠次の元へ、息を切らして走って駆け寄ってくる、少年の姿があった。


()も、一緒に行かせてくれ、天瀬くん!」


 聞き覚えのあるような、ないような声に振り向けば、橙色の髪をした小野寺真おのでらまことが、昼前と変わらない制服姿で、駆け寄って来ていた。ダニエルに連れて行かれたはずだったが、ようやく戻って来たのだろうか。


「お待たせ、天瀬くん」


 ……小野寺真らしくない、妙に凛々しい声音で。


        ※

 

 多くの人々を抱えたまま夜を迎えた魔法学園の体育館では、二大魔法学園弁論会、夜の部が開催されていた。男子魔法生女子魔法生共に、華やかな正装に着替え、パーティー会場用に装飾された豪華絢爛な体育館の中に集結していた。この日の為に用意された食事も豪華なもので、それ目当てに来る魔法生もいるほどだ。


「やべ、あの娘超可愛い!」

「待って、マジイケメン!


 互いの、それも他校間交流によることも相まった、正装姿への期待もある。カメラのフラッシュもそこらで焚かれる中、早速一夜を共に過ごすパートナーを見つけては、ステージへと向かっていく。

 そうして、正装に着替えてパーティーを純粋に楽しむ魔法生がいれば、忙しなく料理を配膳する給仕係も、この場にはいる。


「おっと。なあ夕島ゆうじま! これここで合ってるよな!?」

「角度はそこで……。完璧だとばり


 白と黒の給仕係の制服を着て、せっせと料理を配膳したり、グラスに注いだ飲み物(ノンアルコール)を提供したりと、悠平ゆうへい聡也そうやは大忙しであった。

 

「はっはっは。ちょっと待ってくれよ夕島……。見栄えまで良くしろって、難易度高すぎるぞ」


 困り顔で茶髪の髪をポリポリとかきながら、悠平は共に給仕係として働くことになった聡也に文句を垂れる。


「やるからには完璧にだ。見栄えには拘りたい」

「――あの。写真、一緒に撮ってもらっても良いですか!?」


 眼鏡を直しながら答えた聡也の元へ、アルゲイル魔法学園の魔法生と思わしき女子がやって来る。


「? 構いませんけれど……?」


 突然の事に困惑する聡也はドレス姿の女子に腕を組まれながら、自撮りの要領で、写真撮影に応じる。

 

「ありがとうございました!」

「写真撮影って給仕係の仕事か、それ?」


 悠平が困惑しているが、


「私も良いですか!?」


 気がつけば、悠平の元にも、見知らぬ女子が集い始めていた。


「お、おう。別に構わないけど」

「やった。ありがとうございます!」


 悠平と聡也は顔を見合わせ、互いに首を傾げていた。しかし聡也曰く、見栄えには拘らなければ。

 ステージ上では、ヴィザリウス魔法学園吹奏楽部による演奏が行われていた。そんなパーティー会場の様子は、無数のテレビカメラやネット配信用のカメラによって、収められていた。


「それにしても、誠次せいじ小野寺おのでらも可哀想だよな。こんなに美味そうな飯が沢山あるってのに」

「仕方がない。いくつか持っていってやろう。タッパーとトング、貰っておかないとな」

「――ちょっと待て夕島……。さすがにその格好でタッパーとトングを持ってるのは異様すぎるぞ……」


 左手で皿を模し、右手をくいくいと持ち上げて言った聡也にツッコんだのは、同じくウエイトレス姿の志藤しどうであった。

 

「それにしても……ったく。なんだってここまで来て俺たちは働かせられてんだか……」


 志藤はげんなりとした様子で、ため息をつく。

 

「もともとやるつもりだった人たちがバックレた、とか。困っていた渡嶋わたしま先輩に、頼まれてしまったしな」

「はあ……。まあ、別にバイト代貰えるんだったら、いいんだけどさ」


 とほほ、と肩を竦め、志藤は聡也の言葉を受け入れようとするが。


「はっはっは。聞いてなかったのか、志藤?」

「ん? なんだよ帳?」 

「バイト代、ないぜ? 今フィナーレに向かってるはずのテレビのチャリティーイベントスタッフと、同じでな」

「……マジかよ……」


 人々に希望を与え、自身は誠実に働く男子たちを、遠巻きからアルゲイル魔法学園の女子の集団が見つめていた。


「ねえ、あの真ん中の金髪の男の子、よくない? なんかこう、危ない橋を一緒に渡ってくれそうで、きっと法律なんてクソくらえって感じのやんちゃタイプだよね!? ウチ超タイプ!」

「うっそー。私は右のガタイ良いのが良いなー。あの身体つきはきっと普段から運動しまくりで、アニメとか漫画とか、二次元とか全く興味なさそう。ウチ、オタク男子とかまじ無理だから超絶タイプ」

「いやいや、一番左の眼鏡イケメンでしょ。やっぱ学力がなんぼだし、あの雰囲気はあれ、絶対普段から真面目でクールで、普段は絶対ボケないわ! 馬鹿なそこらの男とは違うよ」


 と、人とは見た目で判断できないものである。


             ※


「さあ行こう、天瀬くん!」

「お、おう……。小野寺……?」


 それがたとえ同じ部屋で過ごし続けて来た友人であったとしても、決して見た目で、判断してはいけないのだろう。


挿絵(By みてみん)

~台風一過or台風一家?~


「それにしても凄い雨と風だね」

まこと(?)

「僕の髪も、傷んでしまいそうだ」

まこと(?)

            「そ、そうだな……」

                 せいじ

「ごめんなさい誠次くん、真くん」

ゆり

「姉弟揃ってみんなに迷惑をかけて……」

ゆり

「これじゃあまるで、台風一家ね……」

ゆり

            「いえいえ」

                 せいじ

            「台風一過のように」

                 せいじ

            「きっと晴れ渡りますよ」

                 せいじ

「それじゃあまるで、嵐になっちゃうわよ……」

ゆり

「台風一家なんだもん……」

ゆり

            「?」

                 せいじ

            「台風一過は、嵐の後晴れ渡る事では?」

                 せいじ

「天瀬くん」

まこと(?)

「おそらく星野先生は、勘違いしているんだよ」

まこと(?)

「家と過をね」

まこと(?)

            「……は、はい」

                 せいじ

            (あれ、やはり、小野寺の様子がおかしいぞ……?)

                 せいじ

            (まさか本当に、ダニエル先生になにかされてしまったのか!?)

                 せいじ

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