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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
涙雨にあなたの真理は霞んでしまう
85/189

Ⅲ ☆

「私の東京マジスタ映え巡りが台無しにー……」

           あや


※マジスタとは、マジシャンズテレグラムの略であり、主に画像や動画などを自身のプロフィールに載せ、ネット上で共有してもらうための、最近魔法生たちを中心に流行りのSNSの一種である。

 二大魔法学園弁論会開催を明日に控えた今日も昼を過ぎた。こちらが気が付かない間に外ではにわか雨が降っていたらしく、窓には水滴が幾つも張り付いている。


「ごめんなさい、せーじ、小野寺先輩……」


 小野寺おのでらと共に再び談話室に戻ってきた誠次せいじは、心羽ここはに頭を下げられてしまっていた。


「いやいや、むしろこちらこそ、申し訳ない……」

「そうです。仕事を引き受けたのに、こんな事態にしてしまいまして……」


 騒動の爪痕は大きく談話室に残っている。様々な飲料により汚れてしまったカーペットに、破壊された机や椅子。そして粉々に割れたグラスやガラス戸など、まるでこれから来る台風が通り過ぎた後のような、荒れ具合であった。

 改めて、自分たちが日ごろからお世話になっている談話室をここまで滅茶苦茶にしてしまった事を、二人は顔を見合わせて肩を落とし、項垂れる。


「持ち場を離れてしまった私の責任でもある。毎回この時期は混むのに、今年は特に盛況していてしまってね。私からも、二人には謝らなければ。ついては、八ノ夜はちのやくんに二人の処罰の軽減を進言しよう」


 当時は材料の調達に行っており、席を外していたやなぎまでもが申し訳なさそうに言って来て、誠次と小野寺は揃って首を横に振る。


「いえ……向こうの挑発に乗って共に暴れた以上、こちらにも負うべき罪と責任はありますから……」

「今は、ここを一刻も早く修復します」


 誠次と小野寺はそう言って、柳に背を向けるようにして振り向く。

 そこに広がる、荒れた談話室の様相を見渡して、二人は、同時に口を開いた。


「「いや、他の人はっ!?」」


 当時の騒動には、誠次と小野寺を除いて少なくとも二一人はいたと思うのだが。誠次と小野寺以外、まさかまさかの、誰も来ていない。


「まだ来てないよ?」


 心羽が不思議そうに小首を傾げて言ってくる。


「俺たちも早く来たという自覚はないが、これは……」

「あまりにも、ですね……。バックレる気でしょうか……」


 お互いに理不尽さを喉元まで押し出し、切ないため息としてそれを吐き出すと、二人だけでも部屋の修復作業を始める。

 小野寺は魔法が使えるので、危ないガラスの破片や、割れた椅子の破片などを、細かく分別して纏める。

 一方で魔法が使えない誠次は、モップとホウキをレヴァテイン・ウルの如く、交互に持ち替えては適所で掃除を行っていく。


「心羽も手伝うよ!」

「ありがとう心羽」


 心羽もまた、誠次と小野寺と一緒になり、談話室の修繕作業を行っていた。

 

「そう言えば、天瀬さん。先ほど部屋に来た星野さん、でしたっけ。星野先生の弟さんだったとか」

「ああ。星野一希。去年大阪に行ったとき、お好み焼き屋さんで一緒になってさ。……あの時とは、見た目がすごく変わっていて、俺も驚いた」


 誠次は無意識の範疇で、ホウキを手元でくるくると回しながら、呟く。


「……特に、あの目は……」


 夏だと言うのに、凍てつくように冷たい青だった――。

 個人の感じ方で、第三者のよくない印象の事を言う事も出来ず、誠次は咄嗟に口籠っていたが。


「まあ、知っている人の見た目が急に変わると、驚きますよね? 今は寮生活ですので、あまり実感はわかないでしょうが、例えば、夏休み明けに久しぶりに会ったら、凄く変わって見えるクラスメイト、とか」


 魔法で器用にガラスを纏めながら、小野寺はそんなことを言っている。

 

「確かに。中学生の頃とか、夏休み明けは少しそわそわしたな。急に魔法が使えるようになっているかもしれない、とかな」

「それは天瀬さんだけな気がしますけれど……。ですが、夏休み明けはそう言う楽しみもありますよね」

「ああ。普段話したことのない人と、思い切って話してみると、そこから交友が広がるかもしれないしな。友だちを作るのに遅いことなんかないと思う」

「ですね」


 小野寺がくすりと微笑んでいると、談話室の男子寮棟側のドアが、突然勢いよく開いた。

 ようやく乱闘騒ぎを起こした残りの面々も来たかと、そちらを向いた誠次だが、そこに立っていたのはたった一人だけであった。


「よう! 天瀬、小野寺!」

北久保きたくぼ……?」


 なぜか、同じクラスの男子サッカー部短髪男子がにこやかに笑いながら、まるで嬉しいことがあったかのように駆け寄ってくる。一応、友だちだと思っているが……。


「どうされました、北久保さん?」


 小野寺もきょとんとした表情で、北久保を見つめている。


「キャプテンから聞いたぜ!? ここで掃除すれば、俺も試合出られるんだって!」

「「……」」


 張り切りだしている北久保の姿を、切ないものでも見るような目で、誠次と小野寺はじっと見つめる。


「ん? どうしたんだよ二人ともー! 俺も一緒に掃除するから、ちょっと待ってな!」

「いや、北久保……。帰って、いいぞ……」

「寂しいこと言うなよ天瀬ー。俺、普段からお前にいっつも貸しばっか作ってるし、こういうところで返さないとな!」


 唖然とする誠次の目の前で、北久保はバケツの上で雑巾をぎゅっと絞っていた。


「北久保さん……どうか、強く生きてください!」

「なに小野寺!? なんで俺励まされてんの!?」


 完全にフィールド上の魔術師に騙されてここにやって来てしまった北久保である。奇跡的な頭の悪さと、奇跡的な人の良さを発揮してしまっている彼の事を不憫に思いつつ、誠次は彼と同じく雑巾をぎゅと絞る。


「あ、北久保くん……」


 そうして北久保も含めた四人で修繕作業を行っていると、今度は女子寮棟の方から、ある意味今回の騒動の発端となったサッカー部女子マネージャーがやって来ていた。


「あっ、マネージャー! どうしたの!?」


 女子マネージャーは誠次と小野寺にぺこりとお辞儀をすると、北久保の元まで歩み寄る。


「ごめんね……。次期キャプテン候補くんが、北久保くんにこんなことを押し付けて」

「良いって良いって! いつも女子マネージャーが、俺たちの道具綺麗にしてくれてるんだし、これくらいは試合出れない俺もやらないとな!」


 にかっ、と白い歯を見せて笑う北久保に、女子マネージャーは頬を赤く染める。そして、もじもじと言い辛そうに、口を小さく開ける。


「あ、あのね北久保くんっ。明日の夜のパーティー……よかったら、私と一緒に、出てくれない……かな……?」

「パーティー……? あ、上手い飯食えるんだよな? わかった。一緒に行こうぜ!」

「あ、ありがとうっ」


 そんなやり取りを繰り広げる、サッカー部補欠とマネージャーを前に、誠次は無言で雑巾をぎゅーっ、と絞り続ける。


「じゃあ、連絡するから。お片付け、頑張ってね、北久保くんっ」

「マネージャーこそ、お疲れさんっす!」


 終始笑顔で、北久保は女子マネージャーを見送っていた。


「女子マネージャー、いつも頑張ってるんだ……。試合出てるスタメンの為に、レモンの蜂蜜漬け作ったりとか。俺はあれ、酸っぱいから食えないんだけどさ!」


 二人してバケツに向かって雑巾の水を絞る傍ら、北久保は明るくそんなことを言う。


「でさ、俺も試合に出られない分、マネージャーの仕事手伝ったりしてるんだ! 天瀬みたいにはなれないけど、俺だって、こうして誰かの助けにはなれるかもって思ってるんだ!」

「そ、そうか……」


 へへ……と引き攣った笑みを浮かべる誠次に気が付かず、北久保は照れくさそうに、汚水で汚れた指で鼻の下をかく。臭くないのだろうか。

 

「よっしゃ! なんかめっちゃやる気出てるぜ、俺! 窓拭くわっ!」


 そう言って立ち上がった北久保の背を、誠次はじっと、見送っていた。

 そして、誠次はぽつりと、呟く。


「……あれ、なんか俺、滅茶苦茶割食ってないか!? 複雑な気分だ……」

「き、きっといいことがありますよ、天瀬さん……。あとで、お茶入れますから、和菓子でも一緒に食べましょう……」


 すぐ後ろに立っていた小野寺が、そっと慰めてくれていた。


「二人とも、ありがとう。ここまでで十分だよ」


 しばらくすると、厨房の方から柳が声をかけてくる。


「まだ半分ほどしか終わってはいませんけど……?」

「大丈夫だよ」


 柳はそう言うと、しわの寄った口元を、微かに曲げていた。


「あとは来なかった子たちを、この学園の中から探し出すからね。ふふふ」

「「ひぇー……」」


 微笑する柳の横顔から滲み出る、ただならぬ気配を感じた誠次と小野寺は、真面目に来てよかったと心底思うのであった。


        ※


 微睡む視界の中、熱い身体を冷ますのような冷たい雨が、全身に降り注いでいた。

 ――ああ、自分はもう、駄目らしい。魔法による攻撃を受け、動かなくなった身体と、ぼんやりとする頭で、そう感じる。

 激しい雨だ。()()()()()()()()()()()()、あの人もまた、このように朽ちていったのだろうか。

 だが、全てを諦めかけた女性の元に、救いの手は差し伸べられた。それが本来、自分たちが守るべき存在のはずの、二人の魔法生によって。

 ――雲が流した大量の涙は、ひとまず止んだ。しかし明日になれば、また大量の雨を、首都東京に振り落とすことだろう。さながら、次第に強まっているこの風は、まるでどこからか悲しみを運んでくるかのようだった。


 首都にあった公園にて、あやとはるかは、意識不明の女性を見つけ、二人でそれぞれ、左右の腕を肩に回し、引きずるようにして、ひとまず自分たちが雨宿りをしていた屋根付き休憩所のベンチまで運ぶ。


「ハアハア……。これからどうしよう、理ちゃん……」


 もとよりあまり運動が上手ではないはるかは、女性を冷たい雨の中で女性を運んだことで、かなり疲れてしまったようだ。

 理もまた、弱まったとはいえ、未だ続く雨に打たれ続け、身体を冷やしていた。


「どうしようって、どうにかしないと……」


 そうは言ったものの、理は顔から水滴を垂らしながら、理は俯く。


特殊魔法治安維持組織シィスティムは駄目、て言われても……」

「もしかして、悪い人、なのかな……?」

 

 はるかが恐る恐る、理に訊く。

 二人の目の前では、雨に打たれ続けていた謎の傷だらけの女性が、苦しそうな息遣いをしている。


「とりあえず、治癒魔法しましょう」

「私たちが? それよりも、救急車を呼んだ方がよくない……?」


 はるかが心配そうに理に尋ねるが、対照的に理の表情は、ハッキリとしていた。


「救急車を呼んで、病院に行っても、このままじゃきっと、特殊魔法治安維持組織シィスティムに伝えられちゃう。大丈夫。こっちには病院一家の一人娘だっているんだから!」

「そ、そんなこと言われても、お父さんもお母さんも魔法で治療なんてしてないよ……?」

「なら、私たちが治癒魔法の有用性を見せつけてやれば良いのよ」


 そんなことを言いながら、理は両手を女性の身体へ向け、白い魔法式を展開する。

 

「……それにしても……この人と言いはるかと言い、なんでみんなスタイル良いのよ……」  


 と、ぶつぶつと文句を垂れながらも、女性の傷だらけの身体を、みるみるうちに修復していく。


「はるかも手伝ってよ」

「う、うん……」

 

 未だ謎の女性を警戒するはるかが立ったままでいたため、理が言う。

 間違いなく、自分がいなければ、すぐに救急車に全てを任せていたことだろう。その前にまず、自分たち魔術師が出来ることをする。

 理はそんな思いを胸に、率先して女性を助けようとしていた。

 ――果たしてそれが、本当に正しいことなのか、それとも間違っていたことなのか、今は、まだ分からずに。


「うぅ……」


 暫く治癒魔法を浴びせていると、女性が苦しそうにだが、閉じていた瞼を息遣いと共に動かせる。


「貴女たち……どう、して……」


 驚いたように、緑色の目を大きく見開き、二人の少女を見る。


「私たちでも、助けられます。一体どうしたんですか……?」


 理が女性の顔を覗き込み、心配そうにして尋ねる。

 ボロボロのボディスーツ姿のままの女性は、上半身をゆっくりと起こし、周囲をくまなく見渡す。


「ここは……」

「どこかは分からないんですか?」


 はるかが問いかける。


「ええ……。でも、とても綺麗……。本当にここは、東京なの……?」


 小雨が降る、緑豊かな公園を見つめ、年上らしき女性は呟く。


「正真正銘、東京の真ん中です」


 三人共に、水滴を身体中から垂らしながら、しばし茫然とする。

 

「……ごめんなさい。そして、ありがとう。私に、治癒魔法をしてくれて……」


 自分の身体を見つめながら、起き上がって話せるところまでは回復した女性は、二人の少女に感謝する。


「でも、私の事はどうか忘れて。感謝はしています。本当にありがとう」


 女性は真剣な表情でそのような事を言い、二人の少女を突き放そうとする。

 それに対し、何も言えなくなるはるか。

 しかしやはり、理は違っていた。雨に濡れた橙色の髪を懸命に横に振り、女性に顔を寄せる。


「貴女の怪我は、普通じゃありませんでした。このが言うには、魔法戦によるものだって」


 そうして理がちらりと視線を横に向ければ、はるかは驚くように身体を震わせ、雨の冷たさではなく、怯えから全身を縮こまらせてしまう。


「……言えない。言ってしまえば、貴女たちまでも、危険に巻き込んでしまうことになる」


 女性はそこまで言うと、何かを思い出したかのように、ハッとした表情で破れているスカートのポケットに手を入れる。

 そこにあった、何かカードのようなものの束を、理はじっと見つめていた。

 女性は、確かにカードの束を確認すると、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


「これからどうするつもりですか。本当に、私たちは、力になれないんでしょうか……?」


 理が心配気に、女性に向けて尋ねる。


「貴女は、どうして……?」


 危険だと言ったはずなのに、と言いたげに、女性は綺麗な緑色の目を向けてくる。

 それだけで人の好し悪しが計れるほど、自分は達者でもなんでもないが、それでもただ一つ、理には胸に思う事があった。


「……もう、後悔したく、ありませんから……」


 記憶の中にいつまでも残る、彼の優しかった笑顔を思い出しながら、理が告げる。


「理ちゃん……」


 はるかもまた、理の思いを感じ取ったように、鼻先から雨粒を垂らしながら、じっと彼女の横顔を見つめる。

 にわか雨から小雨になった雨模様は、今度は徐々に、その色を変えていく。


      ※


 左手でそっと添え、右手の力で支え、押し出すようにして両手から飛んでいたバスケットボールが孤を描き、バックボードに当たり、真下のネットへ吸い込まれていく。

 広々とした体育館の中で、自分の息遣いと、茶褐色のバスケットボールが跳ねる音だけが、響いていく。

 ここはヴィザリウス魔法学園、第三体育館。第一は知っての通り、弁論会のメイン会場となっており、第二第三が解放されている。

 魔法を使って、歩かずに手元に引き寄せたボールを両手で持ち、星野一希ほしのかずきはバスケットゴールを見上げる。


(――ご主人様、どうしましょう……?)

「僕の失敗だった。まさか、天瀬誠次あませせいじの友人が空港にいたとは。運も悪かったようだ」


 耳元で響く幼い少女のような声に、一希は答える。

 再び頭上で掲げた大きなボールを、一希は軽い力で離す。やはりボールは、正確無比な軌道を描き、ネットに吸い込まれるようにして入っていった。


「おかげで情報は得られなくなった。分かるのは最低限、香月詩音こうづきしおん本城千尋ほんじょうちひろの二人。その二人が、彼のレーヴァテイン――()()()()()()にかりそめの魔法ちからを与えている」


 再び魔法で引き寄せたボールを、一希は両手で圧し潰すかのように、ぎゅっと握り締める。


「天瀬誠次は……間違いなく僕の前に立ちはだかるだろう。そうなる前に、彼の全てを潰す」

(殺すのですね!? こう、ぎったんぎったんのめっちゃめっちゃに!)


 心なしか、うきうきした様子で、幼い少女の声は響く。


「……ああ。障害は排除しなければ。まずは本城千尋と何らかの形で接触し、彼女から残りの女性の情報を引き出す。やり方はいくらでもあるさ」


 一希はほくそ笑む。


「……なに、良いことも聞いた。彼は明日の夜のパーティーに参加出来ないそうだ」

(ご主人様、誰か来ていますよ! 一人です!)


 少女の声に気づかされ、一希は咄嗟に口を噤む。

 そして、凍てつくような冷たい視線を、後ろから近づいてくる足音に向けるように、横に流す。


「……誰だ」

 

 ともすれば威嚇するような声音に、足音は遠くで立ち止まっていたような気がする。

 

「――一人でバスケなんてして、楽しいの?」


 そんな女性の声を聞いた身体は、確かに強張っていた。

 星野百合ほしのゆり。姉であり、今は若くしてヴィザリウス魔法学園の教師でもあった。


「ほら。お姉ちゃんにパース!」


 離れたところから、百合はにこりと微笑んで一希に両手を伸ばす。

 一希は表情を変えることなく、百合を、この魔法世界で唯一残った家族を睨んでいた。


「無理しなくてもいいよ。貴女は無理に笑っている」

「あはは……わかっちゃう……?」

「久し振りだね、姉さん。僕が小学生の時以来かな」


 一希は二回ほどバスケットボールをその場でドリブルし、手の平の上に乗せる。


「そうね……。私も同じ小学生の時に、アメリカに行ったし」


 百合は自分の右腕を左手でさすり、一希から視線を逸らしながら言う。

 やはり先程の明るい口調は、無理をしていたのだろう。例えどれだけ会っていなくても、姉弟の些細な感情の変化や、心情というものは何となくでも推し量れる。

 そうして分かってしまえるからこそ、一希は冷めた表情をしていた。


「なんの用?」

「なにって、その……久し振りに会えたから、話でも……」

「話か。僕はなにもないよ」

「わ、私はあるの」


 大阪で生まれ、別々の道で育った姉弟は、明かりも乏しい体育館の中で会話をする。

 百合はステージの端に腰を掛け、一希はその斜め下で、ステージ台に背中を預けていた。


「アルゲイルだっけ。そっちはどう?」

「別に、ヴィザリウスと同じだと思うよ」


 一希はバスケットボールを脇に挟み、百合を見ることはせずに、遠くを見ていた。

 百合は両手をステージの上につき、足をゆらゆらと揺らす。はしたのない真似ではあったが、教師という身分の前に、一希の前では今は年齢的にも大学生の青年であった。


「姉さんは、エウラモス魔法大学だっけ」

「ええそうよ。小学生の子は、私以外にもたくさんいたわ。優秀な魔術師を育てることにみんな躍起になってたから、そこまで楽しくはなかったわ」


 一希の質問に、百合は嬉しそうに言葉を返す。

 だが、一希の表情は変わらなかった。


「……父さんと母さんが死んだ日のことは、訊かないんだね」

「……一希。その話はやめましょう?」


 百合が苦笑いをしながら一希に言うが、一希の身体は、小さく震えている。


「どうして、両親が死んだんだよ……。姉さんは、悲しくないのかい?」

「それは……向こうで知らせを聞いたときは、本当に辛かったわ……。でも、めそめそしていたって、天国に行ったお父さんもお母さんも喜んでくれない。そう思って、私は……」

「両親の葬式にも来なかったのに……。結局、二人の骨を持ったのは、僕一人だけだった……」


 バスケットボールを抱える腕にぎゅっと力を込め、一希は悔しさを隠さずに言う。


「ごめんなさい一希……。帰りたかったけど、学園が許可してくれなかったのよ……。”捕食者イーター”で死んだ家族なんて、この世界にはたくさんいるって」

「……そうだね。ただ、僕たちの両親を殺したのは”捕食者イーター”じゃない。同じ人間だった……」


 一希はくちびるを噛み締めて、呟く。


「もうこれ以上、僕や姉さんと同じような人を作りたくない。魔法犯罪者をなくすために、僕は特殊魔法治安維持組織シィスティムに入ることを目標にした。そこに入るためならばと、努力も重ねた。でも、来る日も来る日も犯罪は繰り返され、テロも人の命を奪っていった」


 一希はそこまで言うと、やや顔を上げる。

 

「一希……?」

「そのうちに、僕は気付いてしまったんだ。繰り返される魔法犯罪者を取り締まるのは、現状の法の力じゃない。普通を凌駕する、圧倒的な力だったんだよ。魔法を犯罪に使う連中に、身をもって分からせる必要があると」

「え……」

「僕はその力を、夏の大阪で目の当たりにした。よりにもよって、僕と同い年の、しかし魔法が使えない男の子によって」


 一希は当時の光景を、歩道橋の上から見ていた鮮烈な青い光景を、思い出していた。


「彼が扱う力があれば、この国にいる魔法犯罪者たちに分からせることだって簡単なはずだ。刃向かえば容赦はなく、相手を傷つける事が出来る力が、あるんだと言うことを」


 だが、と一希は肩を少し落とし、抱えていたバスケットボールを遠くへ投げた。ボールの弾む音が響き、それが遠くなっていったところで、空いた手の平をぎゅっと握り締める。


「アイツは言った。罪人は法で裁かれるべきだと。特別な力をもっていながらアイツは、あくまで周囲を、他人を信じたんだ」

「……それは悪いことじゃないと、私は思うわ」


 百合がその男の子を庇うように言えば、一希の表情は歪む。


「力を持っているのに……それを上手に利用せず、そいつはただ、自分の自己満足の為だけに使っている。僕がそれを扱えれば、正しい使い方を示せるはずだった。僕こそが、あの力を使うべきだと思ったさ。幸運だったのは、そんな僕の願いを聞いてくれた神様が、僕にチャンスを与えてくれたことだ」


 なにかを握り締めるような素振りをしてから、一希は笑う。

 百合がそっと見たその笑顔には、最後に会った小学生の時のような純真さは、消え失せているようだった。


「僕は今、アイツに匹敵するほどの力を……いや、僕一人でアイツ以上の力を持った。どちらが正しい選択なのか、白黒つけるときが来たんだ」


 黒い制服を身に纏ったまま、一希は顔を上げて言う。


「アイツって……まさか」


 百合はその存在の正体にようやく気がついたようで、一希を見つめる。


()()()聞きたいことが一つあるんだ、姉さん」


 ここへ来て、一希はステージ端から背中を離し、ようやく姉を、真正面から見つめる。

 戸惑い大きく揺れる百合の青い瞳を、確かな決意を抱いた一希の青い瞳が、見つめていた。その時百合は、金縛りにあったかのように、全身が動かせないでいた。


「な、なに……一希?」

「姉さんは、僕と彼、どっちの味方につく? どっちの正義が、正しいと……真理なのだと、思う?」


 一希はにこりと、笑っていた。

 その笑顔が皮肉にも、アメリカへ旅立つ前の幼いころの彼の姿と、百合には重なって見えてしまった。

 百合からの答えを聞いた後、一希は再び、一人でバスケットボールをネットに入れる。

 そんな彼の元へ、光安からの緊急連絡が入った。


「こちら星野一希。どうした?」

『緊急の案件だ。とある女性が一人、()()にとって重要な情報を持ち、逃走した。お前には、その女の抹殺を任せたい』

「我々?」


 一希が目ざとくその単語を訊き返す。光安のほかにも、関係している存在があるのだろうか、と。


『ああ。これは()()だよ。我々光安と特殊魔法治安維持組織シィスティムとのな』


        ※


 東京、台場にある特殊魔法治安維持組織シィスティム本部。

 湾曲した形をするビルの最上階にある局長室には、眼鏡を掛けた特殊魔法治安維持組織シィスティムの局長と、彼に従う一人の青年が呼ばれていた。


「――それは本当ですか!?」


 跪くような勢いで頭を下げていた、長いブロンドヘアーの青年が、局長の男に聞き返す。


「ああ、残念ながらね」


 局長、新崎和真しんざきかずまは、残念そうな表情を作り、穏やかな口調で告げてくる。


「何かの間違い、では……」


 信じ難い報告を受け取っていたのは、特殊魔法治安維持組織シィスティム第一分隊の若き隊長、日向蓮ひゅうがれんであった。


「第一分隊副隊長、雨宮愛里沙あまみやありさが、脱走した……」


 日向は呆然とした面持ちで、呟く。


「戦闘訓練の最中、共に訓練を受けていた仲間に対し、突如攻撃魔法で攻撃を行い、行方を暗ました。直前には、特殊魔法治安維持組織シィスティムの機密事項を扱うデータベースに不正アクセスした痕跡も見つかった。……そして、そこから抜き取られたデータも」

「まさか、雨宮が機密情報を持っていると……」


 日向の問に、新崎は慎重に頷く。


「すでに彼女の逃亡を手助けしたと思われる内通者たちは、()()した。問題の雨宮愛里沙の行方だが、誰もわからないようだ」


 そこまで言うと新崎は、心底残念そうに、視線を落としていた。


「まさか、北海道で君とともに死戦を乗り越えた彼女が裏切るとは、私はショックだよ……」

「……連れ戻します。第一分隊の……いえ、特殊魔法治安維持組織シィスティムの誇りにかけて」


 日向は顔を上げ、新崎に向けて言う。

 微かに口角を上げたのは、新崎の方であった。


「彼女と、彼女が持ち出したデータは光安も関係しているものだ。このことは向こうにも知られており、彼らも当然、彼女とデータを取り戻そうと躍起になることだろう」

「そのデータとは一体……?」


 日向が尋ねる。

 しかし、新崎は顔を軽く横に振る。


「残念だが、教えることは出来ない。ただ、間違いなく組織の根幹を揺るがしかねない事態であることは、間違いないだろう」


 新崎はそこまで言うと、どこか試すように、敬礼する日向の全身をくまなく見渡す。


「さて、我々特殊魔法治安維持組織シィスティムとしては、全戦力を動員してまで、彼女を確保しなければならなくなった。あのデータはそれほど重要なものだ。当然、彼女はこちらに従わず、追手の追跡をかわそうと反抗してくるだろう」

「……」

「そこでだ、日向第一分隊隊長。まずは君が、彼女を連れ戻そうとしてくれないか? 彼女も信頼する君ならば、可能性はあるだろう。なにも私とて、かつての仲間を手にかけるのは心苦しいからね」


 にこり、と新崎は微笑みながら、日向にそのような提案をしてくる。

 日向からすればそれは、従う他ない、命令でもあった。


「了解しました。隊長である私が責任を持って、雨宮愛里沙の身柄を確保します」

「忘れないでくれたまえ日向。もしも君が失敗したら、特殊魔法治安維持組織シィスティムは大きな損失を受ける。この国の平和維持のため、彼女を野放しにするわけないはいかない」


 新崎から釘を刺すようにして言われ、日向は腰まではある長いブロンドの髪を、お辞儀とともに垂らした。


「心得ています」

「では、出発の前に最後の確認だ、日向」


 新崎は机の上で指を交互に合わせて組み、微笑をたたえながら、日向へ問いかける。


「確保の際、彼女が抵抗をしたらどうするつもりだ?」


 日向は逡巡し、切れ長の瞳の下にある口を、微かに動かした。


「機密保護の為には……抹殺も致し方ないでしょう」

「では頼むよ。光安よりも先に、彼女の身柄を確保したまえ。もしも君が失敗した場合は――いや、その先の事を言っても、すべきこととやるべきことに変わりはない。我々特殊魔法治安維持組織シィスティムはね」


 最後に新崎に一礼をすると、日向は踵を返し、歩きだす。すぐに、第一分隊の部下たちに、招集をかけていた。

 

挿絵(By みてみん)

〜嗚呼、マジスタ映えの道は険しく遠く〜


「せーじ。たぴおかって知ってる!?」

ここは

             「ああ、知っているぞ」

                   せいじ

         「ミルクティーとかに入っていると」

                   せいじ

         「ぷにぷにした食感に、得した気分になるよな」

                   せいじ

「似たようなものに、ナタデココもありますよね」

まこと

「あれもゼリーに入っていると」

まこと

「こりっとした食感がやみつきになります」

まこと 

          「ふむ」

              せいじ

          「いっそのこと、両者をかけ合わせてはどうだろうか」

              せいじ

          「ナタデココの大きさと四角の形」

              せいじ

          「そしてタピオカの食感と味」

              せいじ

          「その二つを掛け合わせた究極の一品……」

              せいじ

          「名付けて、タピでココ!」

              せいじ

          「うん! マジスタ映え間違いなしだ!」

              せいじ

「ナタでオカ、と言う名前でもいいかもしれません!」

まこと

          「問題そこなのかな!?」

              ここは

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