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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
蛍火の女傑
63/189

14 ☆

今年も子供にされてしまった名探偵の映画を見てきました! 犯人は毛利小五郎です。

思い出補正もあるでしょうけど、個人的に一番好きな話は『迷宮の十字路』ですね。


理由は多々ありますが、やっぱり服部が刀で戦うからでしょうか。


……さすがに自分の剣男子好きが心配になってくるレベルである。

 大型剣のフォルムとなったレヴァテイン・ウルを両手で持ち、誠次はそれを朱梨に向ける。

 微かな火花を散らして地面に落ちた矢を見つめてから、誠次は黒く揺れる瞳で朱梨を睨む。

 自分がここ数日だけで朱梨の扱う矢に適応しきれたとはとても思えない。それでも、朱梨が放つ矢の軌道を誠次は読み取り、的確に斬っていた。

 楓の葉が風によって巻き起こり、誠次と朱梨の間に緑の色を映しては、消えていく。

 縁側の上に立ち、こちらを見下ろす朱梨は、すでに四射目を構えていた。

 

「貴女とは、このような形で決着などつけたくはなかった」

「私もさ、剣術士。しかし私も老い先は長くはない命だ。それこそ、数多の命が生まれては消えていたこの世界単位で見れば、人間など蛍のように短い一瞬の命さ。その間に、私は綾奈あやなの幸せのためにこの矢を放とう」


 そうして放たれた矢を今度は見切れず、黒い眼を見開いた誠次は、左頬に熱と痛みがじんわりと広がったことに気づく。それに気が付いたのと、背後にあった楓の木の幹に矢が突き刺さったのは、同じタイミングでもあった。

 誠次はレヴァテインの刃の先を低く降ろし、自身の体勢も低くする。それは、誠次が()に接近する際に構える姿勢であった。


「俺のことを信じてほしい……。過去の貴女になにがあったのかはまだ分からないが……人を信じることは出来るはずだ。それとも、貴女はそれすらもできなくなった何かがあると言うのか」

「男が女に交わす約束など、所詮は口からでまかせにすぎない。綾奈もそなたも、互いが互いを縛り付けているだけだ」


 弓矢をつがえる朱梨に、誠次は綾奈の面影を強く感じてしまっていた。

 それに対し、誠次は首を強く横に振っていた。彼女が悲しむ姿が、レヴァテインの刃に反射して見え、誠次は頬をつたった汗をあご先から垂らす。

 未だ中庭で睨み合う両者の間には、誠次が斬り落とした矢が落ちている。羽は池に舞い散り、波紋を広げて漂っていた。


「夢を語るのは自由だ。惚れた男が口にする心地のいい言葉の響きは、時に女を盲目にさせる。叶うはずのない夢でさえ、叶うはずと信じ続け、ともに歩もうとする。だが、そうした理想を語る男こそ、いつかはと信じ待ち続けていた哀れな女のもとへ遂には戻らなかった」

「……」

「私はな剣術士。ただただ愛しい孫娘の将来を案じているだけの、心配性な孫娘馬鹿なババアなんだよ」


 ふっと微笑む朱梨の姿を、誠次はほんの少しだけ、茫然とした思いで見つめていた。

 彼女が、綾奈のことを心から愛しているのは本当だ。それには間違いがないのだろう。

 

「俺も貴女と同じだ。多くの夢を見てきた……」


 誠次がそう呟くと、朱梨はそれを最後まで聞く素振りを見せる。


「愛していた家族を目の前で失い、この手に魔法があればと願えば、魔法は使えず、家族の仇である゛捕食者イーター゛への復讐すらできなかった。とある人は、この魔法世界への憎しみを俺へ語り、家族を蘇らせるという夢を語り、最期はこの魔法世界を憎んで死んでいった。俺はその人ですら救えると思ったが、結局は出来なかった。他にも、家族を守るため、またこの国を守るために死んでいった人だって、いる……」


 悔しさを零し、震えかける身体を無理やりに押さえつけ、誠次は両手でレヴァテイン・ウルをぎゅっと握り締める。


「なんど血反吐を吐き、なんど傷ついたとしても、それでも叶わない夢は多くあった。その反面、叶うことのできた夢もある。そして、まだ途中のものも……」


 頬から血を流しながら、誠次は黒い瞳を、朱梨へとゆっくり向けていく。


「俺はまだ、この夢をみすみす棄てる気はない。その夢の中に、篠上綾奈しのかみあやなの笑った姿があるのならば、なおさらだ! あんたにだって、止めさせはしない!」


 息を吐いた誠次は朱梨の元まで、走って突撃する。


「抜かせ、夢見る小僧ごときが。人の孫娘の命までも弄ぶか」


 接近する誠次目がけ、朱梨が再び矢を放つが、それはレヴァテイン・ウルの刀身が防いだ。

 中庭から縁側に飛び上がり、あと一歩で朱梨を剣の間合にまで捉える事が出来る。

 目の色を変えた朱梨は、咄嗟に身を翻し、背中に装備していた薙刀を取り回す。銀色の軌道を描いた刃は、誠次のレヴァテイン・ウルと接触し、火花を散らした。

 朱梨の扱う薙刀の一撃一撃は重く、また見切ることも容易ではない。誠次は再び後退しそうになる。


「負けるかーっ!」


 脇の下を掠めた薙刀が、誠次の袴を斬り破いて通り抜ける。

 誠次が薙刀の刃をレヴァテインで弾き返すと、朱里は顔を歪ませた。


「可愛い孫娘の身を、私が心配してなにが悪い? そなたでは綾奈を幸せにすることなど到底不可能だ!」


 レヴァテインの刃を弾き、朱梨は薙刀を手元で回転させ、柄の先で誠次の顔を打ちつけようとする。

 咄嗟に顎を引いた誠次がそれをかわし、振り返りながらレヴァテインを突き出す。

 腕を狙った誠次の一撃は、朱梨が構えた薙刀の刃によって防がれる。怯んだ誠次の腹部を、朱梨が突き出した拳が打ちつけ、誠次は途方もない吐き気と痛みを味わう。


「かはっ!?」


 透明な唾を吐いた誠次は、続く朱梨の薙刀による連続攻撃を受け止めきれず、構えたレヴァテインごと押され、縁側から中庭へと背中から落ちる。

 背中に起きた痛みを気遣う間もなく、茜色に染まりつつある空へと向いていた視界を下に、朱梨を捉えると、彼女は容赦なく弓矢をこちらへ向け引き絞っていた。


「理想を追い求め、戦いの道に生きる男を信じて女は待つ。そうして待ち続けて……ついには男は帰っては来なかった! 残された女は、ただただ己の無力に苛まれ、一生消えることのない傷と苦汁を舐め続けながら生きていかねばならぬ!」


 激昂する朱梨の言葉と共に放たれた矢を、誠次は飛び起きながらかわし、再び朱梨の元まで突撃する。


「その苦しみ……そなたには分からぬだろうが!」

「そんなことはないっ!」


 誠次はレヴァテインを振り下ろし、朱梨の腕を狙い続ける。

 朱梨が薙刀を用いてレヴァテインの刃を受け止めると、武器を構える両者は、交わされる刃と刃の光の果てで、睨み合う。


「俺だって……自分の無力をなんども恨んだ! それでも、だとしても! 俺も貴女も、この魔法世界で必然の力である魔法がなくとも必死に生きている! それは同じはずだ!」

「私とお前が同じだと……? 笑わせるな!」


 一瞬だけ戸惑いを見せたような朱梨が力を籠めて振りぬいた薙刀が、誠次を弾き飛ばそうとする。

 がしかし、誠次は縁側の上で踏ん張り耐え、逆に朱梨を押し返そうとする。

 日の光が銀色に反射させた、両者の思いが刃に乗るように、互いの得物に込める力が増していく


「言ったはずだ剣術士。そなたの存在意義は矛盾している。魔法が使えぬその呪われた身体であがけばあがくほど、そなたも、綾奈も苦しむだけだ!」

「そんなことはない! 俺は諦めてなんかいない。十年前から……綾奈と出会ったあの日からっ! 俺の戦いは続いている!」


 誠次の身体に宿る熱は体温を上げ、剣に込める力を徐々に増していく。 

 しまいには朱梨が押され始めて、彼女の表情にも戸惑いの色が混ざり始める。


「なんだと……っ!」

「大切だと思うものも守れないほど、弱いままではいたくない……! どれだけ愚直だと言われようと、どれだけ浅はかだと罵られようと、それでもせめて、大切なものたちは守りたいんだ!」

「もはや語る口もなしか!」

「お互い様だ!」


 同時のタイミングで刃が離れ、二人は縁側で向き合い、再び刃を交える。

 障子を破きながら朱梨が繰り出した薙刀の横薙ぎに振るう攻撃を、誠次は一瞬だけしゃがんでかわすと、反撃にレヴァテインを突き出す。当たりはしなかったが、それは今までで一番、朱梨に届きかけた刃であった。


「おのれ……」


 故にか、朱梨は顔を歪め、斬られてボロボロになった障子のドアの先にある、和室へと入っていく。

 両者共に靴など脱ぐ間もなく、土足の誠次も、すぐに後を追った。


「甘い!」

 

 朱梨の声が真横で聞こえ、銀色の刃が光を帯びる。

 和室に入った途端、到来した薙刀の刃による攻撃を、誠次は寸でのところでレヴァテインで受け止める。

 思わず仰け反った誠次の背にあった障子が外れ、咄嗟に誠次はその後ろに回り込み、続く朱梨による薙刀の突きによる攻撃を、躱しきる。薙刀の刃は誠次が盾にした障子に突き刺さり、朱梨はすぐにそれを引き抜いた。


「このっ!」


 誠次は外れた障子を逆に押し返し、和室にいる朱梨へ向け倒す。

 朱梨は薙刀を横に一閃し、障子を真っ二つに切り裂き、自らは棒立ちをしてみせた。

 そして両手で薙刀を握り直した朱梨は、自身の背後から迫る誠次の存在を察知してみせ、すかさず振り向きながら薙刀を振るう。


「なに!?」

「いつの間に私の後ろを取ったことは褒めてやろう。だがな――」


 完全に隙を突いたとばかりに思っていた誠次は、朱梨の切り返しに逆に虚を突かれてしまう。

 誠次の目と鼻の先に向かってきていたのは、薙刀の柄だった。


「……っ!」


 あっと驚いた誠次の鼻に柄は直撃し、つんと、鉄の臭いと液状のものが流れ出る痛みと感覚が起きた。

 思わず顔を抑えた誠次へ、朱梨は振り向き、冷酷な表情を覗かせる。


「なぜ背後からの奇襲が失敗したか、わけが分からないようだな?」


 鼻血を流す誠次は、朱梨の言葉を受け止めきれず、片手で顔を抑えたままじりじりと後退する。

 そのまま一時撤退を選択した誠次は、和室の奥、洋室のキッチンへと逃れる。

 無論、朱梨は追い掛けてきたが、さすがにそこは誠次の足の速さに軍配がある。

 背丈を隠すほど大きな戸棚に背中を預け、どくどくと鳴る心臓に抑えつけようと、誠次は唾を飲み干す。

 朱梨の足音が遠ざかり、ようやく落ち着いたところで、尋常ではない汗を流していたことに気がつく。


「タイミングは完ぺきだったはずだ。それこそ、朱梨の持つ武器を斬り落とすにはあのチャンスしかなかったほどに。なのに、なぜ俺は失敗した……!?」


 すると、目の前を飛んでいた蛍が急に誠次の背後に向かう。

 それはまたしても、蛍による虫の知らせであった。

 誠次の背後に気配もなく忍び寄っていた朱梨が、戸棚ごと誠次を貫こうと、薙刀を振りかぶっているのが、ガラス戸越しに見えた。戦闘中だというのに、足音もなく、朱梨は接近していたようだ。


「――まこと、つくづく運が良い男だな、お前は」


 ガラス戸を割りながら突き出た薙刀の先は、誠次の身体を掠めただけに終わる。

 誠次の足元には、鼻から垂れた血が溜まりを作っていた。


「蛍が教えてくれた!」

「蛍が、教えてくれた……?」


 真剣にそんなことを言う誠次に朱梨は、くすりと笑みを溢す。


「この島で蛍と共に在り続けたのは私だ。なぜそなたがその加護を受ける?」

「貴女のやっていることは間違っていると、伝えようとしているんだ!」

たわけが。ならばもはやその忌々しい光ごと切り裂いてみせよう」


 薙刀を大きく振るい、朱梨は戸棚を切り裂く。

 まさか、中に入っていた食器をも切り裂きつつ、朱梨の薙刀は誠次の元まで到来した。

 再び何度か斬り合い、誠次は奥へ奥へと逃れていく。


「時間稼ぎのつもりか?」

「……っ!」


 誠次は答えず、再び篠上家の中を広く使う作戦に出る。朱梨を、自分もよく使ったとある場所におびき寄せるためだ。そこでなら、例え僅かでも、まともに戦うことが出来るかもしれない。

 誠次は鼻血を拭い、一週間を過ごした篠上の家を、走って移動する。

 物が散乱した部屋の中。この一週間で、綾奈と共に過ごした場所が、思い出のなにもかもが、朱梨との戦いによって破壊されていくようだった。


「――なるほどな剣術士。やはり最後はそこに向かうのか」


 一方で、誠次が一体何処へ向かうのか、この家の主である朱梨は分かっているようだった。よって、手に持つ得物を薙刀ではなく弓に持ち帰る。


「賢い選択をしたな剣術士よ。お前も察した通り、私はこの家のことをすべて知っている。些細な足音でさえ、それこそ人の息遣いでさえ、私には分かるのさ。そなたがどこに行こうと何をしようとも、私には分かっていた」

「だからと言って……俺はもう逃げない! 貴女とも、向き合ってみせる!」


 朱梨にとって誠次の声は、遙か前方から聞こえた。

 外の熱気が嘘のようにしんと冷たく、虫の声も、鳥の羽ばたく音も聞こえない、隔絶された神聖な空間。ただひたすらに武芸を磨くための、稽古と鍛錬の間。

 二人が再び相まみえた道場の奥にて、血の痕を口端に滲ませた誠次は、和弓を構えて矢を引き絞っていた。


「面白い。剣術士が矢を構える、か」


 その姿を見た朱梨も、静かに弓を構え、誠次に向けて矢を引き絞る。

 今度は刃ではなく、矢尻を見据えて二人は睨み合う。


「綾奈……っ!」


 力を込めれば、綾奈がすぐ傍で手を添えてくれているような気がし、誠次は大きく息を吐き出す。まるで、落ち着いて、と耳元で囁かれたような気がした。


「二度とその口で、私の孫の名を言えぬようにしてやる!」


 そうして向かい合った二人は、同時に矢を放つ。

 一瞬のうちに、それぞれの思いと執念を載せた矢は、それぞれが狙った場所に正確に到着した。

 また一匹、一週間の短い命を終えて絶命した蛍が、道場の柱から落ちていく。

 弓矢による一騎討ちにより倒れたのは、道場の奥にいた誠次であった。



        ※


 昼下がりの蛍島。山奥での戦いなど微塵も感じさせない穏やかな風流れる港町の町役場。そこの閉ざされた門前で待っていた綾奈は、道路の方より自転車をこいでやって来た火村ひむらを迎えた。


「ハアハアっ! お待たせっ!」

「お疲れさま……って、凄い汗……」


 自転車から降りるなり、膝に両手をついて苦しそうに肩呼吸をする火村は、片手を持ち上げて鍵を見せつける。ぽたぽたと、火村の小麦色の肌からは大量の汗が流れていた。


「もしかしたら時間ないかも……。家の結構目立つところに鍵置いてあって、それを堂々と盗って自転車でここまでこいできたし」


 呼吸をようやく整えた火村は、次には真剣な表情で綾奈に告げる。

 綾奈も真剣な表情をして、うんと頷く。


「急ぎましょ!」

「分っとる!」


 火村が門の南京錠を外し、二人は町役場の敷地内へ入る。都会などの市役所に比べれば、そこまで大きくはない島の町役場。

 一階建てのそこの入り口である少ない段数の階段を駆け上がり、二人は正面ドアの鍵を開け、中に入った。

 無人の役場内には、当然冷房など効いておらず、明かりもなく薄暗い。

 室内に入った途端、むわりと押し寄せてきた熱い風に、綾奈も火村も思わず悲鳴を上げる。


「暑……」

「冷房なんか点けてる余裕ないわ! 急いで探しましょ!」


 火村はずいずいと奥へ進んでいき、綾奈も薄暗い部屋の中を進む。まるで蒸し風呂の中にいるようだったが、いつ火村の両親が気付いてここまで来てしまうか分からない状況なので、とにかく時間が惜しかった。

 

「手当たり次第にそれっぽいファイルを見つけて、苗字が火村と篠上を探せば当たると思う」

「ざっと考えて十年前のものじゃ。急ごう篠上さん!」


 二人は町役場の中を手分けして探し始めた。仕事の途中なのか、デスクの上には資料が散乱したままで置いてあり、飲みかけのコーヒーカップなども目についた。

 高い棚のところにあるのは、物体浮遊の汎用魔法を使って取り出し、ページを捲る。

 島の自治の事や、建物の改修計画。島の施設のことなど、難しい内容のものばかりが次から次へと出ている。

 

「人口推移……これも違う……!」


 いつ火村の両親がここへ来るかも分からない。もしかしたら、もうすでにここに向かってきているかもしれない。そう考えると、心臓の鼓動は早鐘を鳴らし続ける。

 赤い髪の先から汗を流す綾奈は、大好きであったお祖母ちゃんを思い、懸命に蛍島の死没者のリストを探し続けていた。


         ※


 矢を放った直後、誠次せいじが味わったのは右太股への強烈な痛みであった。

 見れば、朱梨が放った矢が自分の右足に突き刺さっており、誠次は悲鳴を上げて倒れた。


「ぐあああああっ!?」

「味わったか剣術士。いっその事、死んだ方がましだと思う痛みのはずだ。敢えて、私はそうした」


 誠次が放った矢は、朱梨に届くことなく、彼女の足元に突き刺さっていた。

 右太股に深々と突き刺さった矢の付近から流血もし、誠次はその箇所を手で抑えながら、朱梨を睨み上げる。

 きらと、こちらを向く朱梨の手元が光ったかと思えば、聞こえたのは風を裂く音。

 超高速で飛来した二発目の矢は、続いて誠次の右肩の中心部を貫き、深く突き刺さる。

 

「があっ!?」

「もう身動きは出来まい。私もかつて、そうだった。同じ苦痛を、味わえばいい!」


 右足と右肩に走る痛みに気を失いかける誠次は、口で荒い呼吸をしながら、左手を持ち上げ、右肩に刺さった矢を抜く。尋常ではない量の脂汗を流しながら、左手で握ったレヴァテイン・ウルを支えに、ゆっくりと立ち上がる。


「これしきの痛み……とうに味わい尽くした……!」

「ほう。まだ抗うつもりか剣術士」

「ああ……。綾奈の為にも、アンタにだけは負けられない!」


 殆ど右足を引きずりながらも、誠次は左手で握ったレヴァテインの柄に、右手を添え構える。

 流血しながらも、抗うその姿を見た朱梨の表情は、この上なく歪んでいた。朱梨は音を立てて弓矢をしならせ、誠次へ向ける。


「次は脳天を貫く。最後に言う言葉はそれで良いか?」

「こんなところで最後にするつもりなどない……。俺は生きて戦い抜く……誰よりも戦い続ける!」

「……」


 もはやなにも言わず、朱梨は誠次へ向け矢を放った。

 殆ど左腕の力だけで振るったレヴァテインが矢を弾き、右足に刺さった矢の棒の部分を切断し、誠次はそのまま走り出す。

 矢尻が神経にまで到達したのか、右足は動かすたびに気を失いそうなほどの激痛を与えてくる。

 だがそれは、戦う意思をなくし、相手の前に跪くほどのものではない。それ以上に誠次は、彼女の言葉を受け入れてしまうことのほうが、大きな心の痛みとなって襲い掛かる恐怖を感じていた。どこまでも頭に浮かんでいたのは、祖母を心配し、また自分の身を案じる、板挟みの身となっている綾奈の事であった。

 彼女のためにも、ここで再び膝をつくわけにはいかない。

 歯を食い縛った誠次は、すぐに矢を構え直した朱梨の目の前まで到達する。あと一歩で、レヴァテインの剣の間合いだった。


「闇雲に理想を語る己の傲慢さにまだ気付かぬのか……愚か者め」

 

 誠次への憎悪を隠すこともせず、朱梨は至近距離で矢を放つ。

 誠次は咄嗟に、左手を広げて前へと突き出す。矢は、誠次の左手の真ん中に突き刺さり、それは羽を残して誠次の腕の中にまで入っていく。

 至近距離で矢を受けた誠次の左手は、衝撃で身体の後ろの方へと引っ張られながらも、まだ繫がったままだ。

 間違いなく脳天を貫くと思っていたのだろう。それを左手で受け止めた誠次に驚愕する朱梨は、唖然と表情を浮かべながらも咄嗟に後退する。


「馬鹿なっ! つるぎは――!?」

「言ったはずだ。これしきの痛みなど、俺はとうに味わったと!」


 流血する右肩の先、血が滴る右手にレヴァテインを持ち替えていた誠次は、身体の反動を使いながら右腕を持ち上げる。

 誠次の血を這わす刃は、朱梨が持っていた和弓を真っ二つに両断した。


「……おのれ!」


 切断された自身の弓をすぐに捨てた朱梨は、背中から薙刀を構え直すと、それを誠次に向ける。

 ここまで身体が傷ついているのならば、もはや何処をどう斬られても同じ事だ。そうと割り切った誠次は、後退することもなく、逆に自ら朱梨に接近していく。


「俺が今まで戦い続けた事は、一つも間違ってなんかいない!」


 また、自らにも言い聞かせるように。繰り出される薙刀の刃を、感覚の薄い右手で握ったレヴァテインで斬り弾き、鍔迫り合う。

 何度か身体を掠めた薙刀の刃であったが、それでも誠次は朱梨と互角に、斬り合っていた。


「魔術師ではない俺は、俺なりの方法で仲間を守ってきた。それを今さら否定させはしない!」

「守ってきただと? 手前勝手な自己満足とその裏で燻る怪物への復讐心に、私の大事なただ一人の孫を巻き込むなっ!」


 朱梨が薙刀を薙ぎ払う一撃に、誠次は吹き飛ばされそうになりながらも、左足を踏ん張らせ、踏み止まる。

 いつの間にか斬られていた頭部からも出血をしながら、誠次は負けじとレヴァテインを突き出すが、その一撃も薙刀の柄を回した朱梨に防がれる。ぎちぎちと、互いの得物が震えながらも、押し合う。

 交わる刃の果てで見えた朱梨の顔と姿を見て、誠次ははっとなる。しかし戦闘中の息は消さず、血を滲ませる口を動かした。


魔法ちからがないのは、貴女だって同じはずだ! 俺はまだ貴女のように、この魔法世界を諦めてはいない! 希望を棄ててはいない! どんなに苦しい道だとしても、諦めずに戦い続ける! それが、死んでいった人たちができなかった、この魔法世界に生きている人の務めのはずだ!」

「そなたと私を一緒くたにするな剣術士……! 孫を思うこの気持ちが、他人であるお前になど分かるものか!」


 怒りに身を任せて朱梨が振るった一撃が、誠次の脳天目がけ振り下ろされる。

 とうとうそれを見切った誠次は、踏み込んだ左足を軸に身体を捻り、薙刀の攻撃をひらりとかわす。


「貰った……!」


 身体を持ち上げながら思い切り振った右手のレヴァテインが、朱梨の握る薙刀を吹き飛ばし、壁へと当てて床に落とす。薙刀は金属の硬い音を立て、夜が近付く道場の床に落ちていった。


「貴女が綾奈の幸せを願うというのであれば、貴女こそ、その老いた身に背負った全てを下ろせ!」


 至近距離にまで朱梨に顔を寄せ、誠次は言う。


「馬鹿な……私の得物が、二つとも……」


 弓に続き薙刀までも、まさか負傷し、満身創痍の相手によって失った朱梨は、溜まらずに大きく後退していた。


「俺に任せてくれ、朱梨さん……。綾奈のことは、絶対に幸せにしてみせる……、だから貴女が戦う必要など、なにもないんです。貴女と綾奈の未来を、どうか俺に託してくれ」

「……たわけが!」


 直立した朱梨は、乱れた髪のまま、深く息を吸い込む。

 そして全身にひとたびの気を宿すと、袴から伸ばした右手をそっと、左腰へと持っていく。

 そこには、長年朱梨が引き抜かないでいた鞘に収まった一振りの日本刀があった。


「それは……」


 すでにいつ途切れてもおかしくない朦朧とした意識の中、誠次は朱梨が腰から日本刀を解く様子を見た。

 両手で持った日本刀を目の高さまで掲げた朱梨は、そっと瞳を閉じ、まるで神へ供物を捧げるかのように、静かに語り出す。


「燃えろ、不知火しらぬい蛍火ほたるび。我が身の炎をその刃に宿して、仇成す者を斬り焼き賜ふたもう――」


 添えていた右手で柄を握り締め、朱梨は鞘に収まっていた日本刀を一息に引き抜く。

 露わになった刃からあり得ない量の火花が起き、それが蛍の光のように同城内に飛び散れば、たちまちそこから火の手が上がる。それだけで、刃から発生したのはただの炎ではなかった。

 炎は瞬く間に燃え広がり、道場の入り口を塞ぐように火柱が立った。


「……最後に感謝しよう、剣術士。私に、この刀を鞘から引き抜かしてくれたこと」


 鞘を投げ、燃えさかる炎の中、朱梨は悠然と立ち尽くし、不知火・蛍火の先を誠次へと向ける。


「その刀は!?」

「不知火・蛍火。この蛍島に生まれ、その生涯をこの島で終える事を誓った者にのみ扱うことが許された、呪いの刀だよ。お主にはこう言った方が良いか? 怪刀……すなわち魔剣、と」

「勘違いしないでくれ……! 俺の魔剣は……レヴァテインは仲間を守るためのものだ!」


 連結状態のレヴァテイン・ウルを右手で握って構え、誠次は朱梨へ向ける。


「……とんだ屁理屈だ、剣術士。その強情なまでの心意気は、まはや天晴れと言う他あるまい。――故に、この刀の()()の錆となるに相応しい」


 ぱちぱちと音を立てて燃え盛る火炎は、意思を持つかのように、道場の壁を張って燃え広がる。

 熱によって焼け死んだ蛍たちの死骸が灰となって宙を漂う中、誠次と朱梨は互いのつるぎを構え、斬り合った。


挿絵(By みてみん)

~個人情報取扱いに注意して!?~


「ちょっと千尋!?」

あやな

         「なんでしょうか綾奈ちゃん?」

           ちひろ

「火村さんに電話番号教えたでしょう!?」

あやな

「まだ火村さんでよかったけど、これが知らない男の人だったらどうするの!?」

あやな

「うるさいようだけど、あなたのためにも言ってるんだからね!?」

あやな

          「ですけれど、火村さんとても焦っているようでしたので……」

           ちひろ

          「私、綾奈ちゃんと誠次くんの為にもって、教えたんです!」

           ちひろ

「……そ、そういうことだったら、別にいいけど!」

あやな

          「ちょろいわね……」

           しおん

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