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昨日の小話の誤字脱字のあまりの多さは申し訳ございませんでした。聡也くんが伸也くんだったり、天瀬くんが八ノ夜くんだったり、例話が令和だったり、八ノ夜誠次くんが夕島信也くんだったり天瀬聡也くんだったり。
言い訳になりますが、普段PCかタブレットで本文を書いているので、予測変換がよくごちゃごちゃになってしまう事が多々あります。家のpcでは伸也が、外出先用のタブレットでは信也だったりと。このあるある、どうか伝わって欲しい……。まあ、よく見ろって話ですよね。
あの話に翔くんも登場させる予定が、文字数が増大になり無念の末登場。残り一人のルームメイトくんも合わせて、いつか書いてみたい。
いや、その前に誤字脱字なんとかしないと……。そうだ……メガネ、かけるか。
水面と睨めっこをして、水中にいる小さな魚たちを目線で追いかける。魚の親子だろうか、そこでは小さな魚が、一生懸命大きな魚を追いかけていた。
まだ少ししか日焼けしていない小さな手を冷たい水に突っ込み、水の中を自由に泳ぐ魚を捕まえてみようとする。
しかし魚は、幼い紅葉のような手が近付く前に逃げ出し、海の沖の方へと行ってしまう。
「ママ。お魚捕まえられない……」
「そう。じゃあ諦めて、早くお家帰りましょ? 紅葉」
「ううん。絶対に捕まえるもん!」
この時、火村紅葉は五歳。まだこの蛍島から外へ出たことはなく、本当にこの島こそが自分の居場所だと思っていた。ずっと海は果てしなく広がっていて、その先に何億もの人々が住んでいることなど、つゆ知らず。
「泳ぎたーい!」
母親に手を引かれ、波打ち際にサンダルの足跡をつけて歩く紅葉は、ふて腐れた表情で言う。前を歩く自分よりもいくら高い母親の背中は、追いかけても追いかけても、どこか遠くにあるようだった。
「また今度。放っておいたら一日中水の中にいるでしょ、紅葉は」
「泳ぐの好き!」
波が押し寄せては返り、二人の仲睦まじい親子の足跡を消していく。
どうやら来年から、わたしは小学校と言うところに通うらしい。そこには同い年の子がいて、一緒に勉強をするそうだ。
「お洋服とかランドセル、どこにしまっていたっけ……」
港町の端にある家に帰るなり、母親は忙しそうに二階の押し入れへと上がっていく。
近代的なものはなにもない、おもちゃやゲームもない、遊び盛りの子どもからすれば殺風景な家に見える。兄弟姉妹もおらず、一人っ子。そして、両親も町役場での仕事で忙しそう。
だから、火村紅葉の遊び場とは、いつも海だった。
「つまんなーい……」
いつも忙しそうに仕事や家事をする両親にもあまりに相手にされず、遊ぶような同年代の友だちもいなかった紅葉は、つまらなそうに頬を膨らませ、冷蔵庫に向かう。棚にあったプリンを取り出し、もぐもぐとスプーンを使って食べていると、いつもはそこにない冷蔵庫の横の段ボールが目に入る。
おそらく母親が、小学校とやらに入学するように押し入れから荷物を出した際、取り敢えずここに置いておいたのだろう。
紅葉はスプーンを口に咥えたまま、段ボールの上を開いてみる。そこには、埃まみれのものが沢山あった。
「わー!」
一際目を奪われたのは、塗装が剥がれかけているが、それでも黄金色の輝きを放つ、大きなトロフィーだった。掘られた文字は漢字だらけでよく分からないが、母親の本名と、水泳によるものだと言うのは、上側の泳いでいる人の形でわかった。
トロフィーの他にもそこには、ややカビ臭い水着や、そんな水着を着た若い頃の母親が、同じ格好をした大勢の女の人と並んで撮られた写真があった。若い頃の母親は、いくつかあった写真の中でも目立った位置にいるものが多く、表彰台でもどれも真ん中の一番高いところだ。
「ママ凄ーい……」
幼いながら、漠然と母親は水泳が上手だったことは理解でき、紅葉は母親の丁寧に現像されていた写真を次から次へと眺める。
二階から母親が帰ってくると、困り果てたような表情をしていた。
「ママ、泳ぐの得意だったんだね!」
「昔の話よ。これも地下行きね……」
「うちも、ママみたいになる!」
「そう。それはちょっと嬉しいかも。私の夢の分まで、紅葉が叶えてくれたらね」
母親はそう言うと、さっさと段ボールを閉めてしまう。
今思えば、この頃の両親は、とても優しかった思い出がある。
そんな幼少期であったが、たった一つだけ、親から厳しく言いつけられていた事もあった。家の横にある大きな灯台の中には、絶対に入ってはいけなかった。両親曰く、危ないとのこと。
子どもながらの好奇心はあったが、親の言うことには素直に従っていた紅葉は、家の敷地の中にあった島と海を照らす灯台には近付くことはなかった。
小学校に入り、島を渡って近くの島にあった小学校に時間を掛けて通う日々が続くようになる。
そこでは同年代の子がおり、そこで初めて、島の外の世界の事を知る。どこまでも自由に広がっていると思っていた海が本当は繫がっていて、この島以外にも沢山の人がいると。
その話を聞いてから、紅葉は猛烈に島の外への興味を抱くようになる。いままでずっと狭い島の中にいたのだ。その興味は当然と言えば、当然であった。
「そう。紅葉もやっぱり、島の外に行きたいのね」
両親とも、娘がそう望むのは幾らか予想できていた事のようだった。伝えたときは胸が痛んだし、両親もちゃんと悲しんでくれた。
「うん。魔法とか乗り物とか、お洒落なお店とか、いっぱいあるんだって!」
小学校にいるときに、耳に入ってくる情報はどれも目新しく、好奇心を煽るものであった。
――ただ一点を、除いて。
「でも、絶対に夜の外には出ちゃ駄目よ?」
そのことを両親に念押しに告げられた時はいつも、小学生ながらに、明らかに両親の顔色が変わっていた事は、今でも鮮明に覚えている。
「……島のみんなは平気だって言ってるのに。”捕食者”なんか出ないよ」
「ううん紅葉。島の外には夜になると、怪物が出るの。この島が特別なだけよ」
「……わかった。島の外に行っても、夜はちゃんと家の中にいる。だから、早くとーきょー行きたいなー!」
まだ見ぬ都会の街並みを想像し、紅葉ははしゃいでいた。
そんな両親の態度が急に変わったような日も、鮮明に覚えている。
確か、中学生時代の時だ。名前ぐらいは島の人との会話で聞いていたが、篠上朱梨と初めて会ったのは。
ずっと島に住んでいるらしいが、両親からはその存在すらも知らされてはいなかった。
季節は秋。それはただの好奇心だった。きっと、山の上から見える景色は奇麗なのだろうと思い、少しは成長して体力もついた自分なら、一人で山の上にまで登れるはずだと。
蛍島の中心にある山の葉は紅と黄色で埋め尽くされ、秋の虫の鳴き声が響く。坂道を紅葉で覆いつくされた山沿いの道路を自転車を手で押し、蛍山の山頂へとと続く道を徒歩で登っていた時のことだった。
「……?」
夕暮れの中、朱梨は和装姿で、海を眺めているようだった。
そして、こちらに気がつくと、どこか憂いを帯びた表情で、じっと視線を向けてきた。
あとから聞いた話によれば、伴侶である男性はすでに他界しているそうで、一人で、山の家に暮らしているそうだ。
「どうも……」
横を車が走り去って行く途中、紅葉は離れた場所から、朱梨へ向けぺこりとお辞儀をする。どうして、そんな悲しそうな顔をこちらへ向けるのだろうかと、やや疑問を覚えながら。
確かにこちらがお辞儀する姿を見ていたはずの朱梨は、お辞儀を返し、立ち尽くしていた。茜色の太陽の日射しが朱梨の背から射し込み、紅葉の緑色の目を刺激する。
紅葉が思わず片手で顔を覆い、顔に影を作った時、朱梨はすでにいなくなっていた。
幻に出会ったような不思議な体験をした火村は、家に帰って、母親にこのことを伝えようとする。
「お帰りなさい紅葉。あなたが言ってた俳優の、おおがき君だっけ? ドラマ録画しといたわよ」
「ありがとうお母さん。本州はもう次の話っぽいけどね。はい、弁当箱。今日も美味しかった!」
台所にいた母親に、学生鞄から取り出した空の弁当箱を手渡しながら、火村は早速今日の出来事を話す。
「今日ね、初めてあの人に会ったんだ。篠上朱梨さん。六〇歳なのに、凄い綺麗だった。夕陽補正ってやつかんね」
くすくすと微笑みながら、冷蔵庫から麦茶の入ったパックを取り出し、紅葉は母親の背に向けて言う。
忙しそうに水作業をしていた母親の両手が、ピタリと止まっていた。
「何か、話したの?」
「う、ううん。遠くで会釈しただけ」
明らかに冷たくなった母親の声音に困惑しながら、紅葉は返答する。
「紅葉。あの山にはもう近付かないで頂戴」
「え、でも……」
「約束よ!?」
優しかった母親が振り向き、怒鳴る。初めて見るような母親の歪んだ顔に、紅葉はなにも言い返せずに頷いていた。
中学生も終わりの頃から、本州へ行きたい願望は日を追うごとに強くなっていた。それと平行して、母親と父親、そして両親と自分の仲は、日に日に悪くなっていたような気がする。全てはあの日、自分が朱梨と出会ったと、母親に伝えてから。
決定的だったのは、ある日の真夏の夜。今まで感じたことのないような異常な蒸し暑さと、虫の鳴き声の五月蠅ささからふと目が覚めた、深夜。タンクトップの全身は汗だらけで、喉もカラカラだった。
なにか冷たい飲み物を飲もうと、一階にある冷蔵庫のところに行こうと、寝ぼけ眼で階段をゆっくりと降りていく途中だった。両親の極めて小さな会話が、寝室の方から聞こえてきた。不思議と、五月蠅さかった虫の鳴き声は、その時に一斉に鳴り止んでいた。
階段の途中で耳を澄まし、途切れ途切れに聞こえる両親の会話に聞き入る
「もう限界よ……。あの灯台のことだって――」
「いや……。俺たちがこの島を離れるわけにはいかない……。あの子の為にも――」
――もしかして、自分のせいで大好きだった両親が苦しんでいる? 本当はこの島を離れたいのに、自分の為にも……?
そう感じてしまった紅葉は、いてもたってもいられず、両親がいる寝室に向かっていた。
「あの、お父さん、お母さん……」
「紅葉!?」
「こんな時間まで起きていたのか……!?」
二人とも憔悴しきった表情で、紅葉を見つめていた。
紅葉は、入り口のドアに手を添えたまま、不安気に声を出す。
「ウチの事で、その、喧嘩してるの……? ウチが本州に行きたいからって……?」
「ち、違うのよ紅葉!」
また、黙り込む父親をフォローするように、母親が慌てて間に入ってくる。
「でも、あの子の為にって、お父さん言ってた……」
「……」
父親は瞳を一瞬だけ大きくするが、すぐに何事もなかったかのように俯く。
「違うんだ紅葉。紅葉は、本州に行って立派になって、幸せになりなさい。お父さんとお母さんは、ここで紅葉の幸せを願っているよ」
「お父さんとお母さんは、来ないの……?」
「ああ。仕事があるからな。この島を離れるわけにはいかない」
父親の口から出たその言葉はまるで呪いのように、紅葉の全身に重くしこりとなって残っていた。
あの日以降、自分が思春期真っ只中というのもあるのだろうか、両親との会話は多くないまま、中学校をいよいよ卒業する。
東京のヴィザリウス魔法学園に向かうため、蛍島ともしばらくお別れだ。少し肌寒い季節、出航する船がある港町まで見送りに来てくれたのは、母親だけだった。父親は、相変わらず仕事で忙しいようだ。
「紅葉」
母親が声を掛け、数年ぶりにぎゅっと抱き締めてくる。恥ずかしかったが、愛情はやっぱり嬉しくもあった。
「頑張って紅葉。私、紅葉があの時、私のような水泳選手になりたいって言ってくれた時、とても嬉しかったのよ」
「うん。ウチ、絶対に水泳で有名になってみせる。……魔法もちょびっとね」
「紅葉なら出来るわ。昔から頑張り屋さんだったもの」
母親が頭に手を添え、なでなでと撫でる。
――その瞬間、誰か、母親のものではない人間のシルエットが、目の前に浮かび上がる。何事かと、あっと驚く紅葉の前で、そのシルエットは光を発する蛍となって、紅葉の頭上へと消えていった。
景色がぐにゃりと歪み、なぜか自分は、砂浜を移動している。身体の自由は効かないが、着実に一歩一歩前へと進んでいる。周囲には若かりし頃の母親と父親がおり、なぜだかこちらをハラハラしているような目で見守っている。その二人の表情は、今まで見たことがないぐらい、優しそうで、楽しそうだった。
「ほら、頑張れ頑張れ!」
「紅葉にいいところを見せないとな!」
言葉を発せぬ自分は、必死に何かにしがみついているようだった。
そして自分も小さくなっていた身体は、誰かの背によっておんぶで、砂浜の上を運ばれている。
――あなたは、だあれ?
自分の両足を抱え、必死に前へ前へと進もうとしている男の子に、紅葉は問い掛けていた。
「――火村っ!」
返答は、思っていたような少年の声ではなく、聞き覚えのある嫌いな男の声だった。
……魔法が使えないからと、一学年生の頃から目立っていた、剣を持った奇妙な男子。
「――火村! しっかりしろっ!」
……あの剣には特別な力があって、努力もせずに多くの人望を集めて、有名になって、偉そうに……。……いや、別に偉そうにはしていない、か……。
……それに、聞く話によると、どれも困難な戦いで、それを苦労して乗り越えて、それでも決して驕り高ぶらず、謙虚なままで……名声も富もそこまで欲はないようだ。努力も、毎日しているらしい……本当かどうか、分からない、けど……。
「――君はヴィザリウス魔法学園の生徒会メンバーだろう! 魔法生たちの手本のはずだ! それがこんな馬鹿みたいなことしてどうする!」
「うるさい……わね……」
火村紅葉は、混濁していた意識から目覚めていた。
そのことに気がついた時は、彼女が砂浜に倒れたときだった。
精細さもなく、ただ闇雲に。攻撃魔法を一心不乱に手当たり次第に乱発してきた火村の様子はおかしく、それでも中断する気配のない彼女が、急に倒れたのだ。
「何してるんだよ……っ!」
誠次はレヴァテイン・弐を納刀し、急いで倒れた火村の元まで駆け寄り、容態を確認する。いつ水分不足になっても良いようにと、腰のベルトに入れておいた冷水チューブの蓋を外し、火村の口にあてがっていた。
「熱中症じゃなくて、軽度の魔素酔いか」
額に触れた手の感触は思いのほか冷たく、やはり暑さにはそれなりの耐性があったようで、ほっとする。
それでも、熱された砂浜の上に放置するわけにもいかず、日陰に運んで休ませてやろうかと、誠次は火村をおぶっていた。
「――うるさい……わね……」
何度か叫び声を掛けると、背中の火村は魔素酔いから少しだけ回復したように、応答する。
「……って、なんでおんぶしてんのよ!?」
「魔法の使いすぎで倒れたんだ。魔素酔い。そのままあの灼熱の砂浜の上に寝かせておけるか」
がばっと身体を離そうとする火村の両足を、誠次はぎゅっと掴んでいた。
「うー……最悪……。よりにもよってアンタなんかにおんぶされるなんて……」
「我慢してくれ。よりにもよって魔法を使いすぎるなんて。魔法生たちの手本となるべき生徒会メンバー失格だぞ」
「なんでそういちいち腹立つこと言うんじゃ!? 本当にデリカシーないわよね!?」
「だからこっちの台詞だ!」
さすがに聖人君子でもなんでもなく、言われれば言い返す誠次である。
「まったく。これで洞窟の借りは返したからな?」
火村を運ぶ際に軽量化の為にレヴァテイン・弐は砂浜に置いたため、自転車に乗っていたときとは違って直接火村の身体の感触が背中に伝わってきて、誠次は妙な緊張感を誤魔化すように早口となる。
「分かったわよ。もう歩けるから降ろして」
「……無理はするな」
そう言いながら誠次はしゃがみ、火村は砂浜に足をつける。
しかし、足に力が入らないのか、子どもの頃から慣れ親しんでいるはずの砂浜に火村は足を取られ、身体をよろめかせた。
「本当に大丈夫か!?」
「大丈夫じゃ! ウチに構わんといて! それともなによ!? ウチの事もそうやって優しくして、どうにかするつもり!?」
ずんずんと砂浜の上を歩いていく火村の口から出た言葉に、誠次はムッとする。
「どうにかって……。そんなわけないだろ! あのまま君を放って人殺しにでもなれと言うのか!?」
「そうすれば良いじゃん! ウチの事、嫌いなんでしょ!?」
「だったら君はなぜあの海で俺のことを助けたんだ!」
誠次の言葉にハッとなった様子で、火村は身体を一瞬だけ震わせて、立ち止まっていた。
「好きも嫌いも関係ないだろ! 目の前で困っている人や、危険な目にあっている人がいれば、同じ人として助けるだけだ! 君だってそうするはずだし、そうするべきだ!」
「――紅葉!」
ここまでくれば無視など出来ずに、誠次が火村を支えようとした直前、頭上の方から彼女の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。
見上げれば、石垣の上から、険しい顔をした大人の女性が一人、こちらを見下ろしていた。
「お母、さん……」
火村が呆然と呟く。
なるほど、と思った。こちらを見下ろす顔立ちはどこか面影があり、火村紅葉とよく似ている。だが少しだけ白髪が目立ってしまっている容姿は、なぜか篠上朱梨と比べてしまい、そして、もしかしたら朱梨よりも年上ではないかと錯覚するほど、老けて見えてしまっていた。
「……」
明らかに良好ではなさそうであった二人の雰囲気を前に誠次はなにも言えなくなり、一歩下がってしまってから、二人の様子を見守る。
「帰るわよ、紅葉。あれほど言ったじゃない。この島に帰ってきたのなら、外出はなるべく控えなさいって」
「ご、ごめんなさいお母さん……」
火村は相変わらずおぼつかない足取りで、母親のいる石垣の階段を上がっていく。
「あの、すみません。しばらく休んで、寝たりすれば、良くなると思います」
誠次は火村の母親に向け、声を掛ける。
「……あなたは、見ない顔ね。紅葉のなんなのかしら?」
予想以上の冷たい声音に、誠次は生唾を呑み込み、返答する。
「ヴィザリウス魔法学園の同級生、です。火村紅葉さんとは、この島で偶然出会って……」
「偶然? 同じ高校の同級生が、偶然この島に来たというの?」
「いえ、元々俺は――」
誠次が言いかけたその時、火村が慌てて振り向き、誠次の言葉を遮ろうとする。咄嗟に振り返って目と目が合った時、火村の顔はどこまでも焦っていたようだった。
「待って天瀬――っ!」
――だがしかし、それは僅かに遅かった。
「篠上さんのところで、一週間お世話になりに、滞在していたんです。火村紅葉さんは、海で溺れかけた俺を助けてくれたんです」
誠次からすれば、それは素性を明かすと言う意味で、何の気なしに答えていた。
しかし、火村親子の血の気は、みるみるうちに引いてしまっている。
波のさざめきと、カモメの鳴く音が大きく聞こえたのは、三人の間に深く長い沈黙が起きたからだ。
「……そう。紅葉が迷惑を掛けたようね。もう帰るわよ、紅葉」
「は、はい……」
紅葉の片手を殆ど掴み上げ、母親は歩きだす。どうやら、近くに停められている車で来ていたようだ。
母親に連れられる直前、火村は振り向き、誠次に申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
一連の出来事に思わず、梅雨の相村佐代子との出来事を思い出した誠次であったが、あれとは違って明確な事件があるというわけでもないので、誠次は立ち尽くしていた。
――ただ、後味の悪さは、残る。それも、自分が変なことを口走ってしまったようで。
「あ、自転車!」
車に乗り込んだ火村親子を見て、その事を思い出した誠次は、急いで伝えようと石垣の階段を駆け上がる。
しかし、旧式のガソリンエンジンを使う自動車は排気ガスを撒き散らして進み出し、火村の赤い自転車は石垣の堤防の壁により掛けて残されたままだった。
「……また、こうなってしまうのか……」
途方に暮れる誠次は、ぽりぽりと後ろ髪をかいていた。
※
「言ったはずよ紅葉。篠上さんとは関わらないでって」
「……はい」
運手席にてシートベルトを締め、ハンドルを操縦する母親に、紅葉は叱られていた。
「……急に帰ってきたかと思えば、まさかよりにもよって篠上さんと関わっているなんて……! 言ったはずでしょ紅葉! あの家とは関わるなって!」
「どうして……」
「どうしてもこうしてもない! 大体どうして、突然帰って来たのよ!? あなた、東京に行くときに言ったわよね!? 魔術師としても水泳選手としても成功して帰ってくるって。それが何もかも中途半端で帰ってきて……」
母親は苛立ちを抑える事ができないようで、片手で髪の毛をはらいながら言う。
この時点ですでに、幼少期から中学生時代までに感じていた優しい母親の面影は、もうどこにも残ってはなかった。
「急に帰ってきたのは、ごめんなさいって言ってるじゃん……」
後部座席に座る紅葉は、浮かない表情で言葉を返す。
「私だって、頑張ったの……でも、どうしても駄目だった……」
「彼氏を作る余裕はあるくせに?」
すぐに誰のことか、その人の顔が頭に浮かび上がった紅葉は、慌てて否定する。
「彼氏って……あの人は違う!」
「とにかく、もう迂闊にこの島を出歩かないで。なにも出来ないんだったら、家にいなさい? いいわね?」
あくまで自分は、親に期待されて本州に行き、しかし夢破れて帰ってきた中途半端な身だ。親に逆らうことなど、出来なかった。
車窓に映った自分の顔をじっと見つめ、紅葉は力なく、頷いていた。
~ケアを忘れずに~
「痛たたた……」
せいじ
「すっかり日焼けしてしまった」
せいじ
「腕とか背中が痛い……」
せいじ
「男のクセにそれくらいで痛いとか」
もみじ
「どんだけ肌弱いのよ」
もみじ
「君こそ、女性なのに肌を焼きすぎでは?」
せいじ
「そう言うのは一部の人にしか好かれないぞ。きっと大垣くんにも」
せいじ
「うわ出た。男の日焼けか白い肌か論争」
もみじ
「あれ、本当気持ち悪いし悪趣味だと思うわ」
もみじ
「こっちだって好きで日焼けしてるんじゃないんやけど」
もみじ
「じゃあ、日焼け治したいのか?」
せいじ
「東京来たばかりの頃は、それはちょっとは気になったけど」
もみじ
「……好きな人が出来たら、その人に合わせたいとは思うけど」
もみじ
「別に今は、どっちでもいい」
もみじ
「まあ、肌の色だけでその人の良し悪しが決まるわけじゃないしな」
せいじ
「俺が言いたいのは、将来的に日焼けのしすぎは肌にあまり良くないと聞くからだ」
せいじ
「うわ……もしかして、ウチのこと口説いてんの?」
もみじ
「違う!」
せいじ




