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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
蛍火の女傑
62/189

13

火村さんの方言は広島弁ベースのもどきです。地元の人間ではなく完璧な広島弁ではないので、あしからず。広島弁、怖いという人もいるのですが、私は素敵だなと思います。あと、生カキが美味しい。


二回くらいお腹にあたって死にかけましたけど。

 昨晩の騒動から一夜が明け、蛍島に来て、六日目となった。

 明日の昼に来る連絡船で本州へ帰るため、今日の夜は、実質的に一週間に渡った蛍島で過ごす最後の夜となる。

 そして本日行われる、篠上朱梨しのかみしゅりとの再戦。朱梨は本日中であればいつでも再戦を受け付けると言っていたが、誠次の方はと言うと、最終調整もまったくもって行えない状態となっていた。


「……」

「心ここにあらず、かしら」


 道場で綾奈あやなと特訓をしていても、こちらの剣術が精彩を欠いているのは、はっきりと分かってしまうようだ。

 握り締めたレヴァテインを背中と腰の鞘に納め、誠次せいじは綾奈に申し訳ない気持ちでいた。


「すまない……」


 昨夜、あともう少しで届くことが出来なかった自分の左手を見つめ、袴姿の誠次は肩を落とす。


「火村さんの事、心配?」

「……」

「隠さなくてもいいわ」


 下げていた顔を上げると、同じく袴姿で和弓をつがえていた綾奈も構えを解き、優しい笑みを浮かべていてくれていた。

 そんな彼女への罪悪感も、痛いほど十分に感じながら、誠次はあと少しだけ届かなかった左手をぎゅっと握り締める。


「……俺がこの島に来たのは、綾奈の為だった。部活がうまくいっていない綾奈の為に、なにかしてやれることはないかと思って、一緒にこの島に来た。それなのに、今では自分が本当に何をするべきなのかも、分かっていないなんて……」 


 そうして落ち込みかける誠次の肩に、綾奈が手を添えてきた。

 彼女が近づいてきていたことにも気が付かなかった誠次は、そこで少し驚く。


「ここに一緒に来てくれてありがとう誠次。それだけでも私は嬉しいわ。だから、ここからは私があんたの為になる番」

「綾奈?」

「私は構わないわ。あんたがどんな人で、なにをするのかも分かっているつもりの上で、それでもこうやって傍にいるし、いたいと思ってるし」


 目の前で微笑む彼女の姿が、誰かに重なって見える。それはこの島の蛍の光が相変わらずに見せる、幻か、現実か。


「言って。火村さんのことも、救いたいんでしょ?」

「……すまない」


 綾奈の指摘は正しく、見透かされていた心は大きく動揺し、誠次は申し訳なく思い、語気を失くす。

 そんな誠次の肩に手を添える綾奈は、赤い髪を左右に振る。


「謝らないでって。言ったでしょ? あんたがここに一緒に来てくれただけでも、あんたと二人きりでいられただけでも、私は嬉しいの。それは、本音を言えばもっと和やかな雰囲気でこの一週間を過ごしたかったけど……」


 綾奈も視線をやや落としかけるが、美しい青い目が完全に下を向くことはなく、誠次をしっかりと見据えたままだった。


「どこかでやっぱりこうなるんじゃないかって、思ってた。あんたっていっつもそうだし、せっかく近づきかけても、すぐに離れて行って……。お祖母ちゃんがこう言ってたわ。あんたは、例え多くの人を幸せに出来ても、一人の女を幸せにすることは出来ないって」

「……すまない」

「だから、謝らないでってば。……そ、そんなあんたに必死についていこうとしてる、私も私なんだから」


 目の前で綾奈の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

 誠次は堪らず、彼女の肩を掴む手に自分の手を添え、それを両手で握り締める。

 綾奈は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな表情へとなる。


「すまない綾奈……。()()()()()()、待っていてほしい。火村さんの事や、朱梨さんのこと。そして、この国や魔法世界のこと……それら全てに決着がついたとき。それらが全て終わった時、必ず君の事も幸せにしてみせる」

「……私が、お祖母ちゃんみたいになっても?」

「……言ったはずだ。俺は、あの人の考えを変えたい。あの人が不可能だと言ったことを、俺は成し遂げたいんだ」


 胸の内で燻る熱い火は、未だに燃え尽きてはいない。なんどかき消されようとも、しぶとく生き続ける。それこそ蛍の光のように、弱く頼りないものであっても、決して潰えることはない。

 気が付けば、綾奈の方からももう片方の手を添えてきて、誠次の手の甲をそっと包んでいた。


「きっとあんたは私がいなくても戦い続けていた。だからせめて、私はあんたの傍にいるわ。それが剣術士あんたを惑わせる魔女だったとしても、あんたが私を必要としてくれるのであれば、傍にいる」

「勿論だ。もとより俺は、魔女抜きでは戦えない」

「なんだかお婆ちゃんで魔女って……古典的な魔女のイメージそのままね」


 綾奈がとほほ、と肩を落とす。


「それは昔の人が勝手に作った悪い印象だろう? 今の俺の目の前にいるのは、少しだけ口うるさくて、まじめで、友だち思いで、怒ると人をすぐに正座させたがる大切な学級委員の相方だ。守るに値する、大切な人だ。……まあ、もしかしたら俺はもう、その時点で魔女にそそのかされているのかもしれないが。……それが間違いだとは、思っていない」

「……ありがとう誠次」


 あとになって思い出すような恥も今はかなぐり捨てて、誠次がそんなことを言えば、綾奈は嬉しそうに微笑む。


「これからも私、きっとあんたを惑わし続けるけど、それでもいい……?」


 少しだけそわそわしながら、綾奈がいてくる。

 そんなこと、考えずとも答えは決まっているようなものであった。相手が魔法を使える魔女であるとすれば、やはりこちらは魔法が使えず、未だしがない召使い。彼女の気持ちを汲み、彼女の望むことを行い、彼女に仕える。

 だからこそ、きっとすべてが終わったその時は、とある魔女にかけられたこの身の呪いも解かれ、自分は初めて対等な人として生きることが出来るのだろう。

 これはそれまでの、辛抱だ。決して辛くはない。自分の事を見守ってくれて、魔法ちからさえ貸してくれる人が、何人もいるのだから。

 誠次は心配そうな表情をする綾奈の前で、にこりと、笑顔をみせた。


「決まっているだろ。むしろ、俺からもお願いするところさ」


 二人はそうして頷き合い、今するべきことを話し合う。


「やはり、もう一度火村さんの家に行くべきだと思う。何より俺は昨日、灯台の上で火村さんの母親に姿を見られていた。説明もしなくちゃいけないと、思うんだ」

「私もそう思うわ。でも同時に、お祖母ちゃんからも火村さんの家について、話を聞かないといけないと思う」

 

 篠上朱梨と火村の母親。同じ蛍島に住まう二人の間に何かがあったことは、もはや疑う余地もない。それが篠上綾奈と火村紅葉、二人の少女へと続く呪いとなっていることもまた。

 ならば、魔剣を持つ自分がその呪いを断ち斬れれば――。


「火村は……俺にとって命の恩人でもあるんだ。彼女の事も、ちゃんと助けないと」

「あんたらしいわ。多くの人に貸しを作ったり作られたり。きっとそれは、悪いことじゃないはず。こうやって、助かっている人だっているんだから」

「ありがとう綾奈。この島でやり残したこと、時間はもう少ないけど、一つづつ片付けていこう」


 誠次と綾奈は、下山の為に家の外に出ようと、共に袴姿のまま屋敷の縁側を歩く。

 すると、二人よりも早く起きていた朱梨が中庭におり、少々驚かれたような顔をされた。


「おや。決戦を前に、余裕なのか?」

「いえ……。今の俺が貴女に勝てるかは、まだ分かりません」


 立ち止まった誠次は、朱梨にそんな言葉を返す。


「では、綾奈の事を諦めるのか?」

「いいえ。俺は綾奈さんの事を諦めません。貴女のことも」


 背後に立つ綾奈の息遣いが変わったのを背中で感じつつ、誠次は朱梨を見つめる。


「万全の状態で戦うためにも、やらなくてはいけない事があるんです」

「急いだ方がいい。時間はもうあまり多く残されてはいない」

「今から私と誠次で、火村さんの家に行きます」


 今度は誠次の背後から、綾奈が意を決した様子で、そんなことを誠次の耳元で言う。

 その言葉に朱梨の目立たぬ皺が寄った瞳が、微かに動いたのを、誠次は確りと見ていた。


「……悪いことは言わない綾奈。そこへは行くな」


 誠次と綾奈。そして朱梨との間に、僅かな沈黙の空気が流れる。風鈴の揺れる音がすれば、朱梨はどこか憂いを帯びた表情で、誠次と綾奈でもない何かを、じっと見つめているようだった。


「どうしてですか?」

「行ったところで、何も変わらないからさ。遅かれ早かれ私と剣術士は戦い、どちらかが勝ち、どちらかが負け、その信念を捨てなければならない」

「だったら私は、誠次を信じます。私が好きな人の事を、最後まで信じ続けます」


 そんな綾奈の言葉を受けた身体が熱を帯び、誠次も眉を寄せ、朱梨を睨む。


「止めないでください、お祖母ちゃん!」

「どうせ、向こうはなにも語らなないだろう。行っても無駄さ」

「無駄かどうかは、まだ分かりません!」


 朱梨と綾奈。祖母と孫娘の話を聞き、誠次は固唾を飲んでいた。


「綾奈……。まさか、お前がそこまで強情だったとは……」


 そうして何かを思い至ったように、朱里は綾奈と誠次を交互に見つめる。


「そうか、剣術士。そなたが、綾奈を一人の人としても、成長させたのか」

「いいえ。綾奈はもとより強い人だ。貴女が言うまでもなく、自分が信じた道を進んでいける。俺は、そんな彼女の期待に応えたいのです」

「……そなたが私の孫娘を巻き込んだとばかり思っていたが、どうやら、どちらもどちらのようだな」


 そう言った朱梨はくるりと振り向き、再び庭の手入れへと戻っていくようだ。

 誠次と綾奈は頷き合い、共に靴を履いて家の外へ向かうための正門へと向かう。

 二人の目の前では、相変わらず昼にも関わらずに蛍が飛んでいた。それが急に目の前まで飛んできたかと思えば、誠次は驚き、思わず顔をかわす。

 そうして後ろへと飛んで行った蛍の行き先を見たとき、誠次は殆ど反射的に綾奈の手を掴みよせ、その身体を宙に浮かす勢いで抱き寄せる。


「ちょ、誠次!?」

「危ない――っ!」


 直後、風を切る音と共に飛来した一発の矢。

 それは誠次が抱き寄せた綾奈のすぐ後ろを掠めて飛んでいき、門へと突き刺さった。綾奈の赤い髪が空に舞う中、誠次は綾奈を抱き寄せたまま、振り向き、矢を放ってきた相手の顔を見た。


「朱梨、さん……っ!?」

「気が変わったよ剣術士。おかげさまでな」


 楓の葉が舞い落ちる中、弓矢をつがえ、構える朱梨の姿がそこにはあった。小さな身体を矢に掠めたのか、誠次に危機を知らせた蛍が空で絶命し、地面の上へと落ちていく。


「どうやら最初からこうするべきだったのさ。そなたと、私は」


 その表情から一切の感情を殺し尽くした朱梨はそう言い切ると、背中に装備していた矢筒から、再び矢を取り出して構える。


「お祖母ちゃん!? やめてっ!」


 誠次の胸元から顔を上げた綾奈が叫ぶが、朱梨に届くことはない。

 返答とばかりに、朱梨はすぐに二射目を放つ。


「くそっ!」


 それが綾奈の足に到達する直前で、誠次が左手で咄嗟に引き抜いたレヴァテイン・ウルが、矢じりを弾き斬っていた。あまりの威力と衝撃により、矢は先端が折れ曲がり、そのまま中庭の池の中へと落ちていく。

 

「魔剣を抜いてくれたな、剣術士」

「一体どうされたのですか朱梨さん!? あなたはこのような事をする人ではなかったはずだ! これではただの私闘です! とても試合ではありません!」


 ただでさえ礼節も忘れてはいなかった女傑が、正々堂々と戦うことをよしとした篠上の祖母が、不意打ちまで行ったのだ。それも、彼女を信頼し、彼女を目標としていた綾奈の目の前で。よりにもよって綾奈を狙って。


「嘘……そんな……お祖母ちゃん……」


 誠次の胸元で、綾奈は青い瞳を大きく見開き、泣き出してしまいそうなほどに身体を震わせている。

 そんな彼女の肩をぎゅっと握り締めながら、誠次は油断なくレヴァテイン・ウルを構える。


「剣術士。今すぐその魔剣を捨てろ。そして、そなたの何もかもを今ここで放棄しろ。さもなくば私はそなたの命をこの場で殺める」

「断る! こんなこと、綾奈だって望んではいない!」

「望む望まないの問題ではすでになくなった。これは最後の通告だ。今すぐに二人で話し合え。その答えを聞いて、私はこの矢を放つかを決めよう」


 朱梨は矢を引き絞ったまま、抱き合う誠次と綾奈に猶予を与えてくる。

 誠次の胸元に手を添えて、綾奈は、なにか信じられないものを見るような思いで、大好きであった祖母の姿を見つめていた。

 

「誠次……っ」

「落ち着いて綾奈。俺の言うことを聞くんだ」


 そんな綾奈を抱きしめたまま、誠次はそっと、彼女の耳元に声をかける。

 びくりと身体を震わせた綾奈は、悔しさを呑み込んだ様子で、口元をぎゅっと結んで、頷く。


「俺が合図をしたら、君は迷わずそのまま走って山を降りて、火村さんの家へ向かってくれ。それまで、俺があの人の事をここで食い止める」

「そ、そんな……! それじゃあ誠次、あんたが――!」

「平気だ。あの人を絶対に食い止めて見せる。だから君は、その間に火村さんの母親から、この島で起きた本当のことを聞きだしてほしい。さもなければ、真実もなにも分からないままだ」

「い、嫌だっ! 私はあんたの傍で一緒に戦う……!」


 綾奈が思わず誠次の胸元から顔を離して顔を見つめ、必死に懇願してくる。

 思わず「頼む」と綾奈の言葉に肯定しかけた口を噤み、誠次は頬に一筋の汗を流しながら、首を左右に振る。


「学級委員の相方として、普段から君は俺抜きでも強い人だと言うことは知っている。だから俺も、綾奈に負けないように、一人でだってあの人と向き合ってみせる。だからどうか、ここは信じてくれ。絶対に朱梨さんのことも、救ってみせる。あの人に勝てるかはまだ分からないけれど、このまま真実を知らないまま、負けたくはない」

「あんたは……本当に……馬鹿ぁ……っ!」


 悔しさも、怒りも、虚しさも、愛も。何もかもを含んだ綾奈の両手が、誠次の胸元を強く叩き、どうしようもなくずるずると落ちかける。

 そんな震える彼女の身体を支えたのは、やはり微笑む誠次が伸ばした手だった。


「心配しないでくれ、綾奈。必ず約束は果たす。俺は相変わらず戦う事しか出来なくて、すまない。君には苦労ばかりをかけてしまっているな……」

「ううん……分かった。私がまた戻ってきたときに負けてたら、承知しないんだから……」

「頼む、綾奈。君は強い女の子だ」


 そうして再び自分の両足でしっかりと地面の上に立った綾奈の肩に手を添えてから、誠次は彼女の前に立つ。

 そして、右腰に装着していた鞘からもレヴァテイン・ウルを引き抜き、それを連結させ、朱梨へと向けていた。


「それが答えか、剣術士。愚かな男だな、お前は。魔剣を置けばもう楽になれるかもしれぬと言うのに」

「俺はとてもそうは思わない。そうするのであれば、全てを終わらせなければ。貴女をこの家に縛り付けた呪いをも、断ち切る」


 誠次がそう告げれば、朱梨は不機嫌そうに眉を曲げる。


「言ったはずだ剣術士。お前が真に綾奈のことを思うのであれば、剣を置けと」

「断るっ! 今の俺があるのは、この剣があったからだ! この剣で仲間を守って戦う俺を信じて、綾奈が俺の傍にいてくれると言うのであれば、俺は彼女の期待に応え続ける!」


 そんな誠次の言葉を否定するように、朱梨がすぐさま右手を開く。

 それと同時に飛来した矢がレヴァテイン・ウルによって弾かれた時、誠次は背後の綾奈に「行けっ!」と叫ぶ。彼女が走り出した足音を聞いただけで、彼女の後姿を確認することも出来ずに、誠次は朱梨と対峙する。


         ※


 堅く閉ざされた家の二階の自室の壁に背を向け、火村紅葉ひむらもみじは体育座りの姿勢で、両手に顔を埋めていた。

 昨夜、とうとう届くことのなかった自分の手。剣術士かれに対する迷いが、また、邪魔をした。

 開けっ放しの窓の遠くから聞こえる僅かな波の音だけが、耳元に聞こえてくる。

 一階には今日は休日の為、両親がいる。きっと自分がもう外へは出ないように、ずっと見張っているつもりだろう。

 こうして自分はここで明日を待ち、昼の定期船で本州に戻り、いつも通りの学園生活へと戻っていく。ここへ逃げるように戻ってきて、結局なにも変わらず、なにも成せずに、また戻る。

 

「……」


 昨夜から飲まず食わずの身体は、思ったよりも簡単に音を上げそうになってしまう。まるで自分以外にこの部屋と家と世界に人はおらず、たった独りだけの孤独の世界へと沈んで行ってしまったようだ。

 洞窟の時ではそこまでは感じなかったあたり、やはり、彼の存在は大きかったのだろうか。


天瀬あませ……」


 自分でも気がつけば、彼の名前を呼んでいる。

 そうすると、背後に彼がいる気がして、火村は思わず振り向く。当然、そこには壁があるだけであったのだが、何か別の声が聞こえたのだ。


「にゃあ!」


 それは、この島では特別珍しいというわけでもない猫の鳴き声だ。

 野良猫がこんな岬の灯台の元まで来たのだろうかと、火村はぼんやりとする顔を上げて、窓の外から一階の方を見てみる。

 そこにはやはり、一匹の猫がとことこと歩いていた。その猫は家の前で立ち止まり、なぜかこちらを見上げて、何かを必死に訴えているようだった。


「なんで……あの猫、どっかで見覚えが――」


 記憶の中で見覚えがあった三毛猫の姿が、火村の中でとある場面と合致する。

 それは、春に不審者三人組によるプール盗撮盗難事件があった日のこと。その時の談話室で、水木みずきと話していた際に、テーブルの下にいた、篠上綾奈の使い魔。

 それは、孤独だと感じていた世界に誰かが再びやってきてくれたようなものだった。


「あ、談話室のあの時の猫っ! と言うことは、篠上さん!?」


 思わず大きな声を出しかけた口を咄嗟に両手で塞ぎ、火村は窓からあたりを見渡す。

 使い魔の使役可能距離を考えれば、彼女はどこか近くにいるようだ。しかし、昨夜の件もあり迂闊に近づくことが出来ず、様子を窺っているようだ。

 一階には両親がおり、中庭も見張られているだろう。篠上の使い魔の猫は、迷い込んできた野良猫だと思われているだろうが。


「どうにかして隙を見て外に出て、篠上さんと合流しないと……!」


 誰にも言われずともそうすべきだと思い至った身体に力が入り、火村は部屋なの中を見渡す。

 ベッドの上に置いてあった音楽プレーヤーをどかし、電子タブレットを起動していた。当然ながらこの中に綾奈の連絡先はないが、彼女との繋がりがあるであろう人物なら、知っていたし連絡先もあった。

 火村は部屋の外に耳を澄ましてから、決心を固める。


「電話番号……千尋ちひろさんなら知っているはず」


 電子タブレットを起動した火村は、水泳部仲間であり、今では自分を追い抜いて同学年で水泳部トップの実力を持つ本城千尋ほんじょうちひろに向け、メールを送った。

 千尋からの返信は、すぐにあった。

 誠次と綾奈の電話番号を教えて欲しい、悪用は絶対にせず、二人に連絡を送りたいだけだと言う旨のメールに、千尋からは【かしこまりました】と、まずそのような題名の返信があった。

 画面をタッチして本文を開くと、


【絶対に水泳部に戻ってきて下さいね、紅葉ちゃんさん!】


 と送られてきており、火村は胸の奥が熱くなるのを感じる。

 意図してなのか、或いはただの天然なのか。おそらく後者であろう、よりにもよってライバルである彼女から(向こうはそうは思ってなくとも、少なくとも自分の中では目下、千尋はライバルである)そんな励ましの言葉を貰えば、このまま終わりたくなど、より一層なくなる。


「どうも、()()()()()()()……!」


 改めて、このままなにもしないでいるわけにはいかなくなった火村は、千尋から教えて貰った電話番号に連絡をかけた。


           ※


 数十分かけて道なき山を降り、その足で実りを迎えた畑を越えた綾奈は、汗を流し、泥などの汚れがついてしまった袴姿のまま、火村の家の前まで来ていた。

 途中、何度も山の木の枝で服や肌を痛め、転びそうになり、川水も越えた。それでも今まさに、山の上では大好きな人と人が戦い合っている。そんな状況をどうにかするには、今自分が動かなければ。


「お願い、気がついて……!」


 火村への連絡先を知らなかった綾奈は、当初は、使い魔の猫を用いて火村を窓に誘導してこちらに気づかせようとしていた。家に車が置いてあるので、火村の両親は在宅中だということにはすぐに気が付いていた。

 するとなぜか、袴の下に着ている私服のポケットに入っている電子タブレットが鳴った。茂みに隠れていたために、急に鳴った電子タブレットにびっくりし、ポケットから取り出したそれを何度か落としそうになりながらも両手に持ち、起動する。


『もしもし。これ、篠上さんの電話番号で合ってる?』

「火村さん!? 私の連絡先知ってたの!?」

『あんたの友だちの、千尋ちゃんから聞いたわ。それよりも、昨日あんなことあったのに……また来るなんて……』

「お願い火村さん。力を貸して!」


 篠上の頼み込む声に、火村はやや驚いているようだ。自分でも混乱しかけている頭を必死に制御しているのだ。きっと、変な声が出てしまったのだろう。


『どうしたの?』

「私のお祖母ちゃんと、誠次が戦っているの! やっぱり私のお祖母ちゃんと貴女の家の間に、何かがあったの。それを解き明かすためにも、お願いだから、力を貸して! このままじゃ、共倒れになっちゃう……!」


 自分でも必死に言葉を紡ぐが、舌が先行してしまい、支離滅裂になりかける。


『落ち着いて篠上さん。ウチも、今のままでいいとは思ってない。天瀬と貴女がここまで来てくれたの……少しだけ、嬉しかったから……』


 火村の声は徐々に小さくなっていく。


『……ごめん。今大きな声で話せないから、小声で言うわ。やっぱりウチと篠上さんの家に昔何かあったのは、確実みたい』

「私と誠次も、その考えは一致しているわ。問題は、なにがあったかよね」

 

 泥が跳ねた顔の綾奈も真剣な表情で、火村と会話をする。


『両親が隠していた灯台にあったのは、お供え物のあった祠。……あれはきっと、亡くなった人を弔うためのもの……』

「……火村さんの家で、心当たりは? ランドセルってことは、小学生ぐらいかも」


 電話先の向こうで、火村はしばし考えているようだ。

 ――だが、もしも綾奈の予感が当たっているとすればそれは、火村紅葉にとって衝撃的な事実と言うことに繫がる。すなわちそれは、火村紅葉が知らない家族が一人、紅葉が知らぬうちに亡くなっているかもしれないということ。

 もっともそれは、向こうも薄々勘づいている事だろうが。


『……()()()()()()()()……』

「火村さん……」

『でも、確かめる方法はある』


 前を向く火村の発言に、綾奈も気落ちしかけた顔を上げる。


「方法? 火村さんの両親も、私のお祖母ちゃんももうきっとなにも言ってくれない……」

『町役場じゃ。そこなら、島で生まれた人の事が分かる資料の一つや二つ、あるはず。きっと、亡くなった人の事だって……』


 なるほど、と綾奈は思った。

 そしてここへ来て、まさかと思ったことが一つ。そう思えば、全ての合点がいく事になる。

 思わずどくんと鳴った心臓と、背筋への寒気を覚えながら、綾奈は恐る恐る告げる。


「もしかして、火村さんの両親がこの島で町役場の職員としてずっと働いているのって――」

『たぶん、あの祠で亡くなった人の事を、ずっと隠しておくようにとか、手元に置いておくようにって、してるのかも……』


 火村もまた、全ての謎が繫がったように、綾奈と同じく震えかけな声で告げる。


「町役場に行くわ! そこに何らかの資料があるはず!」


 港町にいた綾奈にすれば、町役場はすぐ近くにあった。


『今日は日曜日だから開いてない! お母さんもお父さんも休みじゃ!』

「でも今日を逃したら、なにも分からないまま本州に帰るんだよ!? 火村さんはそれでいいの!? 私だったら、意地でも探し出す!」

『……ウチやって、このままなにも分からないまま、ヴィザリウス魔法学園に戻りたくなんかない……』


 火村は迷いを振り切るように、電話先から確かな決意の言葉を返す。


『町役場の鍵はウチの両親が持っているはず。今からウチが持っていく。篠上さんは先に行って待ってて』

「でも、貴女は外に出られないんじゃ……」


 綾奈が問うと、火村は少しだけ、戸惑いかけな声で、こんなことを言う。


『水泳馬鹿の前に、ただ頑張ることしか取り柄のない生徒会のメンバーの前に、ウチやってヴィザリウス魔法学園の魔法生じゃ。両親にするのは少し躊躇するけど、やれないことはないはず』

「……そう。つい先日までお互い知らない者同士だったのに、今じゃこうやって協力するなんて、へんな気分ね」

『これも何もかも、アイツのせいじゃ……。ウチをおかしくさせたのも、全部……』

「え、なんて……?」

『ううん。必ず行くから、少し待ってて!』

~アイツとアイスな約束を~


「ほら、駄菓子屋さんだ」

せいじ

       「ありがとう兄ちゃん!」

         ゆうき

       「そう言えば、都会って色んな味のアイスあるんでしょ!?」

         ゆうき

「確かに、色々な名前のアイスがあるな」

せいじ

「俺はいつも抹茶味ばかりだけど」

せいじ

「変な名前のアイスは妙に頼みづらいんだよな……」

せいじ

        「都会の人の悩みって贅沢……」

          ゆうき

        「それにしても、アイスってなんでこんなに美味しいんだろう!?」

          ゆうき

「確かに」

せいじ

「一年中美味いのは、反則だよな」

せいじ

「基本的に女性にも人気だし」

せいじ

(はっ……待てよ。これは、ユウキにモテ方とやらを教えるチャンスなのでは!?)

せいじ

(我ながら上手い考えだな。アイスだけに!)

せいじ

「こほんっ」

せいじ

「ユウキ。お前も、アイスのようになるんだ」

せいじ

「そうすれば、きっと人気者だぞ!」

せいじ

         「兄ちゃん」

          ゆうき

         「さすがにそれはないと思う」

          ゆうき

「年下の悟ったような急な辛辣な言葉って、結構心に来るんだな……っ」

せいじ

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